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第二話:善通寺晴の七年間の贖罪計画、そして『スーパーダーリン』の誕生
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体育館の壇上から降りた後、周囲の生徒たちからの視線が矢のように集中しているのを感じる。しかし、それらはどうでもよかった。僕の視線は、ずっとあの隅の、壁に身を寄せるように座っていた黒髪の少女、松山瞳に固定されていた。
七年ぶりだった。
彼女は相変わらず、いや、さらに背が高く、美しく成長していた。しかし、その瞳の奥には、七年前と全く変わらない警戒と、僕への根深い憎しみが宿っていることを、僕は見逃さなかった。僕が唇の動きで言葉を伝えた瞬間、彼女の全身が硬直したのを見て、僕は胸の奥が張り裂けるような痛みを感じた。
(瞳、ごめん。まだ、許されていないよね……)
七年前のあの瞬間、僕は最悪の過ちを犯した。小学四年生。僕より頭一つ分背が高かった瞳は、いつも僕を守ってくれるヒーローだった。なのに、悪意の渦の中で、僕は自分の卑怯な心に負けた。
「……だって、瞳、本当にデカいし……力も強いから……」
あの言葉を口にした瞬間の、瞳の顔。
彼女の大きな瞳が、ガラスのように凍り付いたのを、今でも鮮明に覚えている。彼女は怒りというよりも、深い絶望と、信頼する者に裏切られた悲しみをその全身で表現していた。僕が言った「ゴリラ女」という言葉に同調したことが、彼女の心を破壊したのだと、その時初めて理解した。
そして、彼女の決別の一言。
「アンタみたいな、弱くて、人の悪口にすぐ乗っかる子供は絶対イヤ!私が好きなのは、先生みたいに頼れて、優しくて、私を守ってくれるスーパーダーリンよ!」
その言葉は、泣き虫で臆病だった僕の胸に、消えない烙印を押した。僕が彼女を傷つけた代償として、僕が何者にならなければならないかを示した、呪いにも似た定義だった。
「スーパーダーリン……」
僕は、海外への引っ越しが決まり、最後の別れの日に、彼女の家のインターホンを鳴らし続けた。雨が降りしきる中、僕はただ「ごめん」と繰り返した。彼女に会って、この過ちを正したかった。しかし、彼女は最後までドアを開けなかった。窓の隙間から見えた、彼女の冷たく、無感情な横顔は、僕の心を永遠に締め付けた。
飛行機の中で、僕は決意した。
この七年間で、僕は瞳が求める「スーパーダーリン」になる。
彼女の理想の完璧な大人になって、過去の罪を償う。それが、僕の唯一の贖罪の道だと。
渡米後、僕はまず「スーパーダーリン」の定義を、科学的かつ社会学的に分析することから始めた。小学生の担任教師という具体的なモデルはあったが、瞳の言葉の真意は、「臆病で、他人の悪意に同調する子供」ではない、ということだ。
僕は、瞳の言葉を分解し、三つの絶対的な要素を導き出した。
【スーパーダーリンの三つの柱】
絶対的な『包容力』と『大人な優しさ』: 彼女のコンプレックスである「高身長」を、欠点としてではなく「魅力」として受け止め、誰の悪意からも守れる精神的な余裕。情緒的優位性。
圧倒的な『知性』と『泰然自若さ』: 担任の先生がそうだったように、どんな困難やトラブルにも動じず、スマートに解決できる能力。知的優位性。
完璧な『フィジカル』と『存在感』: 彼女より背が高く、彼女が持つ「力強さ」を凌駕する物理的な安心感。彼女がもはや「ゴリラ女」ではなく、ただの「華奢な女性」でいられるための絶対的な盾。身体的優位性。
これだ。この方針で自分をリメイクしていけば誰もが認めるスーパーダーリンになれるだろう。
まず、知的優位性を確立するため、海外の進学校で死に物狂いで勉強した。言葉の壁は厚く、最初は授業内容の半分も理解できなかった。睡眠時間を削り、図書館にこもり、週末はひたすら現地の新聞や学術書を読み込んだ。
三年目にはトップクラスの成績を収め、日本の教育課程への復帰も視野に入れ、春青学園への受験を決めた。県内トップの進学校でありながら「自由な校風」を持つため、この「大人」な知性と余裕を最大限に発揮できるフィールドだと判断したからだ。新入生総代になることは、瞳に「僕はもうあの頃の泣き虫ではない」と認識させるための最初の一歩だった。
そして、最も困難だったのが身体的優位性の確立だ。小学四年生の頃、僕の身長は平均的だったが、瞳は成長し続けている。彼女より高くなること。それが物理的に彼女を守る唯一の手段だと信じた。
僕は両親に頼み込み、専門のトレーナーを雇い、成長期の骨格と筋肉を最大限に発達させるための食事とトレーニングを徹底した。
(晴を日本から離れさせてしまったという両親の罪悪感につけ込んでやりたい放題してたなぁ...)
毎朝五時に起床し、広大なキャンパスを走り込み、放課後は必ずジムへ向かった。プロテインとサプリメントが僕の日常になった。ベンチプレスは自分の体重の二倍を目標にした。それは、ただ強くなるためではない。「ゴリラ女」と呼ばれた瞳が、誰にも物理的な脅威を感じさせずにいられる、絶対的な盾になるためだ。
最終的に、百八十センチを超え、さらに身長を伸ばし、最終的に彼女よりも高い体躯となっただろう。しかし、単にデカいだけではダメだ。優雅さ、洗練さが必要だった。姿勢を正し、歩き方、座り方、全てを洗練されたものへと矯正した。『瞳の理想』になるためには、あの時の瞳の視線より、常に上にいる必要があったから。
アメリカとヨーロッパでの生活は、僕に「貴公子」という外見の仮面を与えてくれた。
瞳は「先生みたいに大人な」と言った。そのためには、ただの「真面目な優等生」では足りない。彼女が憧れたのは、余裕、洗練、そして、手の届かない美しさだった。僕はまず、外見から「弱さ」の痕跡を全て消し去る必要があった。
僕は髪の色を変えた。日本人がやると少し浮いてしまう茶髪も、帰国子女という設定と、海外で学んだファッションセンスで、自然で清潔感のある「上質な色」に見せることに成功した。七年前、僕の地味な黒髪は卑怯な心と結びついていた。この茶髪は、僕の「決意」の象徴だ。鏡の前で、僕の顔は七年前とはまるで別人のようになっていた。泣き虫の面影は消え、深い茶髪と整った顔立ちが、僕の知性を際立たせていた。
しかし、この変貌は外見だけではない。最も苦痛だったのは、内面の再構築だった。
「……動揺するな。瞳を前にしても、常に平静を装え。お前はもうあの頃の晴ではない」
僕の本当の心は、七年前の罪悪感と、再会への極度の緊張で今にも押しつぶされそうだった。しかし、スーパーダーリンは、絶対に瞳の前で弱音を吐いたり、子供じみた表情を見せたりしてはいけない。
情緒的優位性の獲得は、最も内側からの変革を要した。僕の幼少期の弱さは、突き詰めれば「自己肯定感の低さ」と「他者の評価に依存する臆病さ」だ。これを克服するため、僕は高校で心理学の授業を履修し、人間の感情や社会的なコンプレックスの構造を理論的に学んだ。
特に注力したのは、感情のコントロールだ。どんな予期せぬトラブルや瞳の拒絶に遭っても、教師のように穏やかで泰然自若とした態度を保つため、毎朝十五分のマインドフルネス瞑想を欠かさなかった。心臓が早鐘を打っても、動揺を顔に出さず、低い声のトーンを維持する訓練を徹底した。
僕は毎日、鏡の前で表情の練習をした。感情を完全にシャットダウンし、ただ「穏やかな微笑み」だけを維持する練習。そして、声。あの頃の裏返る高い声ではなく、落ち着いて、包容力を感じさせる低い声の出し方を喉が嗄れるまで練習した。
そして最も重要だったのは、瞳のコンプレックスを心から肯定すること。「デカい」という言葉の裏に潜む彼女の痛みを理解し、「高身長は魅力である」という認知を、自分の中に染み込ませた。これは単なる社交辞令や建前ではない。僕が真に彼女の盾となるためには、彼女の全てを愛せる「大人な優しさ」が必要だった。
さらに、瞳の心理分析も怠らなかった。彼女のSNSや、旧友から情報を収集し、彼女のコンプレックスがまだ治癒されていないこと、そして「スーパーダーリン」の理想像がより一層強固になっていることを確認した。
それは、役者になるための訓練だった。僕の全ては、瞳のためにデザインされた、完璧なペルソナだ。
ーーーこうして善通寺 晴はスーパーダーリンに成ったーーー
体育館で新入生総代の挨拶をしている間も、僕の意識は常に瞳を探していた。噂話は聞いていた。彼女が春青学園に入学すること。そして、彼女が未だに高身長コンプレックスを抱えていること。
壇上は、僕にとって最高の舞台だった。全校生徒の前で完璧なスピーチをすることで、僕の知的優位性を確立する。
(大丈夫だ。僕の言葉は完璧だ。生徒会長の先生も、このスピーチを褒めてくれた)
挨拶を終え、僕はゆっくりと視線を移動させた。
そして、見つけた。体育館の隅。まるで誰にも見られたくないかのように、小さくなっている瞳を。
彼女は、少し緊張しているが、相変わらずポニーテールがきつく結ばれている。そして、あの頃と変わらず、少しだけ猫背になっている。
僕を見つめる彼女の瞳には、驚き、疑念、そして、確信。
ああ、僕だと気づいたんだ。
僕の心臓は激しく打ち鳴らされたが、表情は微動だにしなかった。七年間訓練した「穏やかな微笑み」を、彼女だけに向けて浮かべる。
彼女の記憶の中にある最後の僕は、「ゴリラ女」と言って泣いた、卑怯な子供だ。
だからこそ、最初のメッセージは、彼女の心の壁を破壊するほどの優しさと、大人としての余裕でなくてはならない。
僕はマイクを離し、指先一つ動かさず、ただ、その存在感と目線で、彼女を安心させる。
そして、唇をゆっくりと動かした。
「ただいま。君の理想になれたかな?」
その言葉に込めたのは、謝罪であり、決意であり、そして、七年分の純粋な想いだ。
彼女の顔に、衝撃が走る。よし、成功だ。彼女は、目の前の僕が、七年前に彼女が定義した「スーパーダーリン」の定義に当てはまっていることに、混乱している。
(ここからだ、瞳。もう、君を傷つける男はいない。君の最高の盾であり、最高の理解者である僕が、ここにいるよ。)
僕は、彼女の隣に座る、瞳にふさわしいであろう小動物のように愛らしい友人の存在も確認した。松山瞳を守るための「スーパーダーリン計画」は、今、この瞬間から正式にスタートした。
「さあ、善通寺晴。君の七年間の全てを、今日、彼女にぶつけるんだ。君は、もう二度と彼女を裏切らない」
七年前の罪を償い、君の笑顔を取り戻すまで、僕はこの仮面を脱ぐことはない。
――善通寺 晴の計画は、始まったばかりだ。
七年ぶりだった。
彼女は相変わらず、いや、さらに背が高く、美しく成長していた。しかし、その瞳の奥には、七年前と全く変わらない警戒と、僕への根深い憎しみが宿っていることを、僕は見逃さなかった。僕が唇の動きで言葉を伝えた瞬間、彼女の全身が硬直したのを見て、僕は胸の奥が張り裂けるような痛みを感じた。
(瞳、ごめん。まだ、許されていないよね……)
七年前のあの瞬間、僕は最悪の過ちを犯した。小学四年生。僕より頭一つ分背が高かった瞳は、いつも僕を守ってくれるヒーローだった。なのに、悪意の渦の中で、僕は自分の卑怯な心に負けた。
「……だって、瞳、本当にデカいし……力も強いから……」
あの言葉を口にした瞬間の、瞳の顔。
彼女の大きな瞳が、ガラスのように凍り付いたのを、今でも鮮明に覚えている。彼女は怒りというよりも、深い絶望と、信頼する者に裏切られた悲しみをその全身で表現していた。僕が言った「ゴリラ女」という言葉に同調したことが、彼女の心を破壊したのだと、その時初めて理解した。
そして、彼女の決別の一言。
「アンタみたいな、弱くて、人の悪口にすぐ乗っかる子供は絶対イヤ!私が好きなのは、先生みたいに頼れて、優しくて、私を守ってくれるスーパーダーリンよ!」
その言葉は、泣き虫で臆病だった僕の胸に、消えない烙印を押した。僕が彼女を傷つけた代償として、僕が何者にならなければならないかを示した、呪いにも似た定義だった。
「スーパーダーリン……」
僕は、海外への引っ越しが決まり、最後の別れの日に、彼女の家のインターホンを鳴らし続けた。雨が降りしきる中、僕はただ「ごめん」と繰り返した。彼女に会って、この過ちを正したかった。しかし、彼女は最後までドアを開けなかった。窓の隙間から見えた、彼女の冷たく、無感情な横顔は、僕の心を永遠に締め付けた。
飛行機の中で、僕は決意した。
この七年間で、僕は瞳が求める「スーパーダーリン」になる。
彼女の理想の完璧な大人になって、過去の罪を償う。それが、僕の唯一の贖罪の道だと。
渡米後、僕はまず「スーパーダーリン」の定義を、科学的かつ社会学的に分析することから始めた。小学生の担任教師という具体的なモデルはあったが、瞳の言葉の真意は、「臆病で、他人の悪意に同調する子供」ではない、ということだ。
僕は、瞳の言葉を分解し、三つの絶対的な要素を導き出した。
【スーパーダーリンの三つの柱】
絶対的な『包容力』と『大人な優しさ』: 彼女のコンプレックスである「高身長」を、欠点としてではなく「魅力」として受け止め、誰の悪意からも守れる精神的な余裕。情緒的優位性。
圧倒的な『知性』と『泰然自若さ』: 担任の先生がそうだったように、どんな困難やトラブルにも動じず、スマートに解決できる能力。知的優位性。
完璧な『フィジカル』と『存在感』: 彼女より背が高く、彼女が持つ「力強さ」を凌駕する物理的な安心感。彼女がもはや「ゴリラ女」ではなく、ただの「華奢な女性」でいられるための絶対的な盾。身体的優位性。
これだ。この方針で自分をリメイクしていけば誰もが認めるスーパーダーリンになれるだろう。
まず、知的優位性を確立するため、海外の進学校で死に物狂いで勉強した。言葉の壁は厚く、最初は授業内容の半分も理解できなかった。睡眠時間を削り、図書館にこもり、週末はひたすら現地の新聞や学術書を読み込んだ。
三年目にはトップクラスの成績を収め、日本の教育課程への復帰も視野に入れ、春青学園への受験を決めた。県内トップの進学校でありながら「自由な校風」を持つため、この「大人」な知性と余裕を最大限に発揮できるフィールドだと判断したからだ。新入生総代になることは、瞳に「僕はもうあの頃の泣き虫ではない」と認識させるための最初の一歩だった。
そして、最も困難だったのが身体的優位性の確立だ。小学四年生の頃、僕の身長は平均的だったが、瞳は成長し続けている。彼女より高くなること。それが物理的に彼女を守る唯一の手段だと信じた。
僕は両親に頼み込み、専門のトレーナーを雇い、成長期の骨格と筋肉を最大限に発達させるための食事とトレーニングを徹底した。
(晴を日本から離れさせてしまったという両親の罪悪感につけ込んでやりたい放題してたなぁ...)
毎朝五時に起床し、広大なキャンパスを走り込み、放課後は必ずジムへ向かった。プロテインとサプリメントが僕の日常になった。ベンチプレスは自分の体重の二倍を目標にした。それは、ただ強くなるためではない。「ゴリラ女」と呼ばれた瞳が、誰にも物理的な脅威を感じさせずにいられる、絶対的な盾になるためだ。
最終的に、百八十センチを超え、さらに身長を伸ばし、最終的に彼女よりも高い体躯となっただろう。しかし、単にデカいだけではダメだ。優雅さ、洗練さが必要だった。姿勢を正し、歩き方、座り方、全てを洗練されたものへと矯正した。『瞳の理想』になるためには、あの時の瞳の視線より、常に上にいる必要があったから。
アメリカとヨーロッパでの生活は、僕に「貴公子」という外見の仮面を与えてくれた。
瞳は「先生みたいに大人な」と言った。そのためには、ただの「真面目な優等生」では足りない。彼女が憧れたのは、余裕、洗練、そして、手の届かない美しさだった。僕はまず、外見から「弱さ」の痕跡を全て消し去る必要があった。
僕は髪の色を変えた。日本人がやると少し浮いてしまう茶髪も、帰国子女という設定と、海外で学んだファッションセンスで、自然で清潔感のある「上質な色」に見せることに成功した。七年前、僕の地味な黒髪は卑怯な心と結びついていた。この茶髪は、僕の「決意」の象徴だ。鏡の前で、僕の顔は七年前とはまるで別人のようになっていた。泣き虫の面影は消え、深い茶髪と整った顔立ちが、僕の知性を際立たせていた。
しかし、この変貌は外見だけではない。最も苦痛だったのは、内面の再構築だった。
「……動揺するな。瞳を前にしても、常に平静を装え。お前はもうあの頃の晴ではない」
僕の本当の心は、七年前の罪悪感と、再会への極度の緊張で今にも押しつぶされそうだった。しかし、スーパーダーリンは、絶対に瞳の前で弱音を吐いたり、子供じみた表情を見せたりしてはいけない。
情緒的優位性の獲得は、最も内側からの変革を要した。僕の幼少期の弱さは、突き詰めれば「自己肯定感の低さ」と「他者の評価に依存する臆病さ」だ。これを克服するため、僕は高校で心理学の授業を履修し、人間の感情や社会的なコンプレックスの構造を理論的に学んだ。
特に注力したのは、感情のコントロールだ。どんな予期せぬトラブルや瞳の拒絶に遭っても、教師のように穏やかで泰然自若とした態度を保つため、毎朝十五分のマインドフルネス瞑想を欠かさなかった。心臓が早鐘を打っても、動揺を顔に出さず、低い声のトーンを維持する訓練を徹底した。
僕は毎日、鏡の前で表情の練習をした。感情を完全にシャットダウンし、ただ「穏やかな微笑み」だけを維持する練習。そして、声。あの頃の裏返る高い声ではなく、落ち着いて、包容力を感じさせる低い声の出し方を喉が嗄れるまで練習した。
そして最も重要だったのは、瞳のコンプレックスを心から肯定すること。「デカい」という言葉の裏に潜む彼女の痛みを理解し、「高身長は魅力である」という認知を、自分の中に染み込ませた。これは単なる社交辞令や建前ではない。僕が真に彼女の盾となるためには、彼女の全てを愛せる「大人な優しさ」が必要だった。
さらに、瞳の心理分析も怠らなかった。彼女のSNSや、旧友から情報を収集し、彼女のコンプレックスがまだ治癒されていないこと、そして「スーパーダーリン」の理想像がより一層強固になっていることを確認した。
それは、役者になるための訓練だった。僕の全ては、瞳のためにデザインされた、完璧なペルソナだ。
ーーーこうして善通寺 晴はスーパーダーリンに成ったーーー
体育館で新入生総代の挨拶をしている間も、僕の意識は常に瞳を探していた。噂話は聞いていた。彼女が春青学園に入学すること。そして、彼女が未だに高身長コンプレックスを抱えていること。
壇上は、僕にとって最高の舞台だった。全校生徒の前で完璧なスピーチをすることで、僕の知的優位性を確立する。
(大丈夫だ。僕の言葉は完璧だ。生徒会長の先生も、このスピーチを褒めてくれた)
挨拶を終え、僕はゆっくりと視線を移動させた。
そして、見つけた。体育館の隅。まるで誰にも見られたくないかのように、小さくなっている瞳を。
彼女は、少し緊張しているが、相変わらずポニーテールがきつく結ばれている。そして、あの頃と変わらず、少しだけ猫背になっている。
僕を見つめる彼女の瞳には、驚き、疑念、そして、確信。
ああ、僕だと気づいたんだ。
僕の心臓は激しく打ち鳴らされたが、表情は微動だにしなかった。七年間訓練した「穏やかな微笑み」を、彼女だけに向けて浮かべる。
彼女の記憶の中にある最後の僕は、「ゴリラ女」と言って泣いた、卑怯な子供だ。
だからこそ、最初のメッセージは、彼女の心の壁を破壊するほどの優しさと、大人としての余裕でなくてはならない。
僕はマイクを離し、指先一つ動かさず、ただ、その存在感と目線で、彼女を安心させる。
そして、唇をゆっくりと動かした。
「ただいま。君の理想になれたかな?」
その言葉に込めたのは、謝罪であり、決意であり、そして、七年分の純粋な想いだ。
彼女の顔に、衝撃が走る。よし、成功だ。彼女は、目の前の僕が、七年前に彼女が定義した「スーパーダーリン」の定義に当てはまっていることに、混乱している。
(ここからだ、瞳。もう、君を傷つける男はいない。君の最高の盾であり、最高の理解者である僕が、ここにいるよ。)
僕は、彼女の隣に座る、瞳にふさわしいであろう小動物のように愛らしい友人の存在も確認した。松山瞳を守るための「スーパーダーリン計画」は、今、この瞬間から正式にスタートした。
「さあ、善通寺晴。君の七年間の全てを、今日、彼女にぶつけるんだ。君は、もう二度と彼女を裏切らない」
七年前の罪を償い、君の笑顔を取り戻すまで、僕はこの仮面を脱ぐことはない。
――善通寺 晴の計画は、始まったばかりだ。
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