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第15章 掲げる
掲げるⅡ
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脇目も振らず、アルフレッドの元へと駆け寄った。
「アルフレッド!」
「メヌエッタ、久しぶりだな」
アルフレッドがあまりにも優しく微笑むので、視界が滲んでしまう。
「肩は大丈夫?」
「ああ。ほとんどかさぶただ」
良かった。肩の荷が下りたようで、膝から崩れ落ちそうになる。私を庇っていなければ負わずに済んだ怪我だ。私のせいだと責めなかった日はない。
「お父様、貴方はこの方を傷つけたのです」
「そうか、すまないことをした」
「もっとこう、何か言葉はないのですか!?」
人としての感情はないのだろうか。父王はアルフレッドと目を合わせようとしない。それも気に入らないのだ。
「お父様は、正しいことをしようとしたのかもしれません。ですが、アルフレッドが傷ついたのは事実です!」
父王は無言のまま、俯いてしまった。これ以上の言葉を求めるのは間違っているのだろうか。
「アルフレッド、申し訳ございませんでした。この恩はいつまでも忘れることはないでしょう」
代わりに私がアルフレッドに声を掛ける。アルフレッドもそっと微笑み、小さく頷いてくれた。
自分を奮い立たせ、父王へと向き直る。一番伝えなくてはならない内容を、頭の中で反復させる。
「私はドラクシア国へは絶対に嫁には行きません」
これは私の決意であり、主張だ。今後一切、曲げることはない。
「私と共に歩いてくれるのは、アルフレッドしかいないのです」
アルフレッドの腕にしがみつき、目を吊り上げた。
「そのことだが……」
父王は気まずそうに目を逸らし、頭を掻く。
「どうやら私は勘違いをしていたようなのだ」
「勘違い……?」
言っている意味が分からず、訝しいながらも首を傾げてみる。
「メヌエッタは、ドラクシア国王子と文通はしていなかったのだな?」
「文通? 何のことです?」
全く身に覚えのない話だ。私の様子を見ると、父王は大袈裟に溜め息を吐いた。
「本当に何も知らないのだな」
父王は天を仰ぎ、頭を抱える。
「ロゼリアめ、最初から教えてくれたら良かったものを」
ロゼリアが何に関係しているのだろう。傾げていた首を、今度は反対側に倒す。
「ドラクシア国王子がメヌエッタと心を通わせたから、求婚を申し出たと言うのだ」
「それも身に覚えがありません」
首を横に振り、否定してみせた。
「ロゼリアがお前の名を騙り、文通していたらしいのだ。それで、ロゼリアをお前と勘違いしたドラクシア王子が……」
「結婚を迫った。なるほどですねぇ」
「納得するな」
話の隅に追いやられていたゼインが、腑に落ちた表情で手を合わせた。そこへアルフレッドが口を尖らせる。
つまり、父王のとんでもない勘違いの末に、私の人生は振り回されたらしい。
「それで、ロゼリア嬢はどうされているのです?」
アルフレッドが丁寧に聞くと、父王は困ったように眉を竦めた。
「嫁入りの準備をしている。メヌエッタには申し訳ないことをしたと泣きながらね」
泣くくらいなら、最初から自分の名を公にすれば良かったのに。そうは思うけれど、公爵令嬢の身分では他国の王子に手紙なんて書けなかったのだろうか。その辺は私が疎くて分からない。
ただ、これだけははっきりとしている。
「あとでロゼリアに文句を言わないと。ロゼリアのせいで、誰かが死んでいたかもしれないことは伝えないといけません」
これが私が王女であるうちにできる最後の仕事だ。ロゼリアには甘い父王に任せられない。自分が悪役になることを決め、口をへの字に曲げた。
ともかく、私がドラクシア国に行かなくても良いなら、なんだって良いのだ。清々しい気分になり、息をめいいっぱい吸い込んだ。
「メヌエッタ、お前はどうしたいのだ? 女王期待論も出ているが」
父王は腰に片手を当て、私をすっと見る。
「私は女王にはなりません」
「では、王女の座に居座ると?」
「王女でいる気もありません」
父王は眉をひそめた。
「アルフレッド卿の生家でお世話になるのか?」
「それもアルフレッドが望んでいません」
アルフレッドの腕を握る手に力を込める。訳が分からないと言いたげに、父王は首を振った。
「では、どうしたいのだ」
「私は……きっと」
結論が出た訳ではない。それでも、なんとなく心の方向は決まっている。
「空を渡りたいのです」
「空?」
「今回のことで、私は自由を知ってしまいました。海に落ちれば命はない、危険と隣り合わせなのは承知しています。でも、王族でいないことがどれだけ楽かを知ってしまいました。空は誰でも受け入れてくれることを知ってしまいました」
拒みをしないからこそ自由で、生きていくことが難しい。その境目が私には合っている。そう思ってしまったのだ。
「俺はメヌエッタの生き方を尊重します。家に縛り付けるような真似はしたくありません」
「まだ可能性は百ではありませんけどね」
「今、その話はするな」
アルフレッドは肘でゼインを突付く。ゼインは頭を掻くけれど、この緩んだ顔では反省していないな、と想像出来た。
「それで生きていけると思っているのか? お前はまだ何も知らない、ただの子供だろう」
「子供ではありません!」
「では、どうやって生きていく?」
「それは……」
逃亡中も資金はグライゼル侯爵家がなんとかしてくれていた。私たちだけで生きていくとなると、それも当てには出来ない。
言葉が出てこずに思考を巡らせていると、アルフレッドが口を開いた。
「それは俺に考えがあります。何も考えがない訳ではありません」
父王は唸り声を上げ、大きく息を吐く。
「……一度は死んだ身だ。勝手にしなさい」
あの父王が私の意見を通した。その事実に衝撃を受け、口を半開きにしてぽかんとしてしまう。
「反対……しないのですか?」
「反対しても、また逃げ出すだろう」
「……ありがとうございます」
礼をすることさえ忘れ、父王のラベンダー色の瞳をただただ見詰めていた。
その日のうちに、父王はラジオ局のスタッフを呼び出した。玉座の間に長テーブルが置かれ、マイクも無数に設置される。
準備が終わると、早速、収録は開始された。父王は神妙な面持ちでマイクと向き合った。
「ここに重大な報告をする。我が娘、メヌエッタは生きている。だが、彼女は今日より私の娘ではない。女王には就任しないし、王女でもない。これは決定事項である。反論は認めない」
私の死亡を伝えたときと同じように、淡々と、冷静な声が響く。しかし、伝え終えたその表情は柔らかく、どこか哀愁を漂わせるものだった。
「アルフレッド!」
「メヌエッタ、久しぶりだな」
アルフレッドがあまりにも優しく微笑むので、視界が滲んでしまう。
「肩は大丈夫?」
「ああ。ほとんどかさぶただ」
良かった。肩の荷が下りたようで、膝から崩れ落ちそうになる。私を庇っていなければ負わずに済んだ怪我だ。私のせいだと責めなかった日はない。
「お父様、貴方はこの方を傷つけたのです」
「そうか、すまないことをした」
「もっとこう、何か言葉はないのですか!?」
人としての感情はないのだろうか。父王はアルフレッドと目を合わせようとしない。それも気に入らないのだ。
「お父様は、正しいことをしようとしたのかもしれません。ですが、アルフレッドが傷ついたのは事実です!」
父王は無言のまま、俯いてしまった。これ以上の言葉を求めるのは間違っているのだろうか。
「アルフレッド、申し訳ございませんでした。この恩はいつまでも忘れることはないでしょう」
代わりに私がアルフレッドに声を掛ける。アルフレッドもそっと微笑み、小さく頷いてくれた。
自分を奮い立たせ、父王へと向き直る。一番伝えなくてはならない内容を、頭の中で反復させる。
「私はドラクシア国へは絶対に嫁には行きません」
これは私の決意であり、主張だ。今後一切、曲げることはない。
「私と共に歩いてくれるのは、アルフレッドしかいないのです」
アルフレッドの腕にしがみつき、目を吊り上げた。
「そのことだが……」
父王は気まずそうに目を逸らし、頭を掻く。
「どうやら私は勘違いをしていたようなのだ」
「勘違い……?」
言っている意味が分からず、訝しいながらも首を傾げてみる。
「メヌエッタは、ドラクシア国王子と文通はしていなかったのだな?」
「文通? 何のことです?」
全く身に覚えのない話だ。私の様子を見ると、父王は大袈裟に溜め息を吐いた。
「本当に何も知らないのだな」
父王は天を仰ぎ、頭を抱える。
「ロゼリアめ、最初から教えてくれたら良かったものを」
ロゼリアが何に関係しているのだろう。傾げていた首を、今度は反対側に倒す。
「ドラクシア国王子がメヌエッタと心を通わせたから、求婚を申し出たと言うのだ」
「それも身に覚えがありません」
首を横に振り、否定してみせた。
「ロゼリアがお前の名を騙り、文通していたらしいのだ。それで、ロゼリアをお前と勘違いしたドラクシア王子が……」
「結婚を迫った。なるほどですねぇ」
「納得するな」
話の隅に追いやられていたゼインが、腑に落ちた表情で手を合わせた。そこへアルフレッドが口を尖らせる。
つまり、父王のとんでもない勘違いの末に、私の人生は振り回されたらしい。
「それで、ロゼリア嬢はどうされているのです?」
アルフレッドが丁寧に聞くと、父王は困ったように眉を竦めた。
「嫁入りの準備をしている。メヌエッタには申し訳ないことをしたと泣きながらね」
泣くくらいなら、最初から自分の名を公にすれば良かったのに。そうは思うけれど、公爵令嬢の身分では他国の王子に手紙なんて書けなかったのだろうか。その辺は私が疎くて分からない。
ただ、これだけははっきりとしている。
「あとでロゼリアに文句を言わないと。ロゼリアのせいで、誰かが死んでいたかもしれないことは伝えないといけません」
これが私が王女であるうちにできる最後の仕事だ。ロゼリアには甘い父王に任せられない。自分が悪役になることを決め、口をへの字に曲げた。
ともかく、私がドラクシア国に行かなくても良いなら、なんだって良いのだ。清々しい気分になり、息をめいいっぱい吸い込んだ。
「メヌエッタ、お前はどうしたいのだ? 女王期待論も出ているが」
父王は腰に片手を当て、私をすっと見る。
「私は女王にはなりません」
「では、王女の座に居座ると?」
「王女でいる気もありません」
父王は眉をひそめた。
「アルフレッド卿の生家でお世話になるのか?」
「それもアルフレッドが望んでいません」
アルフレッドの腕を握る手に力を込める。訳が分からないと言いたげに、父王は首を振った。
「では、どうしたいのだ」
「私は……きっと」
結論が出た訳ではない。それでも、なんとなく心の方向は決まっている。
「空を渡りたいのです」
「空?」
「今回のことで、私は自由を知ってしまいました。海に落ちれば命はない、危険と隣り合わせなのは承知しています。でも、王族でいないことがどれだけ楽かを知ってしまいました。空は誰でも受け入れてくれることを知ってしまいました」
拒みをしないからこそ自由で、生きていくことが難しい。その境目が私には合っている。そう思ってしまったのだ。
「俺はメヌエッタの生き方を尊重します。家に縛り付けるような真似はしたくありません」
「まだ可能性は百ではありませんけどね」
「今、その話はするな」
アルフレッドは肘でゼインを突付く。ゼインは頭を掻くけれど、この緩んだ顔では反省していないな、と想像出来た。
「それで生きていけると思っているのか? お前はまだ何も知らない、ただの子供だろう」
「子供ではありません!」
「では、どうやって生きていく?」
「それは……」
逃亡中も資金はグライゼル侯爵家がなんとかしてくれていた。私たちだけで生きていくとなると、それも当てには出来ない。
言葉が出てこずに思考を巡らせていると、アルフレッドが口を開いた。
「それは俺に考えがあります。何も考えがない訳ではありません」
父王は唸り声を上げ、大きく息を吐く。
「……一度は死んだ身だ。勝手にしなさい」
あの父王が私の意見を通した。その事実に衝撃を受け、口を半開きにしてぽかんとしてしまう。
「反対……しないのですか?」
「反対しても、また逃げ出すだろう」
「……ありがとうございます」
礼をすることさえ忘れ、父王のラベンダー色の瞳をただただ見詰めていた。
その日のうちに、父王はラジオ局のスタッフを呼び出した。玉座の間に長テーブルが置かれ、マイクも無数に設置される。
準備が終わると、早速、収録は開始された。父王は神妙な面持ちでマイクと向き合った。
「ここに重大な報告をする。我が娘、メヌエッタは生きている。だが、彼女は今日より私の娘ではない。女王には就任しないし、王女でもない。これは決定事項である。反論は認めない」
私の死亡を伝えたときと同じように、淡々と、冷静な声が響く。しかし、伝え終えたその表情は柔らかく、どこか哀愁を漂わせるものだった。
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