55 / 120
留学準備編
10 竜王の記憶
しおりを挟む
アサヒは短くなってしまった蜂蜜色の髪を見つめる。聞くまでもなく彼女の意思はその髪の長さから明らかだった。
アウリガから潜入してきた敵と一緒に逃げるだとか、ユエリはそんなことを考えないだろう。その疑いを抱くことは彼女を信頼していないということだ。
昨夜出会ったアウリガの男について、ユエリに聞いて念押しするつもりだったのだが、それが野暮に思えてアサヒは考えを変えた。
代わりに別のことを聞くことにする。
「なあ、ユエリは何でピクシスに来たんだ?」
「病弱な兄の薬代をかせぐために、仕事で……私は魔術も武術も使えるから城の役人にスカウトされたのよ」
病弱な兄? 元気そうだったけど。
アサヒは疑問を抱いた。
実は先に兄と会っているユエリも同じ疑問を持っていたが、それはアサヒは知らないことだ。
質問を変える。
「アウリガに連れていかれたピクシスの姫巫女のことを、何か知らないか?」
「何度も聞かれたけれど、私みたいな下っ端が知っていることは少ないの。ピクシスの姫巫女はコローナに護送された、私が知っているのはこれだけよ」
「コローナ……」
アサヒは口の中でその国の名前を転がす。
ぼんやり視線をさ迷わせると、机の上に置かれたペンダントに気付く。細い銀の鎖には、エメラルドのような宝玉を白い鳥が守るようなデザインの飾りが付いていた。
「そのペンダントは?」
「これはアウリガから持ってきたものよ。会ったことないけれど、お父さんが私に遺したものだって」
「よく捕まった時に没収されなかったな」
「念のため質屋で預かってもらっていたの」
賢く行動力のあるユエリらしい回答だ。
アサヒはペンダントトップをじっと見る。
どこかで見たことがある。
自分ではなく過去の竜王が。
竜王の記憶は、アサヒの成長や知識の増加に合わせて開かれる仕組みになっている。その鍵の掛かった引き出しのひとつがカチリと開いた感覚がした。
『原初の約束に従い、我が炎は汝を導く。盟友よ、何が知りたい?』
神代から生きてきた竜であるアサヒの相棒が、アサヒにだけ聞こえる声で問う。
肩に目を落とすとヤモリが黒くつぶらな瞳で見上げてくる。
人であるアサヒにとって、過去数代にわたる竜王の記憶は処理できないほど膨大な量だ。この記憶を整理、保管して、必要な時に取り出せるよう補助してくれているのは、実は相棒の竜である。
相棒は竜ゆえに融通がきかず、望むときに望む知識が得られるとは限らない。この機会に知りたいことをまとめて聞いてみたいとアサヒは考えた。
今のアサヒは知らないことが多すぎる。
竜王とは何者か。
なぜ過去の炎竜王は光竜王と戦ったのか。
そして、ユエリの持つ飾りの正体は。
すべてを知りたい。
『よかろう。それでは少し長くなるが、始まりについて語ろうか……』
一秒が永遠にも思えるよう時間に引き延ばされ、幻の空間がアサヒの目の前に広がる。
アサヒは鳥のように空を飛んで広大な地上の光景を見下ろしていた。
どこまでも広がる大地と海。
平地には賑やかな街や人里が無数に見受けられる。
それは明るく美しい光景だった。
しかし、唐突に日が陰る。
荒立つ海から大波が押し寄せて、人の営みもろとも地上を押し流した。
大地は海に呑まれていく。
『はるか昔、人は水害により滅びの危機に瀕していた。それゆえ、汝ら魔術師は一部の土地を空に浮かべ、大空に上がって生き延びようとしたのだ』
神代竜と呼ばれる特別な竜と契約し、禁忌である大気の魔術を使う5人の魔術師は、この災害に対して立ち上がった。禁忌の魔術に手を出したことで迫害されていた彼らは、皮肉なことに世界破滅のときに人類を救う英雄となったのだ。
5人の魔術師はそれぞれ違うルーツを持ち、異なる派閥を作って行動していた。特に仲間意識を持っていた訳ではない。ただ、志を同じくする者として協力しあうことはあった。
大地の一部を空に浮かべて島にした後、竜王と呼ばれる彼らは、それぞれ空に浮かぶ島を守るために子孫と協力して転生を繰り返すことになる。
記憶をもって転生を繰り返すことが、争いの火種になるとは知らずに。
『人の子はすぐに忘れる。時が経つにつれて、空以外に人の住む場所があったことを知る者は少なくなっていった。それゆえ、汝の同志である、あの者は過去にこだわったのやもしれぬ』
炎竜王は地上に特に未練は無かった。
ただ己が守った島の人々が末永く平和に暮らしていくことのみを願っていた。
他の竜王がどう考えていたかは知らない。
ただ、光竜王だけは別のことを考えていたようだ。
それが分かったのは数百年前のこと。
光竜王がかつての地上の栄光を取り戻すことを願っていたのだと、そう知った時には全てが手遅れだった。
アウリガから潜入してきた敵と一緒に逃げるだとか、ユエリはそんなことを考えないだろう。その疑いを抱くことは彼女を信頼していないということだ。
昨夜出会ったアウリガの男について、ユエリに聞いて念押しするつもりだったのだが、それが野暮に思えてアサヒは考えを変えた。
代わりに別のことを聞くことにする。
「なあ、ユエリは何でピクシスに来たんだ?」
「病弱な兄の薬代をかせぐために、仕事で……私は魔術も武術も使えるから城の役人にスカウトされたのよ」
病弱な兄? 元気そうだったけど。
アサヒは疑問を抱いた。
実は先に兄と会っているユエリも同じ疑問を持っていたが、それはアサヒは知らないことだ。
質問を変える。
「アウリガに連れていかれたピクシスの姫巫女のことを、何か知らないか?」
「何度も聞かれたけれど、私みたいな下っ端が知っていることは少ないの。ピクシスの姫巫女はコローナに護送された、私が知っているのはこれだけよ」
「コローナ……」
アサヒは口の中でその国の名前を転がす。
ぼんやり視線をさ迷わせると、机の上に置かれたペンダントに気付く。細い銀の鎖には、エメラルドのような宝玉を白い鳥が守るようなデザインの飾りが付いていた。
「そのペンダントは?」
「これはアウリガから持ってきたものよ。会ったことないけれど、お父さんが私に遺したものだって」
「よく捕まった時に没収されなかったな」
「念のため質屋で預かってもらっていたの」
賢く行動力のあるユエリらしい回答だ。
アサヒはペンダントトップをじっと見る。
どこかで見たことがある。
自分ではなく過去の竜王が。
竜王の記憶は、アサヒの成長や知識の増加に合わせて開かれる仕組みになっている。その鍵の掛かった引き出しのひとつがカチリと開いた感覚がした。
『原初の約束に従い、我が炎は汝を導く。盟友よ、何が知りたい?』
神代から生きてきた竜であるアサヒの相棒が、アサヒにだけ聞こえる声で問う。
肩に目を落とすとヤモリが黒くつぶらな瞳で見上げてくる。
人であるアサヒにとって、過去数代にわたる竜王の記憶は処理できないほど膨大な量だ。この記憶を整理、保管して、必要な時に取り出せるよう補助してくれているのは、実は相棒の竜である。
相棒は竜ゆえに融通がきかず、望むときに望む知識が得られるとは限らない。この機会に知りたいことをまとめて聞いてみたいとアサヒは考えた。
今のアサヒは知らないことが多すぎる。
竜王とは何者か。
なぜ過去の炎竜王は光竜王と戦ったのか。
そして、ユエリの持つ飾りの正体は。
すべてを知りたい。
『よかろう。それでは少し長くなるが、始まりについて語ろうか……』
一秒が永遠にも思えるよう時間に引き延ばされ、幻の空間がアサヒの目の前に広がる。
アサヒは鳥のように空を飛んで広大な地上の光景を見下ろしていた。
どこまでも広がる大地と海。
平地には賑やかな街や人里が無数に見受けられる。
それは明るく美しい光景だった。
しかし、唐突に日が陰る。
荒立つ海から大波が押し寄せて、人の営みもろとも地上を押し流した。
大地は海に呑まれていく。
『はるか昔、人は水害により滅びの危機に瀕していた。それゆえ、汝ら魔術師は一部の土地を空に浮かべ、大空に上がって生き延びようとしたのだ』
神代竜と呼ばれる特別な竜と契約し、禁忌である大気の魔術を使う5人の魔術師は、この災害に対して立ち上がった。禁忌の魔術に手を出したことで迫害されていた彼らは、皮肉なことに世界破滅のときに人類を救う英雄となったのだ。
5人の魔術師はそれぞれ違うルーツを持ち、異なる派閥を作って行動していた。特に仲間意識を持っていた訳ではない。ただ、志を同じくする者として協力しあうことはあった。
大地の一部を空に浮かべて島にした後、竜王と呼ばれる彼らは、それぞれ空に浮かぶ島を守るために子孫と協力して転生を繰り返すことになる。
記憶をもって転生を繰り返すことが、争いの火種になるとは知らずに。
『人の子はすぐに忘れる。時が経つにつれて、空以外に人の住む場所があったことを知る者は少なくなっていった。それゆえ、汝の同志である、あの者は過去にこだわったのやもしれぬ』
炎竜王は地上に特に未練は無かった。
ただ己が守った島の人々が末永く平和に暮らしていくことのみを願っていた。
他の竜王がどう考えていたかは知らない。
ただ、光竜王だけは別のことを考えていたようだ。
それが分かったのは数百年前のこと。
光竜王がかつての地上の栄光を取り戻すことを願っていたのだと、そう知った時には全てが手遅れだった。
16
あなたにおすすめの小説
ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します
かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。
追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。
恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。
それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。
やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。
鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。
※小説家になろうにも投稿しています。
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい
えながゆうき
ファンタジー
停戦中の隣国の暗殺者に殺されそうになったフェルナンド・ガジェゴス伯爵令息は、目を覚ますと同時に、前世の記憶の一部を取り戻した。
どうやらこの世界は前世で妹がやっていた恋愛ゲームの世界であり、自分がその中の攻略対象であることを思い出したフェルナンド。
だがしかし、同時にフェルナンドがヒロインとハッピーエンドを迎えると、クーデターエンドを迎えることも思い出した。
もしクーデターが起これば、停戦中の隣国が再び侵攻してくることは間違いない。そうなれば、祖国は簡単に蹂躙されてしまうだろう。
後味の悪いハッピーエンドを回避するため、フェルナンドの戦いが今始まる!
俺は何処にでもいる冒険者なのだが、転生者と名乗る馬鹿に遭遇した。俺は最強だ? その程度で最強は無いだろうよ などのファンタジー短編集
にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
私が過去に投稿していたファンタジーの短編集です
再投稿に当たり、加筆修正しています
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件
言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」
──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。
だが彼は思った。
「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」
そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら……
気づけば村が巨大都市になっていた。
農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。
「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」
一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前!
慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが……
「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」
もはや世界最強の領主となったレオンは、
「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、
今日ものんびり温泉につかるのだった。
ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる