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学院編
25 不穏な風(2017/12/7 新規追加)
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「その顔は冗談じゃないかって思ってるね。うーん、本当に自覚もないし、記憶もないのか。困ったもんだな」
ハヤテは短剣を引くと、両手を空に上げて肩をすくめてみせた。
道化じみた挙動だが彼は何か根拠があって言っているらしい。
それとも限りなく悪趣味な冗談か。
アサヒには判断が付かないし、心当たりもない。
「誰かと勘違いしてるんじゃ」
「いいや、君だよ。君がピクシスの炎竜王だ」
ざあっと木々を揺らして風が吹く。
炎に包まれた記憶と、最近いだいた疑問が、ふと脳裏をよぎった。
巫女姫だったかもしれないミツキ。
彼女は取るに足りない少年のアサヒを庇って捕まった。
いくら親しくても、単なる使用人の子供をかばうだろうか。百歩ゆずって本当の弟のように可愛がってくれていたとして。他の大人はどうしていた?
……炎竜王はどこだ?
……いないようだが別にいい、連れていけ。
あの場所に竜王がいると考えてアウリガの兵士は踏み込んだのだ。
それが自分だという証拠はないが、自分ではないという証拠もない。
「……炎竜王は、ヒズミ・コノエだろ」
「本気で言ってる? 今度、本人にそれ言ってみろよ。あー、受ける、あいつががっかりする顔が目に浮かぶよ」
現在、炎竜王だと噂になっている青年の名前を挙げると、ハヤテは腹を抱えて笑った。
「しっかし肝心の竜王がこれじゃ、ピクシスは終わったかもな。アントリアの竜騎士が撤退してしまって、守りが手薄なピクシスをアウリガの奴らが見過ごすと思えない。現に襲撃の予兆があって、現役の竜騎士の先輩がたはピリピリしてるぜ」
「アウリガの襲撃がまたあると?」
「こんな偽りの平和がいつまでも続く訳がないだろ。お前、自分が竜王じゃないなら、本当の竜王を連れてこいよ」
そんなことができる訳がない。
アサヒが閉口すると、ハヤテは背を向けた。
「早いとこ復活してくれよ、竜王陛下。じゃないと今度はピクシスが滅ぶ」
俺は竜王じゃないのに。
そう思うアサヒに捨て台詞を吐いてハヤテは去った。
ハヤテの言うことが本当だとしても、今のアサヒにはどうすることもできない。まるで言いがかりを付けられたようで胸がむしゃくしゃする。
荒立つ感情を反映したように、その日の夕方からピクシスの天気も荒れだした。荒れた天候は次の日も、その次の日も続いた。
「なんだか風がきついな」
「時化みたいだね」
曇った窓ガラスを激しい風が叩く。
激しい風が吹くことをこの世界では「時化ている」と表現する。逆に穏やかで風がない時は「凪いでいる」と人々は安心するのだ。
室内は遠く風の音が聞こえるくらいで静かだった。学院の石造りの壁は激しい風にびくともしない。
「アサヒ、一次試験は大丈夫なの?」
一次試験を間近に迫っている。
カズオミが心配そうに問いかけてきた。
「たぶん平気」
アサヒは魔術も武術もセイランにある程度教わっていたため、最初の試験は無事に通過できそうだった。
机の上をかさこそするヤモリを眺めながら答えると、カズオミがなぜか暗い顔をする。
「そっか……」
「どうしたんだ、カズオミ?」
「うん、何となくそんな気がしてたけど。アサヒって頭良いし無詠唱で魔術使えるし武術も普通にできるし、三等級って色眼鏡で見なきゃ優秀だよね。それに比べて僕は……学問以外まったく駄目だ」
落ち込んでいる様子のカズオミを哀れに思って、アサヒは心ばかりの提案をする。
「元気だせよ、カズオミ……なんならヤモリを貸すぜ」
「要らないよ! 何の役に立つんだよ!」
「ほら、この丸くなってる尻尾を引っ張って真っ直ぐにすると、頭が良くなるような……」
「ならないよ!」
ヤモリのくるりと丸まった、長くて細い尻尾をびよーんと伸ばしながら言うと、カズオミは吹き出して笑った。
ルームメイトの笑顔を見てから、アサヒは立ち上がる。
「……俺、勉強の邪魔しちゃ悪いから、ちょっと外を歩いてくる」
「気にしなくて良いのに」
カズオミを試験勉強に集中させようというのを口実に、アサヒは部屋を出て夜のアケボノの街に繰り出した。
何のことはない。
単に気分転換に夜の散歩がしたかっただけだ。
相変わらず風が強く吹いているが、歩けないほどではない。
アサヒはぶらぶらと王城近くまで歩いた。松明(たいまつ)に照らされた城を見上げて考えこむ。
この間、女王陛下にあった訳だが、彼女はアサヒの出生について知っていたのだろうか。いや、何か知っていると考える方が妥当だ。理由なく孤児で三等級のアサヒに声を掛けたとは考えにくい。
「あー! なんなんだよ、畜生!」
小石を蹴って憂さ晴らしをしていると、近くを二人連れの若い男性が通りすぎて城へ向かった。
制服を着ていないが見覚えがある。
学院の二等級の生徒だ。
向こうはアサヒに気付いていない。
彼らの会話の一部が聞こえてくる。
「……今夜は管理官が不在だから大丈夫なんだって。楽しみだぜ。アウリガの女の味見ができるなんて……」
なんだって?
アウリガの女って、もしかしてユエリのことか。
不穏な気配を感じたアサヒは、彼らをこっそり尾行することにした。
ハヤテは短剣を引くと、両手を空に上げて肩をすくめてみせた。
道化じみた挙動だが彼は何か根拠があって言っているらしい。
それとも限りなく悪趣味な冗談か。
アサヒには判断が付かないし、心当たりもない。
「誰かと勘違いしてるんじゃ」
「いいや、君だよ。君がピクシスの炎竜王だ」
ざあっと木々を揺らして風が吹く。
炎に包まれた記憶と、最近いだいた疑問が、ふと脳裏をよぎった。
巫女姫だったかもしれないミツキ。
彼女は取るに足りない少年のアサヒを庇って捕まった。
いくら親しくても、単なる使用人の子供をかばうだろうか。百歩ゆずって本当の弟のように可愛がってくれていたとして。他の大人はどうしていた?
……炎竜王はどこだ?
……いないようだが別にいい、連れていけ。
あの場所に竜王がいると考えてアウリガの兵士は踏み込んだのだ。
それが自分だという証拠はないが、自分ではないという証拠もない。
「……炎竜王は、ヒズミ・コノエだろ」
「本気で言ってる? 今度、本人にそれ言ってみろよ。あー、受ける、あいつががっかりする顔が目に浮かぶよ」
現在、炎竜王だと噂になっている青年の名前を挙げると、ハヤテは腹を抱えて笑った。
「しっかし肝心の竜王がこれじゃ、ピクシスは終わったかもな。アントリアの竜騎士が撤退してしまって、守りが手薄なピクシスをアウリガの奴らが見過ごすと思えない。現に襲撃の予兆があって、現役の竜騎士の先輩がたはピリピリしてるぜ」
「アウリガの襲撃がまたあると?」
「こんな偽りの平和がいつまでも続く訳がないだろ。お前、自分が竜王じゃないなら、本当の竜王を連れてこいよ」
そんなことができる訳がない。
アサヒが閉口すると、ハヤテは背を向けた。
「早いとこ復活してくれよ、竜王陛下。じゃないと今度はピクシスが滅ぶ」
俺は竜王じゃないのに。
そう思うアサヒに捨て台詞を吐いてハヤテは去った。
ハヤテの言うことが本当だとしても、今のアサヒにはどうすることもできない。まるで言いがかりを付けられたようで胸がむしゃくしゃする。
荒立つ感情を反映したように、その日の夕方からピクシスの天気も荒れだした。荒れた天候は次の日も、その次の日も続いた。
「なんだか風がきついな」
「時化みたいだね」
曇った窓ガラスを激しい風が叩く。
激しい風が吹くことをこの世界では「時化ている」と表現する。逆に穏やかで風がない時は「凪いでいる」と人々は安心するのだ。
室内は遠く風の音が聞こえるくらいで静かだった。学院の石造りの壁は激しい風にびくともしない。
「アサヒ、一次試験は大丈夫なの?」
一次試験を間近に迫っている。
カズオミが心配そうに問いかけてきた。
「たぶん平気」
アサヒは魔術も武術もセイランにある程度教わっていたため、最初の試験は無事に通過できそうだった。
机の上をかさこそするヤモリを眺めながら答えると、カズオミがなぜか暗い顔をする。
「そっか……」
「どうしたんだ、カズオミ?」
「うん、何となくそんな気がしてたけど。アサヒって頭良いし無詠唱で魔術使えるし武術も普通にできるし、三等級って色眼鏡で見なきゃ優秀だよね。それに比べて僕は……学問以外まったく駄目だ」
落ち込んでいる様子のカズオミを哀れに思って、アサヒは心ばかりの提案をする。
「元気だせよ、カズオミ……なんならヤモリを貸すぜ」
「要らないよ! 何の役に立つんだよ!」
「ほら、この丸くなってる尻尾を引っ張って真っ直ぐにすると、頭が良くなるような……」
「ならないよ!」
ヤモリのくるりと丸まった、長くて細い尻尾をびよーんと伸ばしながら言うと、カズオミは吹き出して笑った。
ルームメイトの笑顔を見てから、アサヒは立ち上がる。
「……俺、勉強の邪魔しちゃ悪いから、ちょっと外を歩いてくる」
「気にしなくて良いのに」
カズオミを試験勉強に集中させようというのを口実に、アサヒは部屋を出て夜のアケボノの街に繰り出した。
何のことはない。
単に気分転換に夜の散歩がしたかっただけだ。
相変わらず風が強く吹いているが、歩けないほどではない。
アサヒはぶらぶらと王城近くまで歩いた。松明(たいまつ)に照らされた城を見上げて考えこむ。
この間、女王陛下にあった訳だが、彼女はアサヒの出生について知っていたのだろうか。いや、何か知っていると考える方が妥当だ。理由なく孤児で三等級のアサヒに声を掛けたとは考えにくい。
「あー! なんなんだよ、畜生!」
小石を蹴って憂さ晴らしをしていると、近くを二人連れの若い男性が通りすぎて城へ向かった。
制服を着ていないが見覚えがある。
学院の二等級の生徒だ。
向こうはアサヒに気付いていない。
彼らの会話の一部が聞こえてくる。
「……今夜は管理官が不在だから大丈夫なんだって。楽しみだぜ。アウリガの女の味見ができるなんて……」
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