ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

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留学準備編

15 光竜王ウェスぺ

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「何を話してるんだろ……」

 カズオミは上空で4枚の翼を広げる漆黒の竜王を見上げた。
 すさまじい竜王の魔術が炸裂した後、アサヒは頭を出した霧竜王ラードーンと何か話をしているようである。霧竜王は雲を吐き出しながら、くぐもった鳴き声を発していた。カズオミには両者の声は聞き取れない。

「……座布団がどうとかって」
「え?」
「何でもない」

 一緒に空を見ていたユエリがぽつりと呟く。
 カズオミは聞き返したが、ユエリは眉をひそめて黙りこんでしまった。




 一方、アサヒは霧竜王と会話をつづけていた。
 8体の神代竜の中で、ラードーンは最古の竜である。
 彼に比べればアサヒは(前世をふくめても)子供も良いところだ。

『どれ、わしはまた、火の島を踏みつぶすところだったか?』
「勘弁してくれよー。爺さんにとっては小さなことだろうけど、島にはたくさんの命が生きてるんだよ」
『そうじゃった、そうじゃった。年を取ると物忘れが激しくてのう』

 ラードーンは「うっかりしておった」と悪びれずに謝る。
 竜にとっては人の命は吹けば飛ぶほど軽いもの。ラードーンには深く反省している気配はないが、仕方ないことだ。

「帰りはあっち。ここは通行止めだ」

 アサヒが腕をさした方向に、入道雲はズズンと音を立てて動き始める。

『ではな、炎竜王ファーラム

 霧竜王は最初から最後まで、生まれ変わった炎竜王の、今生と前世の違いに触れなかった。悠久の時を生きる霧竜王にとって、姿の違いはどうでも良いことなのだろう。
 アサヒは去っていく入道雲に背を向けて、待っているカズオミの竜の前に降りた。

「引き返すぞ」
「もういいの?」
「ああ」

 竜王同士の会話は、カズオミ達には聞こえていないはずだ。
 神代竜の声が聞こえるのは、竜王と特別な素質を持つ巫女のみ。
 アサヒは気持ちを切り替えてピクシスに帰ることを考える。
 島を離れて数時間。帰るには最低でも二時間程度かかる。

「何事も無ければ良いんだけどな……」

 杞憂であってほしい。
 だが気のせいだ、考えすぎだと思うほどに胸騒ぎがひどくなる。

「ちょっと前まで、ピクシスを出ていければ良いって、そう思ってたのに、皮肉だな。少し離れるだけで、こんな不安になるなんて」

 学院に入学した当初は、階級社会にうんざりして、閉鎖的なピクシスが嫌になって、島から出ていけたら良いと考えていた。
 竜王の記憶を取り戻した今なら少し分かる。
 どこに行っても差別や貧困は無くならない。禁忌の魔術に手を出して迫害された最初のアサヒがすべての始まりで、現実を変えるために竜王の力を手に入れて転生を繰り返した。いつも同じだ。人は自分と違うものを受け入れ難い。ひとつ前のアサヒは異世界の地球で生きたが、そこでも不自由は変わらなかった。
 ピクシスは長い時をかけて炎竜王アサヒが作り上げた楽園。
 強固で無慈悲な現実を少しずつ、少しずつ、優しい世界へ塗り替えていこうとしていた。
 光竜王との戦いの後、だいぶ後戻りしてしまったけれど。

「どうか、無事でいてくれ……!」

 竜の背中でアサヒは前方のピクシスに目を凝らす。
 その時、火山を中心とした円錐形をしているピクシスの上空に、ちかりと光が瞬いたように見えた。







「……甘いな」







 ピクシス付近の風は火の気配を含んで乾いている。
 手入れに不便でない程度に肩口で切った金髪が風になびく。もっと短くても良かったのだが、こうるさい従者が許してくれなかった。

「光竜王陛下、そろそろ……」

 黒髪の従者がうながす。
 光竜王ウェスぺは配下の兵を見渡した。
 飛行船5隻に竜騎士約200名。度重なる戦火におとろえたピクシスを落とすには十分な戦力だ。兵達はウェスぺが操る光の魔術によって、ピクシスの者から見えないようになっている。
 今回はもう、アントリアもリーブラも横やりを入れては来ないだろう。彼らは昔、光竜王に竜王を封印されたせいで慎重になっている。
 ウェスぺは金髪に深い紫闇の瞳をした若者だ。相棒は翼を持った金色の蛇の姿をした竜だが、今は実体化せずに小さなままで腕に巻き付いている。
 従者の言葉に答えずにウェスぺは呟く。

「あの男は甘い。人を信じすぎ、情けを掛けすぎる。何度生まれ変わっても、その弱さを克服できぬと見える」
「それでもアウリガの兵が持ち帰った報告通り、炎竜王が復活しているなら、我らにとっては脅威です」

 さて、炎竜王はどの程度覚醒しているのだろう。
 ウェスぺは火の島を見下ろしながら思考する。同じ竜王として、彼は炎竜王を侮ってはいない。
 竜王といえど、人の子。生まれ変わるたびに技能はリセットされて、引き継げるのは記憶と神代竜との契約のみ。生まれ変わった竜王は、過去の記憶を咀嚼して現在の肉体で使いこなすために、修練する時間が必要だ。
 島から感じる力の気配からして、目覚めていることだけは確かなようだが。

「まあ良い。すぐに分かることだ」

 ウェスぺは立ち上がって腕を振った。
 号令を下す。

「進め、栄光あるコローナの竜騎士ども! ピクシスの命運は風前の灯火よ。この地を平らげて我らの栄華のいしずえとするのだ!」

 竜騎士たちが応えて武器を振り上げる。
 ピクシスに降下する竜の背で、ウェスぺは光の魔術による偽装を解いた。おそらくピクシスの人々には突然、竜騎士や飛行船が現れたように見えただろう。
 応戦のため離陸するピクシスの竜騎士の様子を観察しながら、ウェスぺは従者に命じて火山の火口の真上に飛んだ。
 手をかざして炎竜王の力の源にアクセスを試みようとする。
 だが……。

「ちっ……読まれていたか」

 逆流してきたマグマのような力に、ウェスぺは魔術による干渉を切り上げた。火傷を負った手を押さえる。魔術によって傷は見る間に癒えた。
 この魔術のぶつかりあいで炎竜王には察知されただろう。
 ウェスぺは焦って飛んできているだろう炎竜王に冷笑を浮かべる。

「しかし詰みだ、炎竜王。今の貴様の島に、侵攻に抗う力は残っていまい」


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