異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

文字の大きさ
47 / 50
第16章 零す

零すⅢ

しおりを挟む
 アルフレッドとゼインは自室に戻り、自分の荷物をまとめ始めた。私はすることがないので、アルフレッドの手伝いをする。男性の部屋を覗きまわって良いのか躊躇われたけれど、近い未来に夫となる人だ。気遣いは不要だったようだ。

「これは要る?」

 引き出しの中を弄りながら、ボールペンを数本取り出した。

「要る」

「じゃあ、これは?」

 虎眼の天然石のビーズで出来たブレスレッドを翳し、アルフレッドの返事を待つ。

「要らない」

「それなら、私がもらうね」

 一時的でも、アルフレッドが身に着けたかもしれないものだ。屋敷に残しておくのは勿体ないし、何より私が欲しい。こっそりとポケットにしまい、それを撫でてみた。
 アルフレッドは先ほどの話を全く蒸し返そうとはしない。吹っ切れたとも、絶望したのとも取れる表情だ。丁寧に畳まれた服を畳み直してから鞄に詰め込んでいく。まるで、生家での出来事をなかったことにするかのように。

「ゼインも荷物の整理進んでるかなぁ」

「ゼインは元々、私物が多くないからな。もうすぐここに来るかもしれないな」

 アルフレッドの予告通り、数分も経たずに廊下から足音が近付いてくる。そして、ノックの音が響いた。

「アルフレッド様、手伝いましょうか?」

「ああ、頼む」

 ひょこっと顔を覗かせたゼインの顔も見ずに、アルフレッドは淡々と作業をこなしている。

「やっぱり侯爵もデイビッド様も来ませんか。薄情者ですねぇ」

「考えたいことでもあるんだろ」

 アルフレッドは気にしていない風を装い、手を止めることはなかった。
 出立の準備も着々と進み、外は夕日が差し始めた。夜を迎える前に屋敷を出てしまおう。そういう運びになり、トランクを両手に抱えてエントランスへと向かった。
 侯爵とデイビットだけではなく、使用人の姿すらない。ここまで跳ね除けられると、逆に清々しくなってしまう。
 ホープ号の部屋の中は私たちの荷物で足の踏み場がないほどだ。徐々に片付けられれば良いか。一人で納得し、デッキへと上がった。空は今日も私たちを受け入れてくれる。

「上昇しますよー! 手摺りに掴まっててくださいね!」

 階段の方から声が聞こえ、強風に備える。纏めた髪を押さえ付けたところで、船体がふわりと持ち上がった。オレンジの空が近付き、雲を追い越す。

「アルフレッドを苦しめた人たち……きっともう会うこともないでしょう」

 眼下に広がる小さくなったグライゼル邸を目に、一人呟いた。侯爵家がどうなるのかは誰にも分からない。でも、私はそれで良いのだ。頷いたところで、二人の足音がこちらに近付いてくるのが分かった。

「メヌエッタ。これで、どこにでも自由に行けるぞ」

 アルフレッドは月のように笑う。静かで、趣がある。吹く風に紛れて、息を吐いたのが分かった。頬がほんのりと熱を持っていく。

「ドラクシア国にだって、アエリオス国にだって、ルーヴェン国にだって行ける」

「通行許可証はあるの?」

「ああ、ばっちりな」

 アルフレッドが苦笑いしながら言い切ると、ゼインが隣で頭を掻く。また彼の計らいなのだろうか。申し訳ないけれど、笑えてしまう。

「どこに行こうかなぁ」

 小さく唸りながら、これからのことを考えてみる。そこで、ふと思ったのだ。

「アルフレッドとゼインは手紙を出したい相手っている?」

「俺はいないな」

「僕は……アネモネ?」

「じゃあ、アネモネに手紙を渡そうよ」

 アルフレッドは微笑み、頷いてくれた。しかし、ゼインは釈然としない様子で首を傾げる。

「でも、すぐに迎えに行けないのに、手紙なんて渡しちゃって良いんでしょうか」

「え、まだ迎えに行かないの?」

 その事実に、逆に驚いてしまった。逃亡生活は終わったし、迎えに行かない理由はないと思うのだ。
 
「だから、僕は独立したいんですよ。それまでは迎えに行けません」

「そんなことをしてたら、アネモネに見限られるぞ……?」

 アルフレッドが呆れ顔を向けると、ゼインは口を負の字に曲げた。

「何でそんなに意地悪なことを言うんですかぁ」

 その目は今にも泣きそうだ。しかし、私が言っている論点はそこではない。

「ゼイン、手紙は書くの? 書かないの?」

「……書きます! 書かせていただきます!」

 ゼインは土下座をしそうなほどに頭を下げる。それなら決まった。

「じゃあ、次の目的地はアネモネの屋敷ね。ゼイン、舵を切って」

 片手を腰に当て、もう片方の人差し指で前方を指し示す。

「え? 手紙は誰かに託すんじゃないんですか?」

「直接届けるの」

「えっ!? 僕はまだ、心の準備が……」

「心の準備をするには早すぎるだろ」

 もじもじと手を合わせるゼインに、アルフレッドが即座に突っ込む。

「手紙って、配達員がいる訳じゃないでしょ? 庶民には文通なんて想像も出来ないと思うの。」

 ゼインの友人からの伝手や、デイビッドからの手紙があったからこそ閃けた。
 使用人がいるからこそ、王族や貴族は手紙の受け渡しが出来る。どうせ空を渡るなら、人の気持ちも乗せて渡りたい。旅はついで、という訳だ。

「私たちが生活していける範囲でお金をもらって、手紙を届けるの。って言っても、貴族からはちょっぴり高く、庶民からはちょっぴり低くね。それなら身分も関係なく、手紙をやり取り出来るから。自由になる船を持ってる庶民なんて、私たちくらいでしょ?」

「メヌエッタ様――」

「メヌエッタ、天才だ!」

 アルフレッドはゼインを押し退け、私の両手を握った。褒められると私も嬉しくなる。

「父上を陰から見返して、国王陛下も認めさせような」

「うん!」

「それは流石に厳しいのでは……?」

 小さく苦笑いをするゼインの声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】 経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。 なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。 「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」 階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。 全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに! 「頬が赤い。必要だ」 「君を、大事にしたい」 真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。 さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!? これは健康管理?それとも恋愛? ――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

処理中です...