フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~

空色蜻蛉

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雪国の救世主

28 鯨を食べる夢を見ました

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 クロス兄は足元をうろちょろする金色の子猫に、困惑している。

「兄たん、ティオをふまないでね」
「これがあの人間の子供だと……?! くっ、ゼフィほどではないが、ふわふわコロコロしているぞ!」

 兄たんは、おそるおそるティオの首の後ろをくわえて持ち上げた。俺が剣術を教えている子供だと知っているので、人間だからと言ってそこまで邪険にはしない。

「宮殿の中庭にいらしてください。フェンリルさまにお願いがあります」

 王様に案内されて、俺たちは一般人は入ることのできない宮殿の中庭に移動した。人の視線が無くなるとホッとする。

「ティオーーっ」
「陛下、お気を確かに!」

 人目が無くなると、王様はおいおい泣き出した。
 昨日一緒に宮殿に忍び込んだ隊長が、王様にハンカチを差し出してなだめている。フィリップも困った様子だ。
 俺は人間の少年の姿に変身して、ティオを兄たんから受け取った。

「それで。何があったの?」

 問いかけると、王様は驚いて、銀髪美少年に変身した俺を見る。
 泣いている王様に代わってフィリップが答えた。

「今朝がた、宮殿に何者かが侵入し、就寝中のティオさまに魔法を掛けたようです。私たちはその時、王を含めた少人数で会議をしていて気付くのが遅れました」

 俺の腕の中で、金色子猫になったティオが鳴いた。

「僕が部屋で寝ていたら、太った山猫が入ってきて」

 恨むんならゼフィを恨みなさい!
 ほーっほっほっほ!

「と高笑いして、僕に魔法を掛けて去っていきました」

 ルーナだ。
 あいつ、俺に攻撃できないからって、ティオに八つ当たりしたんだな。

「フェンリルさま、どうかティオさまを人間に戻してください!」

 王様が泣きながら俺に詰め寄る。

「え? 可愛いし、別に猫でもいいじゃん」

 俺は思わず素で答えた。
 腕の中のティオが「ガーン!」とショックを受けて伸びる。
 王様はこの世の終わりのような顔をした。

「フェンリルさま、もしティオを人間に戻して頂けるなら、肉が美味だという伝説の牛肉マツサカギュウを遠方から取り寄せますから!」
「何それ美味しそう……」

 肉が食べられると聞いて、俺は俄然がぜん乗り気になった。

「すぐには解決できない。ティオを借りていくよ」
「はい、よろしくお願いいたします」

 俺も本心からティオが猫のままで良いと思っている訳ではない。本当だぞ?

「ゼフィ。どうするつもりだ?」

 クロス兄が身体を寄せて聞いてくる。

「いったん、母上のところへ帰ろう。母上なら魔法の解き方を知っているかもしれない」
「確かに。そろそろ一度、母上のもとへ帰らないとな」

 ティオを抱えたまま、俺はクロス兄の背中によじ登った。
 王様やフィリップの見送りを受けながら、兄狼はジャンプして宮殿の屋根に駆け上がる。そのまま王都の建物の上を飛び移りながら、真白山脈フロストランドに向かって走り出した。



 行きは道草をしていたから何日も掛かったが、帰りはすぐだった。狼の背中に揺られること数時間。俺を乗せたクロス兄は峰を駆け登り、フェンリル母上の待つ洞窟に着いた。
 俺は兄狼の背から雪の上に飛び降りる。

「……さぶい(ぶるぶる)……」
「ティオ?!」

 途中でしゃべらないと思ったら、ティオは冷たくなって震えていた。しまった、子猫に真白山脈フロストランドの気温はきついよな。俺自身はフェンリルだから、氷点下だろうが平気なのだが、人間や猫はそうはいかない。

「やっと帰ってきたと思ったら、何を連れてきたのです?」
「母上、ただいま!」
「おかえりゼフィリア」

 洞窟の奥から母上が出てきて、俺の腕の中の子猫をのぞきこむ。

「仕方がありませんね。これも何かの縁です、この人間の子供にフェンリルの加護を与えましょう」

 母上はティオに向かってフッと息を吐く。
 雪の結晶をかたどった光の欠片がクルクルと子猫の周囲を舞った。

「あったかい……」

 さっきまで死にそうだったティオに元気が戻った。
 子猫の毛並みがふわっと膨らんで、呼吸が安らかなものに変わる。
 俺はひと安心すると、母上に問いかけた。

「母上、ティオが人間だって分かるの?」
「もちろんです」
「魔法で猫にされたみたいだけど、母上なら解ける?」
「解けますが……見たところ大した魔法ではないので、私が解かなくても、そのうち自然に解けるでしょう」

 母上によると、魔法の効果を持続させるのは大変らしい。
 命がけの魔法でもない限り、長い間、魔法を掛けた状態にしておくのは不可能なんだそうだ。

「なーんだ。良かったな、ティオ」
「うん。ありがとう、ゼフィ」

 人間に戻れると分かって、ティオは嬉しそうに尻尾を振った。
 ちなみに洞窟にウォルト兄の気配は無い。まだ帰ってないようだ。
 明日、クロス兄と一緒にウォルト兄を探しに行くことにして、今日は早めに休もう。



 俺は変身の魔法を解いて子狼の姿に戻ると、母上の腹に身を寄せた。子猫になったティオは俺にくっついて眠りこけている。
 銀色の毛玉と、金色の毛玉。

「……私たちの棲む山や大地の下には、くじらが眠っているんですよ」
「くじら?」

 母上は俺たちを優しい眼で見下ろしながら、子守唄の代わりに物語を語る。クロス兄は母上と逆の側から俺とティオを挟みこむようにして、ゆったり尻尾を振っている。

「鯨は世界の始まりに生まれた、とてもとても大きな魚。この世界は鯨の夢。鯨の背中の上で、人や神獣が暮らしているのです……」

 うつらうつらしながら物語を聞く。
 その夜、俺はでっかい魚にかぶり付く夢を見た。
 ウォルト兄とクロス兄と母上、皆で魚を美味しく食べる夢だった。

 
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