フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~

空色蜻蛉

文字の大きさ
72 / 126
竜の娘

70 ちょっと里帰りしました

 アールフェスと牢屋で話してから数日経った。
 あんな事件があった後なのに、街の人は普通の暮らしを続けている。
 邪神復活のことなど何も知らないみたいだ。
 
「騒動は、火山の噴火活動のせいにするらしい。アールフェス・バルトや関連する首謀者は、秘密裏に処刑されたそうだよ」
 
 ロキが情報を仕入れてきて、報告する。
 エスペランサは邪神のことを公表しないつもりのようだ。
 わざわざ邪神が復活したと言いふらして、民衆を不安がらせる必要はない、という判断だろう。
 
「アールフェス……死んじゃったの?」
 
 ティオは白竜の首に抱きつくとポロポロ涙をこぼした。
 あの後、黄金の聖女とアールフェスがどんな会話をしたのか、俺も知らない。結局、駄目だったのかな。
 
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
 
 俺たちの暗い空気に影響されたのか、赤ん坊のローズが泣き始める。
 
「あー、よしよし」
 
 すぐにミカが駆け寄ってあやしたが、ローズは泣き止まない。
 
「ゼフィさまも抱っこしてみてください!」
「お、俺?!」
 
 人間の姿に変身して、火が付いたように泣く赤ん坊を恐る恐る受けとる。
 ローズは俺の顔を見上げ、一瞬、泣き止んだ。
 
「良い子だなー、ローズ」
「……ふぎゃあああっ!」
 
 何が気に入らなかったの?!
 一旦は泣き止んだように見えたローズは、ちょっと間を置いて再びギャン泣きフェーズに突入した。
 赤ん坊の考えていることはさっぱり分からない。
 
「ミルクもあげたし、おむつも変えたし。なぜ泣いているか分かりません。お手上げですね」
 
 ミカは溜め息をついた。
 泣き叫ぶ赤ん坊を抱いて、途方に暮れていた俺は、はっと思い付いた。
 
「そうだ! フェンリル母上のところへ連れて行こう!」
「はい?」
「母上なら、子供の扱いはお手のものじゃん!」
「フェンリルくんの母上は狼で、人間の子供の世話はできないのでは……?」 
 
 誰かが鋭い突っ込みを入れたが、赤ん坊のギャン泣きにオーバーフロー気味の俺は無視した。
 ローズを抱えたまま、庭に出る。
 庭の木の下で寝そべっている兄狼に声を掛けた。
 
「兄たん、白銀山脈フロストランドに里帰りしよう!」
「それはいいな! ここは暑くて参っていたところだ」
「……(舌を出して苦しそう)」
 
 クロス兄とウォルト兄は手放しで賛成してくれる。
 一方、いきなり里帰りを言い出した俺に、ティオたちは仰天した。
 
「い、今から?!」
「転移魔法で帰れば、すぐだよ。ああ、こんな簡単なことになんで気付かなかったんだ、俺!」
 
 実家に帰り放題だと今さら気付いた。
 領事館の庭に白銀山脈フロストランドへの転移門ゲートを開く。門の向こうに、懐かしい雪景色が現れた。
 
「じゃあ、ちょっと行ってくるね!」
「ええー?!」
 
 ティオたちの驚愕の声を背中に聞きながら、俺は門をくぐった。
 兄狼が後に続く。
 
「うわあ……」
 
 そこは白銀山脈フロストランドの山頂近い場所だった。
 見上げると、エスペランサよりも青くて透き通る空に、パッと白い雪の欠片が舞い上がる。
 
「ふきゃ?」
 
 空気が変わったことに気付いたのか、ローズが泣き止んで、不思議そうな顔をする。
 
「母上はいつもの場所かな?」
「たぶんな。くぅーっ、生き返った気分だ!」
 
 クロス兄は雪を蹴飛ばしてはしゃいだ。
 俺も同じ気分だ。
 踊るような足取りで山道を駆け上って、母上の待つ洞窟に飛び込む。
 
「たーだいまー!」
「おかえりなさい、ゼフィ。……また、おかしなものを連れてきましたね」
 
 変わらぬ姿で出迎えてくれたフェンリル母上は、俺の腕の中の赤ん坊を興味深そうにのぞきこむ。
 おもむろに母上は、ぱかっと口を開けた。
 今にも赤ん坊を食べそうな格好で。
 口の中には鋭い牙がずらりと並んでいる。
 
「……うきゃあ!」
 
 ローズは怖がると思いきや「きゃっきゃ」と小さな手を広げて満面の笑顔になった。
 分からん。赤ん坊の思考は本当に分からん。
 
「人間、のようですが、竜の匂いがしますね」
「竜の卵から生まれたんだ」
「それは珍しい」
 
 俺は赤ん坊を母上に預けると、自分は子狼の姿に戻った。
 一気に目線が低くなる。
 氷の床の上で毛づくろいをしていると、尻尾が引っ張られた。
 
「……うわっ」
 
 ローズが俺のふかふか尻尾を引っ張っている!
 
「やめて、やめて! 毛がぬけちゃう~!」
 
 悲鳴をあげて逃げようとしたが、赤ん坊の握力が意外に強く、抜け出せない。しかも子狼の俺の体長は赤ん坊と同じくらいのサイズだ。
 ローズは引っ張った尻尾を口に入れようとしている!
 
「たべないでー!」
 
 うぎゃああああ!
 
「小さな子供同士のじゃれあいは、見ていて微笑ましいな」
「兄たんたすけて!」
 
 誰もかれもニコニコするばかりで助けてくれなかった。
 おかげで俺の尻尾は赤ん坊のヨダレでべとべとだ。
 あああ、ふさふさ尻尾があ。
 
 ウォルト兄に近くの川へ連れていってもらって氷水で身体を洗った後、俺たちは久しぶりに集まって家族一緒に就寝した。
 里帰り、満喫したぜ。
 
 
 
 お肌つやつやの尻尾ふさふさになって、俺は兄狼と領事館に帰還した。
 すっかりご機嫌になったローズを、ミカに返却する。
 
「ゼフィーーっ!」
 
 帰って早々、ティオが泣きながら俺に抱き着いてきた。
 子狼の姿だと抱きつぶされるので、人間に変身して押し戻す。
 
「突然、何? どうしたんだよ?」
「アールフェスがっ!」
 
 死んだアールフェスの亡霊でも出たの?
 
「生きてた!」
「え?」
 
 驚く俺の前に、ティオを追ってきたらしい黒髪の青年が現れる。
 決まり悪そうな表情で遠慮がちに立つアールフェス。
 彼は少し迷っていたようだが、覚悟を決めたように俺を見て、つかつかと歩み寄ってきた。
 そして、いきなりガバっとしゃがみこんで、地面に頭を叩きつける。
 
「……セイル・クレール殿。私の助命には、あなたの言葉添えがあったと聞きました。大変お世話になりました。この御恩は一生忘れません!」
「ほええ?」
 
 聞きなれない敬語で、何を言われたか理解できなかった。
 ぽかーんとする俺の前で再び立ち上がったアールフェスは。
 
「礼は言ったからな!」
 
 と俺を睨みつけると、身をひるがえす。
 彼は赤面して恥ずかしいのを我慢しているようだった。顔を見られたくないのか、高速で去っていこうとしている。
 
「い、今の、なんだったの?」
「ゼフィ、アールフェスを助けてくれてありがとうー。やっぱりゼフィはすごいや!」
 
 ティオはやたら感動してるけど、俺は何が何だか分かりません。
 ただアールフェスは旅人の恰好をしていて、これからどこかへ旅立とうとしていることだけは分かった。
 
「……アールフェス、俺の名前、ゼフィだから。またな!」
 
 扉の向こうに消えたアールフェスが聞いていたかは分からない。
 でも、生きていて良かったな。
 世界は広いけど狭いから、いつかきっとまた、会って話ができるだろう。
 
 
感想 107

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

虐げられた前王の子に転生しましたが、マイペースに規格外でいきます!

竜鳴躍
ファンタジー
気が付いたら転生していました。 でも王族なのに、離宮に閉じ込められたまま。学校も行けず、家庭教師もつけてもらえず、世話もされず。社交にも出られず。 何故なら、今の王様は急逝した先代の陛下……僕の父の弟だから。 王様夫婦には王子様がいて、その子が次期王太子として学校も行って、社交もしている。 僕は邪魔なんだよね。分かってる。 先代の王の子を大切に育てたけど、体が弱い出来損ないだからそのまま自分の子が跡を継ぎますってしたいんだよね。 そんなに頑張らなくても僕、王位なんていらないのに~。 だって、いつも誰かに見られていて、自分の好きなことできないんでしょ。 僕は僕の好きなことをやって生きていきたい。 従兄弟の王太子襲名の式典の日に、殺されちゃうことになったから、国を出ることにした僕。 だけど、みんな知らなかったんだ。 僕がいなくなったら困るってこと…。 帰ってきてくれって言われても、今更無理です。 2026.03.30 内容紹介一部修正

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。