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留学準備編
17 本当に恐れるべきは
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アサヒは上空から光竜王に白水晶の剣を叩きつける。
お互いに魔術を付与した剣がぶつかりあって、激しい火花が散った。間近で見た敵は、紫の瞳をした金髪の若者だった。
彼と一瞬視線が絡み合う。
空中を蹴ると、アサヒは後ろに飛んで敵の前に着地した。
金色の火の粉がアサヒの周囲を雪のように舞う。
ただ綺麗な魔術の効果ではない。光竜王の光の魔術を防ぐ火の粉だ。光を同じ光でもって相殺して、全方向から放たれる光線を中和できる。
光竜王と向かい合う位置に立ったアサヒの上空で、アサヒの相棒の竜が小さくなって、ヤモリが空から落ちてくる。
ぼとん。
小さな相棒はアサヒの頭の上に着地した。
非常に間抜けな格好だが、緊迫した事態なので誰も指摘できない。
だが、光竜王だけはプッと吹き出す。
「……ああ、失礼。改めて、はじめまして。私の今生の名前はウェスぺだ。会えて嬉しいよ、我が同胞。それにしても、相変わらず緊張感がないね」
「アサヒ。お前に同胞って言われるのは、すごく違和感があるな」
二人は剣を向け合ったまま、名前を交換する。
ウェスぺは言葉通り嬉しそうな顔をしていた。光竜王である彼は、過去の炎竜王と敵対したというのに、妙に親しげだ。
「まあ、そう言うな。古くを知るのは私たちのみ。懐かしい気持ちにもなろうというものだ」
「……」
「君の魔術も久しぶりに見た。星と炎を象徴とする魔術……素晴らしいが、君以外には使いこなせまい。今の魔術体系は分かりやすくて、良いだろう?」
「何の話だ」
「私が広めた魔術と階級の話だよ。一等級に、二等級に、三等級。分かりやすくしたせいか一般に広まっていて、思わず笑ってしまったよ」
世界に様々な国と文化があるように、昔は魔術も使い方や作法に様々な種類があった。しかし、今はどの島でも魔術は画一化してしまっている。そして現在、一般化されている一等級などの階級の概念や、共通になっている魔術の鍵詞などは、光竜王が作ったものらしい。
「三等級が星って、俺に対する嫌がらせかよ」
「もちろんだ。まさか竜王である君が階級程度で悩む訳がないと思って」
階級に悩まされたアサヒは額に青筋を立てた。
ということは今まで、陰険で遠回りな光竜王の嫌がらせに引っ掛かってしまっていたのだ。悔しいが不服申し立ては自分の株を下げるだけになる。
「愚かな民衆どもは、竜王の魔術について理解できまい。魔術の真髄について語りあえるという点で、君は私の同胞だ」
光竜王はそう言って、アサヒの後ろで黙っているヒズミ・コノエをちらりと見る。ヒズミは困惑した表情だ。アサヒとウェスぺの会話の意味は、魔術に種類があるという事を知っていなければ理解できない。
ウェスぺの偉そうな態度はいけすかないと思いつつ、アサヒは口を開いた。
「真髄ね。星は色や輝きが違っても、それぞれ世界に存在する価値がある。それが炎竜王の魔術だ」
最初のアサヒ、炎竜王になった最初の人物が生涯にわたって、他人や自分の弱さに裏切られながらも抱き続けた信念。それが星と炎の魔術に込められている。
「同じ天体の概念を取り込んだ魔術だというのに、やはり君は私とは違うね。星の中で価値があるのは、空の中心に座する太陽だけだ」
光竜王は剣を鞘に戻すと片腕を掲げる。
「内なる大気、外なる暁闇……」
アサヒの鍵詞とは、後半部分が異なる。それは、魔術の流派の違いや、魔術に込める想いの違いによるものだ。
「静寂へ導け、我が聖夜よ」
一瞬で闇が広がって前が見えなくなる。火山の火口付近を中心に、ピクシスの一部は完全なる闇におおわれて、地面さえも見なくなった。無明の闇とはこのことだ。
光竜王は光を操るが、逆に光を消して闇にすることもできる。
アサヒが周囲に展開していた火の粉が消し飛ぶ。
この闇の空間では、光竜王ウェスぺが自由に攻撃できるのだ。
『闇は恐れるに足りず。我が半身、我が盟友よ。汝は本当は、何を一番に恐れている?』
アサヒだけに聞こえる相棒の声。
自分の身体さえ見えずに足元の地面さえ明らかでない暗闇で、アサヒは目を閉じる。今は視覚はたいして役に立たない。
何を恐れるか、と相棒に聞かれて、アサヒは考える。
夜は怖くない。一人になるのも、怖くない。
ただ目を開けた時に親しい誰かがいなくなるのが、怖い。
今は後方にヒズミがいるはずだ。彼は無事なのだろうか。そして、コローナの竜騎士たちと戦う、ピクシスの人々に死者はいないだろうか。
『自らの死を恐れないと? 我が盟友、それは一見美しいが求める答えにはほど遠い。汝は忘れてはいまいか。己が独りでは無いことを』
不意に「気をつけていけ、アサヒ」と言ってくれた赤毛の若者の顔が思い浮かんだ。そうだ、アサヒが彼らを心配するように、彼らもアサヒを心配している。
一人になるのが怖くないと言えば、彼らへの裏切りになるのかもしれない。
アサヒは沢山の人々に守られている。
「恐れるべきは、他人を信じられない自分の弱さ」
相棒が静かにうなずく気配がする。
心に火を灯せ。
想いが伴わない正義に意味はあるだろうか。
「……幾億の星よ輝け、銀河炎!」
敵の魔術の効果を塗り替えるために、アサヒも魔術を発動する。
実力が同等の竜王同士の魔術がぶつかった時、勝敗を分けるのは術者の想いの強さ。
アサヒの周囲にまたたく星のような炎が広がり、暗闇は晴らされる。
それは、全方位から光線を放とうとしていたウェスぺの攻撃とほぼ同時だった。僅差で敵の攻撃をはねのけたアサヒの腕や頬に切り傷が走る。もう少し遅ければ、複数の光線に差しつらぬかれていただろう。
「虹炎弓矢!」
自身の傷をものともせずに、アサヒはすぐに反撃の魔術を放つ。
至近距離で放たれた炎の矢は、驚愕するウェスぺが咄嗟にはった防御に軌道をそらされ、彼の肩を焼いて空の彼方に飛び去った。
お互いに魔術を付与した剣がぶつかりあって、激しい火花が散った。間近で見た敵は、紫の瞳をした金髪の若者だった。
彼と一瞬視線が絡み合う。
空中を蹴ると、アサヒは後ろに飛んで敵の前に着地した。
金色の火の粉がアサヒの周囲を雪のように舞う。
ただ綺麗な魔術の効果ではない。光竜王の光の魔術を防ぐ火の粉だ。光を同じ光でもって相殺して、全方向から放たれる光線を中和できる。
光竜王と向かい合う位置に立ったアサヒの上空で、アサヒの相棒の竜が小さくなって、ヤモリが空から落ちてくる。
ぼとん。
小さな相棒はアサヒの頭の上に着地した。
非常に間抜けな格好だが、緊迫した事態なので誰も指摘できない。
だが、光竜王だけはプッと吹き出す。
「……ああ、失礼。改めて、はじめまして。私の今生の名前はウェスぺだ。会えて嬉しいよ、我が同胞。それにしても、相変わらず緊張感がないね」
「アサヒ。お前に同胞って言われるのは、すごく違和感があるな」
二人は剣を向け合ったまま、名前を交換する。
ウェスぺは言葉通り嬉しそうな顔をしていた。光竜王である彼は、過去の炎竜王と敵対したというのに、妙に親しげだ。
「まあ、そう言うな。古くを知るのは私たちのみ。懐かしい気持ちにもなろうというものだ」
「……」
「君の魔術も久しぶりに見た。星と炎を象徴とする魔術……素晴らしいが、君以外には使いこなせまい。今の魔術体系は分かりやすくて、良いだろう?」
「何の話だ」
「私が広めた魔術と階級の話だよ。一等級に、二等級に、三等級。分かりやすくしたせいか一般に広まっていて、思わず笑ってしまったよ」
世界に様々な国と文化があるように、昔は魔術も使い方や作法に様々な種類があった。しかし、今はどの島でも魔術は画一化してしまっている。そして現在、一般化されている一等級などの階級の概念や、共通になっている魔術の鍵詞などは、光竜王が作ったものらしい。
「三等級が星って、俺に対する嫌がらせかよ」
「もちろんだ。まさか竜王である君が階級程度で悩む訳がないと思って」
階級に悩まされたアサヒは額に青筋を立てた。
ということは今まで、陰険で遠回りな光竜王の嫌がらせに引っ掛かってしまっていたのだ。悔しいが不服申し立ては自分の株を下げるだけになる。
「愚かな民衆どもは、竜王の魔術について理解できまい。魔術の真髄について語りあえるという点で、君は私の同胞だ」
光竜王はそう言って、アサヒの後ろで黙っているヒズミ・コノエをちらりと見る。ヒズミは困惑した表情だ。アサヒとウェスぺの会話の意味は、魔術に種類があるという事を知っていなければ理解できない。
ウェスぺの偉そうな態度はいけすかないと思いつつ、アサヒは口を開いた。
「真髄ね。星は色や輝きが違っても、それぞれ世界に存在する価値がある。それが炎竜王の魔術だ」
最初のアサヒ、炎竜王になった最初の人物が生涯にわたって、他人や自分の弱さに裏切られながらも抱き続けた信念。それが星と炎の魔術に込められている。
「同じ天体の概念を取り込んだ魔術だというのに、やはり君は私とは違うね。星の中で価値があるのは、空の中心に座する太陽だけだ」
光竜王は剣を鞘に戻すと片腕を掲げる。
「内なる大気、外なる暁闇……」
アサヒの鍵詞とは、後半部分が異なる。それは、魔術の流派の違いや、魔術に込める想いの違いによるものだ。
「静寂へ導け、我が聖夜よ」
一瞬で闇が広がって前が見えなくなる。火山の火口付近を中心に、ピクシスの一部は完全なる闇におおわれて、地面さえも見なくなった。無明の闇とはこのことだ。
光竜王は光を操るが、逆に光を消して闇にすることもできる。
アサヒが周囲に展開していた火の粉が消し飛ぶ。
この闇の空間では、光竜王ウェスぺが自由に攻撃できるのだ。
『闇は恐れるに足りず。我が半身、我が盟友よ。汝は本当は、何を一番に恐れている?』
アサヒだけに聞こえる相棒の声。
自分の身体さえ見えずに足元の地面さえ明らかでない暗闇で、アサヒは目を閉じる。今は視覚はたいして役に立たない。
何を恐れるか、と相棒に聞かれて、アサヒは考える。
夜は怖くない。一人になるのも、怖くない。
ただ目を開けた時に親しい誰かがいなくなるのが、怖い。
今は後方にヒズミがいるはずだ。彼は無事なのだろうか。そして、コローナの竜騎士たちと戦う、ピクシスの人々に死者はいないだろうか。
『自らの死を恐れないと? 我が盟友、それは一見美しいが求める答えにはほど遠い。汝は忘れてはいまいか。己が独りでは無いことを』
不意に「気をつけていけ、アサヒ」と言ってくれた赤毛の若者の顔が思い浮かんだ。そうだ、アサヒが彼らを心配するように、彼らもアサヒを心配している。
一人になるのが怖くないと言えば、彼らへの裏切りになるのかもしれない。
アサヒは沢山の人々に守られている。
「恐れるべきは、他人を信じられない自分の弱さ」
相棒が静かにうなずく気配がする。
心に火を灯せ。
想いが伴わない正義に意味はあるだろうか。
「……幾億の星よ輝け、銀河炎!」
敵の魔術の効果を塗り替えるために、アサヒも魔術を発動する。
実力が同等の竜王同士の魔術がぶつかった時、勝敗を分けるのは術者の想いの強さ。
アサヒの周囲にまたたく星のような炎が広がり、暗闇は晴らされる。
それは、全方位から光線を放とうとしていたウェスぺの攻撃とほぼ同時だった。僅差で敵の攻撃をはねのけたアサヒの腕や頬に切り傷が走る。もう少し遅ければ、複数の光線に差しつらぬかれていただろう。
「虹炎弓矢!」
自身の傷をものともせずに、アサヒはすぐに反撃の魔術を放つ。
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