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第1章 空を翔ける
空を翔けるⅠ
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「貴方……お待ちになってっ! 私をその船に乗せて!」
たまたま王宮に停泊していた小型の飛空船を目掛けてひた走る。私は来月に異国の王子と結婚を控えている。その縁を絶対に破談にしなくては。私は異国になんて行きたくない。
ドレスをたくし上げ、飛空船のタラップを踏んだ。しかし、同時にパニエも踏んで躓いてしまった。転がるようにして船内へと入る。
「痛た……」
「何事だ!?」
この船の持ち主だろうか。二十歳くらいの男性の短い銀髪は風に揺れている。こちらを向いた鋭い空色の瞳に息を呑んだ。まるで、本物の空――ううん、見惚れている場合ではない。
「私はこの国の王女です! この船をすぐに出して! 騎士たちが迫っていますよ!」
「王女殿下!? お、降りてください!」
「嫌です! 私が乗ったからには、貴方もただでは済まないでしょう!」
男性は唖然としたけれど、慌てふためく乗組員が錨を上げてくれた。私はというと、ようやくドレスの裾を掴み、立ち上がったところだ。煙突から煙を上げながらゆっくりと空へ羽ばたく船を見上げて、騎士たちは驚愕の表情へと変わる。悲鳴を上げる者さえいるほどだ。
「俺たちは一巻の終わりだ……」
そんな騎士の声も聞こえた。私は知らない。私を追い詰めた父王が悪いのだ。この国に二度と戻れないなんて、母のお墓参りが出来なくなるなんて絶対に嫌だ。最期に『貴女は自由に生きなさい』と言ってくれた母の言葉を無駄にはしたくない。
銀髪の男性は乗組員に勢い良く詰め寄り、胸ぐらを掴む。
「おい! なんで錨を上げた!?」
「だって、その人、王女殿下なんですよね? 逃げないと吊るし首にされます」
「逃げた方が吊るし首だろう!」
「えっ……」
乗組員の涙目がこちらを向く。
「なんてことだ……」
銀髪の男性は乗組員から手を離し、片手で頭を抱える。お願いだから、そんなに絶望しないで欲しい。
「あの、貴方のお名前は?」
申し訳なくて恐る恐る聞いてみると、男性は悲哀に満ちた瞳で私を見る。
「俺はアルフレッドです。グライゼル侯爵家の息子の」
その名は耳にしたことがあるものの、実際に言葉を交わしたかどうかは定かではない。それなのに、この胸のときめきは何だろう。
男性――アルフレッドは一本だけ私に歩み寄る。
「王女殿下、今からでも遅くありません。この船から降りてください」
「……嫌です!」
せっかくここまで逃げられたのだ。絶対に王宮には帰りたくない。
「王女殿下はご成婚を控えていらっしゃるでしょう? 相手国の王子殿下にはなんと申し開きを?」
「申し開きなんてしません! この結婚は破談です!」
ぐっと拳を作ると、アルフレッドは大きな溜め息を吐いた。
「おい、王宮島に着陸させろ」
「でも、吊るし首になるんじゃ……」
「今から引き返せば咎められるくらいで済むだろう。国王陛下も鬼じゃない」
話を振られた乗組員は私とアルフレッドの顔を見比べ、小さく首を横に振る。
「……もうここまで来たんです。屋敷に連れ帰りましょうよ。望まない結婚なんて、王女殿下があまりにも可哀想です」
「お前なぁ!」
「アルフレッド様は吊るし首にならないように、僕から工面しますから」
乗組員はアルフレッドをその場に残し、船内へと入っていった。拳を振り下ろし、やるせなさを爆発させるアルフレッドにどう声を掛けて良いのか分からない。
「あの……」
片手を伸ばしかけたけれど、触れる勇気はなかった。アルフレッドは諦めたように苦笑いをする。
「グライゼル侯爵家に実害を被った場合、貴女を許す訳にはいきません。王女殿下――」
「私にはメヌエッタという名があります」
「……メヌエッタ殿下、とりあえず、グライゼル島に向かいましょう。逃げるか、王宮に帰るかは、そこで判断されても遅くはないかと」
とにかく、今すぐに王宮へ連れ戻されることはないだろう。嬉しくなり、アルフレッドの両手を掴んでいた。
「ありがとうございます!」
そのまま、ぶんぶんと振り回す。彼は、今度は朗らかに笑ってくれた。
この選択が正しかったのかどうかは、まだ分からない。お母様、どうか見守っていて。手を組み、空を見上げた。雲一つない、澄んだ青空だ。
* * *
眼下に海を見ながら、エンジン音を響かせて飛行船は飛び続ける。真っ青な海はどこまでも続く。人が生活するのは空に浮かぶ島々だけ――それを改めて実感させられる。船首付近で地図を見ながら王宮島とグライゼル島の距離を確かめた。一日あれば辿り着けるだろう。
通り過ぎていく島々に心を奪われながらも、鼓動も騒がしい。手にだって汗が滲んでいる。
「落ち着かないなぁ……」
片手を胸に当て、何度か深呼吸を試みる。しかし、いくらやっても緊張は解れない。
「もう……しっかりしなくちゃ、私」
風に靡く金の髪を押さえ、小さく呟いた。逃亡は始まったばかりなのだ。このまま挫けては、異国に無理やり嫁がされてしまう。母のためにも、私自身の精神を保つためにも、この国から離れたくはない。
次に見えてくる島はどんなところだろう。前方をじっと見据える。滝が流れ、その麓には白い立派な屋敷が立っている。湖にはボートが浮かび、一大観光地といった様相だ。島ごとに色々な風景を見ることが出来て面白い。細い息を吐き、これからの自分を憂う。そんな時に、足音が近付いてきたのだ。振り返ってみれば、先ほどアルフレッドと言い合いをしていた、あの乗組員だった。
「王女殿下、ご気分はいかがですか?」
「不安はありますが、悪くはありません」
ちょっとだけ強がってしまった。乗組員は短い黒髪を掻き上げ、「あはは」と笑う。
「僕はゼインと言います。短い間かもしれませんが、どうぞよろしくお願いしますね」
彼の緑の瞳は太陽の光を受けて光り輝いていた。
「アルフレッドとはどういう関係なのです?」
「僕ですか? 飛空船では唯一アルフレッド様に仕える航空士、屋敷ではアルフレッド様のしがない執事です」
なるほど、ゼインはアルフレッドに逆らえない訳だ。
たまたま王宮に停泊していた小型の飛空船を目掛けてひた走る。私は来月に異国の王子と結婚を控えている。その縁を絶対に破談にしなくては。私は異国になんて行きたくない。
ドレスをたくし上げ、飛空船のタラップを踏んだ。しかし、同時にパニエも踏んで躓いてしまった。転がるようにして船内へと入る。
「痛た……」
「何事だ!?」
この船の持ち主だろうか。二十歳くらいの男性の短い銀髪は風に揺れている。こちらを向いた鋭い空色の瞳に息を呑んだ。まるで、本物の空――ううん、見惚れている場合ではない。
「私はこの国の王女です! この船をすぐに出して! 騎士たちが迫っていますよ!」
「王女殿下!? お、降りてください!」
「嫌です! 私が乗ったからには、貴方もただでは済まないでしょう!」
男性は唖然としたけれど、慌てふためく乗組員が錨を上げてくれた。私はというと、ようやくドレスの裾を掴み、立ち上がったところだ。煙突から煙を上げながらゆっくりと空へ羽ばたく船を見上げて、騎士たちは驚愕の表情へと変わる。悲鳴を上げる者さえいるほどだ。
「俺たちは一巻の終わりだ……」
そんな騎士の声も聞こえた。私は知らない。私を追い詰めた父王が悪いのだ。この国に二度と戻れないなんて、母のお墓参りが出来なくなるなんて絶対に嫌だ。最期に『貴女は自由に生きなさい』と言ってくれた母の言葉を無駄にはしたくない。
銀髪の男性は乗組員に勢い良く詰め寄り、胸ぐらを掴む。
「おい! なんで錨を上げた!?」
「だって、その人、王女殿下なんですよね? 逃げないと吊るし首にされます」
「逃げた方が吊るし首だろう!」
「えっ……」
乗組員の涙目がこちらを向く。
「なんてことだ……」
銀髪の男性は乗組員から手を離し、片手で頭を抱える。お願いだから、そんなに絶望しないで欲しい。
「あの、貴方のお名前は?」
申し訳なくて恐る恐る聞いてみると、男性は悲哀に満ちた瞳で私を見る。
「俺はアルフレッドです。グライゼル侯爵家の息子の」
その名は耳にしたことがあるものの、実際に言葉を交わしたかどうかは定かではない。それなのに、この胸のときめきは何だろう。
男性――アルフレッドは一本だけ私に歩み寄る。
「王女殿下、今からでも遅くありません。この船から降りてください」
「……嫌です!」
せっかくここまで逃げられたのだ。絶対に王宮には帰りたくない。
「王女殿下はご成婚を控えていらっしゃるでしょう? 相手国の王子殿下にはなんと申し開きを?」
「申し開きなんてしません! この結婚は破談です!」
ぐっと拳を作ると、アルフレッドは大きな溜め息を吐いた。
「おい、王宮島に着陸させろ」
「でも、吊るし首になるんじゃ……」
「今から引き返せば咎められるくらいで済むだろう。国王陛下も鬼じゃない」
話を振られた乗組員は私とアルフレッドの顔を見比べ、小さく首を横に振る。
「……もうここまで来たんです。屋敷に連れ帰りましょうよ。望まない結婚なんて、王女殿下があまりにも可哀想です」
「お前なぁ!」
「アルフレッド様は吊るし首にならないように、僕から工面しますから」
乗組員はアルフレッドをその場に残し、船内へと入っていった。拳を振り下ろし、やるせなさを爆発させるアルフレッドにどう声を掛けて良いのか分からない。
「あの……」
片手を伸ばしかけたけれど、触れる勇気はなかった。アルフレッドは諦めたように苦笑いをする。
「グライゼル侯爵家に実害を被った場合、貴女を許す訳にはいきません。王女殿下――」
「私にはメヌエッタという名があります」
「……メヌエッタ殿下、とりあえず、グライゼル島に向かいましょう。逃げるか、王宮に帰るかは、そこで判断されても遅くはないかと」
とにかく、今すぐに王宮へ連れ戻されることはないだろう。嬉しくなり、アルフレッドの両手を掴んでいた。
「ありがとうございます!」
そのまま、ぶんぶんと振り回す。彼は、今度は朗らかに笑ってくれた。
この選択が正しかったのかどうかは、まだ分からない。お母様、どうか見守っていて。手を組み、空を見上げた。雲一つない、澄んだ青空だ。
* * *
眼下に海を見ながら、エンジン音を響かせて飛行船は飛び続ける。真っ青な海はどこまでも続く。人が生活するのは空に浮かぶ島々だけ――それを改めて実感させられる。船首付近で地図を見ながら王宮島とグライゼル島の距離を確かめた。一日あれば辿り着けるだろう。
通り過ぎていく島々に心を奪われながらも、鼓動も騒がしい。手にだって汗が滲んでいる。
「落ち着かないなぁ……」
片手を胸に当て、何度か深呼吸を試みる。しかし、いくらやっても緊張は解れない。
「もう……しっかりしなくちゃ、私」
風に靡く金の髪を押さえ、小さく呟いた。逃亡は始まったばかりなのだ。このまま挫けては、異国に無理やり嫁がされてしまう。母のためにも、私自身の精神を保つためにも、この国から離れたくはない。
次に見えてくる島はどんなところだろう。前方をじっと見据える。滝が流れ、その麓には白い立派な屋敷が立っている。湖にはボートが浮かび、一大観光地といった様相だ。島ごとに色々な風景を見ることが出来て面白い。細い息を吐き、これからの自分を憂う。そんな時に、足音が近付いてきたのだ。振り返ってみれば、先ほどアルフレッドと言い合いをしていた、あの乗組員だった。
「王女殿下、ご気分はいかがですか?」
「不安はありますが、悪くはありません」
ちょっとだけ強がってしまった。乗組員は短い黒髪を掻き上げ、「あはは」と笑う。
「僕はゼインと言います。短い間かもしれませんが、どうぞよろしくお願いしますね」
彼の緑の瞳は太陽の光を受けて光り輝いていた。
「アルフレッドとはどういう関係なのです?」
「僕ですか? 飛空船では唯一アルフレッド様に仕える航空士、屋敷ではアルフレッド様のしがない執事です」
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