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第8章 漏らす
漏らすⅢ
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無事にホープ号に戻れるだろうか。定まらない視点で騎士の頭を眺め、緊張に苛まれていた。身分がバレれば私は殺される。喉がひりつき、手にはしっとりと汗が滲んでいる。
「着いたよ」
騎士に微笑まれても、しばらく反応出来ずにいた。
「えっ?」
「ほら、雑貨屋」
騎士の指差す方を見上げてみれば、古びた鍵のイラストが描かれた看板が掲げられていた。これで騎士から解放されるだろう。ほっと胸を撫で下ろし、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや、とんでもない。何なら帰りも送ろう」
騎士は白い歯を見せ、グッドサインを送る。こんなはずではなかったのに。焦りが態度に表れていないことを祈るばかりだ。
手を振る騎士を取り残し、雑貨屋の扉を開ける。心地の良いベルの音が鳴り響いた。ヘアカラーはどこだろう。店内を見渡し、商品を探る。
天井から品物別の案内札が掲げられていたので、何とかヘアカラーは探し当てられた。その時に、偶然、窓の外を見てしまったのだ。先ほど案内してくれた騎士がトランシーバーを手にしている。まさか、応援を呼んだのでは――。
頭を振って不安を打ち消し、黒のヘアカラーを手に取った。ここも一日用のヘアカラーしか売っていない。
ゼインに渡された小銭を店員の前でぶちまけ、必要な分だけを受け取ってもらった。釣り銭をがま口の財布にしまい、店を出る。やはり、騎士は私の帰りを待っていた。
「必要な物は買えたかな?」
「はい……」
小さく頷き、買い物袋を握り締める。中身を見られたらどうしようと心臓が激しく鼓動したけれど、買った物を確認されることはなかった。
「それじゃあ、停泊所に行こうか」
まともに声が出てこず、小さく頷いた。
騎士の一歩後ろを付いて歩く。口を引き締め、俯いていた。騎士は私の緊張を解そうとしたのかもしれない。
「君の名前は?」
軽い口調で問われ、肩が震える。
「『ティア』です」
「ティアか。可愛らしい名だね」
騎士は小さく笑い、質問を重ねる。
「出身はどこ?」
「ハルネイオ国です」
一瞬、真実を話しても良いものか迷った。しかし、ここで誤魔化して嘘がバレれば、状況は更に悪くなるだろうという結論に至った。
騎士は相槌を打ち、にこりと笑う。
「ハルネイオ国か。最近、何かと物騒な国だから、気を揉んでいたでしょ?」
絶対に私たちのことだ。頷きながら、唇を噛んだ。
そこで騎士との会話は途切れてしまう。どうして良いか分からず、無言でホープ号への道を辿る。ようやく停泊所が見えた頃、騎士はトランシーバーを手に取った。
「もうすぐ保護した少女を船まで届ける。応援を頼む」
小声なのに、耳にこびりつくように聞こえる。応援――やはり、私のことを不審人物だと断定したのだろうか。
「君、嘘は吐けない性格だろう」
騎士は笑顔を崩さず、真剣な瞳を私に向ける。
「ちょっと調べさせてもらうだけだからね」
アルフレッド、ゼイン、ごめんなさい。一番敵に回してはいけない人に目を付けられたかもしれない。どうか、アルフレッドは物陰に隠れていて。祈るような気持ちでホープ号を見詰めることしか出来なかった。
すぐに後ろから二人の若い騎士が合流した。二人は私の顔をしげしげと見詰め、目を細める。
「君の船はあれ?」
「はい」
あいにく、停泊しているのはホープ号のみだった。他の船に擦り付けることも出来ず、口を結ぶ。三人はホープ号に走り寄り、タラップに足を掛ける。
「ティア様、お帰りなさ……は?」
デッキにいたゼインは私に手を振ってくれたけれど、すぐに騎士たちの存在に気付いたのだろう。一瞬、顔を強張らせた。
「ちょっと船内を調べさせてくださいねー」
呑気に一人の騎士が断りを入れると、三人はデッキまで侵入してくる。それをゼインが手を広げて食い止めた。
「レディの部屋にずかずかと入り込む気ですか?」
「ああ。そうだが」
「こんなに不躾な騎士がいるなんて、ルーヴェン王国も知れてますね」
「……貴様、我が国を侮辱する気か?」
一人の騎士が一歩踏み込む。それを二人の騎士が制止した。
「貴様もハルネイオ国の人間か?」
「僕はルーヴェン王国出身ですよ」
ゼインの返事を聞き、三人はヒソヒソ話を始めた。私もタラップを上り、デッキへと出る。
「私とレインの新婚旅行を台無しにするなんて、最低な騎士たちですね」
「ちょっ、ティア――」
「良いから合わせて」
ゼインの足をヒールで踏み、小声で牽制する。ゼインはすぐに涙目になった。
「君たちは新婚なのか?」
「そうですよ? ほら、こんなに仲が良いじゃないですか」
言いながらゼインが私の手を握るので、その手をブンブンと振ってみる。私なりの親密さアピールだ。アルフレッドには見られていないないことを祈るばかりだ。
「ティアが僕の故郷を見てみたいって言うから、ここを新婚旅行に選んだのに」
「ねー」
騎士たちの顔色を窺ってみると、困惑した表情に変わっていた。あと、もう一押しだ。
「私が人見知りなのを知らないで、ここまで来ちゃったんだろうけど」
「僕たちのキスも見たいですか?」
「い、いや……遠慮しておくよ」
私たちの迫真の演技に押されたのか、騎士たちは後退りする。そこへ、トランシーバーから音声が流れた。
「アルフレッド・シャルレイに似た人物を見たとの通報があった。至急、応援を頼む」
「了解」
騎士は的確に対応し、トランシーバーを腰へと戻す。一気に肩の重荷が解けていく。
「君たちが重要指名手配犯を匿っているのでは……とも思ったけれど、誤解だったみたいだね。申し訳ない」
三人揃って頭を下げると、急いでタラップを降りていった。息もつかず、ゼインは錨を上げる。
「もう追ってこないでくださいね! ティア、船の中に」
捨て台詞を吐き、ゼインは操縦席へと駆けていったようだ。私も階段を駆け下りると、直後にホープ号は急上昇をする。
「だから、急上昇はやめてよぉ」
いつもの不快な感覚に襲われながら、浅い息をする。ゼインに礼を言おうと操縦席に向かうと、彼が小さく呟いた。
「やっぱり、結婚なんて僕には向いてなさそうだ」
ゼインの兄の結婚と関係しているのだろうか。何故か、その一言が胸につかえて取れなかった。
「着いたよ」
騎士に微笑まれても、しばらく反応出来ずにいた。
「えっ?」
「ほら、雑貨屋」
騎士の指差す方を見上げてみれば、古びた鍵のイラストが描かれた看板が掲げられていた。これで騎士から解放されるだろう。ほっと胸を撫で下ろし、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや、とんでもない。何なら帰りも送ろう」
騎士は白い歯を見せ、グッドサインを送る。こんなはずではなかったのに。焦りが態度に表れていないことを祈るばかりだ。
手を振る騎士を取り残し、雑貨屋の扉を開ける。心地の良いベルの音が鳴り響いた。ヘアカラーはどこだろう。店内を見渡し、商品を探る。
天井から品物別の案内札が掲げられていたので、何とかヘアカラーは探し当てられた。その時に、偶然、窓の外を見てしまったのだ。先ほど案内してくれた騎士がトランシーバーを手にしている。まさか、応援を呼んだのでは――。
頭を振って不安を打ち消し、黒のヘアカラーを手に取った。ここも一日用のヘアカラーしか売っていない。
ゼインに渡された小銭を店員の前でぶちまけ、必要な分だけを受け取ってもらった。釣り銭をがま口の財布にしまい、店を出る。やはり、騎士は私の帰りを待っていた。
「必要な物は買えたかな?」
「はい……」
小さく頷き、買い物袋を握り締める。中身を見られたらどうしようと心臓が激しく鼓動したけれど、買った物を確認されることはなかった。
「それじゃあ、停泊所に行こうか」
まともに声が出てこず、小さく頷いた。
騎士の一歩後ろを付いて歩く。口を引き締め、俯いていた。騎士は私の緊張を解そうとしたのかもしれない。
「君の名前は?」
軽い口調で問われ、肩が震える。
「『ティア』です」
「ティアか。可愛らしい名だね」
騎士は小さく笑い、質問を重ねる。
「出身はどこ?」
「ハルネイオ国です」
一瞬、真実を話しても良いものか迷った。しかし、ここで誤魔化して嘘がバレれば、状況は更に悪くなるだろうという結論に至った。
騎士は相槌を打ち、にこりと笑う。
「ハルネイオ国か。最近、何かと物騒な国だから、気を揉んでいたでしょ?」
絶対に私たちのことだ。頷きながら、唇を噛んだ。
そこで騎士との会話は途切れてしまう。どうして良いか分からず、無言でホープ号への道を辿る。ようやく停泊所が見えた頃、騎士はトランシーバーを手に取った。
「もうすぐ保護した少女を船まで届ける。応援を頼む」
小声なのに、耳にこびりつくように聞こえる。応援――やはり、私のことを不審人物だと断定したのだろうか。
「君、嘘は吐けない性格だろう」
騎士は笑顔を崩さず、真剣な瞳を私に向ける。
「ちょっと調べさせてもらうだけだからね」
アルフレッド、ゼイン、ごめんなさい。一番敵に回してはいけない人に目を付けられたかもしれない。どうか、アルフレッドは物陰に隠れていて。祈るような気持ちでホープ号を見詰めることしか出来なかった。
すぐに後ろから二人の若い騎士が合流した。二人は私の顔をしげしげと見詰め、目を細める。
「君の船はあれ?」
「はい」
あいにく、停泊しているのはホープ号のみだった。他の船に擦り付けることも出来ず、口を結ぶ。三人はホープ号に走り寄り、タラップに足を掛ける。
「ティア様、お帰りなさ……は?」
デッキにいたゼインは私に手を振ってくれたけれど、すぐに騎士たちの存在に気付いたのだろう。一瞬、顔を強張らせた。
「ちょっと船内を調べさせてくださいねー」
呑気に一人の騎士が断りを入れると、三人はデッキまで侵入してくる。それをゼインが手を広げて食い止めた。
「レディの部屋にずかずかと入り込む気ですか?」
「ああ。そうだが」
「こんなに不躾な騎士がいるなんて、ルーヴェン王国も知れてますね」
「……貴様、我が国を侮辱する気か?」
一人の騎士が一歩踏み込む。それを二人の騎士が制止した。
「貴様もハルネイオ国の人間か?」
「僕はルーヴェン王国出身ですよ」
ゼインの返事を聞き、三人はヒソヒソ話を始めた。私もタラップを上り、デッキへと出る。
「私とレインの新婚旅行を台無しにするなんて、最低な騎士たちですね」
「ちょっ、ティア――」
「良いから合わせて」
ゼインの足をヒールで踏み、小声で牽制する。ゼインはすぐに涙目になった。
「君たちは新婚なのか?」
「そうですよ? ほら、こんなに仲が良いじゃないですか」
言いながらゼインが私の手を握るので、その手をブンブンと振ってみる。私なりの親密さアピールだ。アルフレッドには見られていないないことを祈るばかりだ。
「ティアが僕の故郷を見てみたいって言うから、ここを新婚旅行に選んだのに」
「ねー」
騎士たちの顔色を窺ってみると、困惑した表情に変わっていた。あと、もう一押しだ。
「私が人見知りなのを知らないで、ここまで来ちゃったんだろうけど」
「僕たちのキスも見たいですか?」
「い、いや……遠慮しておくよ」
私たちの迫真の演技に押されたのか、騎士たちは後退りする。そこへ、トランシーバーから音声が流れた。
「アルフレッド・シャルレイに似た人物を見たとの通報があった。至急、応援を頼む」
「了解」
騎士は的確に対応し、トランシーバーを腰へと戻す。一気に肩の重荷が解けていく。
「君たちが重要指名手配犯を匿っているのでは……とも思ったけれど、誤解だったみたいだね。申し訳ない」
三人揃って頭を下げると、急いでタラップを降りていった。息もつかず、ゼインは錨を上げる。
「もう追ってこないでくださいね! ティア、船の中に」
捨て台詞を吐き、ゼインは操縦席へと駆けていったようだ。私も階段を駆け下りると、直後にホープ号は急上昇をする。
「だから、急上昇はやめてよぉ」
いつもの不快な感覚に襲われながら、浅い息をする。ゼインに礼を言おうと操縦席に向かうと、彼が小さく呟いた。
「やっぱり、結婚なんて僕には向いてなさそうだ」
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