ブラザーフッド

もりひろ

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後編・ハチコウにて

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 居間の座卓の上にぽんと置いてあったプリントには、今週の土曜日と日曜日に、お兄ちゃんの通う高校で学園祭が行われることが書いてあった。
 行ってみたいと、ぼくは思った。
 お兄ちゃんの高校を見てみたいのもあるし、なんといっても、学園祭というのに、ちょっとした憧れがある。
 中学は、授業で作ったものをただ飾るだけで、ぼくたち生徒のためというよりは、保護者に見てもらうための行事だ。高校は、クラス単位や、クラブ単位でいろんな催し物をして、見る側はもちろん、行う側も楽しめる感じがある。
 プリントを見つめ、まだ見ぬ学園祭に思いを馳せていると、お兄ちゃんが居間に顔を出した。
 学園祭へ行ってみたいことを、それとなく言ってみようと思ったけど、ぼくが行くのを、お兄ちゃんは嫌がる気がしたから、いまは言うのをやめておいた。

「これ、一清さんに渡すものだったんじゃないの? あんなところに置きっぱなしにしていたら、また怒られるよ」

 プリントを差し出すと、お兄ちゃんがちらっと視線をよこして、いぶかしげな顔をした。

「兄貴にはちゃんと渡した」
「でも、そこに置きっぱなしになっていたよ」
「じゃあ、善之だな」
「善之さん?」

 ぼくは首を傾げた。
 中学や高校の「学校からのお知らせ」は、善之さんにはあまり関係ない気もする。

「なんで善之さん? それとも、学園祭に行こうと思って、見てたのかな」

 言いながら、それに便乗できればいいなと思った。けど、ほくはもう、一人ででも行く気にはなっていた。

「兄貴も善之も、うちの卒業生だから」

 へえ、と、思わず大きな声が出た。
 そういえば、一清さんは大卒で、その大学に、いまは善之さんが通っている。一清さんと善之さんはOBなら、学園祭へ行く気なのかもしれない。
 それをお兄ちゃんに言ってみたら、鼻で笑われた。

「だれがだよ。兄貴は仕事だって言ってたし、善之も忙しいから行けねえってさ。つか、来てほしくて、それを見せたわけじゃねえ」
「ちなみにお兄ちゃんはなにするの?」
「は?」
「お兄ちゃんのクラスはなにするの?」
「お前──」

 なんでそんなこと訊くんだ、とか、まさか来る気じゃねえよな、とか。お兄ちゃんにツッコまれそうな言葉を巡らせていたけど、結局はなにも言われなかった。
 それをポジティブに捉え、ぼくは早速、電車の時刻表と地図を広げた。




 お兄ちゃんの高校、「ハチコウ」こと「県立八重坂(やえさか)高校」は、ぼくの家の最寄り駅から電車に乗って十五分。そこから歩いて十分くらいのところにある、とても広い学校だった。
 一般道から敷地内へ入ると、まず、その一般道の続きかと勘違いされそうな、二車線の緩く長い坂がある。
 脇の歩道には桜がずらりと植えてあって、その緑はいま変わりつつある。
 坂の周りにはグラウンドや野球場、サッカー場まであって、テニスコートも確認できた。本当に、県立高校とは思えないほど広く、立派な学校だった。
 やがて見えてきた校門に、「第──回、八重坂高等学校学園祭」とある派手な看板が立っている。
 日曜ということもあって、人の出入りはなかなかなもの。中学の文化祭とはやっぱり違うと思った。駐車場となっているグラウンドも、車が結構停まっていた。
 家族連れやカップルもいて、一高校の学園祭というよりは、町のお祭りみたいだった。
 ぼくは昇降口でパンフレットをもらい、歩きながら、お兄ちゃんのクラスはなにをやっているのか確認しようとした。だけど、お兄ちゃんが何クラスかはっきりわからないことに気づいて、足を止めた。

「たしか、三組か四組なんだよね……」

 二年三組はお化け屋敷。同じく四組はメイド喫茶。と、そのパンフレットでは案内されている。
 お化け屋敷も、メイド喫茶も、いそいそ行くにはためらわれる。
 とりあえず、ぼくは目についたとこらから眺めることにして、賑やかな校内を歩き始めた。
 縁日を模したものを、何クラスか合同でやっていたり、蚤の市みたく、服や日用品、雑貨なんかを売っていたり、喫茶店も出ている。カラオケもあるし、ダーツ場やビリヤード場もあった。
 クラブのものとなると、クラスでやっているものより数倍まじめな雰囲気になる。写真部は写真を。美術部は絵を。書やお花もあって、お茶を点てているところもあった。
 問題の三組と四組は、ちょっと離れた別棟にあるらしい。
 先に、一番大きな体育館で行われている運動部の試合を覗いてから、ぼくはそこへ向かった。
 もしかしたら、あのとき、自分のクラスがなにをやっているのか教えてくれなかったのは、お兄ちゃんがなにかをやらされるからじゃないかと、ぼくは思った。
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