98 / 168
Verdant Crown(樹冠都市)
第26話 強者の風格
しおりを挟む
(※アンズ視点)
アミュレットは、樹冠に登る前に兄が残していったもので、兄につながる唯一の手掛かりだった。補助系の魔術師として魔道具作りに精通していた兄は、いつも夢中になって新型アミュレットの製作に時間を費やしていた。
捨てられるはずがない。
魔物に変わるから廃棄しろと命じられ、アンズはアミュレットを外すのをためらった。
そうこうしている内に、戦況は刻々と変化する。
「星瞳の魔術師―――だと」
驚愕する魔神の視線の先を辿り、彼女はリトスを振り返る。
光炎をまとわせ、白い長杖をかかげるリトスは、今までと同じ軟派男の不敵な笑みを浮かべていたが、瞳の色が変わっていた。
黒に近い藍が明度の高い空色になり、その瞳の奥で銀砂のような星がいくつも輝いている。
「正解。―――光糸編鳥籠!」
彼の足元から一瞬で巨大な魔法陣が展開し、とてつもなく強い魔力の気配が、天をつらぬく大樹の梢をふるわせた。
「弱い魔物が出て行けないよう、大樹を囲む結界を張った。もう胞子を爆散させてくれても全然オッケーだぜ。魔神の……なんていったっけ?」
「……」
リトスは挑発するように、陽気で軽やかな口調で言い、わざとらしく首をかしげた。
魔神は黙ったが、怒りを抑えているように、不穏な空気を漂わせている。
「……星瞳の魔術師の坊や。銀花の敵討ちに来たのかしら?」
重い口を開いた魔神は、あざけるように聞く。
それにリトスは余裕の態度で答えた。
「いや。単なる害虫駆除さ」
「……」
「もしかして、自分が星瞳の魔術師の脅威だと、本気で思ってたのか。そんな訳ないだろう。今まで、星瞳の魔術師がお前を退治しに来なかったのは、眼中になかったからさ」
先ほどまで、魔神から発散されていた、押しつぶすような空気が、だんだん軽くなっている。それとは逆に、リトスから強い魔力の気配があふれだし、魔神を圧迫しようとしていた。
「人間をあやつって、だまし討ちしないと銀花の魔術師に勝てなかった弱い魔物が、よく吠えたものだよ」
「!」
「せめて見栄をはるなら、まともに星瞳の魔術師と戦ってからにしてくれよな」
ぽんぽんとリトスの口から飛び出る調子のいい言葉に、魔神は心乱されているようだ。
「なら、試してみましょうか!」
魔神が一瞬でリトスの前に転移する。
その足元から、半透明の白い触手が何本も立ち上がり、リトスを取り込むように広がった。
「いいぜ」
ひゅん、と白い杖が風を切り裂く音がした。
かまいたちが触手を切断する。
「―――俺と、刺し違える覚悟があるならな」
ひやりと、冬の風が吹き抜けたようだった。
手足が動かなくなり、鼓動が早まる。体に見えない重石を載せられたようだった。息ができないのはアンズだけではなく、魔神も同じようだ。
魔神は襲い掛かる体勢で固まっている。
その鼻先に、白い長杖の先が突きつけられていた。
「今なら見逃してやる。去れ」
リトスの宣言に、魔神はぴくりと痙攣し、人間には出せない軋《きし》むような唸り声をあげ、次の瞬間、大きく後ろに飛んだ。
そのまま大樹の幹に溶け込むように、姿を消す。
アンズは我知らず、簡単の吐息を漏らす。
彼女は今の攻防を理解できていなかったが、リトスは口八丁と気合だけで、魔神を自ら撤退するよう仕向けたのだ。刺し違えてでも倒すという覚悟を伝え、ここで命を捨てる覚悟があるか問いかけた。勢いで飛びかかってきた魔神は、自分が滅びる可能性に恐怖し、撤退せざるをえなかった。
「……―――」
魔神が去った後、リトスは静かに杖をおろして構えを解く。
そして、地面にうずくまって震えているバシディオに歩み寄った。
「キノコの専門家が、キノコに食われてちゃ世話ないな」
彼は呆れたようにそう言って、軽く呪文を唱えてバシディオの肩を叩いた。
光の粉が散って、バシディオの肌から伸びていたキノコがしおしおと崩れる。
「うわっ」
「治療代は、別で請求するからな」
驚愕して自分の体をさするバシディオを離れ、次に彼が向かったのは、ようやく立ち上がりかけたレイナールの前。
「さて。あらためまして、レイナール殿」
リトスは握手を求めるよう、片手を差し出して言う。
「俺の名は、リトス・ファワリス。メレフでは、聖鳥の魔術師と呼ばれている」
「!!」
蒼い星瞳を見上げ、レイナールは茫然としている。
無理もない。
アンズも、この急展開についていけていない。
「先日、会った時に、ハイランドは星瞳の魔術師を歓迎すると言ってたよな。ご招待ありがとう。直接、来てやったぜ」
「な……」
口をぱくぱくさせているレイナールの胸倉をつかみ、リトスはすごむ。
「呆けてないで、己の役割を果たせ、樹冠の魔術師の長!」
「っ」
「お前が今すべきことは、ハイランドを守り、魔神の侵略を食い止めるため、一刻も早くアミュレットの廃棄と、樹冠から人々の避難をすすめることだ!」
リトスの声には不思議な威厳があった。
雷に打たれたようにレイナールは震え、その表情に生気が戻ってくる。
「―――はい」
レイナールが返事をすると同時に、リトスは手を離した。
立ち上がり、部下に指示を出し始めるレイナール。
アンズはそれを見ながら、凍結から解かれたように、時間が動き出したことを実感した。まるで絶望にこごえた冬から、一気に希望の春になったようだ。同時に、リトスの正体がやっと理解できた。隣で固まっていたフェリオを見ると、彼も信じられないという顔をしている。
まさか、星瞳の魔術師様? 今度こそ、本当に本物の……?
アミュレットは、樹冠に登る前に兄が残していったもので、兄につながる唯一の手掛かりだった。補助系の魔術師として魔道具作りに精通していた兄は、いつも夢中になって新型アミュレットの製作に時間を費やしていた。
捨てられるはずがない。
魔物に変わるから廃棄しろと命じられ、アンズはアミュレットを外すのをためらった。
そうこうしている内に、戦況は刻々と変化する。
「星瞳の魔術師―――だと」
驚愕する魔神の視線の先を辿り、彼女はリトスを振り返る。
光炎をまとわせ、白い長杖をかかげるリトスは、今までと同じ軟派男の不敵な笑みを浮かべていたが、瞳の色が変わっていた。
黒に近い藍が明度の高い空色になり、その瞳の奥で銀砂のような星がいくつも輝いている。
「正解。―――光糸編鳥籠!」
彼の足元から一瞬で巨大な魔法陣が展開し、とてつもなく強い魔力の気配が、天をつらぬく大樹の梢をふるわせた。
「弱い魔物が出て行けないよう、大樹を囲む結界を張った。もう胞子を爆散させてくれても全然オッケーだぜ。魔神の……なんていったっけ?」
「……」
リトスは挑発するように、陽気で軽やかな口調で言い、わざとらしく首をかしげた。
魔神は黙ったが、怒りを抑えているように、不穏な空気を漂わせている。
「……星瞳の魔術師の坊や。銀花の敵討ちに来たのかしら?」
重い口を開いた魔神は、あざけるように聞く。
それにリトスは余裕の態度で答えた。
「いや。単なる害虫駆除さ」
「……」
「もしかして、自分が星瞳の魔術師の脅威だと、本気で思ってたのか。そんな訳ないだろう。今まで、星瞳の魔術師がお前を退治しに来なかったのは、眼中になかったからさ」
先ほどまで、魔神から発散されていた、押しつぶすような空気が、だんだん軽くなっている。それとは逆に、リトスから強い魔力の気配があふれだし、魔神を圧迫しようとしていた。
「人間をあやつって、だまし討ちしないと銀花の魔術師に勝てなかった弱い魔物が、よく吠えたものだよ」
「!」
「せめて見栄をはるなら、まともに星瞳の魔術師と戦ってからにしてくれよな」
ぽんぽんとリトスの口から飛び出る調子のいい言葉に、魔神は心乱されているようだ。
「なら、試してみましょうか!」
魔神が一瞬でリトスの前に転移する。
その足元から、半透明の白い触手が何本も立ち上がり、リトスを取り込むように広がった。
「いいぜ」
ひゅん、と白い杖が風を切り裂く音がした。
かまいたちが触手を切断する。
「―――俺と、刺し違える覚悟があるならな」
ひやりと、冬の風が吹き抜けたようだった。
手足が動かなくなり、鼓動が早まる。体に見えない重石を載せられたようだった。息ができないのはアンズだけではなく、魔神も同じようだ。
魔神は襲い掛かる体勢で固まっている。
その鼻先に、白い長杖の先が突きつけられていた。
「今なら見逃してやる。去れ」
リトスの宣言に、魔神はぴくりと痙攣し、人間には出せない軋《きし》むような唸り声をあげ、次の瞬間、大きく後ろに飛んだ。
そのまま大樹の幹に溶け込むように、姿を消す。
アンズは我知らず、簡単の吐息を漏らす。
彼女は今の攻防を理解できていなかったが、リトスは口八丁と気合だけで、魔神を自ら撤退するよう仕向けたのだ。刺し違えてでも倒すという覚悟を伝え、ここで命を捨てる覚悟があるか問いかけた。勢いで飛びかかってきた魔神は、自分が滅びる可能性に恐怖し、撤退せざるをえなかった。
「……―――」
魔神が去った後、リトスは静かに杖をおろして構えを解く。
そして、地面にうずくまって震えているバシディオに歩み寄った。
「キノコの専門家が、キノコに食われてちゃ世話ないな」
彼は呆れたようにそう言って、軽く呪文を唱えてバシディオの肩を叩いた。
光の粉が散って、バシディオの肌から伸びていたキノコがしおしおと崩れる。
「うわっ」
「治療代は、別で請求するからな」
驚愕して自分の体をさするバシディオを離れ、次に彼が向かったのは、ようやく立ち上がりかけたレイナールの前。
「さて。あらためまして、レイナール殿」
リトスは握手を求めるよう、片手を差し出して言う。
「俺の名は、リトス・ファワリス。メレフでは、聖鳥の魔術師と呼ばれている」
「!!」
蒼い星瞳を見上げ、レイナールは茫然としている。
無理もない。
アンズも、この急展開についていけていない。
「先日、会った時に、ハイランドは星瞳の魔術師を歓迎すると言ってたよな。ご招待ありがとう。直接、来てやったぜ」
「な……」
口をぱくぱくさせているレイナールの胸倉をつかみ、リトスはすごむ。
「呆けてないで、己の役割を果たせ、樹冠の魔術師の長!」
「っ」
「お前が今すべきことは、ハイランドを守り、魔神の侵略を食い止めるため、一刻も早くアミュレットの廃棄と、樹冠から人々の避難をすすめることだ!」
リトスの声には不思議な威厳があった。
雷に打たれたようにレイナールは震え、その表情に生気が戻ってくる。
「―――はい」
レイナールが返事をすると同時に、リトスは手を離した。
立ち上がり、部下に指示を出し始めるレイナール。
アンズはそれを見ながら、凍結から解かれたように、時間が動き出したことを実感した。まるで絶望にこごえた冬から、一気に希望の春になったようだ。同時に、リトスの正体がやっと理解できた。隣で固まっていたフェリオを見ると、彼も信じられないという顔をしている。
まさか、星瞳の魔術師様? 今度こそ、本当に本物の……?
103
あなたにおすすめの小説
『選ばれし乙女』ではありませんが、私で良いのでしょうか?私、地味で目立たない風属性ですよ?
ミミリン
恋愛
没落寸前の貴族令嬢セレナ。
領地と家族を守るために裕福な伯爵令息ピーターと婚約することを決意。自分が立派な婚約者になれば伯爵家からの援助を受けられる、そう思い努力を重ねるセレナ。
けれど何故か、努力すればするほど婚約者となったピーターには毛嫌いされてしまう。
そこに『選ばれし乙女』候補の美少女が現れて…。
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
氷の薔薇は砕け散る
柊
ファンタジー
『氷の薔薇』と呼ばれる公爵令嬢シルビア・メイソン。
彼女の人生は順風満帆といえた。
しかしルキシュ王立学園最終年最終学期に王宮に呼び出され……。
※小説になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。
心配するな、俺の本命は別にいる——冷酷王太子と籠の花嫁
柴田はつみ
恋愛
王国の公爵令嬢セレーネは、家を守るために王太子レオニスとの政略結婚を命じられる。
婚約の儀の日、彼が告げた冷酷な一言——「心配するな。俺の好きな人は別にいる」。
その言葉はセレーネの心を深く傷つけ、王宮での新たな生活は噂と誤解に満ちていく。
好きな人が別にいるはずの彼が、なぜか自分にだけ独占欲を見せる。
嫉妬、疑念、陰謀が渦巻くなかで明らかになる「真実」。
契約から始まった婚約は、やがて運命を変える愛の物語へと変わっていく——。
予言姫は最後に微笑む
あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。
二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
えっ私人間だったんです?
ハートリオ
恋愛
生まれた時から王女アルデアの【魔力】として生き、16年。
魔力持ちとして帝国から呼ばれたアルデアと共に帝国を訪れ、気が進まないまま歓迎パーティーへ付いて行く【魔力】。
頭からスッポリと灰色ベールを被っている【魔力】は皇太子ファルコに疑惑の目を向けられて…
駆け落ちした愚兄の来訪~厚顔無恥のクズを叩き潰します~
haru.
恋愛
五年前、結婚式当日に侍女と駆け落ちしたお兄様のせいで我が家は醜聞付きの貧乏伯爵家へと落ちぶれた。
他家へ嫁入り予定だった妹のジュリエッタは突然、跡継ぎに任命され婿候補とのお見合いや厳しい領主教育を受ける日々を送る事になった。
そしてお父様の死という悲しい出来事を乗り越えて、ジュリエッタは伯爵家を立て直した。
全ては此処からという時に、とうの昔に縁を切った筈の愚兄が何事もなかったかのように突然帰って来た。それも三歳になる甥を引き連れて……
本編23話 + 番外編2話完結済み。
毎日1話ずつ更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる