9 / 50
第4章 王女を越える
王女を越えるⅠ
三日三晩、飛空船は羽ばたき続けた。食事も質素ではあるものの、しっかりと摂れた。シャワーも使えた。燃料となる石炭も大量に積んでいたらしい。それでも、積載量には限界がある。
倉庫の片隅で、三人で食事を摂っている時に、ゼインが申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません、一度、島に寄らせてください」
「まあ、仕方ないよな……」
アルフレッドも肝を据えたように瞼を閉じる。
「どれくらい、島に滞在するの?」
私の庶民語も、だいぶ板に付いてきた。
「半日もあれば十分です」
ゼインはにこやかにグッドサインを送る。私が庶民語に成功すると、二人は何かしらの反応をしてくれるようになった。
「俺たちはどうする? 船から降りるか?」
「降りるに決まってるでしょ」
一生、島に降り立ちもせず、飛空船の中だけで暮らすなんて考えられない。空は自由だけれど、それだけでは心身に支障をきたす。
アルフレッドはオーケーサインをしつつ、「うーん」と唸り声を上げる。
「ティア。丁寧語を出さないこと、俺たちを偽名で呼ぶこと。それが絶対条件だ。出来るか?」
「やってみせる!」
胸の前で拳を作り、言って退ける。もし、ここで出来ないとでも言ってしまえば、私は留守番決定だ。そんなのは嫌だ。
ゼインは明るく笑い、大きく頷いた。
「今日の午前には島に到着します。楽しみに待っててくださいね」
一足早くパンを口に詰め込んだゼインは、少しだけ乱暴に椅子から立ち上がる。
「僕は操縦席に行ってます。何かあったら来てください」
「分かった」
アルフレッドと一緒に頷き、手を振って見送った。
「結局、ゼインの偽名の件はなんなんだ?」
アルフレッドは一人で呟いた。
「分からなくても、私たちは何も困らないでしょ? ゼインが困ってるなら、助けるだけ。それが仲間っていうものだから」
「ティアの口から『仲間』なんて言葉が出てくるのは意外だな」
アルフレッドは目を見張り、私を見る。特別なことは何も言っていないつもりだ。
「私たちは一つの『チーム』なんだから。巻き込んでおいて、なんだけど」
一応、申し訳ないとは思っている。私の気持ちが伝わっていると良いな、と膝の上で拳を作った。
「そんなに泣きそうな顔をするな。俺も『弁解』じゃなくて『逃亡』を選んだからな。巻き込まれただけじゃない」
アルフレッドが優しく微笑むので、頬は無意識のうちに熱を上げる。
「……ん? 頭に人参がついてるぞ? どこでつけてきた?」
「えっ?」
人参――もしや、ポトフに入っているものだろうか。
「なんでそんなものが頭につくの?」
「俺に聞かれてもな」
アルフレッドは私の頭に触れ、何かを摘む。その指先を見てみると、確かに人参の欠片がついていた。恥ずかし過ぎる。目を落とそうとしたところで、見てしまった。
「セシルの口にもジャガイモがついてるよ」
「ん?」
勢いに任せて、アルフレッドは自分の口元を手の甲で拭う。ジャガイモの姿は消えていた。
ゼインがいたら、きっと『夫婦揃って何やってるんですか』とでもからかわれただろう。ゼインがいなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。
* * *
コンタクトレンズを装着し、準備は万端だ。近付いてくる島を眼下に、ワクワクする胸を片手で押さえつける。
この島はどんな場所なのだろう。見る限りでは白い建物が立ち並び、噴水もある。立派な商店街なのだろうな、と予想を立てた。
ゼインは操縦席に行く前に言っていた。
「僕は物資を入荷してきます。ティア様はセシル様と観光してきてください」
つまり、またアルフレッドと二人きりだ。でも、緊張ばかりしていては損だし、存分に楽しまなくては。
黒髪でモノクル姿のアルフレッドを見上げ、手摺りに両手を掛ける。
「アル……セシル、楽しみ――」
「ティア」
アルフレッドは険しい目つきで首を横に振る。
「留守番するか?」
「嫌ぁ! 今のはセーフでしょ? アルセシルっていう名前の人かもしれないでしょ?」
「苦しい言い訳だな」
視界は涙で滲んでいく。しかし、零す訳にはいかないと、必死に瞬きを堪える。
すると、アルフレッドの口から「ぷっ」と笑い声が漏れた。
「冗談だよ。そんな泣きそうにならなくても良いじゃないか」
目を細め、腹を抱えて笑う。そんなに面白がってくれるなら、まあ良いか、と涙は引っ込んでいった。
ここは飛空船の停泊所だろうか。この船よりも大きな船が何隻も泊まっている。それらを横目に見ながら、アルフレッドと手を繋いで街へと急ぐ。
飛空船から降りる前に、デッキでこんなやり取りがあったのを思い出す。
「新婚だったら、手くらい繋いでいないと変だろ」
手を差し伸べるための言い訳にも似たアルフレッドの言葉に、ゼインも納得する。
「変ですね。もっと言うなら、キスくらいすれば完璧ですね」
「キス!?」
私とアルフレッドの声が重なる。
「どうして驚くんです? 新婚ですよ?」
「そうだが……」
「でも……。キ、キスは……」
頭では理解していても、心はついていかない。互いに心が通じていない今の状態では、キスなんてしたくない。
そこで思ってしまった。心が通じれば、アルフレッドとのキスも受け入れられるのだろうか。隣に立つアルフレッドの顔を見るだけで目は潤み、頬は熱を持っていく。
そんな時に、アルフレッドもこちらを向いたのだ。目は小刻みに揺れ、頬は薔薇色に染まっている。
「機会があったら、やってみる……か?」
困り顔で私に聞かないで欲しい。
その状況があり、雑踏を歩く私の頭の中は物珍しさよりもキスへの抵抗でいっぱいなのだ。
倉庫の片隅で、三人で食事を摂っている時に、ゼインが申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません、一度、島に寄らせてください」
「まあ、仕方ないよな……」
アルフレッドも肝を据えたように瞼を閉じる。
「どれくらい、島に滞在するの?」
私の庶民語も、だいぶ板に付いてきた。
「半日もあれば十分です」
ゼインはにこやかにグッドサインを送る。私が庶民語に成功すると、二人は何かしらの反応をしてくれるようになった。
「俺たちはどうする? 船から降りるか?」
「降りるに決まってるでしょ」
一生、島に降り立ちもせず、飛空船の中だけで暮らすなんて考えられない。空は自由だけれど、それだけでは心身に支障をきたす。
アルフレッドはオーケーサインをしつつ、「うーん」と唸り声を上げる。
「ティア。丁寧語を出さないこと、俺たちを偽名で呼ぶこと。それが絶対条件だ。出来るか?」
「やってみせる!」
胸の前で拳を作り、言って退ける。もし、ここで出来ないとでも言ってしまえば、私は留守番決定だ。そんなのは嫌だ。
ゼインは明るく笑い、大きく頷いた。
「今日の午前には島に到着します。楽しみに待っててくださいね」
一足早くパンを口に詰め込んだゼインは、少しだけ乱暴に椅子から立ち上がる。
「僕は操縦席に行ってます。何かあったら来てください」
「分かった」
アルフレッドと一緒に頷き、手を振って見送った。
「結局、ゼインの偽名の件はなんなんだ?」
アルフレッドは一人で呟いた。
「分からなくても、私たちは何も困らないでしょ? ゼインが困ってるなら、助けるだけ。それが仲間っていうものだから」
「ティアの口から『仲間』なんて言葉が出てくるのは意外だな」
アルフレッドは目を見張り、私を見る。特別なことは何も言っていないつもりだ。
「私たちは一つの『チーム』なんだから。巻き込んでおいて、なんだけど」
一応、申し訳ないとは思っている。私の気持ちが伝わっていると良いな、と膝の上で拳を作った。
「そんなに泣きそうな顔をするな。俺も『弁解』じゃなくて『逃亡』を選んだからな。巻き込まれただけじゃない」
アルフレッドが優しく微笑むので、頬は無意識のうちに熱を上げる。
「……ん? 頭に人参がついてるぞ? どこでつけてきた?」
「えっ?」
人参――もしや、ポトフに入っているものだろうか。
「なんでそんなものが頭につくの?」
「俺に聞かれてもな」
アルフレッドは私の頭に触れ、何かを摘む。その指先を見てみると、確かに人参の欠片がついていた。恥ずかし過ぎる。目を落とそうとしたところで、見てしまった。
「セシルの口にもジャガイモがついてるよ」
「ん?」
勢いに任せて、アルフレッドは自分の口元を手の甲で拭う。ジャガイモの姿は消えていた。
ゼインがいたら、きっと『夫婦揃って何やってるんですか』とでもからかわれただろう。ゼインがいなくて良かったと、ほっと胸を撫で下ろした。
* * *
コンタクトレンズを装着し、準備は万端だ。近付いてくる島を眼下に、ワクワクする胸を片手で押さえつける。
この島はどんな場所なのだろう。見る限りでは白い建物が立ち並び、噴水もある。立派な商店街なのだろうな、と予想を立てた。
ゼインは操縦席に行く前に言っていた。
「僕は物資を入荷してきます。ティア様はセシル様と観光してきてください」
つまり、またアルフレッドと二人きりだ。でも、緊張ばかりしていては損だし、存分に楽しまなくては。
黒髪でモノクル姿のアルフレッドを見上げ、手摺りに両手を掛ける。
「アル……セシル、楽しみ――」
「ティア」
アルフレッドは険しい目つきで首を横に振る。
「留守番するか?」
「嫌ぁ! 今のはセーフでしょ? アルセシルっていう名前の人かもしれないでしょ?」
「苦しい言い訳だな」
視界は涙で滲んでいく。しかし、零す訳にはいかないと、必死に瞬きを堪える。
すると、アルフレッドの口から「ぷっ」と笑い声が漏れた。
「冗談だよ。そんな泣きそうにならなくても良いじゃないか」
目を細め、腹を抱えて笑う。そんなに面白がってくれるなら、まあ良いか、と涙は引っ込んでいった。
ここは飛空船の停泊所だろうか。この船よりも大きな船が何隻も泊まっている。それらを横目に見ながら、アルフレッドと手を繋いで街へと急ぐ。
飛空船から降りる前に、デッキでこんなやり取りがあったのを思い出す。
「新婚だったら、手くらい繋いでいないと変だろ」
手を差し伸べるための言い訳にも似たアルフレッドの言葉に、ゼインも納得する。
「変ですね。もっと言うなら、キスくらいすれば完璧ですね」
「キス!?」
私とアルフレッドの声が重なる。
「どうして驚くんです? 新婚ですよ?」
「そうだが……」
「でも……。キ、キスは……」
頭では理解していても、心はついていかない。互いに心が通じていない今の状態では、キスなんてしたくない。
そこで思ってしまった。心が通じれば、アルフレッドとのキスも受け入れられるのだろうか。隣に立つアルフレッドの顔を見るだけで目は潤み、頬は熱を持っていく。
そんな時に、アルフレッドもこちらを向いたのだ。目は小刻みに揺れ、頬は薔薇色に染まっている。
「機会があったら、やってみる……か?」
困り顔で私に聞かないで欲しい。
その状況があり、雑踏を歩く私の頭の中は物珍しさよりもキスへの抵抗でいっぱいなのだ。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~
麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。
夫「おブスは消えなさい。」
妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」
借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
旅は道連れ、世は情け?と言われて訳あり伯爵家の子息のパートナーになりました
さこの
恋愛
両親を亡くし、遺品整理のため王都を訪れたブランシュ。
手放すはずだったアンティークをきっかけに、ひょんなことから伯爵家の跡取り・ユーゴと出会う。
無愛想で口が悪く、女性に冷たいその男は、なぜかブランシュの世話を焼き、面倒事にも付き合ってくれる。
王都ではかつて「親友に婚約者を奪われ、失恋して姿を消した男」と噂されていたユーゴ。
だがその噂は、誰かの悪意によって作られた嘘だった。
過去の誤解。すれ違い。
そして少しずつ見えてくる、本当の彼の姿。
気づけばブランシュは思ってしまう。
――この人は、優しすぎて損をしている。
面倒くさがりな伯爵子息と、無自覚な令嬢の、
すれ違いだらけの甘め異世界ラブコメディ
虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ
あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。
その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。
敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。
言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。