異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

文字の大きさ
7 / 50
第3章 願う

願うⅡ

 アルフレッドは照れたように私から目を背ける。

「設定だ、設定。ただ、逃亡するためだけの」

 自分に言い聞かせているのか、アルフレッドは何度か頷く。

「ですが、逃亡が成功すれば、私たちは本当に結婚ですよ?」

「考えないようにしていたのに……! ああ、もう……」

 横顔を見るだけでも、アルフレッドの頬は薔薇色だ。この機をゼインが逃すはずもない。

「アルフレッド様、もしかして初恋ですか?」

「そんな訳あるか!」

 にやりと笑うゼインに、アルフレッドが吠える。あまりにも緊張感のないコントに、笑いが噴き出してしまった。
 ゼインはこちらに寄ってきて、私の耳元に手を添える。

「アルフレッド様って、意外と令嬢たちにモテモテなんですよ」

 そうなのか。端正な顔立ちだし、誠実そうだし、令嬢たちにモテていてもおかしくはない。

「じゃあ、令嬢たちにアルフレッドとの仲の良さを見せびらかしてしまいましょう」

 ちょっとした悪戯心が沸いてきて、小さく笑った。アルフレッドは驚愕の表情を浮かべて固まってしまったけれど、気にしないでおこう。

「……そうだ、変装した姿を見せてくださいよ! 僕が審査します」

 ゼインの言葉に、手の中にあったものを思い出す。コンタクトレンズなんてつけたことがない。上手くいくだろうか。

「洗面所はどこです?」

「アルフレッド様、案内をお願いします」

「ああ」

 アルフレッドはのそりと振り返ったので、私もその後に続く。

「敬語は禁止ですからね! 忘れないでくださいよ!」

 背後でゼインの声が聞こえた。

「メヌ……ティアは丁寧語が染みついている。少しずつ、庶民染みた言葉使いにしていかないと」

「そうなのですか?」

「『そうなの?』」

 アルフレッドは一字一句強調する。そんなに怒らなくても良いのに、と口を尖らせた。

「そうなの?」

「ああ。すぐに高貴な身分だってバレてしまう」

 そういうものなのだろうか。自分では丁寧語が日常的な言葉なので、庶民の言葉の方が違和感がある。

「そのうち慣れるでしょ……慣れるよ」

 言った傍から言い間違いをしてしまった。アルフレッドの苦笑いも、今回は理解出来る。
 そんなことを話している間に船内の階段を降り、五つあるうちの一つのドアの前で立ち止まった。

「ここが洗面所とトイレ、シャワー室だ」

 ドアが開けられた先には、狭くはあるけれどそれらがしっかりと完備されていた。シャワー室との仕切りはガラス張りだ。

「俺は髪を染めてくる。何かあったらすぐに言ってくれ」

「分かった」

 今度はイントネーションが変になってしまった。
 緊張しながら洗面台の前に立つ。袋から箱を取り出し、コンタクトレンズを触ってみる。瞳の色は青だ。まるで海色――私に似合うだろうか。柔らかなコンタクトレンズをフニフニと摘まみ上げ、人差し指の上に乗せた。

「これを目に……直接触るのです?」

 箱の裏をじっくりと読み、装着の仕方を脳に焼きつける。
 えいやっ。心の中で掛け声をかけ、恐る恐るコンタクトレンズを入れた。ひんやりとして気持ちが良い。

「これならいけるかもしれません!」

 嬉しくて、つい大声を上げてしまった。シャワー室で鳴っていたスプレー音が途切れる。

「……何かあったか!?」

「い……ううん! なんでもないの!」

 いいえ、と言いかけたところで踏ん張った。良くやった、私、と自分を褒めてみる。
 再びスプレー音が鳴り始め、ほっと一息つく。まだ片眼が残っているのだ。焦ってしまえとは言わないけれど、装着してしまわないと。
 もう片方のコンタクトレンズも人差し指に乗せ、息を止める。冷たい爽快感と共に、瞳の色が変化する。鏡の向こうで私を見詰める瞳は、やはり海色だ。まるで、自分ではなくなってしまったかのように思える。
 ガラス越しにアルフレッドの髪を覗いてみると、まだ半分が銀髪だ。

「アルフレッド、先に行ってるね!」

「分かった!」

 端的に言葉を交わし、階段を上る。デッキに出ると、風がスカートをふわりと持ち上げた。ゼインは私を見つけると、すぐさま駆け寄ってきてくれる。

「おおー、見違えましたね。綺麗な海色の瞳だ。流石にラベンダー色には勝てませんけどね」

 ゼインは少しだけ前かがみになり、私の瞳を見詰める。それが何だか恥ずかしい。

「似合っていますか?」

「丁寧語は駄目です。やり直し」

 ゼインもか。不服に思いながらも、言い直してみる。

「似合ってる?」

「はい。とても似合ってますよ」

「ところで……」

 若干、疑問に思ったことを口にしてみる。

「ゼインは敬語を使っても良いの? ちょっと狡く……ない?」

「僕はセシル様とティア様の付き人設定ですから。全然、変ではありませんよ」

「ええ……」

 それってありだろうか。「うーん」と唸ってみたところで、ゼインの設定は変わらないだろう。アルフレッドの偽名を思い出しながら、ゼインばかり良いなと吐息をついた。

「そうだ、『セシル』って、縁起の悪い名なの?」

「それはですねぇ」

 ゼインはアルフレッドがいないことを確かめ、小さく口を開く。

「『セシル』はアルフレッド様の母上の名をもじったものなのです。母上似のアルフレッド様への、旦那様からの当てつけなんでしょうけどね」

「ふうん……」

 母に似て何が悪いのだろう。良く分からない親子だな、と口をへの字に曲げた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~

麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。 夫「おブスは消えなさい。」 妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」 借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

旅は道連れ、世は情け?と言われて訳あり伯爵家の子息のパートナーになりました

さこの
恋愛
両親を亡くし、遺品整理のため王都を訪れたブランシュ。 手放すはずだったアンティークをきっかけに、ひょんなことから伯爵家の跡取り・ユーゴと出会う。 無愛想で口が悪く、女性に冷たいその男は、なぜかブランシュの世話を焼き、面倒事にも付き合ってくれる。 王都ではかつて「親友に婚約者を奪われ、失恋して姿を消した男」と噂されていたユーゴ。 だがその噂は、誰かの悪意によって作られた嘘だった。 過去の誤解。すれ違い。 そして少しずつ見えてくる、本当の彼の姿。 気づけばブランシュは思ってしまう。 ――この人は、優しすぎて損をしている。 面倒くさがりな伯爵子息と、無自覚な令嬢の、 すれ違いだらけの甘め異世界ラブコメディ

虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。 その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。 敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。 言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。