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Time of Judgment(断罪の時)
第56話 秘められし過去
しおりを挟む―――十年前
その日は、リトスとリリアーナの、魔力レベルを測定する儀式があった。
神殿に行って、聖杯に沸く水の量で魔力の多寡を見定める。これは聖光教の国メレフ独自の測定方法で、聖杯の力により隠れていた力も明らかになるため、貴族は多額の献金を払って神殿で測定するのだ。
リトスは幼い頃から、無意識に魔力を低く制御していたが、さすがに神殿の測定は誤魔化せなかった。
「素晴らしい! なんという魔力量だ! しかも、希少な光属性とは。アルシャウカト家ご令息でなければ、神殿に勧誘していたところです」
聖杯のふちをこえて、とうとうと川のように流れ出す、輝く水。
儀式に立ち会った神官は大喜びし、父親のルイも満足そうだ。
「リトス、お前は私の自慢の息子だ」
そう褒められて、幼いリトスも満更ではなかった。
「……それに比べ、リリアーナ、お前は」
同時に測定した一つ年下の妹、リリアーナ。
「私の血を引きながら、これっぽっちの魔力しかないとは。それに、ありふれた火属性か」
リリアーナは、居心地が悪そうに床を見つめる。
父親は、失意の溜息をもらした。
貴族にとっては、高い魔力を持つことが全てだ。
高い魔力を持っていれば、出世できる。出世できれば、家はますます繁栄する。高い魔力を持つ子供を産ませられるかどうかが、貴族にとって全てだ。
この日、兄妹の明暗は分かれた。
リトスは上等な個室を与えられ、専門の教師を付けられて、魔術の勉学に打ち込むよう言われた。
敏い少年であるリトスは、何かがおかしいと分かっていた。
しかし、まだまだ未熟な少年なので、褒められ煽てられると、ぼんやり浮かんだ疑問を忘れてしまった。
欲しいものは全て与えられ、好きなものを食べて、好きな時間に寝て、好きなだけ魔術の勉強にひたる生活。
「……あれ? リリアーナは?」
「リリアーナ様は、お加減が悪いので、部屋にこもっておられます」
妹と会わなくなった。
そのことに疑問を抱いたのは、一か月後。
偶然も手伝ってようやく会った妹は痩せほそり、ボロボロの衣服を着て、雑巾を持って下働きをしていた。
リトスは、その姿にショックを受けた。
腹違いの妹リリアーナは、リトスの他愛ない悪戯に感激してくれる可愛い少女だった。それが、こうも変わり果ててしまうとは。どうして、こうなるまで放っておいたのだろうと、後悔する。
「リリアーナ! どうして、こんなことに」
リトスは侍女に、妹を着替えさせ食事をさせるよう命じた。
それで一時的に状況はよくなったものの、少し目を離すと、途端に侍女たちはリリアーナを虐《しいた》げた。
だんだん顔色が悪くなっていく妹は、放って置いたら餓死しかねないほどだ。
「こんな力を持っていても、妹ひとり守れないなんて……!」
父親に直談判しても、空気のように聞き流されるばかり。
このままでは妹が死んでしまう。
ある日、思いつめたリトスは、妹の手を引いて家を出た。
「行こう、リリアーナ。どこかに、僕たちが一緒に暮らせる場所が、きっとある」
行くあてもない家出だった。
アルシャウカト家の権力は、国のすみずみを支配している。遅かれ早かれ、連れ戻されるだろう。
しょせんは子供の浅知恵だ。
そのことを、リトスもリリアーナも痛いほど分かっていた。
街から離れた森の中で、これ以上歩けないと、リリアーナは立ち止まる。
「お兄様は、戻ってください」
「リリアーナは僕が憎くないのかい? 魔力の高低で差別されて、理不尽だと思わないのか?!」
リトスの叫びに、リリアーナは首をかしげた。
無邪気で、無垢な仕草だ。
「いいえ。お兄様は、リリアーナの自慢のお兄様だから。すごいのは当たり前です」
「!」
「お兄様は、とても優秀だから、一番強くなれます。伝説の星瞳の魔術師様になって、いつか私を迎えにきてください。約束ですよ」
彼女は、自分の不幸が、リトスのせいだと思っていない。
その純真さが、リトスを追い詰めた。
「いつか、じゃ遅いんだ! 今じゃないと!」
どうやったら、世界を変えられるだろう。
妹と手をつなぎながら、幼いリトスは最近、勉強した魔術の知識を思い返す。
地水火風のありきたりの魔術では、この最悪の状況に何一つ対抗できない。
奇跡を起こせるのは、光と闇の元素の精霊だけだ。
「天の高位精霊! 魂を救う光の御遣い! 我が呼びかけに応えよ!」
もし、自分が本当に光属性の天才魔術師だとしたら。
今ここで、奇跡を起こさせてほしい。
「僕は、どうなってもいいから! 妹を助けて!」
無茶苦茶な呪文詠唱だった。
ふつうなら、叶うはずもない願いだった。
しかし、聖地メレフで捧げられた願いであったこと、リトスが光属性であったこと、その魔力の大きさと、その願いが光の精霊の気を引く内容であったこと、複数の条件が重なって奇跡は起こった。
世界は、書き変わった。
リトスとリリアーナの立場を逆転させる魔術。魔力測定の儀式の結果を入れ替える。
魔術は、無から有を生み出すことはできない。
あくまでも等価交換の方式だ。
人の認識は夢幻のようなもの。儀式の結果とその後の数か月分の記憶が、少しすり替わるだけ。
こうして、リトスは無能、落ちこぼれと呼ばれるようになり。
反対に、リリアーナは才女だと讃えられるようになる。
立場が入れ替わったと言っても、以前と完全に同じにはならなかった。長男のリトスは、食事を与えられないほどの虐めは受けず、同年代の遊び相手を欲していた王太子に気に入られてからは、待遇が良くなった。
ただ、リトスの魔力が低く、リリアーナの魔力は高いという話になっただけ。
誰一人、本当のことを記憶していなかった。
術者である、リトスさえ、いっとき忘れていたのだ。
しかし、天の高位精霊、光の聖鳥セマルグルは、この切なる願いを聞き届け、リトスに目を留めていた。
この時の願いがきっかけで、精霊界に呼ばれ、星瞳の魔術師になるなど……リトス本人は、思ってもみなかったのだ。
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