優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

文字の大きさ
9 / 50
第4章 遠回しな拒絶

遠回しな拒絶Ⅲ

しおりを挟む
 そこまで考えて気がついた。リュシアンの真顔を見ていないのだ。にこにこと笑顔を振りまいているばかりで、何を考えているのか分からない。誰に好意を抱いているのか真意が見えない。
 顔を赤らめるルシアとアメリアを尻目に、ミレイユはリュシアンと仲を深めようと会話を重ねる。

「この白薔薇は裏庭のものですか?」

「ええ、そうですよ。もう裏庭はご覧になりましたか?」

「はい! 手入れの行き届いている、とても素敵な庭だと思います」

「ありがとうございます。庭師も喜ぶでしょう」

 ミレイユは嬉しそうに目を細めているけれど、リュシアンは変わらずに微笑みを湛えたままだ。

「私はいわゆる本の虫で……図書室に籠っていました」

 私も話をねじ込んでみるものの、リュシアンの表情は変わらない。

「エレナは本好きですか。どのような本がお好きなのですか?」

「空想小説が好きで、暇があれば読み耽ってしまいます」

「そうですか。城で思う存分読んでくださいね」

「はい」

 小さく頷くと、リュシアンはくすっと声を上げた。
 私が小説に逃げた理由は至極明快だ。いつか庶民になるかもしれないという現実逃避のために読み始めた。そんな不純な動機で本好きになり、植物園にまで本を持ち込んでいる。
 と、ぼんやりしている場合ではない。王太子妃選考会の真っ最中なのだから。

「ルシアの趣味は何ですか?」

「私の趣味は誇れるようなものではないのですが……地図を読むことです」

「地図? どうしてそのようなものを?」

 ルシアは恥ずかしそうに目を伏せる。

「いつか世界旅行をしてみたいのです。私の知らないものがたくさん溢れる世界を見てみたいのです。地図を読んで空想に浸る……笑われるかもしれませんが、私にとっては充実した時間なのです」

 私には想像の出来ない趣味だ。世界旅行なんて、王太子妃の座を射止めるまでは叶いはしないだろう。

「私は笑いませんよ。素敵な趣味です」

「えっ? あ、ありがとうございます……!」

 ルシアは喜びよりも驚きを表現する。金の瞳も輝きを失わない。その純真さが彼女の魅力なのだろうな、と思う。
 リュシアンは次にアメリアへと視線を向けた。

「アメリアの趣味は?」

「私は少々編み物を」

「編み物ですか。コースターなども素敵ですね」

「いえ、私は……あみぐるみを編むのです」

 アメリアはほんのりと頬を赤く染める。正直言って、アメリアの顔からはあみぐるみは予想出来なかった。
 ルシアが小さく吹き出したけれど、指摘はしないでおこう。

「あみぐるみですか」

「はい。隣の伯爵家の娘が喜んでもらってくれるので」

「奉仕の心ですね。他人はなかなか真似は出来ませんよ。誇ってくださいね」

「ありがとうございます」

 アメリアはぺこりと一礼する。クールな見た目からの可愛らしい趣味と礼儀正しさは彼女のギャップを表していて面白い。
 マナー違反を指摘されることなく、最後にケーキが運ばれてきた。輪切りのオレンジの乗ったチョコレートケーキだ。あまり甘ったるくないと良いな、と口へと運ぶ。ほろ苦さと甘さのバランスが際立っていて、思わず笑顔が零れる。

「美味しいですか?」

「はい、とても」

「それは良かった」

 私の返事を聞くと、リュシアンもフォークでケーキを刺した。ちょっとした間が開くのが怖くて、すかさず話題を探す。

「殿下の趣味は何ですか?」

「私は音楽が大好きでね、ヴァイオリンが趣味ですよ」

「ヴァイオリン!?」

 なんて羨ましい趣味だろう。私も音楽を志したかったけれど、楽器を購入する財力もなく、泣く泣く諦めたのだ。
 リュシアンは初めて目を丸くする。それも一瞬のことで、すぐにあの微笑へと戻っていった。

「いつか、殿下が奏でるヴァイオリンを聴いてみたいです」

「そうですね。では、リサイタルでも考えておきましょう」

「やった……!」

 素が出てしまいそうになり、慌てて両手を膝の上へと収めた。こんな筈ではなかったのに。熱を帯びる頬を気にしながらリュシアンを見てみると、小さくクスクスと笑っていた。
 ケーキを平らげ、一息つく。そこへオーレリアがトコトコと近付いてきて、リュシアンに耳打ちをした。リュシアンとオーレリアは頷き合うと、二人でこちらに向き直る。

「そろそろお開きにしましょうか。貴女方の人となりは幾分か分かりましたから。ゆっくり休んでくださいね」

「はい。ありがとうございました」

「殿下もゆっくりお休みになられますよう」

 私とミレイユが続けて感謝を伝えると、リュシアンは静かに立ち上がる。オーレリアもその後につき、会場を後にしたのだった。

「行ってしまわれた……」

 ミレイユは夢でも見ているかのように扉を見て惚ける。

「リュシアン殿下……一筋縄ではいかないようですわ」

「誰に興味を持ったのか、全く分かりませんでしたね」

 ルシアとアメリアも私と同じ感想を持ったのだろう。ルシアは片手を頬に当て、アメリアは顎に手を持っていき、「うーん」と唸る。ミレイユは何が問題なのかと言いたげに私たちを見渡した。

「私たちに分からずとも、殿下がきちんと考えてくだされば良いのでは?」

「それでは私たちの振舞い方が分からないでしょう」

 興味を持ってくれたのであれば突き進めるし、眼中にないと分かれば手を変えられる。今の状態では、それが出来ない。

「次にお会いした時に、何か掴めれば良いのですけれど」

 扉を見詰めたところで返事は返ってこない。リュシアンの作り物のような笑顔を思い返すしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫌いなあいつの婚約者

みー
恋愛
朝目が覚めると、見たことのない世界にいて?! 嫌いな幼馴染みが婚約者になっている世界に来てしまった。 どうにかして婚約を破棄しようとするけれど……?

【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔
恋愛
耳が聞こえなくなってしまったシェリー・スフィア。彼女は耳が聞こえないことを隠すため、読唇術を習得した。その後、自身の運命を変えるべく、レイヴェールという町で新たな人生を始めることを決意する。 レイヴェールで暮らし始めた彼女は、耳が聞こえなくなってから初となる友達が1人でき、喫茶店の店員として働くことも決まった。職場も良い人ばかりで、初出勤の日からシェリーはその恵まれた環境に喜び安心していた。 ところが次の日、そんなシェリーの目の前に仮面を着けた男性が現れた。話を聞くと、仮面を着けた男性は店の裏方として働く従業員だという。読唇術を使用し、耳が聞こえる人という仮面を着けて生活しているシェリーにとって、この男性の存在は予期せぬ脅威でしかない。 一体シェリーはどうやってこの問題を切り抜けるのか。果たしてこの男性の正体は……!?

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

行動あるのみです!

恋愛
※一部タイトル修正しました。 シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。 自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。 これが実は勘違いだと、シェリは知らない。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

セイレーンの家

まへばらよし
恋愛
 病気のせいで結婚を諦めていた桐島柊子は、叔母の紹介で建築士の松井卓朗とお見合いをすることになった。卓朗は柊子の憧れの人物であり、柊子は彼に会えると喜ぶも、緊張でお見合いは微妙な雰囲気で終えてしまう。一方で卓朗もまた柊子に惹かれていく。ぎこちなくも順調に交際を重ね、二人は見合いから半年後に結婚をする。しかし、お互いに抱えていた傷と葛藤のせいで、結婚生活は微妙にすれ違っていく。

恋詠花

舘野寧依
恋愛
アイシャは大国トゥルティエールの王妹で可憐な姫君。だが兄王にただならぬ憎しみを向けられて、王宮で非常に肩身の狭い思いをしていた。 そんな折、兄王から小国ハーメイの王に嫁げと命じられたアイシャはおとなしくそれに従う。しかし、そんな彼女を待っていたのは、手つかずのお飾りの王妃という屈辱的な仕打ちだった。それは彼女の出自にも関係していて……? ──これは後の世で吟遊詩人に詠われる二人の王と一人の姫君の恋物語。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...