ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

文字の大きさ
102 / 120
5島連盟編

18 海底の底に潜むもの

しおりを挟む
 水竜王を振り切ったウェスぺは、どこまでも続く大海原の上にいた。
 果てのない紺碧の海を眺めてウェスぺは沈鬱な表情をする。
 過去の竜王の記憶を持つウェスぺには、海に重なって、かつての地上の景色が見えていた。
 
 遥かな昔、地上には人の営みがあった。
 今よりずっと多くの人々が暮らし、多様な文化が息づいていた。
 それらは海の底に沈み、泥の下で化石に変わろうとしている。

「私は取り戻すのだ。地上を人の手に……」

 深い蒼をたたえた海神の玉をかざしながら、竜に海に突入するように命じる。ウェスぺの相棒である金色の竜王は、長い胴をくねらせながら海に飛び込んだ。水しぶきは最小限の、優雅で効率的な突入だ。
 水竜王からくすねた海神の玉のおかげで、ウェスぺと従卒のルークは水の中でも息ができる。
 海は底に行くほど暗くなっていった。
 光竜王であるウェスぺは少しの違和感を覚える。
 この闇はなんだ?
 自分の知っている闇と同じようで違う、薄暗がりが迫ってくる。

 闇の底で巨大な何かがうごめいているのが、かすかに見えた。
 あれが目的の海竜王か。

「海竜王リヴァイアサンだな! 我が声を聞け! 私は……」


『……サンプルにない人類個体反応を確認。回収を試行します……』


 滑らかで無機質で、ぞっとするほど冷たい声が耳元で聞こえた。
 暗闇の底で光の波が起こる。
 光はよく見ると無数の文字で構成されていた。


『……rebooting. Have a nice the end of the world……』


 女性は更にウェスぺの知らない言葉で何か言った。
 もし、これを聞いたのがアサヒなら、地球の記憶から意味を推測できたかもしれない。
 しかし光の島で転生を繰り返していたウェスぺには、聞こえてきた言葉の意味は分からない。
 分からないが、相手が自分の考えていたものと違うことは、ウェスぺも気付いた。

「何だ……?」
『ウェスぺ、我が友よ。あれは竜ではない』

 ずっと沈黙を守っていた相棒が答える。

『あれは生物にあらず。意思あるものにあらず。光にも闇にも属さぬ、別の何か』

 黄金の竜は水面に向かって上昇しようとする。
 しかし、逃亡を遮るように、光の帯が黄金の竜へするすると伸びた。

「馬鹿な! 竜王たる我らが逃げきれぬと?!」
「ウェスぺ様!」
「下がっていろ、ルーク。強力な魔術を撃ち込んでやろうではないか」

 光竜王ウェスぺは、どちらかというと非戦闘派の竜王である。戦いに使える魔術を知ってはいるが、炎竜王や風竜王ほど戦いの勘が秀でている訳ではない。アサヒならもっと早く撤退していただろう。
 ウェスぺは精神を集中して、魔術の鍵詞(じゅもん)を唱えた。

「内なる大気エア、外なる暁闇アウロラ……神罰柱ルースピラー!!」

 海中に銀色の光の柱が落ちる。
 敵を問答無用で消滅させる、文字通りウェスぺの必殺技である。

「これでどうだ……!」
『……making antimatter……』

 海底で光の波が踊る。
 銀色の光は波にさらわれるように消え去り、海底から伸びる光の帯は、黄金の竜の身体に絡みつき、奈落の底へと引きこもうとした。
 ぶくぶくと無数の泡が海底から立ち上る。
 ウェスぺは自分が絶体絶命であることを、悟りつつあった。

「おのれっ……」
「駄目です、しゃがんで……!」

 竜の背中に光の触手が伸びる。
 咄嗟にルークはウェスぺを伏せさせて、自分がその上に被さった。

「ぐっ……」
「ルーク?!」
「言ったでしょう、ウェスぺ様。僕は地獄の底までお付き合いしますよ、って……」

 光の触手に触れた背中から、解けるようにルークの身体が薄くなっていく。

「ウェスぺ様が一生懸命なのは、僕が知っている……あなたは僕の王だ。ありがとう、ウェスぺ様……」

 最後まで、僕を、側においてくれて。

「ルーークーーッ!!」

 ウェスぺは従卒の身体が解けた光を必死で掴もうとする。
 その手が宙をきった。

「お前に、地上を見せてやろうと約束したのにっ! 誰も、見たことのない世界をお前に……」
『我が友よ!!』
「っつ!」

 奈落がすぐそこに迫っている。
 ウェスぺはギリギリと歯を食いしばって、海底をにらんだ。

「リヴァイアサン、いやもう何者か知らぬが、おそらく洪水と共に人類を食い荒らした災厄の魔物よ。貴様にルークの魂は渡さない! これは光竜王である私のもの!」

 竜王は転生を繰り返す。
 ゆえに目には見えない魂を扱う術を心得ている。
 銀色の光がウェスぺを中心に舞った。
 ウェスぺは神経を集中して、海底に沈んで魔物の口に入ろうとしているルークの魂を引き戻す。そして、手元の海神の玉にルークの魂を格納する。

「これで良い。アスラン、その名前をお前に返そう、我が相棒よ。竜の姿を解け。お前を空に逃がす」
『!! ウェスぺ、お前は』
「さあ時間が無い。行け!」

 黄金の竜の姿がみるみるうちに小さくなり、光の帯が竜の身体から離れる。拘束を解かれた黄金の蛇は水面に向かった。
 ウェスぺは海神の玉を胸に抱き締めると、最後の鍵詞じゅもんを唱える。

大封柱グランドシール……もう何も貴様に奪わせない」

 かつて他の竜王を封じた魔術を、ウェスぺは自分自身にかける。
 そうすることで海底の魔物に食われずに済むからだ。
 当然、自らを封じたウェスぺは海底で永遠の眠りにつくことになる。

 これも因果応報というものか。

 ゆっくり海底に沈んでいく感覚に身を任せながら、ウェスぺは自嘲する。
 誰も自分を助けに来ないだろう。
 他の竜王を敵に回してしまった、孤立無援のウェスぺには打つ手がない。
 助けは来ない。
 地上は海に飲み込まれたまま、人は大空を漂流し続ける。他の竜王はそれで良いと言うのなら、ウェスぺの努力は自己満足だったのだろう。
 すべては無駄だったのだ。



しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します

かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。 追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。 恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。 それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。 やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。 鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。 ※小説家になろうにも投稿しています。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき
ファンタジー
 停戦中の隣国の暗殺者に殺されそうになったフェルナンド・ガジェゴス伯爵令息は、目を覚ますと同時に、前世の記憶の一部を取り戻した。  どうやらこの世界は前世で妹がやっていた恋愛ゲームの世界であり、自分がその中の攻略対象であることを思い出したフェルナンド。  だがしかし、同時にフェルナンドがヒロインとハッピーエンドを迎えると、クーデターエンドを迎えることも思い出した。  もしクーデターが起これば、停戦中の隣国が再び侵攻してくることは間違いない。そうなれば、祖国は簡単に蹂躙されてしまうだろう。  後味の悪いハッピーエンドを回避するため、フェルナンドの戦いが今始まる!

俺は何処にでもいる冒険者なのだが、転生者と名乗る馬鹿に遭遇した。俺は最強だ? その程度で最強は無いだろうよ などのファンタジー短編集

にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
私が過去に投稿していたファンタジーの短編集です 再投稿に当たり、加筆修正しています

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。 彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。 そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。 死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。 その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。 しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、 主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。 自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、 寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。 結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、 自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……? 更新は昼頃になります。

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

処理中です...