異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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第9章 近付く

近付くⅠ

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 ゼインは計器を見て、大袈裟に溜め息を吐いた。

「石炭は搭載出来たけど、食料搬入が途中だったからなぁ」

 私が戻るまでに、物資調達が終わっていなかったとは。騎士を追い払うためとはいえ、やらかしたかもしれない。

「レイン、ごめんなさい」

 ゼインの背中に向かって頭を下げていた。

「いえ、次の島で調達すれば良いだけですから。幸い、金はたくさんありますし。それより」

 ゼインは私よりも後方を見て、頭を掻く。

「セシル様、出てきてくださいよ」

「えっ?」

 振り返ってみると、アルフレッドの部屋のドアが僅かに開いている。まさか。心臓が冷えていく感覚がした。

「セシル、さっきの、見てた?」

 私が震える声を絞ると、アルフレッドは部屋から顔を半分だけ出す。

「見てはいない。聞いてただけだ」

 最悪だ。見られていたのなら、ゼインとキスをしていないことが証明出来る。でも、聞かれただけでは――勘違いされてもおかしくない。アルフレッドのジト目が良い証拠だ。

「ティアはその……キス、したのか?」

「し、してないよぉ!」

 絶対に勘違いされたくなくて、大きく首を横に振っていた。すると、ゼインが溜め息を吐く。

「そんなに否定されると、悲しいものですねぇ」

「だから、そういうのじゃなくて……!」

 ゼインのことは仲間としてしっかりと好きなのだ。何故、こんなにも行き違いをしてしまうのだろう。
 おろおろしていると、ゼインが小さく吹き出した。

「冗談ですよ、冗談。ティア様とは何もありませんでしたから」

 ゼインは明るく笑い、また計器と睨めっこを始める。

「水は……二日は持つかな」

 ここで話していては、ゼインの邪魔になるだけだろう。

「セシル、デッキに行こう?」

「あ、ああ」

 未だにしょぼくれているアルフレッドを誘い出すように、階段を駆け上った。一気に空が開け、大きく息を吸い込んだ。爽やかな香りが何とも言えない。
 後ろから足音が聞こえてくるので、アルフレッドも来てくれただろう。振り返り、満面の笑みを見せる。

「セシル、嫉妬してくれたの?」

 私が控えめに聞くと、アルフレッドは顔を真っ赤に染めた。

「嫉妬というか、ショックというか……。ティアとレインがそんな関係だとは思えなかったからな」

 そんな風に思ってくれただけでも嬉しい。

「あれは騎士を誤魔化すために、新婚のふりをしただけ」

「新婚設定は俺だけで良いだろ」

 アルフレッドがことのほか声を張るので、驚いてしまった。彼はそれだけ私のことを大切に思ってくれているのだろうか。

「ごめんなさい」

 呆気に取られた後、小声で謝っていた。アルフレッドは小さく首を横に振る。

「ティアを困らせたい訳じゃないんだが、上手く言葉に出来なくて……すまない」

「ううん、ありがとう」

 ここで謝るのは違う。そんな感じがして、アルフレッドの手を掴んでいた。ブンブンと振り回し、にこっと笑ってみる。

「一つ、お願いがあるの」

 迷惑になるかもしれない。命取りになるかもしれない。でも、伝えたい私の我儘だ。

「今度、私がピンチになったら、一番に助けに来てね」

 それなら、ゼインにあらぬ嫌疑をかけられずに済む。誤解されずに済む。結末としては一番すんなり行くと思うのだ。
 ようやく、アルフレッドも月のように優しい笑顔を見せてくれた。

「ああ。必ずな」

 なんて私は幸せ者なのだろう。掴んでいた手を放し、アルフレッドの腕にしがみつく。そんな時に、彼はやってきた。

「今日の夜なんですけど、外食でもどうですか? 丁度、立ち寄れそうな島があって――」

 何故、今頃こんな話をするのだろう。ゼインも顔を上げると、寄り添う私たちを見てまずいと思ったに違いない。

「僕は何も見てませんからねー!」

 すぐに踵を返し、船内へと消えていった。

 * * *

 夜になって私たちが訪れた島は、飲み屋街といっても良いほどにログハウスの飲食店が立ち並んでいた。西の国の食べ物から東の国の食べ物まで、ありとあらゆる食が集まっている。いろいろな食べ物の匂いが混ざり、嗅ぐだけで満腹になってしまいそうだ。

「何食べましょっか。僕は肉が良いんですけどね」

「肉はティアには重たいんじゃないか?」

「私、お肉好きだよ?」

 素直な意見を言うと、アルフレッドは目を見開き、ゼインはぱっと笑顔になった。

「じゃあ、ステーキ食べましょうよ」

「賛成ー!」

 ステーキなんて、王宮で食べて以来だ。自然と涎が溢れそうになる。アルフレッドもこっそり腹部を擦っている。

「ステーキ屋は……あった!」

 ゼインが指差す方には、ステーキのイラストの看板が掲げられたログハウスがあった。オニオンの香りに誘われるように、足は勝手に店のドアへと向かっていた。

「お肉ー」

「ティア」

 ちょっとだけ呆れ顔のアルフレッドが私の手を掴む。暴走してしまっただろうか。ちょっぴり恥ずかしくなり、照れ隠しで笑ってみた。
 店のドアをくぐると、既に数名の客が食事を楽しんでいた。私たちはなるべく奥の席を選び、三人で腰を下ろす。

「何にしましょうかねぇ」

「私はもう決まってるよ。ヒレステーキ」

「俺はサーロインステーキだな」

「じゃあ、僕はリブロースステーキで」

 案外、すんなりと決まってしまった。ウェイターに注文を通すと、運ばれてきた水をちびちびと飲む。

「お肉、お肉ー」

 私の心は踊っている。口ずさみながら、ステーキの香りを一足早く楽しんでいた。
 酒が回っているのか、先客の会話が大声で交わされている。

「マリーゴールド嬢の結婚が決まったらしいな!」

「ああ、めでたいことだ! 一時はどうなるかと思ったけどな!」

「フェルナシス公爵家の嫡男だろ? 俺は確かに合わないとは思ってたんだが」

 隣国の貴族令嬢の話題など、私の知ったことではない。そう思っていた。しかし、ゼインの顔が曇った気がしたのだ。

「レイン?」

「……ビール飲んで良いですか?」

「ああ。操縦に支障が出ない程度にな」

 ゼインはウェイターを呼びつけ、早速ビールをジョッキで注文する。そこに深い事情があるとは思ってもいなかったのだ。
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