異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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最終章 旅立つ

旅立つⅠ

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 ホープ号はルーヴェン王国へ向けて舵を切る。ゼインのアネモネへの想いを一緒に乗せて。

「アネモネぇ……!」

 ゼインは自室で手紙をしたためているのだろう。アルフレッドの部屋にいても、ゼインの唸り声が聞こえてくる。変わらずに椅子をすすめてくれたアルフレッドはベッドに座り、ゼインの部屋の方へと目を向ける。
 
「想い込めすぎだろ。ボールペンが折れそうだな」

「それだけ伝えたいことがたくさんあるんだよ」

 アルフレッドと顔を見合わせ、小さく笑った。そこで、先ほども気になった疑問をぶつけてみる。

「ねえ、本当にいないの?」

「ん?」

「手紙を送りたい相手」

 アルフレッドは少しだけ考える素振りを見せ、小さく唸る。

「いることにはいるぞ? でもな」

 何を迷っているのだろう。アルフレッドの顔をじっと見て、首を傾げた。

「名前も分からないんだ。今回の逃亡で出会った全ての人に、感謝は伝えたいんだけどな」

「それなら、一人だけ渡せそうじゃない?」

「誰だ?」

「白猫を託した伯爵」

 名前は分からずとも、住まいは分かってる。あの時は重要指名手配犯として捕らえられそうになったけれど、今なら穏やかに話せるだろう。

「そうか、そうだな」

 アルフレッドはおもむろに立ち上がり、便箋とボールペンを用意してくれた。一言でも良い。伯爵に気持ちが伝われば、それで良い。
 テーブルに広げられた便箋を前にして、私も一緒にボールペンを持ちながら頭をひねる。

 * * *

 猫伯爵へ

 白猫は元気にしているでしょうか。伯爵の愛情を一身に受け、すくすくと成長してくれることを祈っています。

 これから夏に向けて日差しが強くなります。ご自愛ください。

 メヌエッタ

 * * *

 そこで筆が止まってしまった。私は何と名乗るべきなのだろう。もうハルネイオ姓は使いたくない。それならば、アルフレッドのシャルレイ姓、なのだろうか。

「ねえ、アルフレッド」

「どうした?」

「私はこれから何姓を名乗るべきなんだろう」

 アルフレッドは考える暇も見せず、にこっと微笑んだ。

「そうだな、シャルレイで良いぞ。通行許可証も、シャルレイになってるからな」

「でも、アルフレッドは家を捨てたでしょ?」

「だからだ。あんな家でも、俺と関わりがある。多少の皮肉のつもりだ」

 アルフレッド笑顔が苦笑いに変わる。そういう考え方もあるのか。
 私の名の隣にアルフレッドの名字が並ぶ。想像するだけで顔が沸騰してしまいそうだ。
 震える手で最後にシャルレイと書き加え、ボールペンを置く。アルフレッドも丁度書き終えたようで、目線が合った。

「ぬおぉぉ……!」

 微かにゼインの唸り声が聞こえてくる。

「ゼインもやる気に満ち溢れてるな」

 この声はやる気の問題なのだろうか。少しズレている気がして、吹き出してしまった。

「……ちゃんとアネモネに会える、よね?」

 ちょっとだけ不安になってしまい、アルフレッドの瞳を見上げる。彼は何も言わず、小さく頷くだけだった。

 * * *

 アネモネの屋敷よりも猫伯爵の屋敷の方が近いらしく、船の進路は猫伯爵の方へと向いた。また、異国情緒溢れる料理が堪能出来る。楽しみで仕方がない。
 国境は天候の関係で、三日間、最寄りの島での滞在を余儀なくされた。まあ、予定がずれるのも旅の醍醐味だ。急ぐ必要もないし、のんびりと街を楽しんだ。ただ、この晴天がいつまで続くのかは分からない。
 私の死を悼んでいた人々は、既にどこ吹く風で笑顔を見せる。いつもの生活風景に戻って良かった。心底、安心したものだ。
 他にも中継を挟み、更に数日かけて猫伯爵のいる島へと辿り着いた。デッキに出るだけで食べ物の色々な匂いが混ざり合った風が流れ込み、腹が空いてくる。

「最初に腹ごしらえしましょうか! 何食べます?」

「ステーキ!」

 にこにこと笑うゼインに、間髪入れずに答えていた。
 アルフレッドは若干、呆れ顔になる。

「ステーキは前に食べただろ?」

「あの時は味が分からなくなっちゃってたもん。今度こそ、味わって食べたいの」

「……それもそうだな」

 アルフレッドも納得したように、口角を上げた。

「僕のことはレインって呼んでくださいよ? お二人の逃亡が終わっても、僕の勘当は終わってませんから」

 ゼインは確認するように、小声で話す。すっかり頭から抜けていた。この一言がなければ、私は大声で『ゼイン』と呼んでいただろう。

「いっそのこと、レインに改名したらどうだ?」

「僕も考えたんですけどね。親からのたった一つの贈り物をなくすなんて、やっぱり寂しいじゃないですか」

 それは私もなんとなく分かる気がする。ハルネイオ姓はあっさり捨てられたけれど、メヌエッタという名を捨てるには抵抗がある。

「僕としては、ルーヴェン国に留まる気は更々ありませんから、偽名なんて一時的なものなんですけどね」

 ゼインは何度か頷き、満足そうに微笑んだ。

「そんなことより、ステーキですよね! 今日はお酒は自重しますから! いっぱい食べましょう!」

 ゼインは先頭を切り、ログハウスが並ぶ大通りを闊歩する。逃亡者ではないだけで、こんなにも心の余裕が違うとは。両手を広げ、自由を満喫する。
 その隣で、アルフレッドも両手を広げていた。清々しい表情が妙に印象的だった。

 店に入ると、ウェイターに注文を通す。

「私はヒレステーキにする」

「俺はサーロインステーキだな」

「じゃあ、僕はリブロースステーキで」

 メニューまで前回と同じだ。料理が来るのが楽しみで仕方がない。
 先にオレンジジュースがテーブルに置かれ、三人揃ってストローで吸う。

「美味いな」

「生き返りますねー」

 まるで冒険でもしてきたかのような台詞だ。

「僕、またアネモネに会えたら、しっかり伝えたいことがあるんですよね」

 ゼインの目は輝いていて、希望と愛情に満ちているように見える。
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