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5島連盟編
10 風竜王の行方
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アサヒは慎重に警戒しながら風の島へと竜を降下させる。
飛行船には後方で待機してもらっている。
まだ何が起こるか分からない。随伴はヒズミだけで、他の竜騎士は飛行船に残してきた。たとえ向こうでトラブルが起こっても、水竜王にセイランもいるので何とかなるだろう。
アウリガの竜騎士達は炎竜王の前ということで緊張している。アサヒも本当はヒズミと軽口を叩きたいのだが、威厳を演出するために我慢して黙っていた。
沈黙したまま、一行はアウリガの中心部にある街の外れ、古い城の前に着陸する。
竜から降りると、漆黒の竜王は小さなヤモリの姿に戻った。
空気を読んでヤモリはアサヒの肩の上にひょいと着地する。
『ここに奴の気配はないぞ、盟友よ』
分かってる、とアサヒは声に出さずに返事をした。
罠だとしても踏み込む覚悟を決めている。
「こちらです」
先導するアウリガの竜騎士について、アサヒは古い城の廊下を歩いた。
城内部は掃除が行き届いていないらしく、ところどころに埃が積もっている。
二階の奥の扉を開けると、室内にいた巫女の服装らしき女性が仰天した顔で竜騎士達を見た。
「何事です?! 風竜王様は眠っておられます」
「陛下と面会したいのだ。こちらにおられる方は、ピクシスの炎竜王様で……」
「炎竜王?!」
視線を浴びたアサヒは、茶番に付き合っていられないと嘆息した。
部屋のすみの立派なベッドで青ざめた顔をしている白髪の男をにらむ。状況からして、あの白髪が風竜王だと言いたいのだろうが。
「あれが風竜王だと? 笑わせるな!」
言い切ると、室内の緊張感が高まる。
案内役のアウリガの竜騎士が慌てて声を上げた。
「誤解です! 風竜王陛下、どうかお言葉を……」
「……」
青ざめた白髪の男は首を横に振った。
どうやらアウリガの竜騎士達は、アサヒを罠におとしいれるために、ここに連れてきた訳ではなさそうだ。事態はもっとややこしそうである。
「……もう止めましょう。あなたも薄々、気付いているでしょう。彼は竜王じゃない。炎竜王様、アウリガに竜王はおりません。とっくの昔に、私達は竜王を見失ってしまっていたのです」
巫女服の女性はそう言うと、床に崩れ落ちて泣き出した。
嗚咽をもらして涙を流す女性を前に、アサヒは困ってしまう。この状況はいったいどうしたことだろう。
思わず悩んでしまったアサヒの後ろで、ヒズミが口火を切った。
「風竜王は行方不明だと、貴様らは言うのだな。では探せ。探索の間、我らはアウリガに留まる。探索の結果次第で、我らが王は貴様らの処遇を判断されるだろう」
それで良いな、と目線で問われてアサヒは頷いた。ナイスフォローだ、兄貴。もう交渉ごとは任せてしまおう。こうなったら黙って余計なことは言わず、ひたすら偉そうな竜王を演じようか。
「風竜王の探索の間、捕虜返還も進める。風の島の女王はどこだ? まさか女王まで不在という訳ではあるまいな」
「そ、それは……」
淡々と続けるヒズミにアウリガの竜騎士は苦しそうな顔をする。
まだ何かありそうな雰囲気だが、とりあえず話を切り上げる。飛行船を下ろして用を済ませてしまいたい。
やたら怯えるアウリガの竜騎士達にテキパキ指示を出し、アサヒ達は飛行船を島に寄せて捕虜を引き渡した。そのまま高級な宿を用意させて、風竜王が見つかるまで、アウリガに滞在することになったのである。
久しぶりのアウリガだった。
ユエリは捕虜とは別枠で、こっそり解放された。好きなところへ行けとアサヒは言った。
彼女が真っ先に向かったのは、兄が療養する街の外れの一軒家だった。
アウリガでは風は下から上へ吹く。
出ていった時と比べて短くなった髪が、吹き上げる風に揺れる。
「……兄様!」
音を立てて扉を開く。
室内にいた男性がゆっくり振り返った。
「おかえり、ティーエ」
ティーエとはユエリの本当の名前だ。
アッシュグレーの髪と瞳をした、穏やかな雰囲気の男の名はグライス。ユエリの義理の兄で、生まれつき身体が弱くこの家で療養しているはずだった。
アウリガを出た時からまるで時間が経っていないように、兄の佇まいは変わらない。
おかしい。
ユエリは火の島で兄と再会した。
あれは幻だったのだろうか。
「……ピクシスで会ったのにどうして、という顔をしているね」
「兄様、あなたはいったい……?」
「何も不思議なことはない。お前と会った後、アウリガに帰ってきていたのだよ。でも、聞きたいのはそういうことじゃないね。なぜ私がピクシスへお前を迎えに行ったのか……」
兄グライスは柔和な笑みを浮かべて続けた。
「お前が私に黙ってピクシスに行っていたことは許そう。私だって、ずっと昔から虚弱を装ってお前を騙してきたのだから」
いつも体調が良くなくて、寝ていることも多かった穏やかで優しい兄。それが偽りだったと聞いて、ユエリはショックを受ける。
しかし告白はまだ序の口だった。
「一緒に風竜王アネモス様のところへ行こうか、ティーエ。そこで全てを話そう。アネモス様は、アウリガの風の吹き上がる先、誰にも見えない天空の城にて君を待っている」
飛行船には後方で待機してもらっている。
まだ何が起こるか分からない。随伴はヒズミだけで、他の竜騎士は飛行船に残してきた。たとえ向こうでトラブルが起こっても、水竜王にセイランもいるので何とかなるだろう。
アウリガの竜騎士達は炎竜王の前ということで緊張している。アサヒも本当はヒズミと軽口を叩きたいのだが、威厳を演出するために我慢して黙っていた。
沈黙したまま、一行はアウリガの中心部にある街の外れ、古い城の前に着陸する。
竜から降りると、漆黒の竜王は小さなヤモリの姿に戻った。
空気を読んでヤモリはアサヒの肩の上にひょいと着地する。
『ここに奴の気配はないぞ、盟友よ』
分かってる、とアサヒは声に出さずに返事をした。
罠だとしても踏み込む覚悟を決めている。
「こちらです」
先導するアウリガの竜騎士について、アサヒは古い城の廊下を歩いた。
城内部は掃除が行き届いていないらしく、ところどころに埃が積もっている。
二階の奥の扉を開けると、室内にいた巫女の服装らしき女性が仰天した顔で竜騎士達を見た。
「何事です?! 風竜王様は眠っておられます」
「陛下と面会したいのだ。こちらにおられる方は、ピクシスの炎竜王様で……」
「炎竜王?!」
視線を浴びたアサヒは、茶番に付き合っていられないと嘆息した。
部屋のすみの立派なベッドで青ざめた顔をしている白髪の男をにらむ。状況からして、あの白髪が風竜王だと言いたいのだろうが。
「あれが風竜王だと? 笑わせるな!」
言い切ると、室内の緊張感が高まる。
案内役のアウリガの竜騎士が慌てて声を上げた。
「誤解です! 風竜王陛下、どうかお言葉を……」
「……」
青ざめた白髪の男は首を横に振った。
どうやらアウリガの竜騎士達は、アサヒを罠におとしいれるために、ここに連れてきた訳ではなさそうだ。事態はもっとややこしそうである。
「……もう止めましょう。あなたも薄々、気付いているでしょう。彼は竜王じゃない。炎竜王様、アウリガに竜王はおりません。とっくの昔に、私達は竜王を見失ってしまっていたのです」
巫女服の女性はそう言うと、床に崩れ落ちて泣き出した。
嗚咽をもらして涙を流す女性を前に、アサヒは困ってしまう。この状況はいったいどうしたことだろう。
思わず悩んでしまったアサヒの後ろで、ヒズミが口火を切った。
「風竜王は行方不明だと、貴様らは言うのだな。では探せ。探索の間、我らはアウリガに留まる。探索の結果次第で、我らが王は貴様らの処遇を判断されるだろう」
それで良いな、と目線で問われてアサヒは頷いた。ナイスフォローだ、兄貴。もう交渉ごとは任せてしまおう。こうなったら黙って余計なことは言わず、ひたすら偉そうな竜王を演じようか。
「風竜王の探索の間、捕虜返還も進める。風の島の女王はどこだ? まさか女王まで不在という訳ではあるまいな」
「そ、それは……」
淡々と続けるヒズミにアウリガの竜騎士は苦しそうな顔をする。
まだ何かありそうな雰囲気だが、とりあえず話を切り上げる。飛行船を下ろして用を済ませてしまいたい。
やたら怯えるアウリガの竜騎士達にテキパキ指示を出し、アサヒ達は飛行船を島に寄せて捕虜を引き渡した。そのまま高級な宿を用意させて、風竜王が見つかるまで、アウリガに滞在することになったのである。
久しぶりのアウリガだった。
ユエリは捕虜とは別枠で、こっそり解放された。好きなところへ行けとアサヒは言った。
彼女が真っ先に向かったのは、兄が療養する街の外れの一軒家だった。
アウリガでは風は下から上へ吹く。
出ていった時と比べて短くなった髪が、吹き上げる風に揺れる。
「……兄様!」
音を立てて扉を開く。
室内にいた男性がゆっくり振り返った。
「おかえり、ティーエ」
ティーエとはユエリの本当の名前だ。
アッシュグレーの髪と瞳をした、穏やかな雰囲気の男の名はグライス。ユエリの義理の兄で、生まれつき身体が弱くこの家で療養しているはずだった。
アウリガを出た時からまるで時間が経っていないように、兄の佇まいは変わらない。
おかしい。
ユエリは火の島で兄と再会した。
あれは幻だったのだろうか。
「……ピクシスで会ったのにどうして、という顔をしているね」
「兄様、あなたはいったい……?」
「何も不思議なことはない。お前と会った後、アウリガに帰ってきていたのだよ。でも、聞きたいのはそういうことじゃないね。なぜ私がピクシスへお前を迎えに行ったのか……」
兄グライスは柔和な笑みを浮かべて続けた。
「お前が私に黙ってピクシスに行っていたことは許そう。私だって、ずっと昔から虚弱を装ってお前を騙してきたのだから」
いつも体調が良くなくて、寝ていることも多かった穏やかで優しい兄。それが偽りだったと聞いて、ユエリはショックを受ける。
しかし告白はまだ序の口だった。
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