異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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最終章 旅立つ

旅立つⅡ

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 アルフレッドは興味津々といった様子でゼインを見る。

「どんなことを伝えるんだ?」

「アルフレッド様相手でも、そこまでは言えませんよ。流石に」

 ゼインは首を横に振る。仲間だとしても、一つや二つ、言いたくないことはあるものだ。

「私たちはこっそり見てるから」

 ゼインにグッドサインを送ると、何故か苦笑いをされてしまった。
 そこへステーキが運ばれてくる。食欲をそそる音と香りにうっとりしてしまいそうになる。目の色を変え、ステーキと向かい合った。一口頬張るごとに、弾けんばかりの笑顔がこの場を満たす。この幸福がいつまでも続けば良いな、と願ってやまない。
 今日の食事は満足だ。ステーキを完食し、ナイフとフォークを鉄板の上に置いた。ぽこんと膨れた腹が、幸せの何よりの証拠だ。

「じゃあ、伯爵の屋敷に訪問! ですね」

 ゼインは会計を終わらせ、拳を握って意気込む。私とアルフレッドも首を縦に振って両手を握る。

「馬車は……いますね」

 外はすっかり夜になっていた。店を出て、停留所を目指す。思い返せば、前回は御者に酷く怖い思いをさせてしまった。今回は、誰にも迷惑をかけずに役目を終えたいな、とネオンが輝く街並みを眺めた。

「すみませーん、伯爵邸までお願いします」

「はいよー」

 馬車まで辿り着くと、御者はにこやかに代金を受け取ってくれた。蹄の音を響かせながら、馬車は私たちの気持ちを乗せて走る。街並みを見ていると、一軒だけネオンが寿命を迎えそうなのか、チカチカと点滅しているのだけが気になった。
 十数分で伯爵邸の前へと到着する。ゼインがドアノッカーを叩くと、前回と同じ執事が現れた。

「貴方方は……!」

「はい、今日は手紙だけでも、と思いまして」

「その節は大変申し訳ございませんでした」

 アルフレッドが一歩前に出ると、執事は平謝りをする。

「いや、俺たちは、謝っていただくために来た訳ではありませんので。メヌエッタ」

「うん」

 こっそりと鞄に忍ばせていた封書を取り出し、執事に差し出した。

「これは?」

「伯爵に渡してください」

「お会いにはならないのですか?」

 会うかどうか、私たちも少し悩んだのだ。しかし、ゼインが顔を合わせにくい、という結論に至った。

「私たちは、先を急いでいますので」

 丁重に断り、執事に背を向ける。気持ちは既に次の目的地へと向かっていた。
 馬車に乗り込み、停泊所へと急ぐ。振り返ってみると、扉の前で手を振っている伯爵の姿が見えた。私たちも手を振り返し、笑い合うのだった。

 * * *

 晴天は数日で曇り模様に変わり、雨粒を落とし始める。水滴がホープ号に降り注ぐ音色が心地良く船内に響く。
 
「見えてきましたよ。あそこがアネモネが住んでる屋敷です」

 キャノピーから地上を見下ろしてみると、湖の畔に佇む赤レンガ造りの屋敷が目に映った。晴れていれば、青い湖が見られただろうに。今日はあいにく灰色だ。

「ゼイン、手紙は失くしてないか?」

「勿論、大事にしまってありますよ! ほら、ここに」

 ゼインは胸ポケットから白い封書を取り出した。宛名は書かれているけれど、差出人の欄は空白だ。

「ちゃんと会って、伝えるんです」

 その表情は綻んでいる、というよりは儚く揺れている。目元が優しいのは――いつものことか。
 屋敷の隣にある一隻だけの停泊所へ、静かに着陸する。ここで異変に気付けられれば良かったのだけれど、誰も違和感を覚えなかった。
 
「傘は持ったか?」

「持ったよー」

「バッチリです」

 アルフエッドは黒、ゼインは青、私は紫――三色の傘を差しながら、地上へと降り立った。

「緊張しますね……」

 ゼインは言いながら武者震いをする。アルフレッドは一本の木を見つけ、私を手で呼び寄せた。

「俺たちはここで見てるからな。レイン、ファイトだ」

「おー」

 ついゼインではなく、私が答えてしまった。三人揃ってひとしきり笑う。
 ゼインは口を結び、鼻で大きく息を吸う。そのまま吐き出すと、肝を据えたらしい。一歩ずつ、門へと近付いていく。ドアノッカーが叩かれると、扉から一人の執事が顔を出した。

「何か御用でしょうか?」

「あの……アネモネ嬢に、会わせてください」

 執事はゼインの身なりを目で一撫でし、眉をひそめる。

「アネモネ様は留守ですが」

「留守……?」

 ゼインは目を開き、ぽかんと執事を見た。

「いつ戻りますか?」

「十日後とのことです」

「十日も……」

 ゼインには申し訳ないけれど、流石に十日も待ってあげられない。以前、アネモネに会えたのも奇跡に近かった。唇を噛み締め、無常さに胸を痛める。

「では、これだけでもアネモネ嬢に渡してください」

「貴方は、どちら様で?」

「『レイン』と言えば……伝わると思います」

 ここでゼインと名乗れないのが非常に悔しい。傘の取っ手をぎりぎりと握り締める。

「承知いたしました」

「よろしくお願いしますね」

 ゼインは執事に頭を下げ、とぼとぼとこちらに戻ってくる。エントランスの扉は閉じられ、緊張の糸は一気に切れてしまった。

「……一生会えない訳じゃない。今回は特別だったんだ」

「そうでしょうか……」

 アルフレッドの励ましにも、ゼインは無気力に答える。すっかり自信をなくしてしまったようだ。

「レインが意気消沈してたら、アネモネが可哀想だよ?」

「……そうですよね。全てが上手く行ったら……でも……。神様はやっぱり意地悪ですね」

 ゼインは傘の隙間から空を見上げる。

「この空には、神様はいないのかもしれません」

 静かな絶望が、雨音に掻き消されそうだった。
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