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ピクシス奪還編
05 土竜王スタイラス
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リーブラは地下十数階建の構造になっており、土竜王の本拠地と王城は最下層にある。アサヒは炎竜王の記憶をたぐって、それを思い出していた。
カルセドニーの街の中央付近に、下の階層へ降りる道がある。
アサヒは迷わず階段を下って下に降りていく。
「土竜王の居場所に心当たりがあるのか?」
迷いのない足取りに戸惑った顔をして、後ろに付いてきたハヤテが聞く。
アサヒは振り返らずに答えた。
「俺はリーブラは初めてだけど、炎竜王としては初めてじゃないから」
「へーえ。便利なもんだな」
「羨ましいか?」
ハヤテの足が思わず止まる。
階段の下でアサヒも立ち止まると、ハヤテを見上げた。
「ハヤテは俺のこと、嫌いだよな。アウリガやコローナと戦うために利用できればいいと思ってる」
「悪いか? 不敬だと処断するか、炎竜王陛下」
「別に構わないさ。民の願いを叶えるのが、炎竜王の役割だ。ただ俺個人的には残念だけど」
「へえ、おおらかな王様で良かったよ」
ハヤテは唇の端に皮肉げな笑みを乗せる。
ピクシスは危機的状況だが、アサヒに炎竜王の自覚が芽生えたことは不幸中の幸いだと、ハヤテは自分に都合良く考えているらしい。
この王様を舐めた態度はどうにかならなものかと思いながらアサヒは嘆息する。自分だって彼を先輩として扱っていないので、お互い様といえばそうなのだが。
ハヤテとの会話を切り上げて、さらに下の階層を目指して降りていく。
やがて一件の小さな居酒屋の前でアサヒは立ち止まった。
「ここだ」
「なになに、居酒屋のんべえ? おいアサヒ、こんなところに竜王がいるのかよ」
「入ってみれば分かるよ。お邪魔しますー」
木の樽がごろごろ置かれた店の出入口に踏み込んで、居酒屋の中を見回す。明るい店内に客の姿は少ない。黙々と酒器をみがく店主の前には、筋骨隆々とした大男がジョッキを手に酒を飲んでいる。隣の茶髪の青年が大男にすがって叫んでいた。
「……酒を飲んだって新しいアイデアなんか沸いてきませんよ! 二日酔いでゲップが沸くだけです! 帰りましょうよ、スタン様!」
「ケリー、もう少し、もう少しなんだ。僕はこの壁を乗り越えて新しい僕になる……げっぷ」
「ああ! 言わんこっちゃない。酒に弱いのになんで飲もうとするんだ」
大男は浅黒い肌をしているが、今は酒の影響か顔が赤い。
ケリーと呼ばれた茶髪の青年はスタンという大男の飲酒を止めようとしているらしい。彼の肩には鋼色の小さな竜の姿があった。竜騎士のようだ。
「お取り込み中、悪いけど、そっちのスタンさんと話をさせてくれないかなー」
アサヒは店内を進むと彼らに声をかける。
「なんですか、君たち。スタン様と知り合いなんですか? スタン様?」
「うー、げっぷ。うん、赤い目の方は会ったことがあるような……酒で頭がフワフワして思い出せん」
スタンという大男は頭を抱えた。
彼がアサヒの面会相手の土竜王だと気付いて、ハヤテは思わず口走る。
「うえ、この酒臭いおっさんが、土竜王?」
「……貴様!」
ケリーと呼ばれた茶髪の青年が表情を険しくした。
失言に気付いたハヤテがしまったという顔をするが、もう遅い。
「何者か知らんが、この方を酒臭いおっさん呼ばわりするとは、それが事実だとしても許しがたい! 表に出ろ!」
指を突き付けられたハヤテが顔を引きつらせる。
「マジかよ……」
「頑張れ、ハヤテ。骨は拾ってやるから」
「アサヒ、止めろよ! お前も竜王だろ!」
「都合の良い時だけ持ち上げられてもなあ」
「お前、面白がってるだろ!」
アサヒは他人事だという顔でニヤニヤ笑った。
土竜王は酒を飲み続けている。彼がアサヒの正体に気付くまで、まだ時間がかかりそうだ。
会話の端に「竜王」という言葉を聞いたケリーは、一瞬目を細めたがアサヒ達の会話には突っ込まなかった。彼は腰の剣に手をかけるとハヤテに向かって言う。
「どこの島の竜騎士かは知らないが、決闘から逃げるつもりか、臆病者め!」
「……あー、仕方ねえな」
ハヤテはしぶしぶ、回れ右をして店の外に出た。
そこまで挑発されて応じないのは竜騎士の面目に関わる。
人工の明かりに照らされた地下の街の通りで、ハヤテとケリーという竜騎士は向き合って剣を抜いた。
ケリーの獲物は長剣だ。
対するハヤテは短剣である。
「我が名はケリー・ロイド。土竜王の剣であり刃である。無礼者よ、お前の名前は?」
「ハヤテ・クジョウ。ピクシスの竜騎士だ」
二人は名乗りを交わす。
店の前に出てきたアサヒと、片手に酒の器を持ったスタンは観戦する構えだ。
グビグビ酒を飲むスタンにアサヒは隣から話しかけた。
「なあ、俺のことは分からない?」
「むむ……あー、あれだ。フ、フ、ファ……はっくしょん!」
途中で彼はくしゃみをする。
「む。くしゃみで今、何をしゃべっていたか忘れてしまった」
「……」
アサヒは無言になった。
二人の竜王の見守る前で、竜騎士の決闘が始まる。
「さあ、来い!」
「後悔すんなよ、行くぜ!」
ハヤテが風を操りながら駆け出す。
戦いが始まった。
カルセドニーの街の中央付近に、下の階層へ降りる道がある。
アサヒは迷わず階段を下って下に降りていく。
「土竜王の居場所に心当たりがあるのか?」
迷いのない足取りに戸惑った顔をして、後ろに付いてきたハヤテが聞く。
アサヒは振り返らずに答えた。
「俺はリーブラは初めてだけど、炎竜王としては初めてじゃないから」
「へーえ。便利なもんだな」
「羨ましいか?」
ハヤテの足が思わず止まる。
階段の下でアサヒも立ち止まると、ハヤテを見上げた。
「ハヤテは俺のこと、嫌いだよな。アウリガやコローナと戦うために利用できればいいと思ってる」
「悪いか? 不敬だと処断するか、炎竜王陛下」
「別に構わないさ。民の願いを叶えるのが、炎竜王の役割だ。ただ俺個人的には残念だけど」
「へえ、おおらかな王様で良かったよ」
ハヤテは唇の端に皮肉げな笑みを乗せる。
ピクシスは危機的状況だが、アサヒに炎竜王の自覚が芽生えたことは不幸中の幸いだと、ハヤテは自分に都合良く考えているらしい。
この王様を舐めた態度はどうにかならなものかと思いながらアサヒは嘆息する。自分だって彼を先輩として扱っていないので、お互い様といえばそうなのだが。
ハヤテとの会話を切り上げて、さらに下の階層を目指して降りていく。
やがて一件の小さな居酒屋の前でアサヒは立ち止まった。
「ここだ」
「なになに、居酒屋のんべえ? おいアサヒ、こんなところに竜王がいるのかよ」
「入ってみれば分かるよ。お邪魔しますー」
木の樽がごろごろ置かれた店の出入口に踏み込んで、居酒屋の中を見回す。明るい店内に客の姿は少ない。黙々と酒器をみがく店主の前には、筋骨隆々とした大男がジョッキを手に酒を飲んでいる。隣の茶髪の青年が大男にすがって叫んでいた。
「……酒を飲んだって新しいアイデアなんか沸いてきませんよ! 二日酔いでゲップが沸くだけです! 帰りましょうよ、スタン様!」
「ケリー、もう少し、もう少しなんだ。僕はこの壁を乗り越えて新しい僕になる……げっぷ」
「ああ! 言わんこっちゃない。酒に弱いのになんで飲もうとするんだ」
大男は浅黒い肌をしているが、今は酒の影響か顔が赤い。
ケリーと呼ばれた茶髪の青年はスタンという大男の飲酒を止めようとしているらしい。彼の肩には鋼色の小さな竜の姿があった。竜騎士のようだ。
「お取り込み中、悪いけど、そっちのスタンさんと話をさせてくれないかなー」
アサヒは店内を進むと彼らに声をかける。
「なんですか、君たち。スタン様と知り合いなんですか? スタン様?」
「うー、げっぷ。うん、赤い目の方は会ったことがあるような……酒で頭がフワフワして思い出せん」
スタンという大男は頭を抱えた。
彼がアサヒの面会相手の土竜王だと気付いて、ハヤテは思わず口走る。
「うえ、この酒臭いおっさんが、土竜王?」
「……貴様!」
ケリーと呼ばれた茶髪の青年が表情を険しくした。
失言に気付いたハヤテがしまったという顔をするが、もう遅い。
「何者か知らんが、この方を酒臭いおっさん呼ばわりするとは、それが事実だとしても許しがたい! 表に出ろ!」
指を突き付けられたハヤテが顔を引きつらせる。
「マジかよ……」
「頑張れ、ハヤテ。骨は拾ってやるから」
「アサヒ、止めろよ! お前も竜王だろ!」
「都合の良い時だけ持ち上げられてもなあ」
「お前、面白がってるだろ!」
アサヒは他人事だという顔でニヤニヤ笑った。
土竜王は酒を飲み続けている。彼がアサヒの正体に気付くまで、まだ時間がかかりそうだ。
会話の端に「竜王」という言葉を聞いたケリーは、一瞬目を細めたがアサヒ達の会話には突っ込まなかった。彼は腰の剣に手をかけるとハヤテに向かって言う。
「どこの島の竜騎士かは知らないが、決闘から逃げるつもりか、臆病者め!」
「……あー、仕方ねえな」
ハヤテはしぶしぶ、回れ右をして店の外に出た。
そこまで挑発されて応じないのは竜騎士の面目に関わる。
人工の明かりに照らされた地下の街の通りで、ハヤテとケリーという竜騎士は向き合って剣を抜いた。
ケリーの獲物は長剣だ。
対するハヤテは短剣である。
「我が名はケリー・ロイド。土竜王の剣であり刃である。無礼者よ、お前の名前は?」
「ハヤテ・クジョウ。ピクシスの竜騎士だ」
二人は名乗りを交わす。
店の前に出てきたアサヒと、片手に酒の器を持ったスタンは観戦する構えだ。
グビグビ酒を飲むスタンにアサヒは隣から話しかけた。
「なあ、俺のことは分からない?」
「むむ……あー、あれだ。フ、フ、ファ……はっくしょん!」
途中で彼はくしゃみをする。
「む。くしゃみで今、何をしゃべっていたか忘れてしまった」
「……」
アサヒは無言になった。
二人の竜王の見守る前で、竜騎士の決闘が始まる。
「さあ、来い!」
「後悔すんなよ、行くぜ!」
ハヤテが風を操りながら駆け出す。
戦いが始まった。
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