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孤児編
08 ヤモリの正体
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風竜クレイモアは透明になってアントリアの竜騎士の側にいたらしい。
その存在にアサヒはおろか、敵対していたハグレ竜騎士の男も気付かなかった。明らかに格上の竜だ。
威嚇だけでその場を収めてしまったアントリアの竜騎士は、戸惑うアサヒに大股で歩み寄って腕をつかむ。
「やはり……竜紋か」
その視線の先には、黒い三日月型の紋様がある。
「竜紋? でも俺には竜がいない……」
自分は竜騎士などではない、と言い掛けたアサヒだが、アントリアの竜騎士はアサヒの言葉を無視して、肩に乗っていたヤモリをつまみ上げた。
尻尾をつままれてヤモリは逆さまになって空中でぶらぶら揺れる。
「これが君の竜か? ずいぶんとユニークな姿だな」
「え?」
竜? ヤモリが?
ずっと蜥蜴の親戚だとばかり思っていた生き物の正体に、アサヒは呆然とした。
竜は常に竜紋を持つ竜騎士の側に付き従うという。
確かにヤモリはずっとアサヒと一緒にいた。
一緒にいたけど……ほとんど竜らしい行動を見せたことはない。
今だって、アントリアの竜騎士の指先で揺れているだけだ。抵抗のつもりか不器用に手足を動かしているが、全く役に立っていない。
「じゃあ、アサヒ兄は竜騎士なんですか?!」
「そうだな」
「じゃあ、アサヒ兄は王都に行って学校に入れるんですね!」
「そうだな」
ハナビが嬉しそうに興奮しているが、当人であるアサヒは全く事の次第が飲み込めていなかった。
アントリアの竜騎士は好意的な視線でアサヒを見ている。
「女性の竜騎士は珍しいから歓迎されるだろう」
「俺は男です」
ひゅるるるるーー。
生ぬるい風が辺りを吹き抜けた。
セイランというアントリアの竜騎士は、アサヒとハナビを保護してくれた。ハウフバーンの屋敷に火事を起こして壁に穴を空けたり、暴れまわったことも不問になった。
彼は特別監察管として、領主に進言して孤児院を作らせた。シンを始めとする孤児仲間は集められて、教育を施されることになる。
勿論、急激な変化に反対する人々もいる。だが、竜騎士というのは強力な抑止力だ。抵抗する者や反対する者も、セイランの相棒の竜が目の前に現れれば黙る他ない。
竜の圧倒的な力をアサヒは知ることになった。
そんな竜の相棒の証である竜紋があると分かったアサヒは、孤児の仲間と共に暮らすことは出来なくなった。
竜紋のある子供は王都にある学院に入れられることに決まっている。
ピクシスは必死に自島の竜騎士を育成して確保しようとしていた。嫌だと言っても無理やり連れていかれる。
アサヒは学院に入れられることについては諦め半分だった。
「君は竜を見たことが無かったのか」
「竜は見たことありますけど、遠目にちらっと……こいつ、本当に竜なんですか」
机の上に乗せたヤモリを指で押す。
セイランは微笑むと袋を取り出して中身を机に広げた。ジャラジャラと音がして色とりどりの石が転がる。
「これは魔石という。竜の餌だ」
「餌?!」
ヤモリは目の前に転がった小石に飛び付くと、パクンと飲み込んだ。他の石も次々と食べていく。
「よっぽど腹が減っていたんだな。この辺では自然の魔石が少ないから食べるものが無いが、それでも君の側を離れられない。力が弱ってしまって、蜥蜴の姿を保つので精一杯だったんだろう」
美味そうに石を食べるヤモリを見て、アサヒは銅貨を食べたヤモリを思い出した。色々変だと思ったけど、そういうことだったのか。
「君は知らなければいけない。竜のことも、このピクシスを取り巻く世界のことも。それが竜紋を持って生まれた者の義務だ……アサヒ、王都の学院へ行け」
ヤモリを凝視していたアサヒは、その言葉に顔を上げる。
「学院……」
「学院は、君と同世代の者が沢山いる。そこで炎竜王を探すのだ」
「炎竜王?」
ピクシスを守護するという竜王の伝説は、アサヒも聞いたことがあった。なぜ竜王を探す必要があるのだろう。
「竜騎士の間では知られていることだが、竜王は実在する。正確には、竜王を相棒とする竜騎士だ。竜王は島を守る大結界を張り、島の竜の力を増幅する、島の要。ピクシスには今、竜王がいない。ピクシスを建て直すには竜王の力が必要だが……竜王は通常、同じ島の竜騎士にしか所在が分からないように隠されている」
竜王無しでは、アウリガやコローナが攻めてきても守りようが無い。また、竜王の援護なしに他の国に攻めいることもできない。竜王無しには手も足も出ないのだ。
「竜王は数百年に一度の周期で生まれる。ちょうど十数年前に、ピクシスで竜王が生まれたという噂があった。生きていればお前達と同世代のはずだ」
だから、学院に集まる学生の中には竜王がいるかもしれない。
「話は分かったけど何で俺がそんなこと」
「伝説の炎竜王様! アサヒ兄、見つけたら教えて!」
面倒だと言い掛けたアサヒだが、ハナビが無邪気に話に割って入ったので断りそびれる。
ハナビはアサヒと一緒にいた。
兄妹を引き離すのは酷だと判断したセイランは、ハナビを自分の養子にしたのだ。一気に環境が変わって戸惑っていたアサヒは、血の繋がった兄妹ではないけれど親しいハナビが一緒で助かったと思っていた。
「学校に行けるのは嬉しいけど、竜騎士になって国のために戦うって俺の柄じゃないな……」
平和な地球の民主主義の国の記憶があるアサヒには、兵士になることや国への忠誠心を持つことなどが中々受け入れられない。
ぼやいたアサヒだが、上機嫌のセイランとハナビは聞いていなかった。
「そうと決まったら、学院に入る前に基礎を学ばなければいけないな。私が教えてやろう。ふふふ」
「セイラン様、アサヒ兄をよろしくお願いします!」
もはや実の妹の顔をして勝手に返事をするハナビ。
仕方ないなあとアサヒは溜め息を吐く。
好きで孤児生活をしていた訳ではない。意地をはる理由も特にない。炎竜王探しはともかくとして、学校に通って知識や人脈を得ればこの世界を生き抜くのに役立つだろう。
こうしてアサヒはセイランの保護の元、竜騎士として必要な知識を学ぶことになった。
学院に入学するには中途半端な時期だったため、入学は一年見送り、その間に基礎教養の勉強をした。前世の地球の記憶があるアサヒは、勉強の仕方や学問の考え方について知っているので、すんなり入学に必要な基礎知識は頭に入れることが出来た。
しかし、竜騎士は戦闘職だ。武術や武器の扱いについても学ぶ必要があり、アサヒにとってはそちらの方が難問だった。勉学と違って武術は前世のボーナスが無い。
新しい事柄について夢中で修練するうちに、あっという間に一年が過ぎた。
その存在にアサヒはおろか、敵対していたハグレ竜騎士の男も気付かなかった。明らかに格上の竜だ。
威嚇だけでその場を収めてしまったアントリアの竜騎士は、戸惑うアサヒに大股で歩み寄って腕をつかむ。
「やはり……竜紋か」
その視線の先には、黒い三日月型の紋様がある。
「竜紋? でも俺には竜がいない……」
自分は竜騎士などではない、と言い掛けたアサヒだが、アントリアの竜騎士はアサヒの言葉を無視して、肩に乗っていたヤモリをつまみ上げた。
尻尾をつままれてヤモリは逆さまになって空中でぶらぶら揺れる。
「これが君の竜か? ずいぶんとユニークな姿だな」
「え?」
竜? ヤモリが?
ずっと蜥蜴の親戚だとばかり思っていた生き物の正体に、アサヒは呆然とした。
竜は常に竜紋を持つ竜騎士の側に付き従うという。
確かにヤモリはずっとアサヒと一緒にいた。
一緒にいたけど……ほとんど竜らしい行動を見せたことはない。
今だって、アントリアの竜騎士の指先で揺れているだけだ。抵抗のつもりか不器用に手足を動かしているが、全く役に立っていない。
「じゃあ、アサヒ兄は竜騎士なんですか?!」
「そうだな」
「じゃあ、アサヒ兄は王都に行って学校に入れるんですね!」
「そうだな」
ハナビが嬉しそうに興奮しているが、当人であるアサヒは全く事の次第が飲み込めていなかった。
アントリアの竜騎士は好意的な視線でアサヒを見ている。
「女性の竜騎士は珍しいから歓迎されるだろう」
「俺は男です」
ひゅるるるるーー。
生ぬるい風が辺りを吹き抜けた。
セイランというアントリアの竜騎士は、アサヒとハナビを保護してくれた。ハウフバーンの屋敷に火事を起こして壁に穴を空けたり、暴れまわったことも不問になった。
彼は特別監察管として、領主に進言して孤児院を作らせた。シンを始めとする孤児仲間は集められて、教育を施されることになる。
勿論、急激な変化に反対する人々もいる。だが、竜騎士というのは強力な抑止力だ。抵抗する者や反対する者も、セイランの相棒の竜が目の前に現れれば黙る他ない。
竜の圧倒的な力をアサヒは知ることになった。
そんな竜の相棒の証である竜紋があると分かったアサヒは、孤児の仲間と共に暮らすことは出来なくなった。
竜紋のある子供は王都にある学院に入れられることに決まっている。
ピクシスは必死に自島の竜騎士を育成して確保しようとしていた。嫌だと言っても無理やり連れていかれる。
アサヒは学院に入れられることについては諦め半分だった。
「君は竜を見たことが無かったのか」
「竜は見たことありますけど、遠目にちらっと……こいつ、本当に竜なんですか」
机の上に乗せたヤモリを指で押す。
セイランは微笑むと袋を取り出して中身を机に広げた。ジャラジャラと音がして色とりどりの石が転がる。
「これは魔石という。竜の餌だ」
「餌?!」
ヤモリは目の前に転がった小石に飛び付くと、パクンと飲み込んだ。他の石も次々と食べていく。
「よっぽど腹が減っていたんだな。この辺では自然の魔石が少ないから食べるものが無いが、それでも君の側を離れられない。力が弱ってしまって、蜥蜴の姿を保つので精一杯だったんだろう」
美味そうに石を食べるヤモリを見て、アサヒは銅貨を食べたヤモリを思い出した。色々変だと思ったけど、そういうことだったのか。
「君は知らなければいけない。竜のことも、このピクシスを取り巻く世界のことも。それが竜紋を持って生まれた者の義務だ……アサヒ、王都の学院へ行け」
ヤモリを凝視していたアサヒは、その言葉に顔を上げる。
「学院……」
「学院は、君と同世代の者が沢山いる。そこで炎竜王を探すのだ」
「炎竜王?」
ピクシスを守護するという竜王の伝説は、アサヒも聞いたことがあった。なぜ竜王を探す必要があるのだろう。
「竜騎士の間では知られていることだが、竜王は実在する。正確には、竜王を相棒とする竜騎士だ。竜王は島を守る大結界を張り、島の竜の力を増幅する、島の要。ピクシスには今、竜王がいない。ピクシスを建て直すには竜王の力が必要だが……竜王は通常、同じ島の竜騎士にしか所在が分からないように隠されている」
竜王無しでは、アウリガやコローナが攻めてきても守りようが無い。また、竜王の援護なしに他の国に攻めいることもできない。竜王無しには手も足も出ないのだ。
「竜王は数百年に一度の周期で生まれる。ちょうど十数年前に、ピクシスで竜王が生まれたという噂があった。生きていればお前達と同世代のはずだ」
だから、学院に集まる学生の中には竜王がいるかもしれない。
「話は分かったけど何で俺がそんなこと」
「伝説の炎竜王様! アサヒ兄、見つけたら教えて!」
面倒だと言い掛けたアサヒだが、ハナビが無邪気に話に割って入ったので断りそびれる。
ハナビはアサヒと一緒にいた。
兄妹を引き離すのは酷だと判断したセイランは、ハナビを自分の養子にしたのだ。一気に環境が変わって戸惑っていたアサヒは、血の繋がった兄妹ではないけれど親しいハナビが一緒で助かったと思っていた。
「学校に行けるのは嬉しいけど、竜騎士になって国のために戦うって俺の柄じゃないな……」
平和な地球の民主主義の国の記憶があるアサヒには、兵士になることや国への忠誠心を持つことなどが中々受け入れられない。
ぼやいたアサヒだが、上機嫌のセイランとハナビは聞いていなかった。
「そうと決まったら、学院に入る前に基礎を学ばなければいけないな。私が教えてやろう。ふふふ」
「セイラン様、アサヒ兄をよろしくお願いします!」
もはや実の妹の顔をして勝手に返事をするハナビ。
仕方ないなあとアサヒは溜め息を吐く。
好きで孤児生活をしていた訳ではない。意地をはる理由も特にない。炎竜王探しはともかくとして、学校に通って知識や人脈を得ればこの世界を生き抜くのに役立つだろう。
こうしてアサヒはセイランの保護の元、竜騎士として必要な知識を学ぶことになった。
学院に入学するには中途半端な時期だったため、入学は一年見送り、その間に基礎教養の勉強をした。前世の地球の記憶があるアサヒは、勉強の仕方や学問の考え方について知っているので、すんなり入学に必要な基礎知識は頭に入れることが出来た。
しかし、竜騎士は戦闘職だ。武術や武器の扱いについても学ぶ必要があり、アサヒにとってはそちらの方が難問だった。勉学と違って武術は前世のボーナスが無い。
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