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*一年前* 海神の子
152 交渉
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ぼうぼうと、腹の底に染みるような、低音の歌声が響き渡った。
鯨は、潮を含む風を吹き上げる。
何の用だと、神霊はリュンクスに問い掛けた。
「……」
「ほら、話すんだろう」
スケールが大き過ぎる相手を前に、リュンクスは固まってしまっている。
ノクトが軽く肩を叩いた。
それでようやく、呪縛が解ける。
リュンクスは必死に、渾身の力を振り絞って、神霊と交信を試みた。
「人間があなたの祠を壊したことを、謝罪する。犯人は俺たちが罰するから、こちらに引き渡して欲しい」
鯨は唸った。
代わりはあるのか?
「代わり?」
神霊の言葉は、人間の言葉と違う。
歌に乗せて感情が伝わってくる。それをリュンクスは、本能で理解して、人間の言葉に翻訳している。
神霊は、ただ謝罪するだけではなく、誠意を見せろと要求していた。
「贄の代わりに、酒樽を沢山流すと伝えればいい」
ノクトは、リュンクスの肩に手を置いて言った。
酒樽? そんなんでいいの?
リュンクスは疑問でいっぱいだが、神霊の前でノクトと個人的な話をする余裕は無かった。
「あなたに酒を捧げるから……」
居酒屋で見かけた酒樽を思い浮かべる。
そのイメージは、神霊にも伝わる。
鯨は、喜びの感情を伝えてきた。
ごうっ……と強風が吹き荒れる。
黒雲が晴れ、陽の光が射し込んだ。
光の下に現れた鯨の巨体は、神々しい輝きをまとい、ゆっくり反転する。
鯨は海の下に帰ろうとしている。
一瞬が永遠に感じるような時間を掛け、巨体はずぶずぶと水に沈んでいく。
最後に尾びれが水面を叩くと、盛大な水しぶきと共に、七色の虹が空にかかった。
浜辺に押し寄せていたケートス達は、主の気が変わった事に気付き、帰投を始める。
海は徐々に穏やかになっていった。
鯨が去った後も少し呆然としていたリュンクスだったが、気持ちが落ち着くとノクトを振り返った。
ノクトは、いつも通り涼しい顔でリュンクスの後ろに佇んでいた。
「……ノクト先輩も、神霊と話ができたんじゃ」
自分がしゃしゃり出て話をする必要は、もしかして無かったのでは。
今更ながら、リュンクスは疑問に思う。
「私は、彼らに近過ぎて話にならない。彼らの怒りに引きずられてしまう」
ノクトは、慈しむような笑みを浮かべ、答えた。
「人間の立場で交渉できるのは、リュンクス、君がいる時だけなんだよ」
その答えに一応納得したリュンクスだが、ノクトの言い方が気になった。
恐る恐る聞く。
「彼らに近過ぎるって……先輩は、神霊なの?」
ぷはっ、とノクトは吹き出した。
「ふ、ははは! 何でそうなるんだい? 私は人間だよ」
「だって先輩が紛らわしい言い方するから」
「私は神霊と人間のハーフで、実際のところ、ほとんど人間の側だ。水に入ったら普通に溺れる」
ほら、温かいだろう。
ノクトはそう言って、リュンクスを抱きしめた。
規則正しい心臓の鼓動の音と、冷涼な外見に見合わず熱い体温に触れて、リュンクスは安心する。
「そういえば……酒樽を流すって、本気?」
「うん。まあ、後でレナールに調達してもらおう」
経費で落ちると思うよ、とノクトは飄々と宣った。
「ノクトー!」
海の方から呼ぶ声。
ちょうど、船に乗ったレナール達が戻ってくるところだった。
手を振る彼らに応じて、リュンクスも手を振り返す。
「犯人をグラキアスの魔術師に引き渡せば、今回の仕事は終わりだ」
「先輩?」
「……」
何となく妙な気配を感じて、リュンクスはノクトを見上げる。
「私はもう十分働いた。後処理はレナールに押し付けて、トンズラしよう」
「えっ?!」
「合流する前に、逃げるよリュンクス」
「えええーっ?!」
ノクトは混乱するリュンクスを引きずり、そそくさと海岸から立ち去った。
鯨は、潮を含む風を吹き上げる。
何の用だと、神霊はリュンクスに問い掛けた。
「……」
「ほら、話すんだろう」
スケールが大き過ぎる相手を前に、リュンクスは固まってしまっている。
ノクトが軽く肩を叩いた。
それでようやく、呪縛が解ける。
リュンクスは必死に、渾身の力を振り絞って、神霊と交信を試みた。
「人間があなたの祠を壊したことを、謝罪する。犯人は俺たちが罰するから、こちらに引き渡して欲しい」
鯨は唸った。
代わりはあるのか?
「代わり?」
神霊の言葉は、人間の言葉と違う。
歌に乗せて感情が伝わってくる。それをリュンクスは、本能で理解して、人間の言葉に翻訳している。
神霊は、ただ謝罪するだけではなく、誠意を見せろと要求していた。
「贄の代わりに、酒樽を沢山流すと伝えればいい」
ノクトは、リュンクスの肩に手を置いて言った。
酒樽? そんなんでいいの?
リュンクスは疑問でいっぱいだが、神霊の前でノクトと個人的な話をする余裕は無かった。
「あなたに酒を捧げるから……」
居酒屋で見かけた酒樽を思い浮かべる。
そのイメージは、神霊にも伝わる。
鯨は、喜びの感情を伝えてきた。
ごうっ……と強風が吹き荒れる。
黒雲が晴れ、陽の光が射し込んだ。
光の下に現れた鯨の巨体は、神々しい輝きをまとい、ゆっくり反転する。
鯨は海の下に帰ろうとしている。
一瞬が永遠に感じるような時間を掛け、巨体はずぶずぶと水に沈んでいく。
最後に尾びれが水面を叩くと、盛大な水しぶきと共に、七色の虹が空にかかった。
浜辺に押し寄せていたケートス達は、主の気が変わった事に気付き、帰投を始める。
海は徐々に穏やかになっていった。
鯨が去った後も少し呆然としていたリュンクスだったが、気持ちが落ち着くとノクトを振り返った。
ノクトは、いつも通り涼しい顔でリュンクスの後ろに佇んでいた。
「……ノクト先輩も、神霊と話ができたんじゃ」
自分がしゃしゃり出て話をする必要は、もしかして無かったのでは。
今更ながら、リュンクスは疑問に思う。
「私は、彼らに近過ぎて話にならない。彼らの怒りに引きずられてしまう」
ノクトは、慈しむような笑みを浮かべ、答えた。
「人間の立場で交渉できるのは、リュンクス、君がいる時だけなんだよ」
その答えに一応納得したリュンクスだが、ノクトの言い方が気になった。
恐る恐る聞く。
「彼らに近過ぎるって……先輩は、神霊なの?」
ぷはっ、とノクトは吹き出した。
「ふ、ははは! 何でそうなるんだい? 私は人間だよ」
「だって先輩が紛らわしい言い方するから」
「私は神霊と人間のハーフで、実際のところ、ほとんど人間の側だ。水に入ったら普通に溺れる」
ほら、温かいだろう。
ノクトはそう言って、リュンクスを抱きしめた。
規則正しい心臓の鼓動の音と、冷涼な外見に見合わず熱い体温に触れて、リュンクスは安心する。
「そういえば……酒樽を流すって、本気?」
「うん。まあ、後でレナールに調達してもらおう」
経費で落ちると思うよ、とノクトは飄々と宣った。
「ノクトー!」
海の方から呼ぶ声。
ちょうど、船に乗ったレナール達が戻ってくるところだった。
手を振る彼らに応じて、リュンクスも手を振り返す。
「犯人をグラキアスの魔術師に引き渡せば、今回の仕事は終わりだ」
「先輩?」
「……」
何となく妙な気配を感じて、リュンクスはノクトを見上げる。
「私はもう十分働いた。後処理はレナールに押し付けて、トンズラしよう」
「えっ?!」
「合流する前に、逃げるよリュンクス」
「えええーっ?!」
ノクトは混乱するリュンクスを引きずり、そそくさと海岸から立ち去った。
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