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地底の迷宮
89 友達はずっと友達です
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混乱した戦況に容赦なく踏み込んできたのは、巨大な馬の石像だった。
ヒヒンといななく素振りを見せ、上体を起こして溜めた後に、鋼鉄の蹄が付いた前脚を勢い良く俺たちの上に落としてくる。
「危ない!」
イヴァンが警告の声を上げたが、俺は動かなかった。
片手で馬の蹄を受け止める。
俺と馬の石像の間で空間に衝撃が走り、風が吹いた。
「……凍れ!」
筋力で巨大な石像の攻撃を受け止めた訳じゃない。
魔法の力だ。
時の属性を混ぜた氷の魔法で、馬の石像の動作を停止させる。
パキパキ……。
小枝が折れるような音と共に、俺の手から発生した冷気が氷の蔦となって石像を這い始めた。
石像は抵抗するように身をよじるが、氷の魔法は容赦なく侵食する。
あっという間に石像は動かなくなった。
「さて……と」
一番大きな敵は片付いた。
唖然としているイヴァンやトーマスを確認してから、ルーナを振り返る。
「どうする?」
「っつ」
ルーナは唇を噛み締める。
ルーナを乗せたモグラ型モンスターは何故か小刻みに震えている。室温が下がって寒くなったからかな。レッドスライムは死んだ振りを始めた。
「分かったわよ、私の負けだわ! さあ結婚式でも何でもやってやろうじゃないの!」
「あー、結婚式の話は無くなったから」
「何ですって?!」
その時、ガシャンと音が鳴った。石像を倒したからか、広間の出入口が解放されたのだ。
モグラとレッドスライムは出入口から一目散に逃げていった。
「……バーガーさんの依頼で俺たちを襲ったというのは、本当なのか」
険しい顔をしたイヴァンが、尻餅を付いたトーマスの襟首をつかんで詰めよっている。
俺はイヴァンの剣幕を不思議に思った。
「どうしたの、イヴァン?」
「バーガー市長は、俺の酒場に出資してくれているんだ。依頼が嘘だと良いんだが」
イヴァンは深刻そうな様子だ。
「俺たちは地上に帰るんだから、別に酒場のこともバーガーさんのことも気にしなくていいんじゃないか?」
それとも、本気で地下に永住するつもりなのだろうか。
頭の後ろで腕を組んで気楽に言った俺に、イヴァンは溜め息をついた。
トーマスの襟首を離す。
「考えさせてくれ……」
自由になったトーマスは「覚えてろよー!」と捨て台詞を残して、迷宮の奥へ駆け去っていった。
「あ」
「ん?」
ルーナが馬の石像を指差して目を丸くする。
振り返ると、馬の石像にヒビが入り、ピシピシと割れるところだった。
一度勢いが付くと崩壊は止まらない。
あっという間に石像は瓦礫の山になる。
「カギ、ハッケン!」
エムリットが瓦礫の上でピョンピョンする。
俺は瓦礫の中から青い石が付いた金の鍵を発見した。
「これ……」
「氷結監獄の奥で使うやつだな」
イヴァンが鍵を見て微笑んだ。
よっしゃ、地上にまた一歩近付いたぜ!
エムリットの案内で、俺たちは蔓草聖堂から無事脱出し、迷宮都市ニダベリルに戻ってきた。
ルーナは何事も無かったような顔をして、元通り俺たちに同行している。ローズの面倒を見てくれてるから、まあいいか……。
「イヴァンのやつ、大丈夫かな……」
俺は宿屋の部屋の窓のふちに両腕を置き、腕に頭を載せて、窓の外を眺めた。
窓の外は、深くて暗い峡谷に面している。
光り苔が生えた岩の間に透明な水が流れているのが見えた。
湿った冷たい風が、頬をくすぐる。
「彼、酒場のこともバーガーさんのことも、気にしてるんじゃないかしら」
ローズのオムツを替えながら、ルーナが言った。
「何十年もここ、ニダベリルで暮らしてきたんでしょ。その関係を急に断てと言われても、迷うのは当然だわ」
俺は驚愕した。
「ルーナがまともなことを言ってる……!」
「失礼ね! 私はあんたと違って大人なのよ」
ルーナはぷんぷん怒った。
大人はモグラのモンスターに乗って追いかけてきたりしません。
「……ゼフィ!」
突然、部屋の扉を開いて、噂のイヴァンが飛び込んでくる。
彼は何故か焦った様子で肩で息をしていた。
「バーガーさんと会ってきた。バーガーさんはゼフィのことを、邪神だと言っている」
「は? 何だって?」
「トーマスがそう報告したらしい。どう見ても尋常じゃない魔法の使い手で、人間ではないだろう、と」
そりゃ神獣だもん。でも、だからってなんで、邪神ということになるんだよ。
「市長は兵士を派遣して、君を捕まえると言っていた。俺は、協力するよう言われたけど、引き受けた振りをして帰ってきたんだ」
迷宮都市ニダベリルは、安全な場所では無くなったらしい。
俺は立ち上がって荷物をまとめ始めた。
「イヴァンはどうする?」
「俺は酒場に残る」
「!!」
イヴァンは悩んでいる気配があったが、きっぱり答えてきた。
「えー、お前が来てくれないと困るんだけどなー」
俺は唇を尖らせる。
このままじゃ、正体を教えずじまいになるじゃないか。
それは少し寂しいな。
「困らないだろ。君は強い。俺がいなくても迷宮を攻略できる」
「買いかぶり過ぎだよ。案内役がいないと、どっちに行ったらいいか分からない」
とんとん拍子に行ってるように見えるのは、イヴァンに会えたからだ。
彼の案内が無かったら、ニダベリルで途方に暮れていただろう。
「それは……とにかく、追手が来る前にここを離れた方が良い」
イヴァンは困ったように視線を逸らし、俺を急かす。
ルーナに赤ん坊ローズを抱えてもらい、エムリットは跳ねるに任せて、俺は酒場に降り外に出ようとした。
店の前に大地小人たちが集まっている。
「待て!」
アーマーとヘルメットを着て長槍斧を持った大地小人の兵士が、俺たちを通せんぼした。
イヴァンが「手配が早すぎる。兵士が来る前に君たちを逃がそうと思ってたのに」と悔しそうに言う。
「市長の元に一緒に来てもらおう!」
「断る」
俺は一言で切って捨てた。
バーガーさんは既にトーマスを介して俺たちを殺そうとしている。そんな奴のところに顔を出しに行く気にはなれない。
店の前は見物の人や兵士でいっぱいで、彼らを避けて出ていくのは難しそうだった。
強引に突破できなくもないけど、一般の人を怪我させるのはなあ。
「坊主、行け!」
その時、大地小人のおっさんの一団が進み出て、俺たちを守るように兵士の前に立った。
「我ら飲んだくれ同盟は坊主の味方だ!」
「どうして……」
「たとえ正体が邪神だろうが人間だろうが、関係ない! 酒を酌み交わした坊主は、俺たち大地小人の心の友だ!」
おっさんの一人が俺に向かって親指を立てる。
格好いいぜ、おっさん!
おっさんはイヴァンに向かって叫んだ。
「イヴァン、坊主と行け!」
「お、俺は酒場の運営が……」
「思い出せイヴァン。お前は何のために酒場を始めた? 同じ迷い人を支援するというのは建前で、地上に帰るための情報を集めていたんだろう!」
「!!」
イヴァンはぐっと歯を食いしばって一瞬、泣きそうな表情になった。
「お前の酒が飲めなくなるのは残念だ。だが俺たちは真の友! 真の友は、友の行く道をさえぎったりはしない!」
「……馬鹿やろう」
吐き捨てたイヴァンは笑顔になる。
「お前たちと飲んだ酒は忘れない!」
「その意気だ。行け、旅人たちよ! もう迷い込んでくるんじゃないぞ!」
飲んだくれ同盟のおっさんたちは、兵士や見物人を押し返して、俺たちのために道を作ってくれる。
人垣の間を俺たちは進んだ。
「頑張れよ! 迷宮をクリアしてくれ!」
大地小人の中に混じる、迷い人と思われる人間が俺たちに呼び掛けてきた。
「お前らのおかげで氷結監獄から解放されたんだ。ありがとう!」
「地上への道を見つけてくれ!」
冷たいばかりじゃない。
応援の声に俺は心が温かくなる。
手を振り返したいのを我慢して、小走りで人混みを脱出する。
先導するイヴァンが背中を見せたまま言った。
「最後の鍵はおそらく、南の時計地獄にある!」
よし、さっさと鍵を手に入れて、地上に戻るぞ!
ヒヒンといななく素振りを見せ、上体を起こして溜めた後に、鋼鉄の蹄が付いた前脚を勢い良く俺たちの上に落としてくる。
「危ない!」
イヴァンが警告の声を上げたが、俺は動かなかった。
片手で馬の蹄を受け止める。
俺と馬の石像の間で空間に衝撃が走り、風が吹いた。
「……凍れ!」
筋力で巨大な石像の攻撃を受け止めた訳じゃない。
魔法の力だ。
時の属性を混ぜた氷の魔法で、馬の石像の動作を停止させる。
パキパキ……。
小枝が折れるような音と共に、俺の手から発生した冷気が氷の蔦となって石像を這い始めた。
石像は抵抗するように身をよじるが、氷の魔法は容赦なく侵食する。
あっという間に石像は動かなくなった。
「さて……と」
一番大きな敵は片付いた。
唖然としているイヴァンやトーマスを確認してから、ルーナを振り返る。
「どうする?」
「っつ」
ルーナは唇を噛み締める。
ルーナを乗せたモグラ型モンスターは何故か小刻みに震えている。室温が下がって寒くなったからかな。レッドスライムは死んだ振りを始めた。
「分かったわよ、私の負けだわ! さあ結婚式でも何でもやってやろうじゃないの!」
「あー、結婚式の話は無くなったから」
「何ですって?!」
その時、ガシャンと音が鳴った。石像を倒したからか、広間の出入口が解放されたのだ。
モグラとレッドスライムは出入口から一目散に逃げていった。
「……バーガーさんの依頼で俺たちを襲ったというのは、本当なのか」
険しい顔をしたイヴァンが、尻餅を付いたトーマスの襟首をつかんで詰めよっている。
俺はイヴァンの剣幕を不思議に思った。
「どうしたの、イヴァン?」
「バーガー市長は、俺の酒場に出資してくれているんだ。依頼が嘘だと良いんだが」
イヴァンは深刻そうな様子だ。
「俺たちは地上に帰るんだから、別に酒場のこともバーガーさんのことも気にしなくていいんじゃないか?」
それとも、本気で地下に永住するつもりなのだろうか。
頭の後ろで腕を組んで気楽に言った俺に、イヴァンは溜め息をついた。
トーマスの襟首を離す。
「考えさせてくれ……」
自由になったトーマスは「覚えてろよー!」と捨て台詞を残して、迷宮の奥へ駆け去っていった。
「あ」
「ん?」
ルーナが馬の石像を指差して目を丸くする。
振り返ると、馬の石像にヒビが入り、ピシピシと割れるところだった。
一度勢いが付くと崩壊は止まらない。
あっという間に石像は瓦礫の山になる。
「カギ、ハッケン!」
エムリットが瓦礫の上でピョンピョンする。
俺は瓦礫の中から青い石が付いた金の鍵を発見した。
「これ……」
「氷結監獄の奥で使うやつだな」
イヴァンが鍵を見て微笑んだ。
よっしゃ、地上にまた一歩近付いたぜ!
エムリットの案内で、俺たちは蔓草聖堂から無事脱出し、迷宮都市ニダベリルに戻ってきた。
ルーナは何事も無かったような顔をして、元通り俺たちに同行している。ローズの面倒を見てくれてるから、まあいいか……。
「イヴァンのやつ、大丈夫かな……」
俺は宿屋の部屋の窓のふちに両腕を置き、腕に頭を載せて、窓の外を眺めた。
窓の外は、深くて暗い峡谷に面している。
光り苔が生えた岩の間に透明な水が流れているのが見えた。
湿った冷たい風が、頬をくすぐる。
「彼、酒場のこともバーガーさんのことも、気にしてるんじゃないかしら」
ローズのオムツを替えながら、ルーナが言った。
「何十年もここ、ニダベリルで暮らしてきたんでしょ。その関係を急に断てと言われても、迷うのは当然だわ」
俺は驚愕した。
「ルーナがまともなことを言ってる……!」
「失礼ね! 私はあんたと違って大人なのよ」
ルーナはぷんぷん怒った。
大人はモグラのモンスターに乗って追いかけてきたりしません。
「……ゼフィ!」
突然、部屋の扉を開いて、噂のイヴァンが飛び込んでくる。
彼は何故か焦った様子で肩で息をしていた。
「バーガーさんと会ってきた。バーガーさんはゼフィのことを、邪神だと言っている」
「は? 何だって?」
「トーマスがそう報告したらしい。どう見ても尋常じゃない魔法の使い手で、人間ではないだろう、と」
そりゃ神獣だもん。でも、だからってなんで、邪神ということになるんだよ。
「市長は兵士を派遣して、君を捕まえると言っていた。俺は、協力するよう言われたけど、引き受けた振りをして帰ってきたんだ」
迷宮都市ニダベリルは、安全な場所では無くなったらしい。
俺は立ち上がって荷物をまとめ始めた。
「イヴァンはどうする?」
「俺は酒場に残る」
「!!」
イヴァンは悩んでいる気配があったが、きっぱり答えてきた。
「えー、お前が来てくれないと困るんだけどなー」
俺は唇を尖らせる。
このままじゃ、正体を教えずじまいになるじゃないか。
それは少し寂しいな。
「困らないだろ。君は強い。俺がいなくても迷宮を攻略できる」
「買いかぶり過ぎだよ。案内役がいないと、どっちに行ったらいいか分からない」
とんとん拍子に行ってるように見えるのは、イヴァンに会えたからだ。
彼の案内が無かったら、ニダベリルで途方に暮れていただろう。
「それは……とにかく、追手が来る前にここを離れた方が良い」
イヴァンは困ったように視線を逸らし、俺を急かす。
ルーナに赤ん坊ローズを抱えてもらい、エムリットは跳ねるに任せて、俺は酒場に降り外に出ようとした。
店の前に大地小人たちが集まっている。
「待て!」
アーマーとヘルメットを着て長槍斧を持った大地小人の兵士が、俺たちを通せんぼした。
イヴァンが「手配が早すぎる。兵士が来る前に君たちを逃がそうと思ってたのに」と悔しそうに言う。
「市長の元に一緒に来てもらおう!」
「断る」
俺は一言で切って捨てた。
バーガーさんは既にトーマスを介して俺たちを殺そうとしている。そんな奴のところに顔を出しに行く気にはなれない。
店の前は見物の人や兵士でいっぱいで、彼らを避けて出ていくのは難しそうだった。
強引に突破できなくもないけど、一般の人を怪我させるのはなあ。
「坊主、行け!」
その時、大地小人のおっさんの一団が進み出て、俺たちを守るように兵士の前に立った。
「我ら飲んだくれ同盟は坊主の味方だ!」
「どうして……」
「たとえ正体が邪神だろうが人間だろうが、関係ない! 酒を酌み交わした坊主は、俺たち大地小人の心の友だ!」
おっさんの一人が俺に向かって親指を立てる。
格好いいぜ、おっさん!
おっさんはイヴァンに向かって叫んだ。
「イヴァン、坊主と行け!」
「お、俺は酒場の運営が……」
「思い出せイヴァン。お前は何のために酒場を始めた? 同じ迷い人を支援するというのは建前で、地上に帰るための情報を集めていたんだろう!」
「!!」
イヴァンはぐっと歯を食いしばって一瞬、泣きそうな表情になった。
「お前の酒が飲めなくなるのは残念だ。だが俺たちは真の友! 真の友は、友の行く道をさえぎったりはしない!」
「……馬鹿やろう」
吐き捨てたイヴァンは笑顔になる。
「お前たちと飲んだ酒は忘れない!」
「その意気だ。行け、旅人たちよ! もう迷い込んでくるんじゃないぞ!」
飲んだくれ同盟のおっさんたちは、兵士や見物人を押し返して、俺たちのために道を作ってくれる。
人垣の間を俺たちは進んだ。
「頑張れよ! 迷宮をクリアしてくれ!」
大地小人の中に混じる、迷い人と思われる人間が俺たちに呼び掛けてきた。
「お前らのおかげで氷結監獄から解放されたんだ。ありがとう!」
「地上への道を見つけてくれ!」
冷たいばかりじゃない。
応援の声に俺は心が温かくなる。
手を振り返したいのを我慢して、小走りで人混みを脱出する。
先導するイヴァンが背中を見せたまま言った。
「最後の鍵はおそらく、南の時計地獄にある!」
よし、さっさと鍵を手に入れて、地上に戻るぞ!
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