山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 冬至祭

175 束縛と挑戦

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 カノンが「風呂で先輩の匂いを消したい」と言うので、リュンクスは寒い中、入浴セットを用意して外に出た。
 二人で朝の森を散歩する。
 いつもの川の畔で、カノンが湯を沸かした。

「先輩が耳飾りを贈ったということは、卒業後も相変わらずちょっかいを掛けてくるつもりなんだな……」
 
 別れ話をしろと言ったのに、とカノンは不満そうだ。
 だが本気でノクトと別れろと言っている訳ではない。
 本気なら、昨夜リュンクスが攫われる際にもっと怒って抵抗しているはずだ。カノンの口調は愚痴をこぼしている時と同じだったので、リュンクスは安心して突っ込みを入れた。
 
「カノンが煽るからじゃない? 先輩も負けず嫌いな人だよ」
 
 リュンクスは服を脱ぎながら答える。
 寒いので、裸になりたくない。足を湯に浸して温もりながら、上着を石の上に落とす。
 
「卒業後、リュンクスには俺の仕事の補佐をして欲しいと考えていたが……」
「え?」
 
 アウレルムに付いて行くと約束したが、将来の仕事までは考えていなかった。
 リュンクスは間抜けな顔で聞き返す。
 
「その表情、やはり考えていなかったんだな」
 
 カノンは眉根を寄せる。
 補佐というのは、宮廷魔術師の仕事の補佐なのだろうか。
 リュンクスは聞き返す。
 
「カノンも卒業したら、先輩みたいな仕事をするの?」
「いや。ブリスト家出身の魔術師は、中央府で文官になり、内政に携わるのが慣例だ。先輩は現場が多いようだが、俺はデスクワークが中心になるだろう」
 
 自分が直接現場に出向くのではなく、遠くから人に指示する仕事だと言われ、リュンクスは戸惑った。
 
「俺は……父さんと同じように、薬を作ったり魔道具を整備したり、人と会って悩みを聞いて解決する仕事がしたい……」
 
 それに、貴石級を取得できなかったとしても、リュンクスは自分の研究を続けたかった。せっかくセドリックが協力してくれたのだ。研究成果を何か形に残したい。
 自分の仕事で手一杯なのに、カノンの仕事を手伝えるだろうか。
 これから先、薬の材料を取りに行ったり、外に出る事も多くなるだろう。
 
「神霊に呼ばれる件は、どうするつもりだ? 不用意に出歩けば、神霊や高位の魔物に捕まるかもしれない」
 
 カノンは険しい顔で指摘した。
 
「俺の目の届かない所へは行くな。傍にいろ」

 神霊に襲われた件を持ち出されると、リュンクスは分が悪い。
 だが、だからと言って籠の鳥になるつもりはなかった。
 
「嫌だ」
「リュンクス」
「アウレルムに行くとは言ったけど、それ以上の約束はしてない」
 
 無言のままのカノンが手を伸ばしたので、リュンクスはビクッとした。しかしカノンは、いつもの通りリュンクスの体を洗い始める。
 
「……在学中に貴石級を取得できたら」
 
 カノンは少しして口を開いた。
 
「貴石級……君の研究は卒業後も続けるべき、という一定の評価が下されれば、仕事については認める」
「王様かよ」
「俺は君のマスターだ」
 
 リュンクスと口喧嘩しながらも、カノンは手を止めない。
 丁寧な手付きで、長くなったリュンクスの黒髪を洗う。
 
「俺の庇護を否定するなら、力を示せ。無理なら自分は弱いと認めて、俺の奴隷になれ」
「っ!」 
 
 清々しいまでに圧倒的な支配者の台詞だった。
 カノンに屈服し、その支配下に下るのは、きっと甘美だろう。
 背筋に快感に似た戦慄が走る。
 
「分かったな、リュンクス」
「……お前の思い通りにはならない。近い内に、俺も貴石級を取る」
 
 サーヴァントの自分が悦んでいるのを押し殺し、リュンクスは強気に言い返した。
 この賭けは、勝っても負けても悪い結果にはならない。
 悔いの無いよう、精一杯、全力を尽くすまでだ。
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