異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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第4章 王女を越える

王女を越えるⅡ

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 駄目だと分かっているのに意識してしまう。手を繋いでいるせいで緊張しっぱなしの右手は湿っている。私の汗なのか、アルフレッドの汗なのかは分からない。ただ、二人とも無言で歩き続けていては新婚には見えないと思うのだ。

「ねえ、セシル」

 意を決して話しかけてみた。空色の瞳がこちらを向く。

「どうした?」

「せっかくだから、お土産でも買って帰りたいの」

「誰に?」

「自分に」

 もう、国内には戻ってこられないかもしれないのだ。一つくらい、故郷を思い出せるものがあっても良いだろう。

「金は持ってきたのか?」

「……あ」

 そんなもの、すっかり忘れていた。キスの話題を出したゼインのせいだ、と口をすぼめてみる。

「俺も飯代くらいしか持ってきてないからな。今回は諦めろ」

「そんなぁ!」

 諦められるものかと、アルフレッドに食ってかかる。

「引き返して、レインにお金をもらってこよう?」

「レインだって、今は忙しいんだ。俺でさえ、レインが今どこにいるのか知らないんだぞ?」

 私の望みは絶たれてしまった。この風景だけでも、しっかりと目に焼きつけるしかないだろう。ここで初めて、行き交う人々に目を向ける。誰もがどこか寂しげで、悲しそうだ。俯いている人までいる。

「皆……何かあったのかな」

「ん?」

「まるでお葬式みたいな顔してるんだもん」

 思い当たることがあったのか、アルフレッドは苦笑いをする。どうしたのだろう。

「気付いてないなら、それが一番幸せだな」

「うーん?」

「いや、なんでもない」

 勿体ぶらないで、教えてくれても良いのに。狙いを一点に定めたアルフレッドの横顔を見ながら、心の中で不満を漏らす。

「ティア、あの喫茶店に入ろう。昼食がてら、ゆっくり話でもしたいしな」

「うん」

 断る理由もなく、アルフレッドに手を引かれる。
 喫茶店のドアを引くと、心地良いベルの音が響く。現れたウェイターの顔もどことなく暗い。

「お好きな席へどうぞ」

 ウェイターが先を促すと、アルフレッドは店の一番奥の席を目指す。まるで、自身の身を隠すように。

「もしや、国外からお越しの方ですか?」

「ああ」

「そうですか。丁度、悪い時期に当たってしまいましたね。どうか、一緒に王女殿下のご冥福を祈ってあげてください」

「……ん?」

 王女殿下の――私の冥福とは、と一瞬固まってしまった。そうだ。私は父王のせいで亡くなったことにされているのだ。すっかり忘れていた。
 ウェイターは私の戸惑いには気付かずに、グラスを二つ置いて去ってしまった。他の座席にいる客の会話も、ちらほらと聞こえる。

「王女殿下、海に落ちて亡くなられたのでしょ?」

「ああ、棺にご遺体は納められていなかったそうだ」

「隣国の王子とのご結婚がなければ、こんなことにはなってなかったのに。可哀想な王女殿下……」

 だいぶ話が盛られているな、と思いつつ、結婚話がなければという結論は私と同じだ。
 アルフレッドは平静を装いつつ、小さく口を開く。

「自分がどういう状況に置かれてるか、だいたい分かっただろ?」

「うん」

 分かったからといって、これからの私の行動が変わる訳ではない。世論の動きなんて、私には関係ないのだ。
 運ばれてきたピザ風ホットサンドを頬張りながら、窓の外を眺めてみた。幸福を象徴する鳩が、通行人の撒いた餌をつついている。日常的な行動なのに、違和感を覚えるのは私だけだろうか。

「なあ、ティア」

「ん?」

「後悔、してるか?」

 アルフレッドは慎重に、私が傷つかないようにそっと囁く。

「全っ然。顔も声も知らない人と結婚するくらいなら、この生活の方がマシだもん」

 私の返事を聞くと、アルフレッドの顔は綻んだ。

「ティアらしい答えだな。安心した」

 安心してくれたのなら良かった。私も笑顔が零れる。

「で、だ」

 アルフレッドは不意に、真顔に戻った。

「レインからどこまで聞いた?」

「何の話?」

「俺の両親の話だ」

 何か聞いただろうか、と頭を捻る。思い返してみたところで、特別な何かを聞いたことはなかった。

「『セシル』の名前の由来くらいしか」

「レインも意外と口が堅いんだな」

 どこかほっとしたように、アルフレッドは頬杖をついた。

「今、話してはくれないの?」

「ま、そのうちな」

 いつか話してくれるのなら、今だって良いのに。口を尖らせると、アルフレッドは「あはは」と笑う。仕方なく、甘いアイスティーを口に含んだ。
 まったりしたところで喫茶店を出る。長居をしたかったけれど、逃亡生活では許されないことだろう。雑踏に紛れ、アルフレッドに手を引かれながら散歩をする犬に目を奪われる。
 そんな時、アルフレッドの足が止まった。

「ティア、済まない。トイレに行ってくる。ちょっとここで待っててくれ」

「えっ? うん……」

 ついていくとも言い出せず、手を放してしまった。前方へと駆けていくアルフレッドを見送る。仕方なく、目に留まった犬の元へと駆け寄った。

「可愛いワンちゃんですね」

「ありがとうございます。ベル、可愛いって。良かったねー」

 黒い――何犬だろう。種類までは分からないけれど、カールした毛を持つ垂れ耳の小型犬に手を伸ばす。すると、その子は手の臭いを嗅ぎ、ひと舐めしてくれた。人懐っこい犬だ。
 瞬きをすると、右目に違和感を覚えた。もう一度瞬きをすると、何かが零れ落ちる。

「ん?」

 なんだろう。瞼を擦ってみるものの、原因は分からない。

「どうかしましたか? ……ん? ラベンダー色の右目?」

 三十代くらいのその女性は、私の目を見て恐怖の表情を浮かべる。

「王女……殿下……!?」

 まさか、コンタクトレンズが落ちたのだろうか。慌てて右目を手で隠してみたものの、女性は腰を抜かしてしまった。
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