ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

文字の大きさ
1 / 120
孤児編

01 井戸の底はきっと空に繋がっている

しおりを挟む
 井戸の底は空に繋がっている。
 少女は水面に映る空を覗き込みながら、そう考える。
 きっと飛び込んだら島の下まで、空まで突き抜けてしまうだろう。

「……ハナビ、水汲みにいつまでかけてるんだよ」

 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。
 兄と慕う少年の声だ。

「すぐ済ませるから!」

 少年に向かって叫び返して、錆びて穴が空きそうなバケツに紐をからめて、井戸の底に落とす。
 井戸の底の水面が歪むのを少女は残念に思った。
 




 ここは、空の上に浮かぶ島だ。





 世界は空に浮かぶ五つの島で成り立っている。

 一つはコローナ。
 伝統と歴史を尊び、光の竜が住まう島。

 二つ目はアウリガ。
 戦を好む血気盛んな人々が住まう群島。

 三つ目はリーブラ。
 飛行船を作る理性的な技術者達が住まう島。

 四つ目はアントリア。
 湖を中心とした平和を尊ぶ水の島。

 五つ目はピクシス。
 度重なる戦火に呑まれ滅びに瀕している島。

 物語の舞台はピクシスから始まる。

 天空に浮かぶ島々は、一つの島が一つの王国として機能している。
 そして空に浮かぶ島の行き来は、竜と飛行船によって行われていた。竜とは蜥蜴とかげに似た身体と頑丈な鱗を持ち、鋼の翼で空を飛ぶ巨大な生き物である。飛行船は大きな風船を膨らませて機械によって進路を制御し、人の乗る籠をくっつけた乗り物だ。
 雨風に弱い飛行船は、荒れ狂うこともある天空を行き来するには物足りない代物しろものだった。
 ゆえに大空を制覇する竜こそが人々の精神的な拠り所であり、竜を相棒に戦う竜騎士は選ばれし者として尊ばれる社会となっていた。

 5年程前、アウリガとコローナが「天覇同盟」という同盟を組み、五つの島の統一を目的とする宣戦布告をした。

 リーブラとアントリアはすぐさま対抗のため「均衡同盟」を立ち上げたが、ピクシスは出遅れた。
 五つ目の島であるピクシスがどちらの勢力に付くかが、二つの勢力の命運を分ける。
 ピクシスの王族は慎重な判断の上で均衡同盟にくみすることに決めた。
 しかし、いちはやく天覇同盟のアウリガが動き、竜騎士を派遣してピクシスに攻撃する。均衡同盟の動きは遅く、援軍が到着する前にピクシスは戦火に見舞われた。
 街は焼かれ、王族の半数が殺され、世継ぎの姫はアウリガにさらわれた。
 遅れて到着したアントリアの竜騎士達がアウリガの兵を追い払ったが、ピクシスは既に踏み荒らされ、弱体化していた。同盟国の救助のため、アントリアとリーブラは富をピクシスに投入し、竜騎士を派兵して弱体化したピクシスを守ることとなった。かくして天覇同盟の目論見通り、ピクシスの均衡同盟加盟はアントリアとリーブラの力を逆に削ぐことになったのである。





「……アサヒ兄、街で呼び止められなかった?」

 ようやく水汲みから戻ってきたハナビが、無邪気な丸い瞳でアサヒを見上げた。
 ハナビはアサヒと同じ戦災孤児で、アサヒが面倒を見ている少女だ。血の繋がりは無いが、アサヒのことを兄と呼んでくれている。
 
「なんで俺が呼び止められるんだよ」

 アサヒはきょとんとした。
 彼は黒髪に赤い瞳の、整った容姿の少年である。中性的な風貌で、女の子に間違えられそうな顔をしている。汚れた衣服の裾からのぞく手足は細い。

「竜紋を持ってる子供を探してるんだって」

 ハナビが水保管用の陶器で出来たかめにバケツの水をそそぎながら言った。
 少女のバケツを持つ動作はあぶなかっしい。
 アサヒはさりげなくバケツを途中で奪って自分で作業する。

「竜紋? そんなの俺、持ってないし」
「アサヒ兄のそれ、竜紋じゃないの」

 少女が指さすアサヒの腕に、うっすら三日月のような黒っぽい痣が浮かんでいる。

「こんなの違うよ。だいたい本物の竜紋だったら、パートナーの竜が生まれた時に会いに来てくれて、ずっと側にいてくれるんだって」
「でも竜が中々来ないこともあるらしいよ」
「あー、そんなこともあるだろうけど、俺のはただ単に火傷の跡だよ。……あの時の戦火の」

 5年程前にアウリガの兵が攻めてきたことを思い出しながら、アサヒは答えた。
 竜が吐いた炎で街は焼け多くの人が死んだ。アサヒの両親も、ハナビの両親も、その時に亡くなったのだ。

「ちぇー。アサヒ兄が竜騎士なら、恰好良くていいんだけどなー」
「夢見すぎだって」
「いつか凄く強い竜騎士様が現れて、ピクシスを救ってくれるといいな」

 ハナビの楽天的な言葉に、アサヒは溜息をついた。
 彼はそんなに希望に満ちた観測は持っていなかった。

「……ピクシスは壊滅状態だよ。元から火山があって人が住む場所や産業が少ないのに、アウリガの侵攻で全部焼き払われたんだ。政治ができる王族も人材も残ってない。希望を持った人たちはアントリアに移住してしまうだろ。ピクシスは田舎の島になって寂れていくんじゃないか」
「せいじ? じんざい?」
「何でもないよ」

 この世界の十代前半の少年にしては小難しいことを言って、アサヒは少女の頭を撫でた。
 アサヒは普通では知ることの無い知識を持っている。
 それを知ったのも5年前の、あの戦火の中だった。
 あの戦火はアサヒから何もかもを奪って……役に立たない知識だけを残していったのだ。


しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

処理中です...