13 / 19
嵐の前
幸房の昏睡
しおりを挟む
「わが子が、総理大臣だと……?」
水園寺幸房の声が、報告を終えた間壁の前で低く唸った。
部屋の灯りは薄く、書斎に置かれた一枚板の座卓の上には、湯気を失った茶が残されている。
背後の書棚には古い法学書や外交資料がぎっしりと詰まり、
この部屋だけ時間が昭和から止まっているかのようだった。
「はい。門関が密かに義光様を――料亭『夕凪』にて。内容は“総裁選に出馬しろ”。
しかも、その後見人は門関自身とのことです」
「門関が……」
幸房は重いまぶたを閉じると、わずかに肩を震わせた。
胸の奥に、鋭い棘が刺さる感覚があった。
(あやつ、ついにここまで踏み込んできたか。
わしを飛び越え、息子を……)
「わしを通さずに、息子に近づいたか。
親と子の間にさえ、楔を打ち込むか――門関幸太郎、あやつ……」
間壁は静かにうなずく。
長年仕えてきた主の怒りを、あえて制止することはしない。
(この人は、息子を守るためなら何だってやる……。
だが今日は、何か空気が重い)
「義光が、あやつの操り人形になるとは思いたくはないが……」
そのときだった。
――ガシャンッ!
背後の窓ガラスが小さくきしみ、薄暗い障子が震えた。
振り向く間もなく、部屋の奥に影が滑り込む。
間壁の背筋に冷たいものが走った。
「……誰だ」
返事の代わりに、障子が少し開き、そこから押し込まれるようにして黒い影が広がった。
間壁が腰の拳銃に手をかけるより早く、襖の向こうから重い足音が近づく。
「よう、間壁。……ひさしぶりだな」
低く湿った声が、闇を裂くように響いた。
「くっ……何者だ!」
「かっかっか、まあ落ち着け。裏切りじゃねぇ。
あんたの主君、義光さんのためよ」
扉が無理やり押し開けられ、大男が姿を現す。
その体躯は幸房の頭より三つは高く、スーツの肩は引き裂けそうなほど膨れている。
汗と革靴の匂いが一気に部屋に流れ込んだ。
「……門関の子飼いか」
間壁が立ち上がろうとした瞬間、巨漢の足が素早く滑り込み、脛を抑えつけられる。
「ぐっ……!」
幸房は立ち上がりかけたが、足元の座布団につまずき、
柱に側頭部を強くぶつけ、そのまま崩れ落ちた。
「か、幸房様!」
「おっと……勝手に転んで逝っちまったな。
ま、いいか。これで十分」
巨漢は床に倒れた幸房を見下ろし、しゃがみこんで耳元に囁く。
その声は、氷のように冷たかった。
「もう、おねんねしててくれりゃいい。……あんたの時代は終わったんだよ」
間壁が駆け寄ろうとするも、分厚い腕で押し戻され、背中を畳に叩きつけられる。
「幸房さん、すまねえな」
巨漢は立ち上がり、革手袋をゆっくりとはめ直した。
「あんたがいつまでも口を出すから、義光さんの道が開けねえんだ。
……これで黙っててくれると助かる」
数秒後、部屋に静寂が戻ったとき、
水園寺幸房は意識を失ったまま、静かに横たわっていた。
畳の上に落ちた湯呑みの茶が、じわりと染みを広げていった。
水園寺幸房の声が、報告を終えた間壁の前で低く唸った。
部屋の灯りは薄く、書斎に置かれた一枚板の座卓の上には、湯気を失った茶が残されている。
背後の書棚には古い法学書や外交資料がぎっしりと詰まり、
この部屋だけ時間が昭和から止まっているかのようだった。
「はい。門関が密かに義光様を――料亭『夕凪』にて。内容は“総裁選に出馬しろ”。
しかも、その後見人は門関自身とのことです」
「門関が……」
幸房は重いまぶたを閉じると、わずかに肩を震わせた。
胸の奥に、鋭い棘が刺さる感覚があった。
(あやつ、ついにここまで踏み込んできたか。
わしを飛び越え、息子を……)
「わしを通さずに、息子に近づいたか。
親と子の間にさえ、楔を打ち込むか――門関幸太郎、あやつ……」
間壁は静かにうなずく。
長年仕えてきた主の怒りを、あえて制止することはしない。
(この人は、息子を守るためなら何だってやる……。
だが今日は、何か空気が重い)
「義光が、あやつの操り人形になるとは思いたくはないが……」
そのときだった。
――ガシャンッ!
背後の窓ガラスが小さくきしみ、薄暗い障子が震えた。
振り向く間もなく、部屋の奥に影が滑り込む。
間壁の背筋に冷たいものが走った。
「……誰だ」
返事の代わりに、障子が少し開き、そこから押し込まれるようにして黒い影が広がった。
間壁が腰の拳銃に手をかけるより早く、襖の向こうから重い足音が近づく。
「よう、間壁。……ひさしぶりだな」
低く湿った声が、闇を裂くように響いた。
「くっ……何者だ!」
「かっかっか、まあ落ち着け。裏切りじゃねぇ。
あんたの主君、義光さんのためよ」
扉が無理やり押し開けられ、大男が姿を現す。
その体躯は幸房の頭より三つは高く、スーツの肩は引き裂けそうなほど膨れている。
汗と革靴の匂いが一気に部屋に流れ込んだ。
「……門関の子飼いか」
間壁が立ち上がろうとした瞬間、巨漢の足が素早く滑り込み、脛を抑えつけられる。
「ぐっ……!」
幸房は立ち上がりかけたが、足元の座布団につまずき、
柱に側頭部を強くぶつけ、そのまま崩れ落ちた。
「か、幸房様!」
「おっと……勝手に転んで逝っちまったな。
ま、いいか。これで十分」
巨漢は床に倒れた幸房を見下ろし、しゃがみこんで耳元に囁く。
その声は、氷のように冷たかった。
「もう、おねんねしててくれりゃいい。……あんたの時代は終わったんだよ」
間壁が駆け寄ろうとするも、分厚い腕で押し戻され、背中を畳に叩きつけられる。
「幸房さん、すまねえな」
巨漢は立ち上がり、革手袋をゆっくりとはめ直した。
「あんたがいつまでも口を出すから、義光さんの道が開けねえんだ。
……これで黙っててくれると助かる」
数秒後、部屋に静寂が戻ったとき、
水園寺幸房は意識を失ったまま、静かに横たわっていた。
畳の上に落ちた湯呑みの茶が、じわりと染みを広げていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
