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第1巻 1期目 閉会~臨時国会前日
池山議員の危機
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その日、池山議員は上機嫌だった。
まだ1期生にすぎない彼が、民自党の副幹事長・狭間譲から、料亭での会食に招かれたからである。
「閉会中に料亭で会食……ってことは、臨時国会に向けた根回しかな?」
そうだとすれば、ただニコニコと頷くだけではチャンスをみすみす逃すことになる。
多少は渋ってみせて、自分の価値を釣り上げたい。見返りはポストか? 予算か?
夢想を膨らませながら、池山は会食の時間を心待ちにしていた。
会場は、永田町でも有名な高級料亭「夕凪」。
時間は18時きっかり。
池山は「早すぎて舐められてもいけない、遅れて無礼でも困る」と考え、17時50分ちょうどに入店した。
女将に案内されたのは、あのVIPルームだった。
「古味さんとじゃ、とても入れない部屋だな……。今度飲みに行ったとき、肴にでも話してやるか」
自分一人がVIP待遇を受けていることに、申し訳なさと優越感が入り混じる。
池山はスリッパを脱ぎ、畳の一角に座った。
やがて襖が開き、副幹事長・狭間譲が現れた。
その後ろには、テレビでも見かける顔ぶれ――いずれも与党の重鎮と名高い2人の議員がいた。
「まあ、座りたまえ」
勧められるまま、池山は狭間の正面に座る。
豪華な鍋が中央に用意され、女将がコンロに火を入れ、熱燗を数本注文して引っ込んだ。
「……俺、こんなに偉かったっけ?」
そう思った瞬間、図に乗りかけた自分を戒めるように、太ももをそっとつねる。
だが、3人の視線は、ただ無言のまま池山に向けられていた。
「……なんか、様子が変だぞ」
池山が違和感を覚えたのは、このときだった。
「池山君、奥さんとお子さんがいたよね?」
口火を切ったのは、副幹事長の狭間だった。
「はい。妻は地元で選挙事務所を切り盛りしてます。息子も小学校に通っていて、今年で10歳に――」
「みなさんも、奥さんはお元気で?」
池山は、話を返しただけのつもりだった。だが、その返しが逆に、何かを勘繰らせたらしい。
「……何を言ってるんだ。元気に決まっているじゃないか」
やけに棘のある口調だった。
「君は、ここに呼ばれた理由に心当たりは?」
「え……? そ、それは、臨時国会に向けての調整とか……?」
「そう、臨時国会に向けた“調整”だよ。与党議員として、マスコミに突かれて議事進行を妨げるような真似はしないでくれ」
狭間の声が、低く鋭く響いた。
池山の頭が追いつく前に、隣の議員が一枚の写真を差し出してきた。
――そこには、キャバ嬢・アインに肩を抱かれて議員宿舎に入っていく自分の姿が、鮮明に写っていた。
「……議員宿舎に、キャバ嬢を呼ぶのは……やめてもらいたい」
狭間の語調は、明確な“警告”だった。
言い返したい気持ちはあった。
あの日は泥酔していて、運んでもらっただけ。不可抗力だ。
だが、それ以前に――普段から呼んでいた自覚がある。反論はできなかった。
「まあ……この程度じゃ、記事にはならんだろうがな」
狭間の口調には、**“君程度じゃ週刊誌も見向きしない”**という皮肉が込められていた。
それを池山は真正面から受け取ってしまった。
「確かに……“国会議員複数でソープ貸切乱交”とかでもしないと、記事には……」
「そういう意味じゃない!」
狭間の声が跳ね上がった。空気がぴしりと張り詰める。
「……さっきも確認したが、君には妻子がいるんだぞ? これは浮気じゃないか。
しかも、議員宿舎でだ」
「キャバ嬢のお持ち帰りなんて誰にでもあることだが……とにかく、議員宿舎に呼ぶのはやめてくれ」
副幹事長が語尾を強めて言い切ると、もう一人の議員が口を挟んだ。
「……このあたり、ラブホテルもあるだろうに」
池山は愕然とした。
ラブホテル――それこそ、“やること前提”ではないか。
そんな軽い関係じゃない。遊びの女じゃない。
胸が苦しくなり、思わず口をついて出た。
「私は……本気です」
静まり返る部屋。3人の議員が揃って声をあげた。
「なんだって……?」
「本気……だと?」
「まさか、奥さんと別れて、キャバ嬢と結婚でもするつもりか?」
「現職の国会議員が、前代未聞だ!」
「……ともかく、今回は党からの厳重注意とする」
狭間の口調がさらに重くなる。
「よく考えて行動しろ。失うのは議員バッジだけじゃ済まなくなるぞ」
場が沈黙に包まれる中、女将が熱燗を運んできた。
だが、狭間ら3人は、もはや箸もつけず、立ち上がって席を後にした。
「――料理は君が食べていい。もったいないしな」
襖が乱暴に開閉され、池山はVIPルームに一人取り残された。
「……そ、そんな、4人分も食えるわけないだろ……」
それはどうでもいいことだった。
池山は膝を抱え、静かに俯いた。
その頬を、一筋の涙が伝った。
まだ1期生にすぎない彼が、民自党の副幹事長・狭間譲から、料亭での会食に招かれたからである。
「閉会中に料亭で会食……ってことは、臨時国会に向けた根回しかな?」
そうだとすれば、ただニコニコと頷くだけではチャンスをみすみす逃すことになる。
多少は渋ってみせて、自分の価値を釣り上げたい。見返りはポストか? 予算か?
夢想を膨らませながら、池山は会食の時間を心待ちにしていた。
会場は、永田町でも有名な高級料亭「夕凪」。
時間は18時きっかり。
池山は「早すぎて舐められてもいけない、遅れて無礼でも困る」と考え、17時50分ちょうどに入店した。
女将に案内されたのは、あのVIPルームだった。
「古味さんとじゃ、とても入れない部屋だな……。今度飲みに行ったとき、肴にでも話してやるか」
自分一人がVIP待遇を受けていることに、申し訳なさと優越感が入り混じる。
池山はスリッパを脱ぎ、畳の一角に座った。
やがて襖が開き、副幹事長・狭間譲が現れた。
その後ろには、テレビでも見かける顔ぶれ――いずれも与党の重鎮と名高い2人の議員がいた。
「まあ、座りたまえ」
勧められるまま、池山は狭間の正面に座る。
豪華な鍋が中央に用意され、女将がコンロに火を入れ、熱燗を数本注文して引っ込んだ。
「……俺、こんなに偉かったっけ?」
そう思った瞬間、図に乗りかけた自分を戒めるように、太ももをそっとつねる。
だが、3人の視線は、ただ無言のまま池山に向けられていた。
「……なんか、様子が変だぞ」
池山が違和感を覚えたのは、このときだった。
「池山君、奥さんとお子さんがいたよね?」
口火を切ったのは、副幹事長の狭間だった。
「はい。妻は地元で選挙事務所を切り盛りしてます。息子も小学校に通っていて、今年で10歳に――」
「みなさんも、奥さんはお元気で?」
池山は、話を返しただけのつもりだった。だが、その返しが逆に、何かを勘繰らせたらしい。
「……何を言ってるんだ。元気に決まっているじゃないか」
やけに棘のある口調だった。
「君は、ここに呼ばれた理由に心当たりは?」
「え……? そ、それは、臨時国会に向けての調整とか……?」
「そう、臨時国会に向けた“調整”だよ。与党議員として、マスコミに突かれて議事進行を妨げるような真似はしないでくれ」
狭間の声が、低く鋭く響いた。
池山の頭が追いつく前に、隣の議員が一枚の写真を差し出してきた。
――そこには、キャバ嬢・アインに肩を抱かれて議員宿舎に入っていく自分の姿が、鮮明に写っていた。
「……議員宿舎に、キャバ嬢を呼ぶのは……やめてもらいたい」
狭間の語調は、明確な“警告”だった。
言い返したい気持ちはあった。
あの日は泥酔していて、運んでもらっただけ。不可抗力だ。
だが、それ以前に――普段から呼んでいた自覚がある。反論はできなかった。
「まあ……この程度じゃ、記事にはならんだろうがな」
狭間の口調には、**“君程度じゃ週刊誌も見向きしない”**という皮肉が込められていた。
それを池山は真正面から受け取ってしまった。
「確かに……“国会議員複数でソープ貸切乱交”とかでもしないと、記事には……」
「そういう意味じゃない!」
狭間の声が跳ね上がった。空気がぴしりと張り詰める。
「……さっきも確認したが、君には妻子がいるんだぞ? これは浮気じゃないか。
しかも、議員宿舎でだ」
「キャバ嬢のお持ち帰りなんて誰にでもあることだが……とにかく、議員宿舎に呼ぶのはやめてくれ」
副幹事長が語尾を強めて言い切ると、もう一人の議員が口を挟んだ。
「……このあたり、ラブホテルもあるだろうに」
池山は愕然とした。
ラブホテル――それこそ、“やること前提”ではないか。
そんな軽い関係じゃない。遊びの女じゃない。
胸が苦しくなり、思わず口をついて出た。
「私は……本気です」
静まり返る部屋。3人の議員が揃って声をあげた。
「なんだって……?」
「本気……だと?」
「まさか、奥さんと別れて、キャバ嬢と結婚でもするつもりか?」
「現職の国会議員が、前代未聞だ!」
「……ともかく、今回は党からの厳重注意とする」
狭間の口調がさらに重くなる。
「よく考えて行動しろ。失うのは議員バッジだけじゃ済まなくなるぞ」
場が沈黙に包まれる中、女将が熱燗を運んできた。
だが、狭間ら3人は、もはや箸もつけず、立ち上がって席を後にした。
「――料理は君が食べていい。もったいないしな」
襖が乱暴に開閉され、池山はVIPルームに一人取り残された。
「……そ、そんな、4人分も食えるわけないだろ……」
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