ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉

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番外編

ヤモリさんのとある1日

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 アサヒの相棒、4枚の翼を持つ漆黒の竜王は、普段は冴えない小さなヤモリの姿に擬態している。

 ヤモリは蜥蜴とかげの親戚だが蜥蜴ではない。
 蜥蜴と違って手足の先が膨らんでいて、壁をするする這って移動できる。また蜥蜴と違ってまぶたが無く、黒くつぶらな瞳をしている。
 ヤモリの動作は遅い。獲物に飛びかかる時以外は基本的に動かず、平常時の行動速度は動作が遅いことで有名な亀に匹敵する。また、人が手を伸ばしても逃げないため子供でも捕まえられる。
 ちなみに動かないからといって暇な訳ではない。ヤモリさん的には色々忙しいのだが、見た目に動かないので忙しさは伝わらない。

 鱗は触ると冷たい。身体が柔らかいのでフニフニできる。独特の触り心地だ。
 アサヒは寝る前にヤモリを撫でる習慣がある。

「明日、天気が晴れますように」

 ヤモリさんはてるてる坊主ではない。
 でも相棒の願い事を無下にできないので大人しく撫でられる。結構、我慢強い。
 いつも、だいたい晴れを好むアサヒだが……その日、珍しく雨が良いと言った。

「しんどい。たまには雨降らねーかな」

 それは5人の竜王が集まって、海から現れた謎の石柱を打ち破った後のことだった。魔術の使い過ぎで倒れたアサヒは、高熱を出して数日経っても、ベッドから起き上がれないでいたのだ。

「だるい……」

 5つの島の力を合わせた大魔術の副作用なのか、通常の熱とは少し違うようだ。アサヒは赤い顔をして虚ろな目でぐったりしていた。
 こればっかりは相棒の負担を肩代わりできない。ヤモリは弱っている様子のアサヒに困っていた。
 声を掛けて励まそうにも、これも熱のせいか、うまく意思の疎通がとれない。

『むむ……雨か。涼しくなれば我が盟友も身体が楽になるのか……?』

 しかしヤモリは火竜。
 雲を蒸発させて晴れにするならともかく、その逆は難しい。
 夜が明けて、次の日もアサヒは寝込んでいる。
 いつもは街に出て道に落ちた銅貨を探すヤモリだが、今日はそんな気分になれなかった。
 空を見上げると太陽が眩しく輝いている。

 窓際に這っていくと、空を見ながら真剣に考えこむ。
 しかし人間から見ると窓際で動いていないヤモリは、ただボンヤリしているだけのように見える。

『……』

 しばらく考えこんでいたヤモリは、いつの間にか窓枠の上に亀が乗っていることに気付いた。すっかり存在を忘れていたのだが、亀はアサヒが石柱の中で拾ってきたものだった。
 亀は日光浴をしているようだ。
 窓枠はちょうど日光がよく当たる時間帯だった。

『よそ者が、我の日向ぼっこの場所をちゃっかり奪いおって』

 ヤモリはどうでも良いことに腹を立てた。
 窓枠まで這っていくと、亀の甲羅をつつく。
 亀は反応しない。
 寝込んでいるアサヒのことはすっかり忘れて、日向ぼっこがしたくなったヤモリは、亀が動かないことを良いことに、甲羅の上によじ登った。

『見晴らしが良いな。よし、そのまま台座になっておれ』
『……』

 亀の上でヤモリは陽光を浴びながら昼寝を始めた。

『……むー……盟友よ、我を水に漬けるでない……我は火竜なり……もごもご』

 誰にも聞こえない寝言を無言の亀が実は聞いていた。
 亀は少し甲羅を傾けてみたが、寝ているヤモリが落ちないので、あきらめたように動かなくなった。




 それから一刻ほど後。




 打ち寄せる潮騒のような音を耳にして、アサヒは目を覚ました。
 窓の外を見るとあんなに晴れていた空が白くかげって、無数の水滴が降っている。雨なのになぜか、心なしか海の潮の香りがした。
 空に浮かぶ島なので雲は地上を這う。そのため、窓の外は白い霧に包まれたような状況になっていた。
 アサヒは身を起こす。
 熱くて重かった身体が楽になっていた。

「雨なんて珍しいな……」

 冷たくなった空気が今は心地よい。
 ぼうっとしていると、窓の方から壁を伝ってヤモリが近付いてくるのに気付いた。小さな相棒は水に濡れて震えている。

『ひどい目にあった……我は火竜なり。水は苦手だというのに』
「ヤモリ」

 相棒はアサヒのベッドの上に乗ると身震いして、水滴を追い払った。

「俺は雨も好きだけどな。激しい雨は困るけど、このくらいならちょうどいい」
『何がちょうどよいものか!』

 怒っている相棒はアサヒの肩の上に登ると、腹這いになってアサヒの体温で鱗を乾かし始めた。
 その時、足音がして部屋の扉が開く。

「……アサヒ。起きて大丈夫なのか」
「ヒズミ」

 静かに入ってきたのは、深紅の髪をした年上の青年だ。彼の相棒の火竜は雨に濡れたくないからか、雨避けの外套の下の脇のあたりに潜り込んで顔だけ出している。

「わざわざ見舞いに来なくても、俺は平気だって。それよりミツキの方を見舞いにいったら?」
「確かにお前の不健康な顔は見飽きた。早く回復しろ」

 ぶっきらぼうに言って、彼はベッド脇の椅子に座る。
 何となく、アサヒはピンときた。

「……ミツキと何かあった?」
「何もない」

 不機嫌そうに眉間にシワを刻む兄の姿に、アサヒは内心、笑いをこらえた。彼は世間的に非の付け所のない完璧無比を装っているが、アサヒは真面目過ぎて時折おかしな方向にいく兄の性質を承知している。短い付き合いではあるが、血の繋がりという奴は侮れない。何かと分かることもあるのだ。

「女性の機嫌をとるには、やっぱり花だよね」
「いったい何の話をしている」
「なんでもなーい」

 後でミツキに聞いてやろう、と考えながらアサヒはしらばっくれた。




 雨で熱が冷めたからか、翌日からアサヒは回復して外に出られるようになった。この件で亀がどんな役割を果たしたか誰も知らないまま、亀はさりげなく新しい寮に居着いたのであった。


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