山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*現在* 天空の城

192 交渉成立

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 即座に覚悟を決め、その場に留まる。
 鋭く長い薔薇の棘が、リュンクスの足首に巻き付き、肌を貫いてくる。血が石の床にしたたった。
 それでも膝を折るつもりはない。
 
「はっ、血が欲しいならくれてやるよ」
 
 リュンクスは、凄惨に笑む。
 痛みを無視して呪文を口ずさんだ。
 
「我が血、我が言葉を汝に捧げる。汝、供物を代償として、我に献身せよ!」
 
 精霊を動かす術は使えないにしても、魔力を餌に魔物を操る術は行使できる。リュンクスは自身を贄にして魔術を発動する。
 通常なら、人間の魔術師よりも、高位の魔物である吸血鬼の方が力が強い。しかし、塔の魔術師は話が別だ。塔で五年学んだ魔術師は一騎当千として、各国から嘱望される程の力を持つ。
 
「お返しするぜ」
 
 薔薇の蔓は反転し、リュンクスを離れた。
 逆流し、本来の主であるガーネットに牙を剥く。
 
「ここまでだ」

 カノンは、銀の短剣で切り込む。
 彼は後ろのリュンクスを振り返らず、相棒が襲われても足を止めなかった。進み続けた結果、ガーネットの目の前に到達する。
 金色の炎をまとった剣先を、彼女の眼前に突き付けた。
 
「っ……」
 
 ガーネットは動きを止める。
 
「この炎に、その瞳。竜人の末裔なの? それに私の薔薇を逆に支配するなんて……あなた達、何者かしら」
「ディーガの書簡を拾って読め。話は、それからだ」
 
 カノンは、ゆっくり剣先を降ろした。
 いつの間にか薔薇は動きを止めている。
 
「……」
 
 ガーネットは、ドレスの裾をさばいて歩みを進め、石畳に転がった巻物を拾った。

「五つの都市で、タイミングを合わせて兵を出し、首都ヌンキを奪還する、ね。そうできれば理想的でしょうけど、ここから西南の都市ルクバトへ行けるかしら」
 
 魔術が使えれば、連絡などすぐに取れるのに、とガーネットは苛立たしげだ。リュンクス達も全く同感である。
 
「お前たちも魔術が使えずに苦労しているのか?」
「そうよ。魔術が使えれば、お風呂に入れるのに。この辺の水は汚いから、魔術で浄化して使っているのよ。もう何日、体を洗っていないかしら。それもこれも、あの羽虫どものせい……!」
 
 明後日の方向に怒っているガーネット。
 リュンクスは、どうやら戦いは終わりだと、安堵に胸を撫で下ろす。にわかに緊迫感は失われ、雑談の空気になっていた。

「あなた達、魔術の封印を解けないの? 魔術さえ使えれば、私一人でも首都ヌンキを取り戻してあげるわよ」
 
 ガーネットは、読み終わった手紙をひらひらさせて言う。
 
「また他力本願な」
 
 リュンクスは呆れた。
 
「書簡を持ってくるくらいだから、やる気があるんでしょ。魔術の封印を解く方法を見つけなさいよ。約束するなら、協力してあげる」
 
 吸血鬼の誇りとやらは、どこへ行ったのだろう。
 ガーネットは、手のひらを返して気軽に依頼してくる。もともと彼らの問題なのに、リュンクス達を利用する気満々だ。
 カノンは溜め息を吐くと剣を鞘に収め、ハンカチを手に「大丈夫か」とリュンクスに歩み寄る。そして心配そうに足首の傷痕を観察した。魔術が使えれば、このくらいの傷なら治してしまえるのだが。
 
「……」
 
 手当の様子をじーっと見つめてくるガーネット。
 凝視されてリュンクスは落ち着かない気分だ。
 
「ここから、西南の都市ルクバトに通じる道があると聞いたが」
 
 傷薬を塗ってハンカチを巻くと、カノンは立ち上がってガーネットに問い掛けた。
 ディーガによると、通常ルクバトに向かうには首都ヌンキを経由するのだが、アウストラリスからルクバトに抜ける裏道も存在するらしい。
 
「あるけど、途中に死霊街があるから、通れないわよ。死灯鳥という魔物が飛び回っているわ」
「死霊街だと? 吸血鬼は死者を恐れるのか?」
「あなた達、吸血鬼が夜の貴族だからって、陰気の魔物と一緒にしてない? 私達吸血鬼は、妖精の一種よ」
 
 アンデッドを操る力も追い払う力も無いと、ガーネットは肩をすくめて見せる。
 
「死霊街かぁ。その道しかないの?」
「嫌なら人間らしく獣道を開拓しなさいよ。私は知らないわよ」
 
 リュンクスは、カノンと顔を見合わせる。
 北の都市は翼人に占領され、南の都市へ行く道には死霊街が立ちはだかる。どちらも御免こうむりたいが、どちらか選ぶしかない。
 
 
 
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