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第4章 遠回しな拒絶
遠回しな拒絶Ⅲ
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そこまで考えて気がついた。リュシアンの真顔を見ていないのだ。にこにこと笑顔を振りまいているばかりで、何を考えているのか分からない。誰に好意を抱いているのか真意が見えない。
顔を赤らめるルシアとアメリアを尻目に、ミレイユはリュシアンと仲を深めようと会話を重ねる。
「この白薔薇は裏庭のものですか?」
「ええ、そうですよ。もう裏庭はご覧になりましたか?」
「はい! 手入れの行き届いている、とても素敵な庭だと思います」
「ありがとうございます。庭師も喜ぶでしょう」
ミレイユは嬉しそうに目を細めているけれど、リュシアンは変わらずに微笑みを湛えたままだ。
「私はいわゆる本の虫で……図書室に籠っていました」
私も話をねじ込んでみるものの、リュシアンの表情は変わらない。
「エレナは本好きですか。どのような本がお好きなのですか?」
「空想小説が好きで、暇があれば読み耽ってしまいます」
「そうですか。城で思う存分読んでくださいね」
「はい」
小さく頷くと、リュシアンはくすっと声を上げた。
私が小説に逃げた理由は至極明快だ。いつか庶民になるかもしれないという現実逃避のために読み始めた。そんな不純な動機で本好きになり、植物園にまで本を持ち込んでいる。
と、ぼんやりしている場合ではない。王太子妃選考会の真っ最中なのだから。
「ルシアの趣味は何ですか?」
「私の趣味は誇れるようなものではないのですが……地図を読むことです」
「地図? どうしてそのようなものを?」
ルシアは恥ずかしそうに目を伏せる。
「いつか世界旅行をしてみたいのです。私の知らないものがたくさん溢れる世界を見てみたいのです。地図を読んで空想に浸る……笑われるかもしれませんが、私にとっては充実した時間なのです」
私には想像の出来ない趣味だ。世界旅行なんて、王太子妃の座を射止めるまでは叶いはしないだろう。
「私は笑いませんよ。素敵な趣味です」
「えっ? あ、ありがとうございます……!」
ルシアは喜びよりも驚きを表現する。金の瞳も輝きを失わない。その純真さが彼女の魅力なのだろうな、と思う。
リュシアンは次にアメリアへと視線を向けた。
「アメリアの趣味は?」
「私は少々編み物を」
「編み物ですか。コースターなども素敵ですね」
「いえ、私は……あみぐるみを編むのです」
アメリアはほんのりと頬を赤く染める。正直言って、アメリアの顔からはあみぐるみは予想出来なかった。
ルシアが小さく吹き出したけれど、指摘はしないでおこう。
「あみぐるみですか」
「はい。隣の伯爵家の娘が喜んでもらってくれるので」
「奉仕の心ですね。他人はなかなか真似は出来ませんよ。誇ってくださいね」
「ありがとうございます」
アメリアはぺこりと一礼する。クールな見た目からの可愛らしい趣味と礼儀正しさは彼女のギャップを表していて面白い。
マナー違反を指摘されることなく、最後にケーキが運ばれてきた。輪切りのオレンジの乗ったチョコレートケーキだ。あまり甘ったるくないと良いな、と口へと運ぶ。ほろ苦さと甘さのバランスが際立っていて、思わず笑顔が零れる。
「美味しいですか?」
「はい、とても」
「それは良かった」
私の返事を聞くと、リュシアンもフォークでケーキを刺した。ちょっとした間が開くのが怖くて、すかさず話題を探す。
「殿下の趣味は何ですか?」
「私は音楽が大好きでね、ヴァイオリンが趣味ですよ」
「ヴァイオリン!?」
なんて羨ましい趣味だろう。私も音楽を志したかったけれど、楽器を購入する財力もなく、泣く泣く諦めたのだ。
リュシアンは初めて目を丸くする。それも一瞬のことで、すぐにあの微笑へと戻っていった。
「いつか、殿下が奏でるヴァイオリンを聴いてみたいです」
「そうですね。では、リサイタルでも考えておきましょう」
「やった……!」
素が出てしまいそうになり、慌てて両手を膝の上へと収めた。こんな筈ではなかったのに。熱を帯びる頬を気にしながらリュシアンを見てみると、小さくクスクスと笑っていた。
ケーキを平らげ、一息つく。そこへオーレリアがトコトコと近付いてきて、リュシアンに耳打ちをした。リュシアンとオーレリアは頷き合うと、二人でこちらに向き直る。
「そろそろお開きにしましょうか。貴女方の人となりは幾分か分かりましたから。ゆっくり休んでくださいね」
「はい。ありがとうございました」
「殿下もゆっくりお休みになられますよう」
私とミレイユが続けて感謝を伝えると、リュシアンは静かに立ち上がる。オーレリアもその後につき、会場を後にしたのだった。
「行ってしまわれた……」
ミレイユは夢でも見ているかのように扉を見て惚ける。
「リュシアン殿下……一筋縄ではいかないようですわ」
「誰に興味を持ったのか、全く分かりませんでしたね」
ルシアとアメリアも私と同じ感想を持ったのだろう。ルシアは片手を頬に当て、アメリアは顎に手を持っていき、「うーん」と唸る。ミレイユは何が問題なのかと言いたげに私たちを見渡した。
「私たちに分からずとも、殿下がきちんと考えてくだされば良いのでは?」
「それでは私たちの振舞い方が分からないでしょう」
興味を持ってくれたのであれば突き進めるし、眼中にないと分かれば手を変えられる。今の状態では、それが出来ない。
「次にお会いした時に、何か掴めれば良いのですけれど」
扉を見詰めたところで返事は返ってこない。リュシアンの作り物のような笑顔を思い返すしかなかった。
顔を赤らめるルシアとアメリアを尻目に、ミレイユはリュシアンと仲を深めようと会話を重ねる。
「この白薔薇は裏庭のものですか?」
「ええ、そうですよ。もう裏庭はご覧になりましたか?」
「はい! 手入れの行き届いている、とても素敵な庭だと思います」
「ありがとうございます。庭師も喜ぶでしょう」
ミレイユは嬉しそうに目を細めているけれど、リュシアンは変わらずに微笑みを湛えたままだ。
「私はいわゆる本の虫で……図書室に籠っていました」
私も話をねじ込んでみるものの、リュシアンの表情は変わらない。
「エレナは本好きですか。どのような本がお好きなのですか?」
「空想小説が好きで、暇があれば読み耽ってしまいます」
「そうですか。城で思う存分読んでくださいね」
「はい」
小さく頷くと、リュシアンはくすっと声を上げた。
私が小説に逃げた理由は至極明快だ。いつか庶民になるかもしれないという現実逃避のために読み始めた。そんな不純な動機で本好きになり、植物園にまで本を持ち込んでいる。
と、ぼんやりしている場合ではない。王太子妃選考会の真っ最中なのだから。
「ルシアの趣味は何ですか?」
「私の趣味は誇れるようなものではないのですが……地図を読むことです」
「地図? どうしてそのようなものを?」
ルシアは恥ずかしそうに目を伏せる。
「いつか世界旅行をしてみたいのです。私の知らないものがたくさん溢れる世界を見てみたいのです。地図を読んで空想に浸る……笑われるかもしれませんが、私にとっては充実した時間なのです」
私には想像の出来ない趣味だ。世界旅行なんて、王太子妃の座を射止めるまでは叶いはしないだろう。
「私は笑いませんよ。素敵な趣味です」
「えっ? あ、ありがとうございます……!」
ルシアは喜びよりも驚きを表現する。金の瞳も輝きを失わない。その純真さが彼女の魅力なのだろうな、と思う。
リュシアンは次にアメリアへと視線を向けた。
「アメリアの趣味は?」
「私は少々編み物を」
「編み物ですか。コースターなども素敵ですね」
「いえ、私は……あみぐるみを編むのです」
アメリアはほんのりと頬を赤く染める。正直言って、アメリアの顔からはあみぐるみは予想出来なかった。
ルシアが小さく吹き出したけれど、指摘はしないでおこう。
「あみぐるみですか」
「はい。隣の伯爵家の娘が喜んでもらってくれるので」
「奉仕の心ですね。他人はなかなか真似は出来ませんよ。誇ってくださいね」
「ありがとうございます」
アメリアはぺこりと一礼する。クールな見た目からの可愛らしい趣味と礼儀正しさは彼女のギャップを表していて面白い。
マナー違反を指摘されることなく、最後にケーキが運ばれてきた。輪切りのオレンジの乗ったチョコレートケーキだ。あまり甘ったるくないと良いな、と口へと運ぶ。ほろ苦さと甘さのバランスが際立っていて、思わず笑顔が零れる。
「美味しいですか?」
「はい、とても」
「それは良かった」
私の返事を聞くと、リュシアンもフォークでケーキを刺した。ちょっとした間が開くのが怖くて、すかさず話題を探す。
「殿下の趣味は何ですか?」
「私は音楽が大好きでね、ヴァイオリンが趣味ですよ」
「ヴァイオリン!?」
なんて羨ましい趣味だろう。私も音楽を志したかったけれど、楽器を購入する財力もなく、泣く泣く諦めたのだ。
リュシアンは初めて目を丸くする。それも一瞬のことで、すぐにあの微笑へと戻っていった。
「いつか、殿下が奏でるヴァイオリンを聴いてみたいです」
「そうですね。では、リサイタルでも考えておきましょう」
「やった……!」
素が出てしまいそうになり、慌てて両手を膝の上へと収めた。こんな筈ではなかったのに。熱を帯びる頬を気にしながらリュシアンを見てみると、小さくクスクスと笑っていた。
ケーキを平らげ、一息つく。そこへオーレリアがトコトコと近付いてきて、リュシアンに耳打ちをした。リュシアンとオーレリアは頷き合うと、二人でこちらに向き直る。
「そろそろお開きにしましょうか。貴女方の人となりは幾分か分かりましたから。ゆっくり休んでくださいね」
「はい。ありがとうございました」
「殿下もゆっくりお休みになられますよう」
私とミレイユが続けて感謝を伝えると、リュシアンは静かに立ち上がる。オーレリアもその後につき、会場を後にしたのだった。
「行ってしまわれた……」
ミレイユは夢でも見ているかのように扉を見て惚ける。
「リュシアン殿下……一筋縄ではいかないようですわ」
「誰に興味を持ったのか、全く分かりませんでしたね」
ルシアとアメリアも私と同じ感想を持ったのだろう。ルシアは片手を頬に当て、アメリアは顎に手を持っていき、「うーん」と唸る。ミレイユは何が問題なのかと言いたげに私たちを見渡した。
「私たちに分からずとも、殿下がきちんと考えてくだされば良いのでは?」
「それでは私たちの振舞い方が分からないでしょう」
興味を持ってくれたのであれば突き進めるし、眼中にないと分かれば手を変えられる。今の状態では、それが出来ない。
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