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学院編
番外編 ヒズミ・コノエの回想
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幼い頃のヒズミにとって、弟は家族なのにとても遠い存在だった。
弟はコノエ家に生まれたにも関わらず生家から引き離され、山頂にある館で別に育てられている。それというのも、弟が「竜王」という島で一番重要な存在だからだ。
竜王は火の島ピクシスを守る竜騎士達の王。
神代から生きる古竜を相棒とする特別な竜騎士だ。
コノエ家は代々、竜王を生む家であると同時に、竜王の一番近くで竜王を守る竜騎士の役目を担う家だった。
ヒズミ・コノエは「お前は弟である竜王を一番近くで守るのだ」と言い聞かされていた。竜王の守護者であることがコノエ家の誇りだった。
竜王の守護者としてふさわしい力を持つよう、まだ少年のヒズミには厳しい修行が課せられた。魔術に武術、学問を幼い頃から徹底的に仕込まれたのだ。
同年代の竜騎士の子供に比べても厳しい教育について、当事者のヒズミはうんざりする気持ちが無かった訳ではない。子供心に、同年代の子供達と遊びたいと思う気持ちもあった。
しかしヒズミはプライドが高くストイックな性格をしていたため、積極的に勉強から逃げ出そうとは考えなかった。彼には才能もあり、周囲の大人達の期待に応えることができたため、褒められてそれなりに満足していたのだ。
その日も父親に槍術の稽古をつけられていた。
稽古のあと、父親はちょっと困ったような嬉しいような顔をして声を掛けてきた。
「ヒズミ、山の野原へアサヒを迎えに行ってくれないか。どうやら巫女様がたが外に連れ出して、帰りが遅いから皆心配しているらしい」
「これからですか?」
父親の情け容赦ない槍で散々転ばされたヒズミは疲れていた。
打ち身や擦り傷で身体が痛い。
だが、弟に会える機会はめったにない。
弟を養育している竜の巫女達は、弟を他人の目に触れないように過剰なほど隠して育てていたからだ。肉親であるコノエ家の人々も、用が無い限りは面会できない雰囲気だった。
父親としても弟の様子が気にかかるのだろう。
理由をつけて、ヒズミに弟の様子を見てきて欲しいと思っているのだ。
父親から頼まれたヒズミは、疲れてはいたが気を取り直して、簡単に身支度を整え、ピクシスの中央にある山を登る。
弟は山頂の館から少し離れた場所にある野原で、巫女達と一緒に花摘みをしているらしかった。
場所を聞いたヒズミは真っ直ぐにそこへ向かう。
そこは背の低い植物が一面に生い茂った草原だった。柔らかい草に混じって、そこかしこに小さな黄色い花が咲いている。
草原の真ん中で白い巫女服の女性達に囲まれた弟を発見する。
赤毛のヒズミと違い、弟は艶やかな黒髪に紅い瞳をしている。容姿が中性的に整っているせいで、幼い弟は可愛い女の子に見えた。
どうやら巫女達も弟を女の子扱いしているらしい。
巫女達は弟の衣服や髪に花を飾っていた。可愛い格好になっていると気付いていないのか、弟は無邪気に花をちぎって遊んでいた。
竜王になる者がこんな女の子のような生活で良いのだろうか。
巫女いわく、竜王として覚醒すれば関係なくなるから、特別に修行しなくてもいいそうだが……。
「アサヒ」
声をかけて近付くと、弟はパッと顔を上げて笑顔になる。
「にいに!」
舌ったらずに呼ばれてヒズミは苦笑する。
はたして自分は兄だと認識されているのだろうか。
他の年上の男性にも同じように呼び掛けているのを聞いたことがある。普段、身の回りにいるのは女性ばかりの弟なので、男性の見分けがついていないのかもしれない。
「久しぶり、ヒズミ。もう時間だった?」
弟の隣にいた銀髪に水色の瞳の美しい少女が、ヒズミの姿を認めて微笑む。彼女はミツキといって、ヒズミとも親しい。ミツキは巫女達の中でも特別な力を持ち、将来、この島の女王になることが決まっている。
弟と並んで、ヒズミにとっては未来の女王であるミツキも守るべき対象だった。
「ああ。館の者が遅いと心配している」
とは言ってもそこまで遅くなっている訳ではない。まだ太陽は中天を通りすぎて空に留まっている。おそらく普段会えない兄弟を気遣った大人達が、わざと大げさに言ったのだろう。
不思議そうに首をかしげる弟は、ヒズミの服の袖からのぞく腕に擦り傷や痣を見つけて、顔をこわばらせた。
「にいに、その傷……」
「これか? どうってことない」
「痛いの痛いの飛んでいけー!」
弟は自分が痛そうな顔をしながら、耳慣れない呪いをヒズミにかける。魔術でもなんでもない、気休めのおまじないだ。ヒズミはミツキと顔を見合わせて笑った。
「ううー、消えない」
「当たり前だ……アサヒ、俺は大丈夫だ」
「でも痛そう」
鍛錬で怪我をするのはしょっちゅうのヒズミは傷に慣れている。
しかし、女性に囲まれて箱入りの生活を送っている弟にとっては見慣れないものらしい。
「こんなものはかすり傷だ。戦いに出ればもっとひどい傷を負うこともある」
ヒズミは竜騎士である父親や、他の竜騎士の大人が傷を負って帰ってくるのを見たことがある。
自分もそうなるのだと子供ながら達観していた。
「痛いのはやだよ……そうだ。僕、大人になったら、にいにが怪我をしないように守ってあげる!」
話半分に聞いていたヒズミは、弟の発言の最後で少し驚いた。
女の子のように見えるが、やっぱり男の子なのだ。
守られるより守りたい。
そして幼くても優しくて強い志は竜王である証なのだろう。
「そうか。なら、俺もアサヒを守ろう。お前が傷つかなくても済むように」
未来の竜王にヒズミは約束する。
誓いを受けた弟は嬉しそうにする。
どこまで意味が分かっているのやら。
ヒズミは期待しない。
時が過ぎ、もし弟が約束を忘れてしまったとしても、自分が忘れなければいい。
いつか弟は竜王となり、自分を含む大勢の人々を守ってくれるだろう。その時に自分は彼の守護の竜騎士として、側にいられればいい。そこに血のつながりは必要ないのだ。
弟はコノエ家に生まれたにも関わらず生家から引き離され、山頂にある館で別に育てられている。それというのも、弟が「竜王」という島で一番重要な存在だからだ。
竜王は火の島ピクシスを守る竜騎士達の王。
神代から生きる古竜を相棒とする特別な竜騎士だ。
コノエ家は代々、竜王を生む家であると同時に、竜王の一番近くで竜王を守る竜騎士の役目を担う家だった。
ヒズミ・コノエは「お前は弟である竜王を一番近くで守るのだ」と言い聞かされていた。竜王の守護者であることがコノエ家の誇りだった。
竜王の守護者としてふさわしい力を持つよう、まだ少年のヒズミには厳しい修行が課せられた。魔術に武術、学問を幼い頃から徹底的に仕込まれたのだ。
同年代の竜騎士の子供に比べても厳しい教育について、当事者のヒズミはうんざりする気持ちが無かった訳ではない。子供心に、同年代の子供達と遊びたいと思う気持ちもあった。
しかしヒズミはプライドが高くストイックな性格をしていたため、積極的に勉強から逃げ出そうとは考えなかった。彼には才能もあり、周囲の大人達の期待に応えることができたため、褒められてそれなりに満足していたのだ。
その日も父親に槍術の稽古をつけられていた。
稽古のあと、父親はちょっと困ったような嬉しいような顔をして声を掛けてきた。
「ヒズミ、山の野原へアサヒを迎えに行ってくれないか。どうやら巫女様がたが外に連れ出して、帰りが遅いから皆心配しているらしい」
「これからですか?」
父親の情け容赦ない槍で散々転ばされたヒズミは疲れていた。
打ち身や擦り傷で身体が痛い。
だが、弟に会える機会はめったにない。
弟を養育している竜の巫女達は、弟を他人の目に触れないように過剰なほど隠して育てていたからだ。肉親であるコノエ家の人々も、用が無い限りは面会できない雰囲気だった。
父親としても弟の様子が気にかかるのだろう。
理由をつけて、ヒズミに弟の様子を見てきて欲しいと思っているのだ。
父親から頼まれたヒズミは、疲れてはいたが気を取り直して、簡単に身支度を整え、ピクシスの中央にある山を登る。
弟は山頂の館から少し離れた場所にある野原で、巫女達と一緒に花摘みをしているらしかった。
場所を聞いたヒズミは真っ直ぐにそこへ向かう。
そこは背の低い植物が一面に生い茂った草原だった。柔らかい草に混じって、そこかしこに小さな黄色い花が咲いている。
草原の真ん中で白い巫女服の女性達に囲まれた弟を発見する。
赤毛のヒズミと違い、弟は艶やかな黒髪に紅い瞳をしている。容姿が中性的に整っているせいで、幼い弟は可愛い女の子に見えた。
どうやら巫女達も弟を女の子扱いしているらしい。
巫女達は弟の衣服や髪に花を飾っていた。可愛い格好になっていると気付いていないのか、弟は無邪気に花をちぎって遊んでいた。
竜王になる者がこんな女の子のような生活で良いのだろうか。
巫女いわく、竜王として覚醒すれば関係なくなるから、特別に修行しなくてもいいそうだが……。
「アサヒ」
声をかけて近付くと、弟はパッと顔を上げて笑顔になる。
「にいに!」
舌ったらずに呼ばれてヒズミは苦笑する。
はたして自分は兄だと認識されているのだろうか。
他の年上の男性にも同じように呼び掛けているのを聞いたことがある。普段、身の回りにいるのは女性ばかりの弟なので、男性の見分けがついていないのかもしれない。
「久しぶり、ヒズミ。もう時間だった?」
弟の隣にいた銀髪に水色の瞳の美しい少女が、ヒズミの姿を認めて微笑む。彼女はミツキといって、ヒズミとも親しい。ミツキは巫女達の中でも特別な力を持ち、将来、この島の女王になることが決まっている。
弟と並んで、ヒズミにとっては未来の女王であるミツキも守るべき対象だった。
「ああ。館の者が遅いと心配している」
とは言ってもそこまで遅くなっている訳ではない。まだ太陽は中天を通りすぎて空に留まっている。おそらく普段会えない兄弟を気遣った大人達が、わざと大げさに言ったのだろう。
不思議そうに首をかしげる弟は、ヒズミの服の袖からのぞく腕に擦り傷や痣を見つけて、顔をこわばらせた。
「にいに、その傷……」
「これか? どうってことない」
「痛いの痛いの飛んでいけー!」
弟は自分が痛そうな顔をしながら、耳慣れない呪いをヒズミにかける。魔術でもなんでもない、気休めのおまじないだ。ヒズミはミツキと顔を見合わせて笑った。
「ううー、消えない」
「当たり前だ……アサヒ、俺は大丈夫だ」
「でも痛そう」
鍛錬で怪我をするのはしょっちゅうのヒズミは傷に慣れている。
しかし、女性に囲まれて箱入りの生活を送っている弟にとっては見慣れないものらしい。
「こんなものはかすり傷だ。戦いに出ればもっとひどい傷を負うこともある」
ヒズミは竜騎士である父親や、他の竜騎士の大人が傷を負って帰ってくるのを見たことがある。
自分もそうなるのだと子供ながら達観していた。
「痛いのはやだよ……そうだ。僕、大人になったら、にいにが怪我をしないように守ってあげる!」
話半分に聞いていたヒズミは、弟の発言の最後で少し驚いた。
女の子のように見えるが、やっぱり男の子なのだ。
守られるより守りたい。
そして幼くても優しくて強い志は竜王である証なのだろう。
「そうか。なら、俺もアサヒを守ろう。お前が傷つかなくても済むように」
未来の竜王にヒズミは約束する。
誓いを受けた弟は嬉しそうにする。
どこまで意味が分かっているのやら。
ヒズミは期待しない。
時が過ぎ、もし弟が約束を忘れてしまったとしても、自分が忘れなければいい。
いつか弟は竜王となり、自分を含む大勢の人々を守ってくれるだろう。その時に自分は彼の守護の竜騎士として、側にいられればいい。そこに血のつながりは必要ないのだ。
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