異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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第13章 届く

届くⅢ

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「これ、セシル様に、だそうです」

 ゼインはアルフレッドにその手紙を差し出す。

「誰からだ?」

「デイビッド様だそうで」

 差出人を聞くや否や、アルフレッドは口を曲げた。

「やっぱり、グライゼル侯爵家の人間に先回りされてました。ホープ号の寄港状況から推測したって言ってましたね」

 アルフレッドは無言のまま、まだゼインの手の中にある手紙を冴えない表情で見詰めている。

「僕が持っていても……。気乗りがしないのは分かりますけど」

 アルフレッドは言葉にならない声を発すると、ようやく手紙を受け取った。宛名や差出人が全く書かれていない封筒が、ことの異様さを伝えている。その指が赤い封蝋を剥がし、便箋を抜き取った。
 アルフレッド一人で抱えきれない手紙なら、三人で共有すれば良い。

「私も見て良い?」

「ああ」

「僕も読みたいです」

 私とゼインはアルフレッドの隣から手紙を垣間見る。

 * * *

 兄上へ

 お元気にしていらっしゃいますか? メヌエッタ殿下やゼインもお変わりないですか?

 父上には家督を継ぐように、散々説得されました。でも、俺はやはり兄上が継ぐべきだと思うんです。メヌエッタ殿下にとっても良い決断です。
 逃亡が成功したら、殿下を連れて屋敷に帰ってきてはくれませんか? 殿下だって、良い家で良い暮らしをしたいはずです。
 俺はどうにでもなります。だから、お願いします。
 父上には俺から説得します。俺は家督を継ぐ気はありません。

 デイビッドより

 * * *

 その内容に言葉を失う。手紙の内容は善意しかない。そうなのだけれど、これではただの善意の押し付けだ。私は一言も良い家で良い暮らしをしたいなんて言っていないし、アルフレッドだって家督を継ぐとは言っていない。

「……だからデイビッドは嫌いなんだ」

 アルフレッドは小さく吐き捨てると、手紙をテーブルの上に置いて倉庫を出ていってしまった。ドアの閉まる小さな音が虚しく響く。残された私とゼインは気まずいまま顔を見合わせた。

「デイビッド様、重くありません?」

 私も重すぎると思う。小さく頷き、髪に触れた。

「弟としては、兄に期待してしまうのは分かります。でも、流石にこれは」

「セシルの気持ちを全然汲んでくれてないよねぇ」

 どうしたものかと腕を組む。

「セシル、大丈夫かな」

「今はそっとしておいてあげましょう」

「うん……」

 このままではいけないのは分かる。しかし、解決への最善の策が見つからない。
 椅子に腰を下ろし、デイビッドからの手紙に視線を落とす。何度読んでみたところで、その内容は変わらない。
 天井に何かが打ち付ける軽い音が響き始めた。雨でも降ってきたのだろうか。

「今日の夜はホープ号が揺れるかもしれませんね」

「デッキにも出られないよね。つまんないなぁ」

 揺れるし、空気は湿気を多分に含むし、雨の日は憂鬱になる。しかも、先ほどのこの手紙だ。今日の夜は、気分がダダ下がりだろう。

「レイン、今日は美味しいものを食べたい」

「エスカルゴでも食べます?」

「え」

 私はエスカルゴが得意ではない。カタツムリだという事実と、貝ではないという先入観で、どうしても気持ち悪くなってしまうのだ。

「何でエスカルゴなんてあるのぉ!」

「それはグライゼル侯爵に言ってください! 僕だって、料理しにくいんですよ! あれ、動くんですよ!」

 二人で涙目になりながら、エスカルゴがあるであろう木箱に目を向ける。エスカルゴは全部アルフレッドに譲ろう。今夜の食事は質素になりそうだ。

 * * *

 雨は上がらぬまま、翌日を迎えた。今日は珍しく、三人で私の部屋に集っている。アルフレッドがゼインを連れて、『話がある』とやってきたのだ。眠れていないのか、アルフレッドは目の下に隈を作っている。

「やっぱり、亡命しかないと思うんだ」

 三人揃って立ったままで、アルフレッドは眉をしかめる。

「ティアは女王になりたくないし、俺も父上の跡は継ぎたくない」

「いや、お二人とも、まだそうなるって決まった訳じゃ……」

「そうなるのも時間の問題だ」

 アルフレッドの決意の固さに、ゼインは息を漏らす。雨音が言葉の隙間を埋める。

「もう少し考えてみましょうよ」

「考えた。かなり考えての結果だ」

 アルフレッドの声色は荒れている。絶対にデイビッドの手紙のせいだ。アルフレッドに同情は出来るものの、納得は出来ない。

「一時の感情に流されちゃ駄目だよ。私も一緒に考えるから――」

「もう考えたんだ! そもそも、こうなったのはティアのせいじゃないか!」

 アルフレッドの一言が胸に突き刺さる。言い返す言葉なんて浮かんでこない。アルフレッドの言葉は理屈としては分かる。それなのに、ナイフで刺されたように痛む胸は何なのだろう。
 俯いた時には、涙が溢れていた。勝手に流れ落ち、自分では止められない。

「……すまない、そんなつもりじゃなかったんだ」

 父王が異国からの結婚話なんて持ってこなければ、こんなことにはならなかったのに。私だって、ただの王女でいられたのに。自由を知らずに満足していたのに。
 感情がぐちゃぐちゃになってしまい、歯止めが効かない。その場にうずくまり、嗚咽を漏らしてしまった。

「セシル様。今はそっとしておいてあげましょう」

 ゼインの声が聞こえると、二人の気配は遠ざかっていく。アルフレッド、お願いだから行かないで。言葉には出来ず、感情ばかりが流れ落ちた。
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