山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 冬至祭

162 師弟

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 正午を過ぎると、太陽は早々に森の向こうへ沈んでしまった。昼間なのに夜空が広がる。空は、薄紫と群青の絵の具を混ぜ合わせて塗ったような、独特の色合いだ。一年の内もっとも日が登っている時間が少ない、冬至祭ならではの光景である。
 冬至祭の日は、朝は祭りの準備、日が落ちた午後はパーティーになる。空は暗いが塔の周辺は篝火が焚かれ、テーブルの上には燭台がいくつも置かれて眩しい。
 人々は陽気に騒ぎ、祭りを楽しむ。
 祭りの裏では、退魔の役割を持つ魔術師が、神経を尖らせて結界を維持している。塔は当然ながら魔術師が多いため、守護に全力を回す必要はない。
 結界を張る教師は、当番制を組んで交代で見張っているらしい。自分の番が終わったらパーティーに参加する。塔ならではの、ゆったり和やかな雰囲気だ。
 リュンクスは、どこかで働かされているカノンを思いながら、食事をついばむ。ノクトの隣で、話を振られれば答え、それなりに社交をこなした。
 やがて食事が一段落してデザートが出回る頃、ノクトの話に満足した学生達はやっと去っていった。
 
「やれやれ。せっかく塔に帰ってきたのに、休む暇もない」
 
 ノクトはぼやきながら、リュンクスが確保しておいた皿から食事を取る。彼は、後輩達や入れ替わりに様子を見に来る教師と会話していて、あまり食べていなかった。
 
「このピザは君が作ったのかい?」
 
 冷えて固まったピザをかじりながら、聞いてくる。 
 
「分かるの?」
 
 リュンクスは、やや意地悪い気持ちで聞き返した。
 
「分かるよ。君の味がする」
 
 ノクトは優しい表情で微笑んだ。
 事実、香草とチーズが載ったそのピザは、自分が焼いたものだったので、リュンクスは「ふん!」と頬を赤らめながら、明後日の方向を見てジュースを飲む。
 
「ところで、君の幽霊の件だけど、セイエル先生に相談できたのかい?」
 
 ノクトの問い掛けに、リュンクスは急に落ち込んだ。
 
「まだ……」
「セイエル先生を捕まえられなかったのかい」
「忙しそうで」
 
 本当は、冬至までにセドリックを自由にしてあげたかった。
 冬至祭の間は、塔の中は誰もいなくなる。
 たった一人で研究室に取り残されるセドリックが可哀想だ。
 しかしリュンクスの怠慢により、解決しないまま、今日という日が来てしまった。
 今頃、セドリックは一人で七階の研究室にいる事だろう。その胸中を思うと、せっかくの先輩と二人きりなのに、気が晴れない。
 憂鬱そうなリュンクスを観察し、ノクトは苦笑した。
 
「やれやれ。私と初めて過ごす冬至だというのに、浮かない顔だな」
 
 ノクトは皿をテーブルに置いて「行こう」とリュンクスを促した。

「恋敵を増やしたくはないが、今日という祝日を晴れやかなものにするためには仕方ない。問題は早めに解決するのが私のモットーだ」
「先輩、どこへ」
 
 リュンクスを立ち上がらせ、ノクトは移動を始める。

「セイエル先生のところだ。君を悩ませている難問の答えを、先生に聞きに行こうじゃないか」 
 
 きっとカノンなら「セイエル先生が落ち着くまで待とう」と言うだろう。だがノクトは違う。彼は目的のためなら常識を気にせず行動できる。
 そこが二人の性格の差だ。
 ノクトはリュンクスを連れて、どんどん進んでいく。
 生徒達とは少し離れた木陰に、教師達の集まるテーブルがある。
 暗黙の了解でそこに生徒は踏み込まないのだが、ノクトは堂々と足を踏み入れる。彼はもう生徒ではないので教師の中に入っていけるのだが、手を引かれているリュンクスは学生なので肩身が狭い。
 
「セイエル先生」
 
 他の教師と酒を飲んでいるセイエルに声を掛ける。
 
「ノクトか」
 
 セイエルは渋い顔をした。
 
「休暇の許可は取っているのだろうな。この前はガウリルから嫌味を言われたぞ。愉快な弟子を持って私も鼻高々だ」
 
 海辺で一日仕事をサボった件を、遠回しに当てこすられている。
 叱責されたノクトは、全く動揺せず言い返した。
 
「いいじゃないですか。私をネタに、ガウリルと仲良くなって下さい。帝国にパイプが出来るのは、悪い事じゃない」
「全くお前は」
 
 セイエルの眉間のシワが深くなる。
 リュンクスは冷や冷やした。先生を怒らせるために来たのではない。ノクトがわざわざ、忙しい先生を自身の特権を使って捕まえてくれたのは、リュンクスのためである。
 意を決して、会話に割って入った。
 
「すみません、セイエル先生! ちょっといいですか?!」
「……リュンクス」
 
 セイエルは怒気を削がれたようで、少し驚いたようにリュンクスを見た。ノクトに対するのと違い、穏やかな口調で問いかけてくる。
 
「どうした?」
「研究でセイエル先生に相談したい事が」
「場所を変えよう」
 
 リュンクスが込み入った話をしようとしていると察し、セイエルは酒の入ったグラスをテーブルに置いた。
 ノクトとリュンクスを連れ、森の奥に移動する。
 
「忙しいのに、すみません」
「いや。抱えていることがあるなら、遠慮せずに言いなさい」
 
 セイエルは教師の顔で「このノクトは図々しいが、時にはこれくらいの図々しさは必要だ」とリュンクスをさとした。
 それを聞いて、一見、剣呑に見えたセイエルとノクトの会話も、単なるスキンシップだったのだと気付く。セイエルは本気でノクトに腹を立てていた訳ではないのだ。
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