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真白山脈のフェンリル一家
02 初めて竜を食べました
以上、回想終わり。
いやー、あの時は本当に喰われたかと思ったね。
本当に喰われたんだけど。
フェンリルの母上は俺の魂だけ取り出して、自分の腹で産みなおすために、俺の人間の身体を喰ったらしい。結果はともかく、手段が獣らしいエグさだった。
「ははうえー、お腹減ったー」
俺は舌足らずな声で鳴きながら、ふかふかの白銀の毛皮の下に潜り込んだ。まだ子狼なので、母乳が恋しいのだ。
母上は鼻先でそっと俺を転がして言う。
「そろそろ自分で獲物を狩って食べましょうか。あなたもフェンリルの子供なのだから」
そう、今の俺は、神獣フェンリルの子供だ。
母上ゆずりの白銀の毛皮にアイスブルーの瞳。身体はぬいぐるみサイズで、はたから見ると可愛い子犬だろう。
生後十年ほど経って、俺は前世の人間だった頃の記憶を思い出した。
長い寿命を持つ神獣フェンリルにとって、十年二十年は大したことはない。まだまだ子供である。そして精神は身体に引きずられるものらしい。人間の時の記憶を思い出した俺だが、今は身体にあわせ思考も完全に幼児化している。
ばぶー、と鳴いても恥ずかしくないぞ。
「母上、ゼフィリアにはまだ早いのでは?」
母上の向かいに腹這いになっている、兄狼がうなる。
彼はフェンリル兄弟次男で、クロスという名前だ。
クロス兄は、母上の半分くらいの大きさで、陽気で躍動感あふれる空気をまとった、俊敏そうな狼だ。いつも笑っているような口元をしていて、実際、茶目っ気のある言動をすることが多々ある。
「……」
もう一匹、とにかく無言の狼は、長男のウォルトだ。
ウォルト兄はクロス兄より体格が大きくて、がっしりしている。片目の上に一筋の傷が走っていて、古強者のような雰囲気を出している。昔、ハンターに付けられた傷らしい。いったいどこのどいつだ、ウォルト兄に傷を付けたのは。見つけたら只じゃおかないからな。
「あなたたちは過保護すぎるのです」
母上はビシッと言った。
「勝手に私より先に名前を付けて、四六時中、この子の周りをうろうろして……ゼフィリアは女性の名前でしょう、正しくはゼフィリスです」
俺の毛並みを整えながら、母上は慈愛のこもった目をする。
「まあ、可愛いからゼフィリアでも良いですが」
いいんかい。すごく適当な理由で名前を付けられた、俺。
フェンリル三兄弟の三男、末っ子らしいです、はい。
「外でゼフィリアに狩りを教えてきてください」
「母上、外は寒いです!」
「……」
「ちょっとくらい寒くても風邪をひいたりしないでしょう。何のための毛皮ですか」
お叱りもっとも。
人間が凍りつく氷点下の気温でも、フェンリルは平気へっちゃらなのだ。
俺たち三匹は棲みかにしている暖かい洞窟を追い出された。
「兄たんー、ご飯ー」
俺は雪の上を走って(ころころ転んで)、パウダースノーを満喫した後、見守っている二匹の狼におねだりする。
「そうだな。最初だし、一番楽な近所のトカゲを狩りにいこうか」
「……」
ウォルト兄は無言だが同意しているようだ。しゃべれよ。
近所のトカゲって何だろう。
トカゲって美味しいのかな。
先導するクロス兄の足元を、俺はとてとてと走る。
本気のフェンリルが走ったら山の一周なんて数分で終わるのだろうけど、子狼の俺は走ってもよちよちの小鹿程度の速度だ。
兄狼たちは俺にあわせてゆっくり歩いて移動した。
「ここから飛び降りるんだ」
クロス兄は崖の上に俺を案内した。
「あのトカゲは羽がついて飛ぶから、俺たちは崖からジャンプして狙うことにしている」
飛ぶトカゲ?
峰の切り立った崖からは、険しい山脈が見渡せる。
遠く山の向こうに平野があり人家が見えるが、そこまでの距離はとても遠い。付近は、剣のように鋭い山々と一面の雪原が続いている。
俺は人間の頃の知識を引っ張りだした。
人が住む世界の果て、神々の住まう真白山脈。
今、俺がフェンリルとして生きる場所の名称だ。
キョロキョロ見回していると、雪が積もった森の上を飛ぶ爬虫類の姿が見えた。
「今だ、行けっ!」
「……!」
クロス兄が合図する。
なぜかウォルト兄は俺をくわえると、太い首をブンと回して、俺をぶん投げた。空中に放り出される俺。
怖い。でも楽しい!
「ひゃっほーい!」
本能で、この高さから落ちても死なないと分かった。
歓声を上げながら、空飛ぶ爬虫類の背中に着地する俺。
「?!」
標的のトカゲは、唐突に落ちてきた俺にびっくりして羽をバタバタさせた。狩りって面白いな……うん? ここからどうやって獲物の息の根を止めるんだ。俺、まだ子供だから爪も牙もそろってないよ。
「ゼフィリア、今行くぞー!」
バビュンと跳躍してきたクロス兄が、トカゲを地面に叩き落とす。
続いて降ってきたウォルト兄が、トカゲの長い首に牙を差し込んだ。
俺はトカゲの背中にしがみつきながら、兄たちの雄姿を見届ける。すごい! ってか、あの狩り方は今の俺には不可能なのでは。
「ご飯ご飯ー……かたっ」
絶命したトカゲに噛みついて、その鱗の固さに俺は涙眼になる。
肉食べたい。母上が離乳食がわりに持ってきてくれる肉は、原型を留めていなくて分量も少なかった。これだけ大きいと、食いでがあるだろう。
「ゼフィリア、このトカゲは焦がすと美味しくなるんだ」
クロス兄は上機嫌でそう言って、魔法で火を起こす。
フェンリルは神獣だから魔法も使えるのだ。
トカゲを火に炙ると、固い鱗が内側から膨張して弾けた。ベリベリと楽に鱗が剥ける。
半焼けのお肉を、俺は美味しく頂いた。
味は前世で食べた鶏肉と魚の中間みたいな。意外と油が少なくてさっぱりした肉だな。
モリモリ食べる俺の横で、ずっと無言だったウォルト兄が口を開いた。
「……やはり、竜は姿焼きに限るな」
今、竜って言った? トカゲじゃなかったの、これ。
前世で竜と言えば、兵士が十人以上束になってかかっても倒せない強敵モンスターだったが。
まあ、美味しいから何でもいいか。
いやー、あの時は本当に喰われたかと思ったね。
本当に喰われたんだけど。
フェンリルの母上は俺の魂だけ取り出して、自分の腹で産みなおすために、俺の人間の身体を喰ったらしい。結果はともかく、手段が獣らしいエグさだった。
「ははうえー、お腹減ったー」
俺は舌足らずな声で鳴きながら、ふかふかの白銀の毛皮の下に潜り込んだ。まだ子狼なので、母乳が恋しいのだ。
母上は鼻先でそっと俺を転がして言う。
「そろそろ自分で獲物を狩って食べましょうか。あなたもフェンリルの子供なのだから」
そう、今の俺は、神獣フェンリルの子供だ。
母上ゆずりの白銀の毛皮にアイスブルーの瞳。身体はぬいぐるみサイズで、はたから見ると可愛い子犬だろう。
生後十年ほど経って、俺は前世の人間だった頃の記憶を思い出した。
長い寿命を持つ神獣フェンリルにとって、十年二十年は大したことはない。まだまだ子供である。そして精神は身体に引きずられるものらしい。人間の時の記憶を思い出した俺だが、今は身体にあわせ思考も完全に幼児化している。
ばぶー、と鳴いても恥ずかしくないぞ。
「母上、ゼフィリアにはまだ早いのでは?」
母上の向かいに腹這いになっている、兄狼がうなる。
彼はフェンリル兄弟次男で、クロスという名前だ。
クロス兄は、母上の半分くらいの大きさで、陽気で躍動感あふれる空気をまとった、俊敏そうな狼だ。いつも笑っているような口元をしていて、実際、茶目っ気のある言動をすることが多々ある。
「……」
もう一匹、とにかく無言の狼は、長男のウォルトだ。
ウォルト兄はクロス兄より体格が大きくて、がっしりしている。片目の上に一筋の傷が走っていて、古強者のような雰囲気を出している。昔、ハンターに付けられた傷らしい。いったいどこのどいつだ、ウォルト兄に傷を付けたのは。見つけたら只じゃおかないからな。
「あなたたちは過保護すぎるのです」
母上はビシッと言った。
「勝手に私より先に名前を付けて、四六時中、この子の周りをうろうろして……ゼフィリアは女性の名前でしょう、正しくはゼフィリスです」
俺の毛並みを整えながら、母上は慈愛のこもった目をする。
「まあ、可愛いからゼフィリアでも良いですが」
いいんかい。すごく適当な理由で名前を付けられた、俺。
フェンリル三兄弟の三男、末っ子らしいです、はい。
「外でゼフィリアに狩りを教えてきてください」
「母上、外は寒いです!」
「……」
「ちょっとくらい寒くても風邪をひいたりしないでしょう。何のための毛皮ですか」
お叱りもっとも。
人間が凍りつく氷点下の気温でも、フェンリルは平気へっちゃらなのだ。
俺たち三匹は棲みかにしている暖かい洞窟を追い出された。
「兄たんー、ご飯ー」
俺は雪の上を走って(ころころ転んで)、パウダースノーを満喫した後、見守っている二匹の狼におねだりする。
「そうだな。最初だし、一番楽な近所のトカゲを狩りにいこうか」
「……」
ウォルト兄は無言だが同意しているようだ。しゃべれよ。
近所のトカゲって何だろう。
トカゲって美味しいのかな。
先導するクロス兄の足元を、俺はとてとてと走る。
本気のフェンリルが走ったら山の一周なんて数分で終わるのだろうけど、子狼の俺は走ってもよちよちの小鹿程度の速度だ。
兄狼たちは俺にあわせてゆっくり歩いて移動した。
「ここから飛び降りるんだ」
クロス兄は崖の上に俺を案内した。
「あのトカゲは羽がついて飛ぶから、俺たちは崖からジャンプして狙うことにしている」
飛ぶトカゲ?
峰の切り立った崖からは、険しい山脈が見渡せる。
遠く山の向こうに平野があり人家が見えるが、そこまでの距離はとても遠い。付近は、剣のように鋭い山々と一面の雪原が続いている。
俺は人間の頃の知識を引っ張りだした。
人が住む世界の果て、神々の住まう真白山脈。
今、俺がフェンリルとして生きる場所の名称だ。
キョロキョロ見回していると、雪が積もった森の上を飛ぶ爬虫類の姿が見えた。
「今だ、行けっ!」
「……!」
クロス兄が合図する。
なぜかウォルト兄は俺をくわえると、太い首をブンと回して、俺をぶん投げた。空中に放り出される俺。
怖い。でも楽しい!
「ひゃっほーい!」
本能で、この高さから落ちても死なないと分かった。
歓声を上げながら、空飛ぶ爬虫類の背中に着地する俺。
「?!」
標的のトカゲは、唐突に落ちてきた俺にびっくりして羽をバタバタさせた。狩りって面白いな……うん? ここからどうやって獲物の息の根を止めるんだ。俺、まだ子供だから爪も牙もそろってないよ。
「ゼフィリア、今行くぞー!」
バビュンと跳躍してきたクロス兄が、トカゲを地面に叩き落とす。
続いて降ってきたウォルト兄が、トカゲの長い首に牙を差し込んだ。
俺はトカゲの背中にしがみつきながら、兄たちの雄姿を見届ける。すごい! ってか、あの狩り方は今の俺には不可能なのでは。
「ご飯ご飯ー……かたっ」
絶命したトカゲに噛みついて、その鱗の固さに俺は涙眼になる。
肉食べたい。母上が離乳食がわりに持ってきてくれる肉は、原型を留めていなくて分量も少なかった。これだけ大きいと、食いでがあるだろう。
「ゼフィリア、このトカゲは焦がすと美味しくなるんだ」
クロス兄は上機嫌でそう言って、魔法で火を起こす。
フェンリルは神獣だから魔法も使えるのだ。
トカゲを火に炙ると、固い鱗が内側から膨張して弾けた。ベリベリと楽に鱗が剥ける。
半焼けのお肉を、俺は美味しく頂いた。
味は前世で食べた鶏肉と魚の中間みたいな。意外と油が少なくてさっぱりした肉だな。
モリモリ食べる俺の横で、ずっと無言だったウォルト兄が口を開いた。
「……やはり、竜は姿焼きに限るな」
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まあ、美味しいから何でもいいか。
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