ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

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留学準備編

10 竜王の記憶

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 アサヒは短くなってしまった蜂蜜色の髪を見つめる。聞くまでもなく彼女の意思はその髪の長さから明らかだった。
 アウリガから潜入してきた敵と一緒に逃げるだとか、ユエリはそんなことを考えないだろう。その疑いを抱くことは彼女を信頼していないということだ。
 昨夜出会ったアウリガの男について、ユエリに聞いて念押しするつもりだったのだが、それが野暮に思えてアサヒは考えを変えた。
 代わりに別のことを聞くことにする。

「なあ、ユエリは何でピクシスに来たんだ?」
「病弱な兄の薬代をかせぐために、仕事で……私は魔術も武術も使えるから城の役人にスカウトされたのよ」

 病弱な兄? 元気そうだったけど。
 アサヒは疑問を抱いた。
 実は先に兄と会っているユエリも同じ疑問を持っていたが、それはアサヒは知らないことだ。
 質問を変える。

「アウリガに連れていかれたピクシスの姫巫女のことを、何か知らないか?」
「何度も聞かれたけれど、私みたいな下っ端が知っていることは少ないの。ピクシスの姫巫女はコローナに護送された、私が知っているのはこれだけよ」
「コローナ……」

 アサヒは口の中でその国の名前を転がす。
 ぼんやり視線をさ迷わせると、机の上に置かれたペンダントに気付く。細い銀の鎖には、エメラルドのような宝玉を白い鳥が守るようなデザインの飾りが付いていた。

「そのペンダントは?」
「これはアウリガから持ってきたものよ。会ったことないけれど、お父さんが私に遺したものだって」
「よく捕まった時に没収されなかったな」
「念のため質屋で預かってもらっていたの」

 賢く行動力のあるユエリらしい回答だ。
 アサヒはペンダントトップをじっと見る。
 どこかで見たことがある。
 自分ではなく過去の竜王が。
 竜王の記憶は、アサヒの成長や知識の増加に合わせて開かれる仕組みになっている。その鍵の掛かった引き出しのひとつがカチリと開いた感覚がした。


『原初の約束に従い、我が炎は汝を導く。盟友よ、何が知りたい?』


 神代から生きてきた竜であるアサヒの相棒が、アサヒにだけ聞こえる声で問う。
 肩に目を落とすとヤモリが黒くつぶらな瞳で見上げてくる。

 人であるアサヒにとって、過去数代にわたる竜王の記憶は処理できないほど膨大な量だ。この記憶を整理、保管して、必要な時に取り出せるよう補助してくれているのは、実は相棒の竜である。
 相棒は竜ゆえに融通がきかず、望むときに望む知識が得られるとは限らない。この機会に知りたいことをまとめて聞いてみたいとアサヒは考えた。
 今のアサヒは知らないことが多すぎる。

 竜王とは何者か。
 なぜ過去の炎竜王は光竜王と戦ったのか。
 そして、ユエリの持つ飾りの正体は。
 すべてを知りたい。


『よかろう。それでは少し長くなるが、始まりについて語ろうか……』


 一秒が永遠にも思えるよう時間に引き延ばされ、幻の空間がアサヒの目の前に広がる。
 アサヒは鳥のように空を飛んで広大な地上の光景を見下ろしていた。
 どこまでも広がる大地と海。
 平地には賑やかな街や人里が無数に見受けられる。
 それは明るく美しい光景だった。
 しかし、唐突に日が陰る。
 荒立つ海から大波が押し寄せて、人の営みもろとも地上を押し流した。
 大地は海に呑まれていく。


『はるか昔、人は水害により滅びの危機に瀕していた。それゆえ、汝ら魔術師は一部の土地を空に浮かべ、大空に上がって生き延びようとしたのだ』


 神代竜レジェンダリーと呼ばれる特別な竜と契約し、禁忌である大気エアの魔術を使う5人の魔術師は、この災害に対して立ち上がった。禁忌の魔術に手を出したことで迫害されていた彼らは、皮肉なことに世界破滅のときに人類を救う英雄となったのだ。
 5人の魔術師はそれぞれ違うルーツを持ち、異なる派閥を作って行動していた。特に仲間意識を持っていた訳ではない。ただ、志を同じくする者として協力しあうことはあった。
 大地の一部を空に浮かべて島にした後、竜王と呼ばれる彼らは、それぞれ空に浮かぶ島を守るために子孫と協力して転生を繰り返すことになる。
 記憶をもって転生を繰り返すことが、争いの火種になるとは知らずに。


『人の子はすぐに忘れる。時が経つにつれて、空以外に人の住む場所があったことを知る者は少なくなっていった。それゆえ、汝の同志である、あの者は過去にこだわったのやもしれぬ』


 炎竜王は地上に特に未練は無かった。
 ただ己が守った島の人々が末永く平和に暮らしていくことのみを願っていた。
 他の竜王がどう考えていたかは知らない。
 ただ、光竜王だけは別のことを考えていたようだ。
 それが分かったのは数百年前のこと。

 光竜王がかつての地上の栄光を取り戻すことを願っていたのだと、そう知った時には全てが手遅れだった。


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