ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

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学院編

30 アウリガの侵攻

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 もはやユエリの脱走について争っている状況ではない。
 アサヒ達は廃墟のある谷間から、アケボノの街を見下ろせる炎竜王の祠の前に移動した。

 次々とアケボノの上空に飛来するアウリガの竜騎士部隊を見上げ、アサヒ達は愕然とする。夜襲のためか敵の竜騎士達は黒い衣服を着ており、竜も暗い色をしていた。
 城から非常事態を知らせる鐘の音が鳴り響く。
 あちこちで異変に気付いたピクシス側の竜騎士が空に舞い上がり、侵略者達と戦いを始めた。

「お前達は逃げろ」
「え?」

 聞き違いかと思った。
 戸惑うアサヒに、ヒズミは深紅の竜に乗り込みながら告げる。

「逃げろ、アサヒ」

 その台詞はアサヒに6年前の記憶を再燃させる。
 火に巻かれ、為すすべなく逃げ惑った記憶を。
 思わず立ちすくむアサヒの前で深紅の竜は夜空に飛び上がる。

「アサヒ……どうする?」

 カズオミが恐々といった様子で近づいて話しかけてくる。
 一方、味方のアウリガの者達がやって来たというのに、ユエリは彼等のもとへ行こうとせずに黙ってうつむいて立っていた。
 彼女の様子を見ながら、アサヒは考える。
 逃げろとは言われたが今度は逃げる訳にはいかない。
 あの時と違って、アサヒはもう守られるだけの子供ではないのだから。

「……ハルトがどうしてるか、心配だ。街に戻ろう」
「うん!」

 動かないユエリをその場に残して、アサヒとカズオミは火の手が上がる街の、王城の方へと駆け出した。ユエリがどうするかは、ユエリ自身の判断に任せようと思った。
 アサヒ達は騒然となっている人々の間を走り抜ける。
 そして、城の前でハルトの姿を見つけた。

「ハルト!」
「……おのれアウリガめ。アサヒ、無事だったか!」

 ハルトは自分も竜に乗り込んで出撃しようとしているところだった。ハヤテの姿は見えない。どうやら彼は別の場所にいるらしい。
 合流したアサヒ、カズオミ、ハルトだったが、その動きは敵の竜騎士達の目にとまる。
 王城の上空には敵の竜騎士の部隊が旋回していた。
 複数の敵の竜がアサヒ達めがけて襲い掛かる。
 アウリガは風の属性の竜が多い島だ。敵の竜騎士が起こした竜巻の魔術が、アサヒ達を襲う。

「うわっ……」
「逃げろと言っただろう!」

 目も開けられないほどの強風に立ちすくんだアサヒ達を叱咤する声。
 竜巻を深紅の炎が飲み込む。
 アサヒ達の前に敵の竜騎士の男が火傷を負って落ちてくる。
 すぐ上空に深紅の竜が翼を広げているのが見えた。
 ヒズミ・コノエの竜だ。
 気が付くと10騎近くの敵の竜がアサヒ達を取り囲んでいた。
 向かい合っているのはヒズミ一人。

「……ピクシスも落ちたもんだなあ。城を守るのがこんなガキ共とは」

 鋼色の竜に乗った男が声をかけてくる。
 対するヒズミの声は静かで堂々としていて不利を感じさせない。

「楽では済まさんぞ、アウリガの侵略者ども。私の名はヒズミ・コノエ。コノエの名誉にかけてお前たちの半数は生きて帰さん」

 ヒズミが腕を振ると、無数の六角形の光の板が出現する。
 光の板は一瞬で針のように尖って、油断していた敵の竜騎士の一人を貫いた。

「貴様……!」
「まずは一人」

 淡々と言ったヒズミは、きらめく六角形の結界を操作してアサヒ達の周囲に置く。
 動けずに見ていたアサヒは気付く。
 ヒズミは敵の注意を引き付けてアサヒ達を結界でおおい、守ろうとしているのだ。
 敵もそのことに気付いたらしい。

「落ち着け! 口から出まかせを言ってるだけだ! こいつの狙いは後ろのガキ共を逃がすことだ。ガキでもピクシスの竜騎士だ、絶対に逃がすな!」

 敵のうち二体がヒズミに向かい、残りの六体が結界の外からアサヒ達に攻撃を加えようとする。

「くそっ、黙ってやられてたまるか!」

 ハルトは結界の外に出て反撃を試みようとするが、複数の竜の攻撃を受けきれず、相棒の竜リールーもろとも城の石壁に叩きつけられる。
 アサヒは仲間達の戦いを見ながら必死に考える。
 まただ。
 いつまでも守られるだけの存在でいて良いはずがない。
 だけど、いったい俺に何が出来るのだろう。
 もし自分が竜王だとすれば、なぜ大切な人々を守るための力が無いのか。

「アサヒ、避けて!」
「え?」

 何か魔術で強化されていたのだろう。
 ヒズミの結界をすりぬけて敵の放った矢がアサヒに向かってくる。
 カズオミが警告の声を上げるが、アサヒは咄嗟に動けなかった。

「外なる大気エア、内なる魔力エマ、引き寄せて、このかいなへ!」

 涼やかな女性の詠唱の声が響く。
 そこにいたのはアケボノの外で別れた蜂蜜色の髪と瞳をした少女だった。
 矢はアサヒの前で方向を変えると、腕を広げたユエリの身体に殺到する。
 鮮血が宙を舞った。


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