嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉

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After the Rain(虹の架け橋)

第116話 善は急げ

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 ユエリのテンション高いけど、レイヴンお前何言ったの?
 昨日まで消沈していたユエリが、ファーランに戻りたいと真剣な顔で言ってきたので、リトスは少し驚いた。
 
「竜王陛下は間違っています。雨月公女にご相談し、どうにか戦争を止める手段を見つけたいです」

 雨月公女を味方にすること自体は、リトスも考えていた。
 可能であれば、ファーランの人々が自分たちの国を建て直す方がいい。権力者で人気のある雨月公女は、その糸口になりえる。
 雨月公女の部下であるユエリが動いてくれるなら、それにこしたことはない。

「リトス様、あなたに恩を返すどころか、助けを求めることになり、申し訳ありません」
「いやいや、はじめから恩を返せと言ってないし。それにファーランで、まだ果たしていない約束があるからね」

 水蓮と約束した。
 竜王シンエイと、悲しい別れはさせないと。
 真犯人に気付いた時点で、水蓮に言えば未来が変わっただろうか。
 言えなかったのは、それでも竜王シンエイの良心に賭けたかったからだ。彼の動機から考えて、水蓮の「好き」という言葉を聞き、考え直す可能性もあった。
 しかし、リトスの甘い選択は、最悪の結果をもたらした。
 二人の仲を修復することは、いかなリトスといえど不可能だが、せめて水蓮にもう一度対話の機会をあげたい。

「ただ、雨月公女も予想外の行動をしてるんだよな……」
「?」

 精霊鳥を各地に放っているので、リトスは彼女の状況を把握している。

「こっちの話。善は急げだ。転移魔術で戻ろうか」

 リトスたちは転移魔術を駆使し、帝国東部から、ファーランの閏都へ移動した。
 転移座標に指定したのは、ユエリたちメレフの元奴隷が住んでいる屋敷だ。雨月公女の屋敷は、彼女の雇っている護衛の魔術師の結界が敷かれており、家主の許可も取らず勝手に出入りすることははばかられた。もちろんリトス程の魔術師なら簡単にできるのだけど、それはそれとしてマナーというものがある。
 
「ユエリ! 坊ちゃん!」
「メイ、無事で良かった」

 再会を喜ぶ猫獣人の少女を、ユエリはぎこちない笑顔で抱きしめる。
 そこへ、おずおずと、赤ん坊を抱いた女性の獣人が声を掛けてきた。

「ユエリ、アドルフォなんだけど、あんたの代わりに雨月公女の護衛をすると言って、出て行ったよ。その雨月公女なんだけど、反逆者をかくまったとかで、王様のお怒りを買ってしまったみたい。王様から逃げ出して、行方知れずになってる」
「え?!」

 帰ってきた途端、急展開すぎる事態に、ユエリは驚愕する。

「最後にアドルフォと会ったとき、ユエリが帰ってきたら、いつもの武器屋に寄ってミスリルを引き取ってくれって言ってたわ」
「いつもの……分かりました。リトス様、少し付き合っていただけますか」

 ユエリに頼まれ、三人は街中に出る。
 閏都は、出た時と変わらず平和だったが、人々は落ち着かない様子だ。セイエイ王子の神水で被害を受け、王城の玉座に魔物が出没し、竜王が復活したと思ったら開戦宣言と、不安なニュースに事欠かない。
 
「ここがアドルフォが懇意にしている武器屋ですが」

 武器屋に入ったユエリは、中に入って店主と話した後、青ざめた顔で出てきた。手に丸めた紙片を握りしめている。

「預けられていたのは、ミスリルではなく、雨月公女ユーティン様からの文でした……」
「なんて書いてあったんだ?」
「自分のことは諦めるように、と。あなたの元の主を頼り、守ってもらいなさい、とそれだけしか書かれていません。ユーティン様は、死を覚悟されています」

 雨月公女ユーティンは、ユエリの元主人がリトスだということ、リトスが星瞳の魔術師だということを知っている。彼女はユエリを気遣い、一番安全な場所、つまりリトスの傍にいるよう伝言してきたのだ。

「ユーティン様……私がお守りすると誓ったのに……!」

 焦燥をあらわにするユエリの肩を、リトスは軽くたたいた。

「大丈夫だ」
「!」
「まだ間に合う。雨月公女のもとへ急ごう」



(※雨月公女視点)

 どうしても彼を見捨てられなかった。愚かで見栄っ張りな男だが、一人ぼっちの幼い頃の自分に話しかけてくれたのは彼だ。

「どうして私を助けたのだ?」
「理由などありません。それよりも早く歩いて下さい、殿下」

 ユーティンは、しょぼくれた子犬のようなセイエイ王子を促した。
 竜王陛下はセイエイ王子を追放すると偽り、殺そうとした。それを察知したユーティンは、彼を助け出し、追手を避けて東湖地方への逃亡を試みているところだった。
 人が多い街道ではなく、山野沿いの険しい道を、少人数で旅をしている。
 貴族育ちで旅慣れないセイエイとユーティンは、歩くだけでも精一杯だ。立ち止まって水分補給していると、馬の頭に小鳥が舞い降りてきた。

「あら、また来たの?」

 ユーティンが手を伸ばしても、小鳥は逃げない。黒い頭と背中に、真っ白な腹の鳥だ。ファーランでよく見るカササギという種類の鳥で、数日前からユーティンの周囲を飛び回っている。カササギは幸運の兆しという言い伝えがあるので、ユーティンたちは鳥が付いてくるのを好きにさせていた。
 
「米粒はあったかしら」

 その時、静かな森から一斉に鳥の群れが飛び立った。

「……ユーティン様。鳥に餌をやるのは、後回しにした方が良いかもしれんぞ」

 アドルフォが、戦斧を手に立ち上がった。
 遠くから複数人の足音が近付いてくる。
 雨月公女の従者は、それぞれ武器を構え、応戦の準備を整える。
 可能なら戦うことなく逃げ切りたい。
 誰もがそう願っていたが、森の中に隠れてやりすごそうとしたところ、すぐに見付かってしまった。

「私は言ったはずだ、常に冷静で論理的であれ、と」
「キリュウ叔父様」

 追手は、竜王シンエイの側近にして軍師、青蛇のキリュウだった。彼はユーティンの親族でもある。

「まるで後先考えていないような逃亡劇だ。いったい、どのような論理があって、セイエイ殿下を助けた?」

 剣先を向けてくるキリュウに対し、ユーティンは胸を張って答えた。

「いいえ叔父様、論理などございません。一時の感情に身を任せました」

 セイエイを助けたのに理由などない。
 強いて言えば、少女時代に彼に僅かながら好意を持っていた事くらいだ。最近は、おかしなアプローチを掛けてくるセイエイを、うざいとさえ思っていた。自分でも何故助けたのか謎である。

「なんと愚かな」

 正直に開き直ると、キリュウは心底軽蔑した眼でユーティンを見た。

「君は親族で唯一、期待できると考えていたが、間違いだったか。所詮は只の女だったということか」

 キリュウの鋭い剣先が、命を奪えと号令する瞬間、空からカササギが舞い降りてきた。

『いいじゃないか、考えなしで。案外、考えないで突っ走った方が、道が拓けるかもよ?』

 ほがらかな青年の声がする。
 ついで、ざぁっと風が木々を揺らす音と共に、無数の白い鳥の群れが、視界を乱れ飛んだ。

「何っ?!」

 キリュウの驚いた声。
 鳥たちが去った後、キリュウは消えていなくなってしまった。まるで手品のようだ。森の中は、元通り、静寂に木々が揺れている。
 いや、まったく異変がない訳ではなかった。

「お疲れ様」

 木漏れ日が、木の下に立つ青年を照らしている。
 彼の腕にカササギがとまり、褒めて!と言っているように尾羽根を上下させた。
 
「リトス……様……?」

 唐突に現れたリトスは、ユーティンを振り返り笑みを浮かべる。
 光の下で鳥たちが飛び交う幻想的な光景を見て、彼の星瞳の魔術師としての二つ名が分かった気がした。
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