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第8章 漏らす
漏らすⅠ
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アルフレッドやゼインと三人でホープ号内の倉庫へと入った。アルフレッドは片隅に置かれた、腰の高さほどの麻袋を覗き見る。
「凄い量の金だな」
「ですよね。流石はグライゼル侯爵家」
「褒めてるんだか、貶してるんだか」
「もちろん、褒めてますよ」
アルフレッドは呆れ顔でゼインを見て、片手を腰に当てた。
「ティーカップ一杯分でもやれば、あいつらも満足するだろう」
「そんなに渡すんですか?」
「仕方ない出費だ」
アルフレッドはティーカップを麻袋へ入れ、金を掬い取ったらしい。カップから零れ落ちる砂金が煌めきながら麻袋へと戻る。
「レイン、袋はあるか?」
「はい」
ゼインは小袋をアルフレッドに手渡す。その中にティーカップの中身を入れ、アルフレッドは小袋を握り直した。
「行ってくる」
「私も行った方が良いんじゃ――」
「いや、俺だけの方が良い。ティアはレインと待っててくれ」
私を守るためだろうことは伝わってくる。それだけに、意見を押し通すことが出来なかった。どうか、無事に帰ってきて。祈りながら、アルフレッドの背中を見送った。
「ティア様、大丈夫ですよ。セシル様はこんなところでヘマするような方じゃありません」
「でも、ゼイン――」
「『レイン』です」
緊張のせいで、つい本名を漏らしてしまった。口に手を当てて「ごめんなさい」と呟く。
「あの、ティア様」
「何?」
ゼインが神妙な顔になったので、首を傾げてみる。
「セシル様のことが好き、ですよね?」
「は?」と言いかけて、口だけが動いた。
この人は何を言っているのだろう。顔の温度が急上昇し、指先が震える。私だって、自覚していない感情をすぐに認めることは出来ない。それなのに、否定の言葉は出てこない。
何も答えられない私に、ゼインは顔を綻ばせる。
「僕は安心しましたよ。望まない結婚がつらいのは分かりますから」
初めて会った時だってそうだ。私のことを『逃げて正解だ』と肯定してくれた最初の人はゼインだった。
「何か結婚に嫌な思い出でもあるの?」
自然と湧き出た問いをゼインにぶつけてみる。すると、彼は儚げに窓の外へと目を遣った。
「僕ではありませんが、兄が、ちょっと。ティア様を見てると、兄を思い出してしまって」
ゼインに兄がいるなんて初耳だ。というか、ゼインはあまり自分の家族のことを話したがらない。
何か因縁でもあるのだろうか。気にはなるけれど、心の内を覗くようで気は進まない。
「そっかぁ」
相槌を打つだけに留まってしまった。
それ以上の話題は見つからず、アルフレッドが早く帰ってこないものかと気を揉む。そんな私を、ゼインも微笑みながら見守ってくれていた。
アルフレッドがドアを開けた時には、十数分経っていたように思う。
「ただいま。仲良く出来ていたか?」
部屋に入るなり、アルフレッドは口角を上げる。
「仲良くしてましたよ。ね、ティア様」
「うん」
嘘は吐いていないし、吐く必要もない。ゼインが太陽のような笑顔を向けてくるので、私も笑顔を返した。
「すぐ出発するぞ。レイン、錨を上げろ」
「分かりました!」
ゼインは敬礼をすると、部屋の外へと飛び出していった。錨を上げろということは、交渉は上手く行ったのだろう。
「棟梁、脅してきたりとかしなかった?」
「ああ。むしろ、金を見てはしゃいでたな」
金に目を輝かせる棟梁と、驚く船大工たち――その光景を見ていないのに、ありありと脳裏に浮かんでくるようだ。
プロペラが動く機械音が響き、ホープ号は急上昇する。慣れない重力が身体にかかり、腹部がざわつく。思わずしゃがみ込み、腹を抱えた。
「この感覚……何とかならない?」
「後でレインに文句でも言っとくか」
アルフレッドも耐え切れなかったのだろう。微笑む口元は若干歪んでいた。
* * *
ホープ号は安定空域に入り、振動もかなり減った。自動操縦に切り替えたらしく、アルフレッドとゼイン、三人でデッキに繰り出す。手摺りに掴まりながら、久しぶりに眼下に広がる海を見下ろした。
「綺麗だなぁ」
深い青で、澄んでいる。白波の間には影があり、海の生き物の存在も感じられる。
「落ちたら終わりだぞ?」
「分かってるよぉ」
無闇に脅してくるアルフレッドに、頬を膨らませた。ゼインも「あはは」と笑い、私の隣で同じように海を眺める。
「これからどこに向かいます?」
「そうだな……。ルーヴェン王国の外周を回りながら、作戦でも立てたいところだな」
「外周……ですか」
何か不都合があるのか、ゼインは顔を曇らせた。
「行きたくない理由でもあるの?」
「うーん、僕の顔が知られてるというか、なんというか。追いかけられたら面倒、というか」
私とアルフレッドが追われるのは分かる。それに加えてゼインの事情も絡んでくるとなると、厄介以外の何物でもない。
「ここはレインに任せよう? 土地勘があるのもレインだし」
「そうだな。頼む」
「分かりました!」
ゼインは元気に返事をすると、指で鼻の下を擦る。すると、黒いひげのような汚れが付いてしまった。それをアルフレッドが見逃すはずもない。
「レイン、一気に老けたな」
「へっ?」
何を言っているんだろうとでも言いたげに、ゼインはアルフレッドを見る。そのクリクリの目が面白くて、小さく笑ってしまった。
「鏡、見てみろよ」
「は、はい……」
ゼインは腰のポケットに手を突っ込むと、手鏡を取り出した。その向こうにいる自分を見て、ゼインの目は更に見開かれる。
「うわぁ! ひげおじさんじゃないですか!」
「自分で『おじさん』は悲しいぞ? まだ二十代だろ?」
ゼインの表現の仕方が、笑いのツボに入ってしまった。腹を抱えてひとしきり笑う。何があっても、この二人はこのままでいて欲しいな、と目を擦るのだった。
「凄い量の金だな」
「ですよね。流石はグライゼル侯爵家」
「褒めてるんだか、貶してるんだか」
「もちろん、褒めてますよ」
アルフレッドは呆れ顔でゼインを見て、片手を腰に当てた。
「ティーカップ一杯分でもやれば、あいつらも満足するだろう」
「そんなに渡すんですか?」
「仕方ない出費だ」
アルフレッドはティーカップを麻袋へ入れ、金を掬い取ったらしい。カップから零れ落ちる砂金が煌めきながら麻袋へと戻る。
「レイン、袋はあるか?」
「はい」
ゼインは小袋をアルフレッドに手渡す。その中にティーカップの中身を入れ、アルフレッドは小袋を握り直した。
「行ってくる」
「私も行った方が良いんじゃ――」
「いや、俺だけの方が良い。ティアはレインと待っててくれ」
私を守るためだろうことは伝わってくる。それだけに、意見を押し通すことが出来なかった。どうか、無事に帰ってきて。祈りながら、アルフレッドの背中を見送った。
「ティア様、大丈夫ですよ。セシル様はこんなところでヘマするような方じゃありません」
「でも、ゼイン――」
「『レイン』です」
緊張のせいで、つい本名を漏らしてしまった。口に手を当てて「ごめんなさい」と呟く。
「あの、ティア様」
「何?」
ゼインが神妙な顔になったので、首を傾げてみる。
「セシル様のことが好き、ですよね?」
「は?」と言いかけて、口だけが動いた。
この人は何を言っているのだろう。顔の温度が急上昇し、指先が震える。私だって、自覚していない感情をすぐに認めることは出来ない。それなのに、否定の言葉は出てこない。
何も答えられない私に、ゼインは顔を綻ばせる。
「僕は安心しましたよ。望まない結婚がつらいのは分かりますから」
初めて会った時だってそうだ。私のことを『逃げて正解だ』と肯定してくれた最初の人はゼインだった。
「何か結婚に嫌な思い出でもあるの?」
自然と湧き出た問いをゼインにぶつけてみる。すると、彼は儚げに窓の外へと目を遣った。
「僕ではありませんが、兄が、ちょっと。ティア様を見てると、兄を思い出してしまって」
ゼインに兄がいるなんて初耳だ。というか、ゼインはあまり自分の家族のことを話したがらない。
何か因縁でもあるのだろうか。気にはなるけれど、心の内を覗くようで気は進まない。
「そっかぁ」
相槌を打つだけに留まってしまった。
それ以上の話題は見つからず、アルフレッドが早く帰ってこないものかと気を揉む。そんな私を、ゼインも微笑みながら見守ってくれていた。
アルフレッドがドアを開けた時には、十数分経っていたように思う。
「ただいま。仲良く出来ていたか?」
部屋に入るなり、アルフレッドは口角を上げる。
「仲良くしてましたよ。ね、ティア様」
「うん」
嘘は吐いていないし、吐く必要もない。ゼインが太陽のような笑顔を向けてくるので、私も笑顔を返した。
「すぐ出発するぞ。レイン、錨を上げろ」
「分かりました!」
ゼインは敬礼をすると、部屋の外へと飛び出していった。錨を上げろということは、交渉は上手く行ったのだろう。
「棟梁、脅してきたりとかしなかった?」
「ああ。むしろ、金を見てはしゃいでたな」
金に目を輝かせる棟梁と、驚く船大工たち――その光景を見ていないのに、ありありと脳裏に浮かんでくるようだ。
プロペラが動く機械音が響き、ホープ号は急上昇する。慣れない重力が身体にかかり、腹部がざわつく。思わずしゃがみ込み、腹を抱えた。
「この感覚……何とかならない?」
「後でレインに文句でも言っとくか」
アルフレッドも耐え切れなかったのだろう。微笑む口元は若干歪んでいた。
* * *
ホープ号は安定空域に入り、振動もかなり減った。自動操縦に切り替えたらしく、アルフレッドとゼイン、三人でデッキに繰り出す。手摺りに掴まりながら、久しぶりに眼下に広がる海を見下ろした。
「綺麗だなぁ」
深い青で、澄んでいる。白波の間には影があり、海の生き物の存在も感じられる。
「落ちたら終わりだぞ?」
「分かってるよぉ」
無闇に脅してくるアルフレッドに、頬を膨らませた。ゼインも「あはは」と笑い、私の隣で同じように海を眺める。
「これからどこに向かいます?」
「そうだな……。ルーヴェン王国の外周を回りながら、作戦でも立てたいところだな」
「外周……ですか」
何か不都合があるのか、ゼインは顔を曇らせた。
「行きたくない理由でもあるの?」
「うーん、僕の顔が知られてるというか、なんというか。追いかけられたら面倒、というか」
私とアルフレッドが追われるのは分かる。それに加えてゼインの事情も絡んでくるとなると、厄介以外の何物でもない。
「ここはレインに任せよう? 土地勘があるのもレインだし」
「そうだな。頼む」
「分かりました!」
ゼインは元気に返事をすると、指で鼻の下を擦る。すると、黒いひげのような汚れが付いてしまった。それをアルフレッドが見逃すはずもない。
「レイン、一気に老けたな」
「へっ?」
何を言っているんだろうとでも言いたげに、ゼインはアルフレッドを見る。そのクリクリの目が面白くて、小さく笑ってしまった。
「鏡、見てみろよ」
「は、はい……」
ゼインは腰のポケットに手を突っ込むと、手鏡を取り出した。その向こうにいる自分を見て、ゼインの目は更に見開かれる。
「うわぁ! ひげおじさんじゃないですか!」
「自分で『おじさん』は悲しいぞ? まだ二十代だろ?」
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