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生方蒼甫の譚

質問準備

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 慌てて隣のモースを確認する。

「なんじゃ。そんな顔して」

 至って普通のモースだ。再度天命の書板(タブレット)を覗き込むが、そこに映るモースの顔も、隣にいる顔と変わりない。

「どうした?顔色が悪いぞ」
「いや、あ、ああ」
 まだ肌が粟立っている。さっきの顔は何だ。それに「生方先生」って。確かに奴はそう言った。なぜ?

「疲れておるようじゃな。しっかりと休むがよい」
「ああ、そうさせてもらうよ」

 モースの横から立ち上がると、視線を合わせずに墓地を出る。今モースと視線を合わせるとさっきの顔になっていそうな気がしたからだ。
 
 墓地から家への帰り道、やたらときれいな空を見上げながら考える。
 ここ最近ずっとログインしっぱなしだ。そろそろログアウトしたいところだが、そんな気持ちにはなれない。気味が悪くて仕方ない。
 

 仕方ない。もう一度テンスの所に行ってみるか。

 ゴードンと話した時感じたのは純粋に「この世界に生きる住人」といった印象だった。特に経歴を偽る素振りもなく、こちらの現実世界に絡めた質問に対して何一つ引っかかることなく素直に答えていた。あれを演じているとはとても思えなかった。とはいうものの、息を吐くように嘘をつく人種も少なからず存在する。俺も平気で嘘つくしな。まあ、すぐばれるけど。それから思えば、嘘偽りが全くないかどうかは正直なところ分からない。もっと事例が欲しい。

 その点、テンスは色々と抜けてそうだった。あのステータスでいきり散らしてくるあたり、かなりの馬鹿野郎と見た。こっちがカマをかければ簡単に引っかかるんじゃなかろうか。

 それにあれだけのお仕置きを喰らって、テンスの心が折れていないかも心配だ。その確認もかねて行ってみるか。


 ……


 ヨウトから転移した先はテンスの農場だったあたりだ。今は超合金(イモータライト)でつるっつるになっている。アイスリンクみたいだな。これ。なんか別の利用価値がありありそうだけど。

 遠くにはウルサンの町灯りだろう。夜中にもかかわらずにぎわっている様子がうかがえる。
 てらってらにまっ平になっている元畑の上を歩きながらテンスを探す。

 あ、あいつ町で宿取ってるかな。普通に考えればそうだよね。こんなところで眠れるわけないし。しくったなぁ。と、思ってたらそうでもなかった。

 ウルサンの町灯りを背景にぼそぼそ語り合う集団がいる。

 テンスたちだ。たぶん。

 この暗闇で急に近づいたら、あいつらショック死しそうだな。ちょっと遠くから声かけてやるか。

「おーい。テンス!生きてるかぁ!」

「……」

 なんか言ってるな。

「……ぁ」

「…ぃ…ゃ…ぁ」

「なんだってぇ?」
 もう一度大声で叫んでみる。

「何しにきやがったぁっつってんだろ!?俺たちにとどめを刺す気かぁ!ちきしょう!こうなったら自棄だ!みんな!やっちまう……」

「まあ、まあ。待て待て。ティンクルバリア」

 一応ね。俺もサトシのおかげで防御力異常に上がってるけど、ローブが焦げると嫌だし。

「ファイアボール!!!」

「だから待てって。デスペル!」
 テンスの手から飛び出そうとしていた火の玉が消える。

「なんだ!!なんなんだよ!お前たちは!」

「まあ、落ち着けって。別に取って喰いはしねぇよ。……そういやお前ら飯は食ったのか?」

「うるせぇな!向こうに行きやがれ!」
 ああ、こんな状況じゃ食うものもまともにゃないよな。屋敷は粉みじんだし。従業員のステータスは軒並み1だし。今野菜引っこ抜いてもまともなものは収穫できそうにないな。
 そういや。俺の腰袋に干し肉入れてたな。

「なあ、これ食うか?」

「「「「!?」」」」」

 そこに居並ぶテンス以下手下一同干し肉に視線が釘付けになる。あれから何も食ってないんだろうなぁ。かわいそうに。

「お前からは施しは受けねぇ!」
「テンスさん!」
「まあまあ、だから落ち着けって。サトシがやったことはやりすぎだと思ってるよ。まあ、あいつにはあいつなりの事情もあるしな。お前だって多少は因果応報だと思ってんじゃねぇのか?」

「……」

「あー。ちょっと待ってろ。あ、そうそう」
 俺は、かかとで地面に線を引く

「こっから向こう側には、俺が戻ってくるまで絶対に入ってくんなよ。良いな!わかったか?返事は?」

「「「「「は、はい!」」」」」
 従業員ズは従順になってるな。たぶんサトシのせいだろう。

 俺は地面に引いた線の向こう側に行き、エンドゥに転移する。

「うわぁ!」
 転移するときにテンスたちの叫び声が聞こえた気がするが気にしない。

 ……

 エンドゥの町も多少にぎわっているようだ。こんな夜遅くでも店からにぎやかな声が聞こえてくる。

 が、そんな中でもさみしげな店がある。あの女将の店だ。

 まあ、ちょうどいいな。


「おい。邪魔するよ」

「なんだい。珍しいね。町の救世主じゃないか」
 なんだよその呼び方。町の人間で統一しろよ。まあどうでもいいけど。

「なあ、食いモンあるか?」
「ああ、どんなのがいい?」
「体があったまる奴がいいな。ちょっと肌寒いからな」
「そうだね。シチューならあるけど。それにするかい?」
「ああ、それを鍋ごともらえねぇか?できれば皿とスプーンももらえるか?」
「なんだい。あんた一人で何する気だい?」
「いや、これから大勢で酒盛りをしようと思ってよ。で、あと酒とジョッキももらえると助かる。食器分も金は出すからよ」
 俺はカウンターに50リル銅貨二枚ほど放り投げる。それを見て女将は急に立ち上がった。
「なんだい。意外に気前がいいじゃないか。わかったよ。でもあんた一人で運べるのかい?」
「そりゃ何とかなるさ。一応魔導士なんでな。ああ、すまねぇが、このテーブルとイス退けてくんねぇか。ちょっと広いスペースが欲しい。で、其処に全部置いてくれ」
「人使いが荒いね。まあ、金さえ払ってもらえばこっちは文句言わないけどさ」
 言ってる気がするが……まあ、いいか。
 女将はなんやかんやとぶつくさ言いながらも、シチューの入った寸胴と皿、スプーン、酒樽、ジョッキを床に並べ、イスやテーブルを退けてくれた。

「これでいいのかい?」
「あ、あとお玉」
「ああ、それも要るのかい。もってけ泥棒」
 いや、金払いましたけど。

「まあいいや、もしかしたら追加を頼みに来るかもしれねぇから、このスペースは開けといてくれ」
「あいよ。次は幾らくれるんだい?」
「さっきので足りるだろうが。この業突張りが!」
「こっちも商売なんでね」
 け、まあいいか。目の前の料理と酒を含めてテンス邸跡地に向かう。


 ……


「うわぁ!!」
 またかよ。慣れろよ。
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