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嵐の前の静けさ
二
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ここからは見下ろす位置にあるステージでは、ドラムセットを構えている奥芝さんの周りに、ギターを下げたジョーさんとマイクを持ったミツさんが立っていた。
まだ演奏前のようだった。俺たちが通路の半分ほど下りたとき、ミツさんたちはそれぞれの持ち場の確認を始めた。
まずミツさんが俺たちに気づいた。マイクに口を近づけて「おう来たか」と、いつもの顔で言った。
俺たちが来ることは知っていたみたいだ。じゃなきゃ、こうして簡単には入れないと思う。
そんな段取りを、メイジがいつの間にしていたのか気になる。
「一体どうしたんだよ」
ステージからほどよく離れた席に着きながら俺は訊いた。
メイジが「うん?」と、目でも訊き返す。
「だって、バンドの練習を見れるなんてレアじゃん。当日までは『ヒ、ミ、ツ』的なもんが暗黙のルールであったみたいだし」
「あの人たちの仕事をちょっと手伝ったからさ。そのお礼って感じ?」
俺はますますわからなくて首を傾げた。
視界の端っこで、なにかがちらちら見える。ステージへ目をやれば、ジョーさんが「こっち来い」と手招きしていた。
俺はふんと横を向いた。
「おっさん。いいから始めるよ」
と、ミツさんがジョーさんに言う。
つか、ジョーさんてミツさんにおっさんって呼ばれてるんだ。これも新鮮~。
となりのつつみんもクスクス笑っている。
「おい、光洋。一つしか違わねえのにおっさんはねえだろって。しかも卓の前で」
「暇さえあれば土いじってんだから、立派なおっさんだろ」
「お前なあ、土はストレス解消にいいんだよ」
「ストレス? あんたにストレスなんかあんのかよ」
「あるわ、ボケ!」
「ほう。なに、シュークリームの皮が上手いこと膨らまなかったストレスか? それとも、マカロンのビラビラがきれいにできなかったストレスか?」
「光洋~」
二人の言い合いはすべてマイク越しだから筒抜け。
さすがに、いまの会話にはついていけなかったようで、つつみんはおっきな目をさらに大きくしていた。
普通はそういう反応になるんだよ。フツーは。俺もメイジも若干の耐性ができているから流して見れるけど。
「つつみん。ジョーさんはね、ああ見えてお菓子作りも趣味なんだ」
「……ああ、それでマカロン。じゃあ、おスギ先輩と話が合うかも」
「え?」
「おスギ先輩もお菓子作るの得意だって言ってた。いまはカップケーキにはまってるんだって」
納得というか、それでも、作っているところを想像したくないというか。絶対、フリルのついたエプロン着て作っているよ
ステージでは、舌戦でミツさんから圧され気味のジョーさんが、「お前もなんか言え」という感じで奥芝さんに目配せしていた。
もちろん奥芝さんは首を横に振る。これ以上はやめたほうがいいですと、口の動きだけで言う。
ジョーさんはため息をつき、白旗を上げたあと、また俺たちのほうへ視線を向けた。
「まあ、とにかくあれだ。劇、頑張れよ。卓」
少し笑みを浮かべて、「となりのぼくちゃんもな」とつけ加えた。
つつみんは始め、自分のことを言われたとは思ってなかったみたいだ。俺の背中経由でメイジに肩を叩かれ、慌てて立ち上がっていた。ものすごく勢いよく頭を下げる。
憎めないその一挙手一投足にメイジも笑っている。
つつみんが席に座り直すと、いよいよ練習が始まった。
一回真っ暗になって、ステージにだけシャワーのような光が落ちる。
黒澤が一人で練習してたときと同じで、きょうはない楽器のところはバックから流れる。
その音をセットして、演奏が始まる。
黒澤のときは実際に目の前で演奏していたのが一人だったから、本当の音がよくわからなかったけど、今回のは聞き分けることができる。
いろんな音が幾重にも混じりあって、重みのある音になる。鮮やかにもなる。
ミツさんの少しハスキーな声が、ジョーさんのギターの音や奥芝さんのドラムの波へ乗る。ときに沿う。
バックの黒澤のギターとも重なりあって、ロックの旋律を激しく奏でる。
アフリカ辺りの大地を疾走するような情熱的なイントロからのハードロックもあれば、深海やら月やらをイメージできそうなメローロック、コンコルドかなんかで空を突き抜けるような、やたらハイテンションなやつもある。
その年その年のいろんな人が作るから、歌詞の雰囲気も曲の調子もぜんぜん違う。
そうなると、ことしのが断然楽しみになってきた。
思った以上に、みんな楽器の扱いが上手いし、なにより様になってる。
本番では、野外でやるんだ。絶対に盛り上がるに違いない。ロックフェス並みに。
小休憩へ入ったところで、俺はちょっと気になることができて、みんなに断って講堂を出た。
まだ演奏前のようだった。俺たちが通路の半分ほど下りたとき、ミツさんたちはそれぞれの持ち場の確認を始めた。
まずミツさんが俺たちに気づいた。マイクに口を近づけて「おう来たか」と、いつもの顔で言った。
俺たちが来ることは知っていたみたいだ。じゃなきゃ、こうして簡単には入れないと思う。
そんな段取りを、メイジがいつの間にしていたのか気になる。
「一体どうしたんだよ」
ステージからほどよく離れた席に着きながら俺は訊いた。
メイジが「うん?」と、目でも訊き返す。
「だって、バンドの練習を見れるなんてレアじゃん。当日までは『ヒ、ミ、ツ』的なもんが暗黙のルールであったみたいだし」
「あの人たちの仕事をちょっと手伝ったからさ。そのお礼って感じ?」
俺はますますわからなくて首を傾げた。
視界の端っこで、なにかがちらちら見える。ステージへ目をやれば、ジョーさんが「こっち来い」と手招きしていた。
俺はふんと横を向いた。
「おっさん。いいから始めるよ」
と、ミツさんがジョーさんに言う。
つか、ジョーさんてミツさんにおっさんって呼ばれてるんだ。これも新鮮~。
となりのつつみんもクスクス笑っている。
「おい、光洋。一つしか違わねえのにおっさんはねえだろって。しかも卓の前で」
「暇さえあれば土いじってんだから、立派なおっさんだろ」
「お前なあ、土はストレス解消にいいんだよ」
「ストレス? あんたにストレスなんかあんのかよ」
「あるわ、ボケ!」
「ほう。なに、シュークリームの皮が上手いこと膨らまなかったストレスか? それとも、マカロンのビラビラがきれいにできなかったストレスか?」
「光洋~」
二人の言い合いはすべてマイク越しだから筒抜け。
さすがに、いまの会話にはついていけなかったようで、つつみんはおっきな目をさらに大きくしていた。
普通はそういう反応になるんだよ。フツーは。俺もメイジも若干の耐性ができているから流して見れるけど。
「つつみん。ジョーさんはね、ああ見えてお菓子作りも趣味なんだ」
「……ああ、それでマカロン。じゃあ、おスギ先輩と話が合うかも」
「え?」
「おスギ先輩もお菓子作るの得意だって言ってた。いまはカップケーキにはまってるんだって」
納得というか、それでも、作っているところを想像したくないというか。絶対、フリルのついたエプロン着て作っているよ
ステージでは、舌戦でミツさんから圧され気味のジョーさんが、「お前もなんか言え」という感じで奥芝さんに目配せしていた。
もちろん奥芝さんは首を横に振る。これ以上はやめたほうがいいですと、口の動きだけで言う。
ジョーさんはため息をつき、白旗を上げたあと、また俺たちのほうへ視線を向けた。
「まあ、とにかくあれだ。劇、頑張れよ。卓」
少し笑みを浮かべて、「となりのぼくちゃんもな」とつけ加えた。
つつみんは始め、自分のことを言われたとは思ってなかったみたいだ。俺の背中経由でメイジに肩を叩かれ、慌てて立ち上がっていた。ものすごく勢いよく頭を下げる。
憎めないその一挙手一投足にメイジも笑っている。
つつみんが席に座り直すと、いよいよ練習が始まった。
一回真っ暗になって、ステージにだけシャワーのような光が落ちる。
黒澤が一人で練習してたときと同じで、きょうはない楽器のところはバックから流れる。
その音をセットして、演奏が始まる。
黒澤のときは実際に目の前で演奏していたのが一人だったから、本当の音がよくわからなかったけど、今回のは聞き分けることができる。
いろんな音が幾重にも混じりあって、重みのある音になる。鮮やかにもなる。
ミツさんの少しハスキーな声が、ジョーさんのギターの音や奥芝さんのドラムの波へ乗る。ときに沿う。
バックの黒澤のギターとも重なりあって、ロックの旋律を激しく奏でる。
アフリカ辺りの大地を疾走するような情熱的なイントロからのハードロックもあれば、深海やら月やらをイメージできそうなメローロック、コンコルドかなんかで空を突き抜けるような、やたらハイテンションなやつもある。
その年その年のいろんな人が作るから、歌詞の雰囲気も曲の調子もぜんぜん違う。
そうなると、ことしのが断然楽しみになってきた。
思った以上に、みんな楽器の扱いが上手いし、なにより様になってる。
本番では、野外でやるんだ。絶対に盛り上がるに違いない。ロックフェス並みに。
小休憩へ入ったところで、俺はちょっと気になることができて、みんなに断って講堂を出た。
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