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学院編
15 竜騎士の絆
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セイランは体格の良い男だ。深い青の髪に少し隠れているが、顔に一筋の傷跡があって歴戦の猛者のような雰囲気がある。
相棒の風竜クレイモアは普段は透明になっていて姿が見えない。
アサヒを訪ねてきたというセイランは、学院で場所を聞いたらしく竜の乗り降り場までわざわざ会いに来てくれた。
「セイラン!」
「元気だったか、アサヒ」
砂色の瞳を細めて、セイランは穏やかな眼差しでアサヒを見た。
「聞いたぞ。やんちゃをしたそうだな」
「ええと」
「後でたっぷり話を聞かせてもらおう。それよりアケボノと言えば温泉だ。アサヒ、良い場所を知らないか?」
「温泉?」
温泉ってあの温泉だろうか。
きょとんとするアサヒの横で、カズオミが見かねたのかフォローする。
「湯治ですか? 穴場に案内しましょうか」
「良いのか。是非頼む。いやあ、ピクシスのアケボノと言えば温泉と聞くが、まだ入ったことがないのだ」
「ええっ、温泉があるの?!」
叫んだアサヒは変な目で見られた。
知らないのはアサヒだけだったらしい。
少し考えれば分かることだが、中央に火山があるピクシスに温泉が無い訳がない。アケボノ付近には、地熱に温められた天然のお湯が湧く場所が点在している。
アサヒが知らないのは、たまたまフォーシスが温泉が少ない地域だったこと、孤児生活ではお湯に入る機会が無かったからだった。
生まれも育ちも王都アケボノだというカズオミの案内のもと、地元民しか知らない場所にアサヒ達は移動する。
アケボノから少し歩いた火山の尾根の、岩が転がっている中にくぼみがあって湯が湧いていた。誰もいないのでアサヒ達は遠慮なく素っ裸になってお湯に浸かった。
「あー、極楽だー」
アサヒは肩の下までお湯に入って満足そうに呟いた。
頭の上ではヤモリが丸くなっている。
「中々良いものだな」
温泉は初めてだというセイランも、お湯の中に座り込んで心地良さそうにしている。こうしてみるとお互い裸なので竜紋の位置と形がはっきり分かる。カズオミは肩の上にひし形の模様、セイランは二の腕に巻き付くように渦巻きの模様がある。
セイランの竜紋はアサヒ達の二倍の大きさがあった。彼は二等級の竜騎士なのだそうだ。
「ピクシスの温泉にも入ったし、これで心置きなくアントリアに帰れそうだ」
「え?! セイラン、アントリアに帰るのか?」
セイランの言葉にアサヒはぎょっとして、岩に預けていた上半身を起こした。突然アサヒが動いたので、頭の上にいたヤモリがバランスを崩してお湯に落っこちる。
「本国から帰還命令が出てな……」
「聞いてないよ!」
「うむ。実はずいぶん前にアントリアから渡航者に帰還命令が出ていてな。私は竜に乗ればいつでも帰れるから、残っていたのだ」
凪の時期に出る飛行船で、数少ない民間人は先に帰還したのだそうだ。
竜騎士は凪だろうが時化だろうが、竜さえ飛べれば島の間を行き来できるので関係ない。
「そんな……リーブラの竜騎士もこの前に撤収してしまったし、今度はアントリアの竜騎士も? もしアウリガやコローナが攻めてきたら……」
話を聞いていたカズオミが不安そうにする。
アサヒはリーブラの竜騎士を見たことがなかったが、一時期リーブラからもピクシスに派兵されて竜騎士が来ていたらしい。リーブラの竜騎士は復興を一時期手伝った後、さっさと撤収してしまったそうだ。
「そうだ、ピクシスだけで自国を守りきれるか……。いや、国はこの際おいておいて、アサヒ、君がこの先も元気でいてくれればいい。君は私の唯一の弟子だからな」
「セイラン……」
「叶うならば、ピクシスの正規の竜騎士になった君と、同盟国の竜騎士として関係が続けば、これほど誇らしいことはない」
アサヒは思わず視線を落とした。
今のアサヒは実質、学院から追放された身だ。セイランの真っ直ぐな期待に後ろめたい気持ちが沸いてくる。
お湯に落ちたヤモリがすいすい泳いでアサヒの腕に戻ってきた。ヤモリは腕によじ登って肩まで上ると、不思議そうに首をかしげてアサヒを黒い瞳で見上げる。
「アサヒ。君は上級の生徒といさかいを起こして、学院の外で仕事をさせられていると聞いたが」
「う……」
「ピクシスの学院のことはよく知らん。私はアントリア生まれのアントリア育ちだからな。知らんことについて口出しする気はない。だがアサヒ、勉学が損になるということはないぞ。学院で学問や魔術を学ぶのは有益なことだ」
セイランの言う通りだ。考えもなく目立つ行動をしたことを、アサヒは今さら後悔した。
「……アサヒは間違ってません」
師弟の会話にカズオミが口を挟む。
「アサヒは僕を助けてくれた。誰も、等級が違う竜騎士に立ち向かったりしないものなのに恐れずに戦って……すごいと思いました。アサヒなら、学院で教わらなくても自力で勉強できますよ!」
「……いや、カズオミ。お前の評価は嬉しいけど、自力で勉強はさすがにキツイから」
アサヒは友人に予想外のプレッシャーを掛けられて冷や汗を流す。
セイランは笑った。
「良い友達に巡りあえたな、アサヒ。君なら困難も乗り越えられると信じている。私はアントリアに帰るが、二人とも、いつでも竜に乗って会いに来ればいい。温泉の礼にアントリアの湖を案内するぞ」
温泉を堪能したセイランは、風竜クレイモアに乗ってアントリアに帰っていった。
アサヒを慕っている孤児の少女ハナビについては、アントリアに連れていけないためフォーシスの領主に預けたらしい。「寂しがっているから時間があったら竜に乗って会いに行ってやれ」と言われたが、アサヒはそんな気持ちになれなかった。
セイランとの話がきっかけで将来について考え、アサヒは少し憂鬱になっていた。
今やっている運搬の仕事は「手伝い」という名目なので、大して賃金はもらえない。満額の賃金をもらうには、正規の竜騎士の資格をとって正式に雇ってもらわないといけない。そして、正規の竜騎士になるには学院を卒業しなければならないのだ。
学院の外に放り出されたアサヒは、卒業に必要な授業を受けることができない。このままでは落第し、竜騎士崩れとして最低限の賃金でこきつかわれることになる。
カズオミが「実質、追放だ」と言ったのはそういうことだ。
学院を無事、卒業するにはどうしたらいいのだろうか。
相棒の風竜クレイモアは普段は透明になっていて姿が見えない。
アサヒを訪ねてきたというセイランは、学院で場所を聞いたらしく竜の乗り降り場までわざわざ会いに来てくれた。
「セイラン!」
「元気だったか、アサヒ」
砂色の瞳を細めて、セイランは穏やかな眼差しでアサヒを見た。
「聞いたぞ。やんちゃをしたそうだな」
「ええと」
「後でたっぷり話を聞かせてもらおう。それよりアケボノと言えば温泉だ。アサヒ、良い場所を知らないか?」
「温泉?」
温泉ってあの温泉だろうか。
きょとんとするアサヒの横で、カズオミが見かねたのかフォローする。
「湯治ですか? 穴場に案内しましょうか」
「良いのか。是非頼む。いやあ、ピクシスのアケボノと言えば温泉と聞くが、まだ入ったことがないのだ」
「ええっ、温泉があるの?!」
叫んだアサヒは変な目で見られた。
知らないのはアサヒだけだったらしい。
少し考えれば分かることだが、中央に火山があるピクシスに温泉が無い訳がない。アケボノ付近には、地熱に温められた天然のお湯が湧く場所が点在している。
アサヒが知らないのは、たまたまフォーシスが温泉が少ない地域だったこと、孤児生活ではお湯に入る機会が無かったからだった。
生まれも育ちも王都アケボノだというカズオミの案内のもと、地元民しか知らない場所にアサヒ達は移動する。
アケボノから少し歩いた火山の尾根の、岩が転がっている中にくぼみがあって湯が湧いていた。誰もいないのでアサヒ達は遠慮なく素っ裸になってお湯に浸かった。
「あー、極楽だー」
アサヒは肩の下までお湯に入って満足そうに呟いた。
頭の上ではヤモリが丸くなっている。
「中々良いものだな」
温泉は初めてだというセイランも、お湯の中に座り込んで心地良さそうにしている。こうしてみるとお互い裸なので竜紋の位置と形がはっきり分かる。カズオミは肩の上にひし形の模様、セイランは二の腕に巻き付くように渦巻きの模様がある。
セイランの竜紋はアサヒ達の二倍の大きさがあった。彼は二等級の竜騎士なのだそうだ。
「ピクシスの温泉にも入ったし、これで心置きなくアントリアに帰れそうだ」
「え?! セイラン、アントリアに帰るのか?」
セイランの言葉にアサヒはぎょっとして、岩に預けていた上半身を起こした。突然アサヒが動いたので、頭の上にいたヤモリがバランスを崩してお湯に落っこちる。
「本国から帰還命令が出てな……」
「聞いてないよ!」
「うむ。実はずいぶん前にアントリアから渡航者に帰還命令が出ていてな。私は竜に乗ればいつでも帰れるから、残っていたのだ」
凪の時期に出る飛行船で、数少ない民間人は先に帰還したのだそうだ。
竜騎士は凪だろうが時化だろうが、竜さえ飛べれば島の間を行き来できるので関係ない。
「そんな……リーブラの竜騎士もこの前に撤収してしまったし、今度はアントリアの竜騎士も? もしアウリガやコローナが攻めてきたら……」
話を聞いていたカズオミが不安そうにする。
アサヒはリーブラの竜騎士を見たことがなかったが、一時期リーブラからもピクシスに派兵されて竜騎士が来ていたらしい。リーブラの竜騎士は復興を一時期手伝った後、さっさと撤収してしまったそうだ。
「そうだ、ピクシスだけで自国を守りきれるか……。いや、国はこの際おいておいて、アサヒ、君がこの先も元気でいてくれればいい。君は私の唯一の弟子だからな」
「セイラン……」
「叶うならば、ピクシスの正規の竜騎士になった君と、同盟国の竜騎士として関係が続けば、これほど誇らしいことはない」
アサヒは思わず視線を落とした。
今のアサヒは実質、学院から追放された身だ。セイランの真っ直ぐな期待に後ろめたい気持ちが沸いてくる。
お湯に落ちたヤモリがすいすい泳いでアサヒの腕に戻ってきた。ヤモリは腕によじ登って肩まで上ると、不思議そうに首をかしげてアサヒを黒い瞳で見上げる。
「アサヒ。君は上級の生徒といさかいを起こして、学院の外で仕事をさせられていると聞いたが」
「う……」
「ピクシスの学院のことはよく知らん。私はアントリア生まれのアントリア育ちだからな。知らんことについて口出しする気はない。だがアサヒ、勉学が損になるということはないぞ。学院で学問や魔術を学ぶのは有益なことだ」
セイランの言う通りだ。考えもなく目立つ行動をしたことを、アサヒは今さら後悔した。
「……アサヒは間違ってません」
師弟の会話にカズオミが口を挟む。
「アサヒは僕を助けてくれた。誰も、等級が違う竜騎士に立ち向かったりしないものなのに恐れずに戦って……すごいと思いました。アサヒなら、学院で教わらなくても自力で勉強できますよ!」
「……いや、カズオミ。お前の評価は嬉しいけど、自力で勉強はさすがにキツイから」
アサヒは友人に予想外のプレッシャーを掛けられて冷や汗を流す。
セイランは笑った。
「良い友達に巡りあえたな、アサヒ。君なら困難も乗り越えられると信じている。私はアントリアに帰るが、二人とも、いつでも竜に乗って会いに来ればいい。温泉の礼にアントリアの湖を案内するぞ」
温泉を堪能したセイランは、風竜クレイモアに乗ってアントリアに帰っていった。
アサヒを慕っている孤児の少女ハナビについては、アントリアに連れていけないためフォーシスの領主に預けたらしい。「寂しがっているから時間があったら竜に乗って会いに行ってやれ」と言われたが、アサヒはそんな気持ちになれなかった。
セイランとの話がきっかけで将来について考え、アサヒは少し憂鬱になっていた。
今やっている運搬の仕事は「手伝い」という名目なので、大して賃金はもらえない。満額の賃金をもらうには、正規の竜騎士の資格をとって正式に雇ってもらわないといけない。そして、正規の竜騎士になるには学院を卒業しなければならないのだ。
学院の外に放り出されたアサヒは、卒業に必要な授業を受けることができない。このままでは落第し、竜騎士崩れとして最低限の賃金でこきつかわれることになる。
カズオミが「実質、追放だ」と言ったのはそういうことだ。
学院を無事、卒業するにはどうしたらいいのだろうか。
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