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第16章 零す
零すⅢ
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アルフレッドとゼインは自室に戻り、自分の荷物をまとめ始めた。私はすることがないので、アルフレッドの手伝いをする。男性の部屋を覗きまわって良いのか躊躇われたけれど、近い未来に夫となる人だ。気遣いは不要だったようだ。
「これは要る?」
引き出しの中を弄りながら、ボールペンを数本取り出した。
「要る」
「じゃあ、これは?」
虎眼の天然石のビーズで出来たブレスレッドを翳し、アルフレッドの返事を待つ。
「要らない」
「それなら、私がもらうね」
一時的でも、アルフレッドが身に着けたかもしれないものだ。屋敷に残しておくのは勿体ないし、何より私が欲しい。こっそりとポケットにしまい、それを撫でてみた。
アルフレッドは先ほどの話を全く蒸し返そうとはしない。吹っ切れたとも、絶望したのとも取れる表情だ。丁寧に畳まれた服を畳み直してから鞄に詰め込んでいく。まるで、生家での出来事をなかったことにするかのように。
「ゼインも荷物の整理進んでるかなぁ」
「ゼインは元々、私物が多くないからな。もうすぐここに来るかもしれないな」
アルフレッドの予告通り、数分も経たずに廊下から足音が近付いてくる。そして、ノックの音が響いた。
「アルフレッド様、手伝いましょうか?」
「ああ、頼む」
ひょこっと顔を覗かせたゼインの顔も見ずに、アルフレッドは淡々と作業をこなしている。
「やっぱり侯爵もデイビッド様も来ませんか。薄情者ですねぇ」
「考えたいことでもあるんだろ」
アルフレッドは気にしていない風を装い、手を止めることはなかった。
出立の準備も着々と進み、外は夕日が差し始めた。夜を迎える前に屋敷を出てしまおう。そういう運びになり、トランクを両手に抱えてエントランスへと向かった。
侯爵とデイビットだけではなく、使用人の姿すらない。ここまで跳ね除けられると、逆に清々しくなってしまう。
ホープ号の部屋の中は私たちの荷物で足の踏み場がないほどだ。徐々に片付けられれば良いか。一人で納得し、デッキへと上がった。空は今日も私たちを受け入れてくれる。
「上昇しますよー! 手摺りに掴まっててくださいね!」
階段の方から声が聞こえ、強風に備える。纏めた髪を押さえ付けたところで、船体がふわりと持ち上がった。オレンジの空が近付き、雲を追い越す。
「アルフレッドを苦しめた人たち……きっともう会うこともないでしょう」
眼下に広がる小さくなったグライゼル邸を目に、一人呟いた。侯爵家がどうなるのかは誰にも分からない。でも、私はそれで良いのだ。頷いたところで、二人の足音がこちらに近付いてくるのが分かった。
「メヌエッタ。これで、どこにでも自由に行けるぞ」
アルフレッドは月のように笑う。静かで、趣がある。吹く風に紛れて、息を吐いたのが分かった。頬がほんのりと熱を持っていく。
「ドラクシア国にだって、アエリオス国にだって、ルーヴェン国にだって行ける」
「通行許可証はあるの?」
「ああ、ばっちりな」
アルフレッドが苦笑いしながら言い切ると、ゼインが隣で頭を掻く。また彼の計らいなのだろうか。申し訳ないけれど、笑えてしまう。
「どこに行こうかなぁ」
小さく唸りながら、これからのことを考えてみる。そこで、ふと思ったのだ。
「アルフレッドとゼインは手紙を出したい相手っている?」
「俺はいないな」
「僕は……アネモネ?」
「じゃあ、アネモネに手紙を渡そうよ」
アルフレッドは微笑み、頷いてくれた。しかし、ゼインは釈然としない様子で首を傾げる。
「でも、すぐに迎えに行けないのに、手紙なんて渡しちゃって良いんでしょうか」
「え、まだ迎えに行かないの?」
その事実に、逆に驚いてしまった。逃亡生活は終わったし、迎えに行かない理由はないと思うのだ。
「だから、僕は独立したいんですよ。それまでは迎えに行けません」
「そんなことをしてたら、アネモネに見限られるぞ……?」
アルフレッドが呆れ顔を向けると、ゼインは口を負の字に曲げた。
「何でそんなに意地悪なことを言うんですかぁ」
その目は今にも泣きそうだ。しかし、私が言っている論点はそこではない。
「ゼイン、手紙は書くの? 書かないの?」
「……書きます! 書かせていただきます!」
ゼインは土下座をしそうなほどに頭を下げる。それなら決まった。
「じゃあ、次の目的地はアネモネの屋敷ね。ゼイン、舵を切って」
片手を腰に当て、もう片方の人差し指で前方を指し示す。
「え? 手紙は誰かに託すんじゃないんですか?」
「直接届けるの」
「えっ!? 僕はまだ、心の準備が……」
「心の準備をするには早すぎるだろ」
もじもじと手を合わせるゼインに、アルフレッドが即座に突っ込む。
「手紙って、配達員がいる訳じゃないでしょ? 庶民には文通なんて想像も出来ないと思うの。」
ゼインの友人からの伝手や、デイビッドからの手紙があったからこそ閃けた。
使用人がいるからこそ、王族や貴族は手紙の受け渡しが出来る。どうせ空を渡るなら、人の気持ちも乗せて渡りたい。旅はついで、という訳だ。
「私たちが生活していける範囲でお金をもらって、手紙を届けるの。って言っても、貴族からはちょっぴり高く、庶民からはちょっぴり低くね。それなら身分も関係なく、手紙をやり取り出来るから。自由になる船を持ってる庶民なんて、私たちくらいでしょ?」
「メヌエッタ様――」
「メヌエッタ、天才だ!」
アルフレッドはゼインを押し退け、私の両手を握った。褒められると私も嬉しくなる。
「父上を陰から見返して、国王陛下も認めさせような」
「うん!」
「それは流石に厳しいのでは……?」
小さく苦笑いをするゼインの声が聞こえた。
「これは要る?」
引き出しの中を弄りながら、ボールペンを数本取り出した。
「要る」
「じゃあ、これは?」
虎眼の天然石のビーズで出来たブレスレッドを翳し、アルフレッドの返事を待つ。
「要らない」
「それなら、私がもらうね」
一時的でも、アルフレッドが身に着けたかもしれないものだ。屋敷に残しておくのは勿体ないし、何より私が欲しい。こっそりとポケットにしまい、それを撫でてみた。
アルフレッドは先ほどの話を全く蒸し返そうとはしない。吹っ切れたとも、絶望したのとも取れる表情だ。丁寧に畳まれた服を畳み直してから鞄に詰め込んでいく。まるで、生家での出来事をなかったことにするかのように。
「ゼインも荷物の整理進んでるかなぁ」
「ゼインは元々、私物が多くないからな。もうすぐここに来るかもしれないな」
アルフレッドの予告通り、数分も経たずに廊下から足音が近付いてくる。そして、ノックの音が響いた。
「アルフレッド様、手伝いましょうか?」
「ああ、頼む」
ひょこっと顔を覗かせたゼインの顔も見ずに、アルフレッドは淡々と作業をこなしている。
「やっぱり侯爵もデイビッド様も来ませんか。薄情者ですねぇ」
「考えたいことでもあるんだろ」
アルフレッドは気にしていない風を装い、手を止めることはなかった。
出立の準備も着々と進み、外は夕日が差し始めた。夜を迎える前に屋敷を出てしまおう。そういう運びになり、トランクを両手に抱えてエントランスへと向かった。
侯爵とデイビットだけではなく、使用人の姿すらない。ここまで跳ね除けられると、逆に清々しくなってしまう。
ホープ号の部屋の中は私たちの荷物で足の踏み場がないほどだ。徐々に片付けられれば良いか。一人で納得し、デッキへと上がった。空は今日も私たちを受け入れてくれる。
「上昇しますよー! 手摺りに掴まっててくださいね!」
階段の方から声が聞こえ、強風に備える。纏めた髪を押さえ付けたところで、船体がふわりと持ち上がった。オレンジの空が近付き、雲を追い越す。
「アルフレッドを苦しめた人たち……きっともう会うこともないでしょう」
眼下に広がる小さくなったグライゼル邸を目に、一人呟いた。侯爵家がどうなるのかは誰にも分からない。でも、私はそれで良いのだ。頷いたところで、二人の足音がこちらに近付いてくるのが分かった。
「メヌエッタ。これで、どこにでも自由に行けるぞ」
アルフレッドは月のように笑う。静かで、趣がある。吹く風に紛れて、息を吐いたのが分かった。頬がほんのりと熱を持っていく。
「ドラクシア国にだって、アエリオス国にだって、ルーヴェン国にだって行ける」
「通行許可証はあるの?」
「ああ、ばっちりな」
アルフレッドが苦笑いしながら言い切ると、ゼインが隣で頭を掻く。また彼の計らいなのだろうか。申し訳ないけれど、笑えてしまう。
「どこに行こうかなぁ」
小さく唸りながら、これからのことを考えてみる。そこで、ふと思ったのだ。
「アルフレッドとゼインは手紙を出したい相手っている?」
「俺はいないな」
「僕は……アネモネ?」
「じゃあ、アネモネに手紙を渡そうよ」
アルフレッドは微笑み、頷いてくれた。しかし、ゼインは釈然としない様子で首を傾げる。
「でも、すぐに迎えに行けないのに、手紙なんて渡しちゃって良いんでしょうか」
「え、まだ迎えに行かないの?」
その事実に、逆に驚いてしまった。逃亡生活は終わったし、迎えに行かない理由はないと思うのだ。
「だから、僕は独立したいんですよ。それまでは迎えに行けません」
「そんなことをしてたら、アネモネに見限られるぞ……?」
アルフレッドが呆れ顔を向けると、ゼインは口を負の字に曲げた。
「何でそんなに意地悪なことを言うんですかぁ」
その目は今にも泣きそうだ。しかし、私が言っている論点はそこではない。
「ゼイン、手紙は書くの? 書かないの?」
「……書きます! 書かせていただきます!」
ゼインは土下座をしそうなほどに頭を下げる。それなら決まった。
「じゃあ、次の目的地はアネモネの屋敷ね。ゼイン、舵を切って」
片手を腰に当て、もう片方の人差し指で前方を指し示す。
「え? 手紙は誰かに託すんじゃないんですか?」
「直接届けるの」
「えっ!? 僕はまだ、心の準備が……」
「心の準備をするには早すぎるだろ」
もじもじと手を合わせるゼインに、アルフレッドが即座に突っ込む。
「手紙って、配達員がいる訳じゃないでしょ? 庶民には文通なんて想像も出来ないと思うの。」
ゼインの友人からの伝手や、デイビッドからの手紙があったからこそ閃けた。
使用人がいるからこそ、王族や貴族は手紙の受け渡しが出来る。どうせ空を渡るなら、人の気持ちも乗せて渡りたい。旅はついで、という訳だ。
「私たちが生活していける範囲でお金をもらって、手紙を届けるの。って言っても、貴族からはちょっぴり高く、庶民からはちょっぴり低くね。それなら身分も関係なく、手紙をやり取り出来るから。自由になる船を持ってる庶民なんて、私たちくらいでしょ?」
「メヌエッタ様――」
「メヌエッタ、天才だ!」
アルフレッドはゼインを押し退け、私の両手を握った。褒められると私も嬉しくなる。
「父上を陰から見返して、国王陛下も認めさせような」
「うん!」
「それは流石に厳しいのでは……?」
小さく苦笑いをするゼインの声が聞こえた。
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