嘘つきな君の世界一優しい断罪計画

空色蜻蛉

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Verdant Crown(樹冠都市)

第26話 強者の風格

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(※アンズ視点)

 アミュレットは、樹冠に登る前に兄が残していったもので、兄につながる唯一の手掛かりだった。補助系の魔術師として魔道具作りに精通していた兄は、いつも夢中になって新型アミュレットの製作に時間を費やしていた。
 捨てられるはずがない。
 魔物に変わるから廃棄しろと命じられ、アンズはアミュレットを外すのをためらった。
 そうこうしている内に、戦況は刻々と変化する。

「星瞳の魔術師―――だと」

 驚愕する魔神の視線の先を辿り、彼女はリトスを振り返る。
 光炎をまとわせ、白い長杖をかかげるリトスは、今までと同じ軟派男の不敵な笑みを浮かべていたが、瞳の色が変わっていた。
 黒に近い藍が明度の高い空色になり、その瞳の奥で銀砂のような星がいくつも輝いている。
 
「正解。―――光糸編鳥籠ライトバードケージ!」

 彼の足元から一瞬で巨大な魔法陣が展開し、とてつもなく強い魔力の気配が、天をつらぬく大樹のこずえをふるわせた。

「弱い魔物が出て行けないよう、大樹を囲む結界を張った。もう胞子を爆散させてくれても全然オッケーだぜ。魔神の……なんていったっけ?」
「……」

 リトスは挑発するように、陽気で軽やかな口調で言い、わざとらしく首をかしげた。
 魔神は黙ったが、怒りを抑えているように、不穏な空気を漂わせている。

「……星瞳の魔術師の坊や。銀花の敵討ちに来たのかしら?」

 重い口を開いた魔神は、あざけるように聞く。
 それにリトスは余裕の態度で答えた。

「いや。単なる害虫駆除さ」
「……」
「もしかして、自分が星瞳の魔術師の脅威だと、本気で思ってたのか。そんな訳ないだろう。今まで、星瞳の魔術師がお前を退治しに来なかったのは、眼中になかったからさ」

 先ほどまで、魔神から発散されていた、押しつぶすような空気が、だんだん軽くなっている。それとは逆に、リトスから強い魔力の気配があふれだし、魔神を圧迫しようとしていた。

「人間をあやつって、だまし討ちしないと銀花の魔術師に勝てなかった弱い魔物が、よく吠えたものだよ」
「!」
「せめて見栄をはるなら、まともに星瞳の魔術師と戦ってからにしてくれよな」

 ぽんぽんとリトスの口から飛び出る調子のいい言葉に、魔神は心乱されているようだ。
 
「なら、試してみましょうか!」

 魔神が一瞬でリトスの前に転移する。
 その足元から、半透明の白い触手が何本も立ち上がり、リトスを取り込むように広がった。

「いいぜ」

 ひゅん、と白い杖が風を切り裂く音がした。
 かまいたちが触手を切断する。
 
「―――俺と、刺し違える覚悟があるならな」

 ひやりと、冬の風が吹き抜けたようだった。
 手足が動かなくなり、鼓動が早まる。体に見えない重石を載せられたようだった。息ができないのはアンズだけではなく、魔神も同じようだ。
 魔神は襲い掛かる体勢で固まっている。
 その鼻先に、白い長杖の先が突きつけられていた。

「今なら見逃してやる。去れ」

 リトスの宣言に、魔神はぴくりと痙攣し、人間には出せない軋《きし》むような唸り声をあげ、次の瞬間、大きく後ろに飛んだ。
 そのまま大樹の幹に溶け込むように、姿を消す。
 アンズは我知らず、簡単の吐息を漏らす。
 彼女は今の攻防を理解できていなかったが、リトスは口八丁と気合だけで、魔神を自ら撤退するよう仕向けたのだ。刺し違えてでも倒すという覚悟を伝え、ここで命を捨てる覚悟があるか問いかけた。勢いで飛びかかってきた魔神は、自分が滅びる可能性に恐怖し、撤退せざるをえなかった。

「……―――」

 魔神が去った後、リトスは静かに杖をおろして構えを解く。
 そして、地面にうずくまって震えているバシディオに歩み寄った。

「キノコの専門家が、キノコに食われてちゃ世話ないな」

 彼は呆れたようにそう言って、軽く呪文を唱えてバシディオの肩を叩いた。
 光の粉が散って、バシディオの肌から伸びていたキノコがしおしおと崩れる。

「うわっ」
「治療代は、別で請求するからな」

 驚愕して自分の体をさするバシディオを離れ、次に彼が向かったのは、ようやく立ち上がりかけたレイナールの前。

「さて。あらためまして、レイナール殿」

 リトスは握手を求めるよう、片手を差し出して言う。

「俺の名は、リトス・ファワリス。メレフでは、聖鳥の魔術師と呼ばれている」
「!!」

 蒼い星瞳を見上げ、レイナールは茫然としている。
 無理もない。
 アンズも、この急展開についていけていない。
 
「先日、会った時に、ハイランドは星瞳の魔術師を歓迎すると言ってたよな。ご招待ありがとう。直接、来てやったぜ」
「な……」

 口をぱくぱくさせているレイナールの胸倉をつかみ、リトスはすごむ。

ほうけてないで、己の役割を果たせ、樹冠の魔術師の長!」
「っ」
「お前が今すべきことは、ハイランドを守り、魔神の侵略を食い止めるため、一刻も早くアミュレットの廃棄と、樹冠から人々の避難をすすめることだ!」

 リトスの声には不思議な威厳があった。
 雷に打たれたようにレイナールは震え、その表情に生気が戻ってくる。

「―――はい」

 レイナールが返事をすると同時に、リトスは手を離した。
 立ち上がり、部下に指示を出し始めるレイナール。
 アンズはそれを見ながら、凍結から解かれたように、時間が動き出したことを実感した。まるで絶望にこごえた冬から、一気に希望の春になったようだ。同時に、リトスの正体がやっと理解できた。隣で固まっていたフェリオを見ると、彼も信じられないという顔をしている。
 まさか、星瞳の魔術師様? 今度こそ、本当に本物の……?
 
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