ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

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孤児編

09 アサヒの成長

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 一年というのは、成長期の男の子にとっては長い時間らしい。
 セイランに引き取られてから、ハナビはあまり身長が変わらなかったが、アサヒの方はぐんと伸びた。今まで孤児生活で十分な栄養を取っていなかったからだろうか。栄養のある温かい食べ物を食べて、柔らかい布団で眠る生活は劇的な変化をもたらした。

 もうアサヒは少女に間違われることは無いだろう。
 全体的に中性的な線の細さは残っているものの、筋肉の付いた青年の身体になった。幼さの残っていた頬はすっきりして紅い瞳は鋭い印象を与える。それでも攻撃的に見えないのは、どこか斜に構えて世の中を諦観してるような姿勢のせいだろうか。

 妹のハナビから見ても合格点の美青年に育った。
 皮肉っぽく他人を突き放すアサヒだが、根は優しい真面目な青年だ。妹として自慢の兄だが、変な虫が付かないか不安で仕方ない……。

「……何じろじろ見てるんだよ」
「なんでもなーい」

 妹のガン見に気付いたアサヒは頭をかく。
 ハナビの邪な視線に気付いてはいるが、仕方ないなと放置しているアサヒだった。前世の記憶もあるので、女性が裏で結構過激なことを考える生き物だということは承知している。こういうことには触れぬが吉だ。

「戦いの最中には余所見すんなよ。ほら、卒業試験やんぞ」
「うるさいな、分かってるよ」

 槍を持った男がアサヒに声をかける。赤茶けた色の長い髪を項で適当に紐でまとめ、軽薄な笑みを浮かべた長身の男性だ。
 彼はトウマといって、一年前にハウフバーン邸にて敵対した、あの竜騎士の男だった。

 ハグレ竜騎士として違法に仕事をしていたトウマは、あの日アサヒと派手に暴れたせいで捕まった。彼は本来なら処罰されるところだったが、セイランの口添えで減刑された。その関係で、今はセイランの部下として働いている。
 多忙なセイランはちょうどいいとばかり、アサヒの教育の一部をトウマに任せた。
 アサヒとしては敵対していたこともあって複雑な気持ちだ。
 竜騎士の先輩ではあるが、この男を敬う気持ちは抱けそうにない。

「アサヒ、武器は剣にするのかな?」

 今日は、トウマと軽く手合わせをすることになっている。
 セイランは手合わせに使う武器の種類をアサヒに聞いてくる。

「剣です。この人と被るの嫌だ」

 槍を使うトウマと同じ武器にするのが嫌で、アサヒは剣を主に習っている。
 真面目な話、一年程度で武器を使いこなせるようになれる訳がない。剣は他の武器よりオールマイティーで扱い易い。初心者のアサヒが勝とうと思えば剣という選択肢しか無いのも事実。

「竜に乗って戦うのであれば槍は良い武器なのだがな」

 セイランは苦笑したがアサヒを止めなかった。
 槍は竜に乗って上空から投擲とうてきしたりもできるので、竜騎士には人気の武器だ。

 街から少し離れた人のいない空き地で、アサヒはトウマと向かいあった。

「坊主、学院に入る前に尻を叩いてやるよ」
「他人の尻より自分の尻拭いが先だろ、おっさん」
「口の減らないガキだな、てめえは」

 口で応酬しながら武器を構える。
 セイランの「始め!」の掛け声と共に、二人は前方へ駆け出す。
 最初に攻撃が通るのは、間合いの広いトウマの槍だ。

「せいっ」

 鋭い突きを、アサヒは屈んで避けて、下から剣で槍を跳ね上げようとする。トウマはさっと槍を引いたが、次の瞬間、目を見開いた。
 アサヒの前方の空間に拳大の金色の炎の球が3つ浮かんでいる。

「おい魔術を使うのかよ!」
「使っちゃ駄目っていうルールじゃないだろ」

 1つ目の炎の球をトウマは引いた槍の穂先で散らす。
 魔力を槍に集中して、2つ目の炎の球も槍で叩き斬った。
 残る3つ目はどこだ?

「戦いの最中に余所見すんなって言ったの、誰だっけ」

 アサヒは槍の間合いの内側に踏み込んでくる。
 目の前の剣を迎撃しようとしたトウマは、背後の警戒がおろそかになっていた。後ろに回り込んだ3つ目の炎の球が、トウマの片足に命中する。

「くっ」

 体勢が崩れたトウマの槍を押し退けて、アサヒは剣を彼の眼前に突き付けた。戦いが始まって数分で決着がついたかたちだ。

「降参だ……くそう、魔術無しにすれば良かったぜ」

 トウマが悔しそうに舌打ちする。
 二人は武器を引いて下がった。様子を見ていたセイランが近付く。

「魔術を使用した戦い方も重要だ。竜騎士はハイレベルになるほど、武術と魔術の両方を使うからな。剣の腕はまだまだ未熟だが、一年でこれなら上出来な方だろう。学院でも問題なくやっていけそうだな」

 セイランはアサヒの戦いをそう品評する。

「後は君の竜だが……」
「相変わらずヤモリだよ」

 呼んだ? と言わんばかりに服の襟元から顔を出すヤモリ。
 一年経ってもヤモリはヤモリのままだった。
 実は竜の姿にも変身できるようになったのだが、意思疎通がうまくいかない。竜は賢い生き物で人間の言葉を話すはずなのだが、ヤモリは人間の言葉を話さなかった。アサヒの言葉を理解している風であるが、どうにも動物的な行動をする。
 何らかの原因で成長が遅れているのだろう、とセイランは推測していた。竜騎士の竜は初めから成竜ではなく、人間に合わせて成長するのだそうだ。

「ふーむ。だが、竜に変身できる頻度は増えている。いずれ本来の姿を取り戻すだろう」

 空き地で立ち話をしていると、少女が駆け寄ってくる。

「……セイラン様、アサヒ兄、終わった? 終わったなら皆でご飯を食べよう! アサヒ兄の入学お祝いにご馳走を作ったんだよ!」

 ハナビが苦笑するアサヒの腕を引っ張っていく。
 空き地から出ていく青年の後ろ姿を見送ってから、トウマはセイランに声を掛けた。

「おいセイランさんよ。あの坊主に、お前は普通じゃないって教えてやらなくてもいいのか?」

 槍でとんとんと肩を叩きながら、トウマは続ける。

「普通は詠唱を覚えてから無詠唱を覚えるところを、あの坊主は逆になっちまってる。読み書きを覚えるのも早すぎるし、何よりあの竜の姿……」

 竜の姿は巨大なので、竜騎士の竜は人間と生活できるように、小さくなるかセイランの相棒のように透明になったりする。その点、アサヒの竜は蜥蜴に似た姿に擬態していて、普通の竜とは毛色が違う。
 また、トウマは一度だけヤモリの竜の姿を見たことがあったが、竜の姿も普通の竜とは少し雰囲気が違っていた。
 セイランは話を聞きながら、考えこむように顎を撫でる。

「確かに普通とは違うが、アサヒなら自分で気付いて手を打つだろう。それよりも……君はあの子に何も感じないのか」

 意味深な問いかけを受けたトウマは明後日の方向を向いた。

「知るかよ。何か感じてたとしても他国の竜騎士に言う訳ないだろ」
「そうだな」

 竜騎士は自分の生まれた島を守るために存在する。
 ハグレ竜騎士であったトウマにしても、ピクシスの竜騎士である誇りがあるのだろう。アサヒがもし……だったとしても、それを他国の竜騎士の前で口に出したりはしない。
 無邪気に笑いあうアサヒとハナビを眺めながら、セイランは呟く。

「いずれにしても、学院に入れば全てが分かるはずだ」


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