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トカゲの尻尾切り
六
しおりを挟む四時になって、最終レースの水泳が始まった。
三十分間泳いだら十分の休憩を入れる。それをワンセットとして、二人がギブするまで延々続ける。たとえ日をまたいでも。
三人が膝丈の水泳パンツ、ゴーグル、白の水泳帽姿で泳いでいる。型は、好きなのでいいらしく、クロールだったり平泳ぎだったりだ。さすがのノーキンコンビも、バタフライなんていう無茶はしていない。
プールサイドのベンチに荷物を置き、俺はメイジとともにレースを見守った。
たまに水際まで寄って声をかける。
四セット目が終わっても、だれもリタイアする気配はなく、すっかり夜になった。さっきまで冷やかしの見学人がちらほら来ていたけど、それも見なくなった。
九時を回っても、決着はつかなかった。
水泳が始まってからいままで、生徒会の人間がだれ一人として来ないのも気になる。この時間になると、進行係の人たちもダレてきていた。
なんか変だなと思えど、水をさすわけにもいかないから、俺はレースを見守るのに集中した。
それにしても、維新の体力にはたまげる。ここまできたら、マキさんたちが確認したかったという本気も充分見れたんじゃないかと思う。
維新の体調がだんだん心配になってきた。次の三十分でも決まらなかったら、もういいって、俺は言おうと思った。
休憩が終わり、三人は再び泳ぎ始める。
そのときだった。
プールの照明が落ち、辺りが真っ暗になった。
俺の口から思わず悲鳴が出る。
「……メイジ? てか、怖ぇっ」
やがて、プールから聞こえていた音もなくなり、うすら寒いくらいしんとなる。
まるで自分だけ取り残されたみたいだ。そばにいたはずのメイジの気配も探れない。
「メイジってば! ……いないの?」
「いるいる。動いてねえから」
近くで声がした。ほっとして、すぐに触れたなにかを掴む。目を凝らして確認すると、メイジのシャツだった。
「卓、ちょっ。あんま引っ張んなよ」
「あ、ごめん」
ぴかっと、視界の端で光を感じた。
顔を上げれば、進行係の人たちがスマホを取り出してライト代わりにしていた。
スマホって懐中電灯にもなるんだと思っていたら、メイジが携帯を開いて、同じように明かりを点けた。
……あ、そうか。その手があったか。
ズボンのポケットから、俺も携帯を出す。カメラモードにして、フラッシュをつけっぱにした。
「卓!」
維新の声とともに、プールから水しぶきの音がした。ペタペタと歩いてくる音もする。
そこに、進行係の人の声が飛んできた。
「いま、風見館のほうから連絡がありまして、電気が復旧するまでその位置で待機、だそうです」
維新が俺のとなりに立った。ゴーグルを持った手で水泳帽を取り、鼻の中の水を気にしている。
「卓、大丈夫か? 悲鳴が聞こえたけど」
「あ、うん。最初ね、メイジがよくわかんなかったから。いまは平気」
俺はメイジのシャツから手を離した。
維新の足元を照らそうと倒した携帯の画面に雫が落ちてきた。
「あ、悪い」
「ううん。はいよ」
俺は、ベンチに置いておいたタオルを取って維新の頭に被せた。携帯を持ったまま、片手で拭いてやる。
遅れて、藤堂さんと鷲尾さんもやってきた。ついでに、二人にもタオルを渡す。
「それええな。せっかくやし、俺も拭いてくれへん?」
「あ、俺も俺も」
藤堂さんと鷲尾さんがタオルを乗せた頭を突き出してきた。その拍子に、お互いの側頭部がぶつかり、押し問答のきっかけとなる。なんでお前が、俺が先だと、どうでもいい言い合いが始まる。メイジの携帯を直させ、その明かりを頼りにじゃんけんまでし出した。
ただでさえ異常な状況下なのに、これ以上の面倒ごとは勘弁してほしい。俺は、頭くらい拭いてやると、いまだ決着のつかない二人を止めた。
藤堂さんと鷲尾さんは改めて気をつけをし、揃って頭をかがめた。
「では、一発お願いします。たっクン」
「頼んます」
「……」
ガシガシと乱暴に拭いてやる。
「うひょー気持ちいい」
……きしょい声を出すなっつうの。
俺は、やっつけ仕事だというように短めにすませた。
藤堂さんと鷲尾さんは残りを自分で拭きつつ、ぐるっと辺りを見回した。
俺も釣られて目をやる。生徒会にああ言われたら下手に動けないのか、進行係の人たちも同じところに留まって、ただ話をしていた。
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