山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 冬至祭

163 妖精は死んだらどこへ行くか

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 リュンクスは、セドリックに聞いた事を話した。
「部屋の外に出たい」というセドリックの願いを説明し、師匠に助力を仰ぐ。地縛霊を土地から開放するには、どうしたらいいか、教えて欲しいと頼み込んだ。
 
「セドリックは、自分を地縛霊だと思っているのか?」
 
 セイエルは何故か、難しい表情をしている。
 
「違うんですか?」
「ちがう」
 
 思ってもみなかった否定を返され、リュンクスは瞬きした。
 それでは前提が根本からくつがえってしまう。
 
「おそらく、死んだ後に部屋から出られない事で、誤解したのだろうな。あの時は、現場を封鎖するため、霊魂を逃さぬよう結界が敷かれていた。地縛霊でなくても、教室から出られなかっただろう……」
 
 リュンクスの困惑を他所に、セイエルは淡々と言う。
 
「霊体というのは、非常に不安定ですぐ消えかねない代物しろものだと昔、塔で習いました」
 
 黙って聞いていたノクトが口を開く。
 滑らかな清流のような声で、彼は知識をそらんじた。
 
「人の霊魂は、神霊のそれと違って強度がなく、何か理由が無ければ、すぐに昇華するもの。また、消えそこねて地上に残っても、繋ぎ止めるよすがとなるもの、宿る場所が必要だ。だから、大概の死人は、地縛霊となる。強い未練の無いセドリックは、それこそ場所に縛られなければ、消えてしまうのでは」
「その理由があったとすれば、どうだ?」
 
 セイエルは、重々しい口調で続けた。
 
「魔術師としてのカーマインの研究は、妖精は死んだらどこへ行くか、というものだった」
「妖精は死んだら……まさか」
 
 ノクトは、何やら理解したようだ。
 まだ何のことか分かっていないリュンクスに、セイエルは視線を戻す。
 
「リュンクス、彼は場所に囚われていない。行って開放してやれ。お前はもう自由なのだと、教えてやるのだ」
 
 その役割は、同級生のセイエルの役割なのではないだろうか。
 リュンクスは、なぜ先生が名乗らないのか、焦れったい気持ちだった。
 
「先生! セドリックは、誰もマスターの名前を覚えていないと落ち込んでいたんです。先生が行って、慰めてあげないんですか?」
「それは私の役割ではない」
 
 セイエルは、口の端をゆるめ、自嘲しているような笑みを見せた。
 
「傍観者であった私には、その資格は無いのだ。愚かで傲慢な若者だった頃、止められたかもしれぬ運命を、私はただ座して見ているだけだった」

 その告解は、自分が聞いてよいものなのだろうか。
 リュンクスは戸惑っていたが、どうやらセイエルの中で既に結論は出ているらしい。冷えて固まった溶岩のように、先生の言葉は冷厳としていた。

「それに、私はセドリックと会話した事もない。私は、カーマインと賭けをしていた。その賭けに負けたから、彼の頼みを聞いてやった。ただ、それだけだ」
 
 ざあっと風が吹いて、木々が揺れた。
 白い花びらのような冷たい欠片が風に混じる。
 雪が降ってきた。
 ノクトは、ちらりと雪が降り出した空を見上げ、ついで立ち尽くしている後輩を見下ろした。

「どうする? リュンクス」
「どうするって……」
 
 セドリックに関する相談は、一区切りした。
 後は、部屋の外に出るようセドリックに話すだけだ。
 リュンクスは決断する。
 
「今から、セドリックに会いに行く」
「今から? 塔は閉まっているよ」
「でも、今日じゃないといけないんだ」
 
 冬至祭に、マスターと一緒に十一階で雪景色を見たと、セドリックは言った。
 その光景をもう一度、セドリックに見せてやりたい。
 
「冬至の日は、悪霊の動きが活発になる。塔の中は、危険な状態だ。行くなら気を付けなさい」
 
 セイエルは、止めなかった。
 まさか先輩は止めないだろうと見上げると、やっぱり彼はニヤニヤ楽しそうに笑っている。
 
「塔の中に入るなと釘を刺された直後だけど、リュンクスの頼みとあれば仕方ないな」
 
 乗り気の先輩と共に、リュンクスは先生に礼を言って歩き出す。
 真夜中に塔を探検した時に教えてもらった、塔の裏門を目指した。
 塔の塀に沿って半周し、薄暗い道を足早に進む。
 以前そこを通った時は見張りはおらず、合言葉を知っていれば難なく通り抜けられた。
 しかし、今夜は違う。
 裏門の前には、煌々と篝火が焚かれ、見覚えのある魔術師が守りに付いていた。
 
「カノン?!」
「……リュンクス。どうしてここに」
 
 篝火の前に立つカノンは、目を丸くしてリュンクスを見た。
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