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Light in the Dark(闇の中の光)
第44話 隠居希望の王子
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ドルトン伯爵の屋敷に居着いて、数日経った。
主のいない屋敷の手入れをしている使用人は、不思議な幸運が次々と舞い込んで喜んでいる。
「腰痛が治ったぞ」
「お肌がつやつやになったみたい」
「腐り掛けてた林檎が、新鮮な状態に戻ってるわ」
もちろん犯人はリトスだ。
家主の息子と偽って居座るのが良心にとがめるので、世話になる代わりに簡単な魔術で彼らの悩みを解決してやった。
「リトス様が来てから、何だか良いことばかり起きますのぅ」
「気のせいだよ」
「旦那様には内緒にするので、どうぞゆっくりしていって下さい」
老齢の執事は、本心からリトスを歓迎しているようだ。主人の息子ではないと、勘づいているかもしれない。それでもリトスの所作は貴族のそれなので、どこかの高位貴族の子息かもしれないと考え、丁寧に応対している。それに、たとえ偽物でも、行儀が良くて幸運を呼ぶ少年だと、好意的に見てくれているようでもある。
おかしいな。なんで嫌われないんだろ。
「ゆっくり、か」
あんまり、ゆっくりしてもいられないんだけどな。
ドルトン伯爵家は、仮の宿だ。
魔力の吹き溜まりを探しに危険な魔界に旅に出るか、あるいは落ち着いて魔力の回復に専念できる場所に移動するか。近いうちに決めなければならない。
レイヴンは追い付いてくるだろうか。
絶対に追いかけてくるだろうと、半ば確信している。最悪、降参した振りをし、隙を見てレイヴンから魔力を奪取してやろうか。
悩んでいると、老齢の執事が来客の知らせを持ってきた。
「坊っちゃん、お客様ですよ」
「俺に?」
「あ。エリザお嬢様に会いに来ていた方です。ついリトス様に声を掛けてしまいました」
一時期エリザは、この屋敷を使い、人目を忍んで男と会っていたらしい。その男のことを、父親は知らないようだ。
これは好機かもしれない。
グレイドリブンの【剣の乙女】について調べた結果、リトスは必ず最北に向かう旅人について、当たりを付けていた。
推測が正しければ、エリザを訪ねてきた男はきっと―――
「っつ」
男が待つという花壇に降りると、その場所に残っていた記憶がリトスに流れ込んだ。
手すりに捕まって目眩をやり過ごす。
ゆっくり目を開けて顔を上げると、庭園の糸杉の下に、灰色の髪の男が立っていた。
まるで世捨て人のような風情の、覇気のない男性だ。腰に剣を装備し、騎士の格好をしているが、体格が良いわりに圧迫感が少ない。
横顔は隠しきれない厭世観が滲みでているが、庭の植栽を眺める眼差しは穏やかだ。
「姉がお世話になりました。アッシュ殿下」
リトスは、丁寧に声をかける。
目の前のくたびれた様子の男は、グレイドリブンの第三王子だ。
そして、剣の聖女エリザが、こっそり付き合っていた男でもある。
見知らぬ少年に声をかけられた男は、怪訝そうな顔をした。
「……エリザの弟だって? 私は聞いたことがないけれど」
「そうなんですね。でも俺は、姉からの手紙で知っています。姉は、あなたを、とても優しい方だと言っていました」
我ながら、息を吐くくらい、すらすら嘘が出てくる。
いつかレイヴンはリトスのことを「光の魔術師」だと言っていたが、やっぱり自分は最悪の詐欺師だと思う。
「そうか」
男―――グレイドリブンの第三王子アッシュの声音がやわらかくなる。
どうやら信じてくれたようだ。
エリザは、剣の聖女に選ばれ、辺境のドルトン伯爵領から王都にやってきた。アッシュと付き合っていたのは、王都に来てほんの数年の間。アッシュがエリザについて知らないことがあるのも当然だ。
リトスは、アッシュの腰の剣帯に目を留める。
「そこに、姉がいるのですか」
「……ああ」
アッシュは立派なこしらえの白鞘の剣をさげている。
彼は、その剣の鞘を、いとおしそうに撫でた。
グレイドリブンの【剣の聖女】―――別名、聖剣の乙女。
魔界の侵攻から国を守るため、十年に一度、国境の北盾教会に、聖剣を奉納する。聖剣を核にした古式ゆかしい結界により、魔物を追い払う仕組みだ。
その聖剣は、乙女の命によって鍛えられる。
「殿下は、奉納の旅に出る前に、最後に姉の思い出の場所である、当屋敷に寄られたのですよね?」
今回、聖剣を奉納しに行く役目は、第三王子アッシュが担うと決まっていた。
この王子は、これから国境に向けて旅に出るのだ。
「お願いがあります。俺を殿下の旅に連れていってください!」
リトスは賭けに出た。
安全に国境を越えるため、何とかアッシュ王子を味方に付けたい。
「子供を同伴させられる訳がない……と、言いたいところだが」
アッシュは腕組みして唸った。
「エリザの弟なら、話が別だ。気持ちは分かる。私も聖剣を奉納後、北盾教会の近くに隠居しようと考えているんだ。ちょっと色々、疲れてしまってね……」
恋人の化身である聖剣のかたわらで、静かに隠遁生活を送りたいのだと、アッシュは語る。
いわゆる出家だ。
そして、彼はリトスも姉を追って出家したいのだと勘違いしている。
しかし、誤解を解く必要はない。
「ありがとうございます! 殿下のお心を慰められるよう努力します」
リトスは承諾されたことにして、強引に押し切った。
主のいない屋敷の手入れをしている使用人は、不思議な幸運が次々と舞い込んで喜んでいる。
「腰痛が治ったぞ」
「お肌がつやつやになったみたい」
「腐り掛けてた林檎が、新鮮な状態に戻ってるわ」
もちろん犯人はリトスだ。
家主の息子と偽って居座るのが良心にとがめるので、世話になる代わりに簡単な魔術で彼らの悩みを解決してやった。
「リトス様が来てから、何だか良いことばかり起きますのぅ」
「気のせいだよ」
「旦那様には内緒にするので、どうぞゆっくりしていって下さい」
老齢の執事は、本心からリトスを歓迎しているようだ。主人の息子ではないと、勘づいているかもしれない。それでもリトスの所作は貴族のそれなので、どこかの高位貴族の子息かもしれないと考え、丁寧に応対している。それに、たとえ偽物でも、行儀が良くて幸運を呼ぶ少年だと、好意的に見てくれているようでもある。
おかしいな。なんで嫌われないんだろ。
「ゆっくり、か」
あんまり、ゆっくりしてもいられないんだけどな。
ドルトン伯爵家は、仮の宿だ。
魔力の吹き溜まりを探しに危険な魔界に旅に出るか、あるいは落ち着いて魔力の回復に専念できる場所に移動するか。近いうちに決めなければならない。
レイヴンは追い付いてくるだろうか。
絶対に追いかけてくるだろうと、半ば確信している。最悪、降参した振りをし、隙を見てレイヴンから魔力を奪取してやろうか。
悩んでいると、老齢の執事が来客の知らせを持ってきた。
「坊っちゃん、お客様ですよ」
「俺に?」
「あ。エリザお嬢様に会いに来ていた方です。ついリトス様に声を掛けてしまいました」
一時期エリザは、この屋敷を使い、人目を忍んで男と会っていたらしい。その男のことを、父親は知らないようだ。
これは好機かもしれない。
グレイドリブンの【剣の乙女】について調べた結果、リトスは必ず最北に向かう旅人について、当たりを付けていた。
推測が正しければ、エリザを訪ねてきた男はきっと―――
「っつ」
男が待つという花壇に降りると、その場所に残っていた記憶がリトスに流れ込んだ。
手すりに捕まって目眩をやり過ごす。
ゆっくり目を開けて顔を上げると、庭園の糸杉の下に、灰色の髪の男が立っていた。
まるで世捨て人のような風情の、覇気のない男性だ。腰に剣を装備し、騎士の格好をしているが、体格が良いわりに圧迫感が少ない。
横顔は隠しきれない厭世観が滲みでているが、庭の植栽を眺める眼差しは穏やかだ。
「姉がお世話になりました。アッシュ殿下」
リトスは、丁寧に声をかける。
目の前のくたびれた様子の男は、グレイドリブンの第三王子だ。
そして、剣の聖女エリザが、こっそり付き合っていた男でもある。
見知らぬ少年に声をかけられた男は、怪訝そうな顔をした。
「……エリザの弟だって? 私は聞いたことがないけれど」
「そうなんですね。でも俺は、姉からの手紙で知っています。姉は、あなたを、とても優しい方だと言っていました」
我ながら、息を吐くくらい、すらすら嘘が出てくる。
いつかレイヴンはリトスのことを「光の魔術師」だと言っていたが、やっぱり自分は最悪の詐欺師だと思う。
「そうか」
男―――グレイドリブンの第三王子アッシュの声音がやわらかくなる。
どうやら信じてくれたようだ。
エリザは、剣の聖女に選ばれ、辺境のドルトン伯爵領から王都にやってきた。アッシュと付き合っていたのは、王都に来てほんの数年の間。アッシュがエリザについて知らないことがあるのも当然だ。
リトスは、アッシュの腰の剣帯に目を留める。
「そこに、姉がいるのですか」
「……ああ」
アッシュは立派なこしらえの白鞘の剣をさげている。
彼は、その剣の鞘を、いとおしそうに撫でた。
グレイドリブンの【剣の聖女】―――別名、聖剣の乙女。
魔界の侵攻から国を守るため、十年に一度、国境の北盾教会に、聖剣を奉納する。聖剣を核にした古式ゆかしい結界により、魔物を追い払う仕組みだ。
その聖剣は、乙女の命によって鍛えられる。
「殿下は、奉納の旅に出る前に、最後に姉の思い出の場所である、当屋敷に寄られたのですよね?」
今回、聖剣を奉納しに行く役目は、第三王子アッシュが担うと決まっていた。
この王子は、これから国境に向けて旅に出るのだ。
「お願いがあります。俺を殿下の旅に連れていってください!」
リトスは賭けに出た。
安全に国境を越えるため、何とかアッシュ王子を味方に付けたい。
「子供を同伴させられる訳がない……と、言いたいところだが」
アッシュは腕組みして唸った。
「エリザの弟なら、話が別だ。気持ちは分かる。私も聖剣を奉納後、北盾教会の近くに隠居しようと考えているんだ。ちょっと色々、疲れてしまってね……」
恋人の化身である聖剣のかたわらで、静かに隠遁生活を送りたいのだと、アッシュは語る。
いわゆる出家だ。
そして、彼はリトスも姉を追って出家したいのだと勘違いしている。
しかし、誤解を解く必要はない。
「ありがとうございます! 殿下のお心を慰められるよう努力します」
リトスは承諾されたことにして、強引に押し切った。
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