嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉

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The Siblings' Oath(兄妹の約束)

第62話 エスコート

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(※リリアーナ視点)

 白葉館が火事になり、カナン王子が押し入って罪を摘発した後、リリアーナは自宅に軟禁された。
 兄は、王城の牢に捕まっているらしい。
 国王の命令で見張りに来た兵士は「兄の命が惜しくば大人しくしていろ」とリリアーナを脅した。

「どうして、ご当主様はリトス様を廃嫡しなかったんでしょうね。ヘマをして捕まる未来が、目に見えていたじゃないですか。あんな軟派男、一族の恥ですよ。なぜリリアーナ様は、あんなお兄様を援護されるのですか。いい加減、見限るべきです!」
「……」
「聞きましたか、リリアーナ様。アルシャウカト家の者が、次々と捕まっているそうです。私達も逃げましょう!」

 侍女が声高にさえずっている。
 リリアーナは優雅にティーカップを傾けた。

「うるさいわね」

 その一言に、侍女は怯えた表情になり、黙った。

「あなたが、お兄様の何を知っているというの?」
「申し訳ありません、リリアーナ様。ですが私は、お嬢様のためを思って」

 言い募る侍女に、カップの中の紅茶をぶちまける。

「……」
「私が、はじめてお兄様の魔術を見たのは、うんと小さい時で、いくつか覚えていないくらいよ。お兄様は、魔術で石を蝶に変えてみせたの」

 後で、実は幻だったのだと種明かしされたけれど、その時に見た蒼い蝶々の儚い美しさは、よく覚えている。

「そう、こんな風な」

 リリアーナは手を顔の前に上げ、息をふぅっと吹きかける。
 そこに蒼い炎が灯り、炎はやがて蝶に姿を変えた。

「ひっ」

 蒼い炎の蝶は、ひらひら宙を舞い、侍女をかすめて飛ぶ。
 途端に侍女の服に火が付く。

「お助けを! リリアーナ様!」
「ふふ。上手に踊ったら、お兄様への不敬を許してあげるわ」

 火だるまになって、もがき苦しむ侍女を前に、リリアーナは悠然と笑った。
 その常軌を逸した様子に、遠巻きに見ていた侍女たちが後ずさりする。
 蒼炎の魔女。
 リリアーナが、火の魔術を極めて生み出した炎の蝶は、本物の蝶々のように群翔し、彼女の敵を燃やし尽くす。彼女の魔術を見た同級生や教師は、畏怖と敬意をこめて、彼女を魔女と呼んだ。

「もう、十分待ったわ。そろそろ、お兄様を迎えに行っても良い頃合いよね?」

 リリアーナは、漆黒のドレスの裾をひるがえし、立ち上がる。
 その周囲に、無数の蒼い蝶々が出現した。
 危険を感じた侍女たちは、一斉に逃げ出す。
 侍女たちの判断は正しかった。散開した蝶の群れは、家具やカーテンに火を付け、屋敷を火の海に変えたのだ。
 渦巻く炎の中央で、リリアーナは鈴を転がすような笑い声をあげる。

「あははっ! もっともっと、お兄様を困らせたいわ」

 優しい兄は、侍女を殺したことを良く思わないだろう。
 あの兄の困った顔を想像すると、奇妙な満足感と興奮が沸き上がる。
 誰もいなくなった廊下を炎を引き連れて進み、リリアーナは屋上を目指した。そこには、希少な影翼馬ナイトメアが飼育されている。幻獣を飼育できるのは貴族の特権だが、影翼馬はこの国でアルシャウカト家しか所持していない。
 怯えたように足踏みする影翼馬ナイトメアの背に飛び乗り、リリアーナは命じた。

「王城に飛んで頂戴」

 影翼馬はいななき、月光を浴びながら、空中を駆けだした。
 


 王城に近づくと、賑やかな音楽と共に灯りが見えた。
 大広間では、パーティーが催されているらしい。
 リリアーナは、広間につながる露台に影翼馬ナイトメアを着地させた。影翼馬が足踏みし、空中で何かを踏み抜いた気配。宮廷魔術師が王城に仕掛けた結界を破ったのだ。
 大したことないわね。彼女は蒼い蝶の群れを引き連れ、馬から滑り降りる。
 
「あなたは……きゃあっ!!」

 露台に涼みに出ていたドレス姿の女性が、悲鳴を上げる。
 カーテンが燃え上がり、ドレスに火が付いたからだ。炎をまとって踊り狂う女性の脇をすり抜け、リリアーナは広間に踏み入る。
 
「皆さん、ごきげんよう」

 途端に、広間が異変に気付いて騒然となった。
 誰かがつぶやく。

「……アルシャウカトの魔女だ」

 淑女に向かって失礼ね。私は、パーティーに来ただけよ?
 リリアーナの歩みに沿って、蒼い蝶が乱舞し、燭台の炎が急に勢いを増す。
 パーティーの参加者は、先を争って逃げ出した。
 演奏は止み、音楽の代わりに悲鳴が広間に響く。

「止めるんだ、リリアーナ嬢!」
「おさがり下さい、殿下!」

 元婚約者の声に、リリアーナはそちらに視線を向ける。
 カナン王子が困惑した表情で、こちらを睨んでいる。

「なぜ、こんなことを?! 君が罪を重ねることを、リトスは望んでいないぞ!!」
「お兄様は、そうですわね。だから私は、邪悪な魔女になりたいのですわ」

 リリアーナは微笑んで、右足を後ろに引き、少し頭を下げて礼の形を取った。

「ダンスのお誘いありがとうございます、殿下。華麗に舞わせていただきますわ」

 それは戦いの始まりの合図だった。
 炎の蝶が乱れ飛び、カナン王子の前に出て防御魔術を使おうとした側近を焼き尽くす。

「ダレン!! ―――よくも」

 親しい側近だったのか、王子は衝撃を受けた表情になった。
 しかし、すぐに我に返り、決意したように腰の剣に手を添える。
 彼は身体強化の使い手だ。
 腰だめに構える姿勢から、力強く踏み込むと、風が唸る音がして、蝶が吹き飛んだ。
 すぐ目の前に、抜剣しようとするカナンの姿が現れる。

「殿下。刃物は持込禁止ですのよ」
「?!」

 リリアーナは転移の魔術を使い、王子を露台の外に落とした。
 彼がどうなったか、もう興味はない。
 これで、邪魔する者はいなくなった。
 いつの間にか、広間からパーティー客は一人残らず退避し、床には割れたグラスが散乱している。
 豪勢なシャンデリアのいくつかは割れて、熔けた蝋燭がしたたり落ちていた。
 暗くなった廊下から、かつん、かつんと足音が聞こえる。

「お兄様、そこにいらっしゃったのですか」

 現れたのは、リトスだった。
 静謐な決意に満ちた表情で、歩いてくる。
 囚人でも待遇が保証されていたのか、パーティー客ほどの華美さないが、汚れのないシャツとズボンに魔術師のローブを兼ねた濃紺の上着を羽織っている。
 片手には、見たことのない白い杖を持っていた。
 それを見て、リリアーナの胸は期待にふくらむ。
 リトスは一定の距離を置いて立ち止まると、左足を引いて軽く会釈した。

「リリアーナ、一曲、一緒に踊ってくれるかい?」
「お兄様となら、喜んで」

 ああ、やっぱり、お兄様は最高よ。
 リリアーナは、興奮する心を鎮めながら、淑女の返礼をした。
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