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雪国の救世主
番外編 ロキとリネ
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ローリエ王国の宮殿近くにある兵士の宿舎にて。
夕闇が迫り人々が家路につく頃、リネの部屋の扉を叩く者がいた。
リネは珍しい女性の従騎士だ。田舎貴族だった実家を飛び出して王都にやってきた事情があり、宿舎で一人暮らしをしている。騎士を目指している見習いの従騎士は、貴族の坊ちゃんがなることが多いので、少し周囲から浮いていた。
一日、雑用に使い走りをさせられていたリネは、自分の部屋でゆっくりと休もうと上着を脱いだところだった。
そこへノックの音が響いた。
「……はい」
扉を開きかけたリネは、隙間から見えた顔を確認して、瞬時に扉を閉めた。
再び響くノックの音と文句を言う男性の声。
「おい、顔見た途端にドアを閉めるって、いくらなんでもひどくないか?!」
「うるさい! とうの昔に王都に帰ってきていた癖に、今まで何の音沙汰もなかったじゃないか。今更なんのようだ」
自分でも可愛げのない口調だと思う。
男社会で仕事をするうちに、着飾ったりお化粧をしたりすることは面倒になり、言葉遣いもすっかり荒くなってしまった。鏡に映る自分の顔は、短い栗色の髪をした愛想の無い少女だ。いったい向こうはどんなつもりでリネに声を掛けてきているのだろう。
扉を叩いているのは、ロキという男だ。
名門貴族の三男で騎士隊長という文句の付けようのない身分ながら、庶民に混じって働く方が好きだと好んで諜報任務ばかり請け負う変人である。
「そういうなよ。こちとら仕事が終わってからじゃないと、安心して肩の力を抜けないんだよ」
「仕事大好き人間め。そのまま仕事と結婚するがいい」
「うわっ、そういうこという?!」
すごく傷ついただの、扉の向こうで嘆く声。
「なー、せめて顔を見せてくれよ、リネ! ここまで足を運んだ俺に免じてさあ」
「私の顔なんて見て、何が楽しいんだ」
「……おーい、お二人さん」
部屋の前を通りかかった、誰かが会話を中断させる。
「近所迷惑だから、痴話げんかは部屋の中でやってくれ」
「はい……」
仕方なくリネは扉を開けて、ロキを部屋の中に招き入れた。
久しぶりに見たロキは相変わらず無精ひげをぼうぼう生やし、貴族だと言うのに薄汚れた格好をしている。彼の黒髪からは汗の匂いがしたが、男社会で長く生活しているリネは気にならない程度のものだ。こちらを見る青い瞳には、親愛の情がある。
「やー、やっぱりリネを見ると落ち着くわー」
「勝手に落ち着くな」
我が物顔でベッドの上にあおむけに倒れ込む男に、リネは後で布団を洗濯しようと思った。
仕方なくベッドの端に腰かけてロキと会話する。
「なあ、俺がいない間、何か困ったことはなかったか」
「全然。気楽なものだ」
「そうかー」
「……そういえば、雪の妖精に遭った」
何となく世間話の雰囲気になった。
いざ部屋の中に招き入れてしまうと、すぐに彼を帰すのは惜しい気がして、リネは少し考えて最近の出来事について話す。
「銀髪碧眼の綺麗な少年で、子犬の姿に変身するんだ。信じるか?」
何も知らない普通の人に話せば、夢を見たのかと笑われる話だ。
リネは、ロキがフェンリルの末っ子と知己だと知らない。
「お……おお。あのフェンリルくん、いったい何をやってたんだ……」
「フェンリル?」
「いやこっちの話。気にするな」
ロキは手を振って微妙な顔をする。
ベッドの上で彼はうーんと伸びをした。
「ああ、こうやってると家に帰りたくなくなるな」
「帰れ」
「そうするよ。名残惜しいけど、このままここで寝る訳にはいかないからな」
予想に反して、ロキはあっさり起き上がると、本当に帰る準備を始めた。
リネは拍子抜けする。
なんだか引き留めてもっと話をしたい気分だ。
しかしロキはそんな彼女の気持ちには気付かないようで、立ち上がって扉の前へ移動した。
「そうだ、これやるよ」
外に出る直前に、上着のポケットに手を入れて、彼は小さな箱を取り出す。
さっとリネに箱を押し付けると、そそくさと出て行った。
リネはいったいなんだろうと箱を観察する。
そしてその表面に刻印された金の林檎のマークを見て、目を見開いた。
「ろ、ロキ! これは」
「高いやつだから、ゆっくり食えよ」
ロキは振り向かずに手を振り、階段を下りて宿舎を去っていく。
箱を胸の前で抱きしめてリネはうつむいた。
「本当に、ばかだな……」
彼の後ろ姿を見送るうちに雪が舞いだした。
あの銀髪の少年が雪を連れてきたのかもしれない。
白い欠片は指先を冷やすが、小箱を握りしめたリネの心はとても温かかった。
夕闇が迫り人々が家路につく頃、リネの部屋の扉を叩く者がいた。
リネは珍しい女性の従騎士だ。田舎貴族だった実家を飛び出して王都にやってきた事情があり、宿舎で一人暮らしをしている。騎士を目指している見習いの従騎士は、貴族の坊ちゃんがなることが多いので、少し周囲から浮いていた。
一日、雑用に使い走りをさせられていたリネは、自分の部屋でゆっくりと休もうと上着を脱いだところだった。
そこへノックの音が響いた。
「……はい」
扉を開きかけたリネは、隙間から見えた顔を確認して、瞬時に扉を閉めた。
再び響くノックの音と文句を言う男性の声。
「おい、顔見た途端にドアを閉めるって、いくらなんでもひどくないか?!」
「うるさい! とうの昔に王都に帰ってきていた癖に、今まで何の音沙汰もなかったじゃないか。今更なんのようだ」
自分でも可愛げのない口調だと思う。
男社会で仕事をするうちに、着飾ったりお化粧をしたりすることは面倒になり、言葉遣いもすっかり荒くなってしまった。鏡に映る自分の顔は、短い栗色の髪をした愛想の無い少女だ。いったい向こうはどんなつもりでリネに声を掛けてきているのだろう。
扉を叩いているのは、ロキという男だ。
名門貴族の三男で騎士隊長という文句の付けようのない身分ながら、庶民に混じって働く方が好きだと好んで諜報任務ばかり請け負う変人である。
「そういうなよ。こちとら仕事が終わってからじゃないと、安心して肩の力を抜けないんだよ」
「仕事大好き人間め。そのまま仕事と結婚するがいい」
「うわっ、そういうこという?!」
すごく傷ついただの、扉の向こうで嘆く声。
「なー、せめて顔を見せてくれよ、リネ! ここまで足を運んだ俺に免じてさあ」
「私の顔なんて見て、何が楽しいんだ」
「……おーい、お二人さん」
部屋の前を通りかかった、誰かが会話を中断させる。
「近所迷惑だから、痴話げんかは部屋の中でやってくれ」
「はい……」
仕方なくリネは扉を開けて、ロキを部屋の中に招き入れた。
久しぶりに見たロキは相変わらず無精ひげをぼうぼう生やし、貴族だと言うのに薄汚れた格好をしている。彼の黒髪からは汗の匂いがしたが、男社会で長く生活しているリネは気にならない程度のものだ。こちらを見る青い瞳には、親愛の情がある。
「やー、やっぱりリネを見ると落ち着くわー」
「勝手に落ち着くな」
我が物顔でベッドの上にあおむけに倒れ込む男に、リネは後で布団を洗濯しようと思った。
仕方なくベッドの端に腰かけてロキと会話する。
「なあ、俺がいない間、何か困ったことはなかったか」
「全然。気楽なものだ」
「そうかー」
「……そういえば、雪の妖精に遭った」
何となく世間話の雰囲気になった。
いざ部屋の中に招き入れてしまうと、すぐに彼を帰すのは惜しい気がして、リネは少し考えて最近の出来事について話す。
「銀髪碧眼の綺麗な少年で、子犬の姿に変身するんだ。信じるか?」
何も知らない普通の人に話せば、夢を見たのかと笑われる話だ。
リネは、ロキがフェンリルの末っ子と知己だと知らない。
「お……おお。あのフェンリルくん、いったい何をやってたんだ……」
「フェンリル?」
「いやこっちの話。気にするな」
ロキは手を振って微妙な顔をする。
ベッドの上で彼はうーんと伸びをした。
「ああ、こうやってると家に帰りたくなくなるな」
「帰れ」
「そうするよ。名残惜しいけど、このままここで寝る訳にはいかないからな」
予想に反して、ロキはあっさり起き上がると、本当に帰る準備を始めた。
リネは拍子抜けする。
なんだか引き留めてもっと話をしたい気分だ。
しかしロキはそんな彼女の気持ちには気付かないようで、立ち上がって扉の前へ移動した。
「そうだ、これやるよ」
外に出る直前に、上着のポケットに手を入れて、彼は小さな箱を取り出す。
さっとリネに箱を押し付けると、そそくさと出て行った。
リネはいったいなんだろうと箱を観察する。
そしてその表面に刻印された金の林檎のマークを見て、目を見開いた。
「ろ、ロキ! これは」
「高いやつだから、ゆっくり食えよ」
ロキは振り向かずに手を振り、階段を下りて宿舎を去っていく。
箱を胸の前で抱きしめてリネはうつむいた。
「本当に、ばかだな……」
彼の後ろ姿を見送るうちに雪が舞いだした。
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