山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

文字の大きさ
160 / 266
*一年前* 海神の子

147 本当の両親

しおりを挟む
 ノクトは途中でパンを買った。二人は焼き立てのパンを頬張りながら、海まで歩いた。
 漁師や農民は、日が上がる頃に活動を始めている。
 忙しそうに仕事の準備をしている人々と、道中すれ違う。
 潮を含んだ風が、リュンクスの長くなった黒髪をさらった。
 海に近づくにつれて歌声は大きくなっていく。
 しかし、歌はリュンクスにあてたものではない。そのためか、コーカサス地方の時と比べ、負荷はあまり感じなかった。
 
「歌が聞こえているんだね?」
「うん」
「感度がいいな。これが神霊と交信するサーヴァント属性の魔術師か。私は海際うみぎわでしか彼らの声が聞こえないのに」
 
 ノクトは、興味深そうに顎に手をあてて考えている。
 それにしてもサーヴァントではないノクトに、神霊の声が聞こえるというのは、一体どういう事なのだろうと、リュンクスは不思議に思った。
 セルディールとの関係にしても、まだろくに説明を受けていない。
 聞きたい事は山のようにある。
 頭の中で質問を練っていると、唐突に視界が開けた。
 
「海だ……!」
 
 いつの間にか足元は白い砂浜に変わっていた。
 初めての海に、リュンクスは足を止めて凝視する。
 空は晴れており、海水は眩いコバルトブルーに輝いていた。遮るものが何もない広大な空間で、太陽光が満ち満ちている。何もかも、とても明るく鮮やかな色彩で溢れていた。
 青い海水は微細な白い泡を伴い、奥から手前へ打ち寄せている。水がうねるように動くところを、リュンクスは初めて見た。
 ざーーんと波の音と共に、歌声が大きくなる。
 
「っつ……」
 
 隣に立ったノクトが、歌うように何かの呪文を唱える。
 いや、呪文ではなく歌か。
 それは海から聞こえる歌声に酷似していた。
 ノクトが歌った直後、海から聞こえる神霊の歌は急速に遠ざかり、静かになった。
 
「何をしたの?」
「静かにしてくれと頼んだだけさ」
 
 潮風に黒いローブをはためかせながら、ノクトは不敵に微笑んだ。
 
「せっかく二人だけの散歩なのに、第三者の介入は無粋だろう。さあ、一緒に波打ち際を歩こうか」

 戸惑っているリュンクスの手を引き、ノクトは浜辺を歩いた。手を伸ばせば、海水に触れるぎりぎりのところまで進んでいく。
 柔らかい白い砂は踏み出す度に陥没し、油断しているとブーツの中に入りこんでくる。しかし波打ち際まで歩くと、砂は湿り気を帯びて固くなった。
 慣れないリュンクスが波で濡れないよう、ノクトは絶妙なラインを先導して歩く。
 途中で、竜の子が目を覚ました。
 竜の子は初めて見る海に目を丸くしていたが、やがてリュンクスの肩から飛び立って空を飛び始めた。海風に乗って飛ぶのが面白いらしい。
 
「……セルディールさんは養い親で、先輩の本当の両親じゃないんだよね。先輩の両親は?」
 
 リュンクスは、ずっと抱いていた疑問をぶつけた。
 本当は、ノクトが神霊の干渉をはねのけた方法について聞きたい。だが、素直に答えてくれそうにないので、回り道をすることにした。
 
「分からない。私は孤児だからね。海辺に捨てられていたんだ。孤児院で十年くらい育てられた後に、セルディールに拾われて彼の養子になった」
 
 ノクトは、深刻な内容のわりに、あっさりした口調で答える。
 
「本当の両親については……まあ、推測できてるんだけどね。会いに行った事もある」
「その人達も、この辺りに住んでるの?」
「そうだねえ、半分当たりで半分外れかな。私の親のことなど、どうでもいいじゃないか。それよりも、初めて見る海はどうだい?」
 
 質問を続けると、ノクトは急に話題を変えた。
 リュンクスは立ち止まって、寄せては返す波を眺める。
 
「すっごく綺麗だと思う」
 
 その感想に、ノクトは嬉しそうに笑う。
 
「気に入ってもらえてよかったよ」
 
 しかし、リュンクスは誤魔化されないぞ、と口をへの字に曲げた。
 
「俺は先輩に自分の両親を知られてるのに、先輩はだんまりかよ。ずるい」
「ははは、カノン・ブリストなら公平フェアじゃない、と言うところか」
 
 ノクトは陽気に笑った。
 
「だけど私はカノンではないから、公平さには拘らない……そうだ、良いことを思い付いたよ、リュンクス。私の本当の親が誰か当ててみないかい?」
「えぇ?」
 
 リュンクスは困惑したが、ノクトの次の台詞で俄然やる気が出た。
 
「当たったら、何でも一つ言うことを聞いてあげるよ」
「マジ?! 男に二言は無いな?」
「ないない」

 先輩に何を強請ねだろうか、とリュンクスは浮き浮きした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...